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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第五章 ヘッジホルグ共和国
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第十四話 崩落

 研究都市レイキャベスに来てから7日が経とうとしていた。毎日図書館に通い詰めて、読んだ本は既に30冊近い。手帳と筆記具の持込みが認められているので、必要なところを抜き取って書き込んでいるが、今のところ有力な手がかりは何一つなかった。


 昨日読みきれなかった本を棚から持ってくると、続きのページを開く。一時間ほどして読み終わり、気になったところを手帳に書き込んでいると、図書員の一人が話しかけてきた。


「こんにちは、ここのところ毎日来ていますね。何をお探しなんですか?」


「歴史やスキルについて調べている」


「……歴史やスキルですか、学者様や研究者様は良くいらっしゃいますが、冒険者様が図書館に通うのは珍しいので、最初はみんな驚いてました」


「はは、だろうな」


 身なりはその変にいる冒険者とそう変わらない。識字率が低いこの世界で、荒くれ者が多い冒険者が読み書きできないのは自然な事だ。ハンクは商人、俺の周りにいたアーシェやリアナなどの冒険者は文字が書き読みができていたので、どこかで習っていたのかもしれない。


「面白い文字ですね。初めて見ました。何処でこの文字を?」


 開いたままの手帳の中身が見えたらしく、示された文字を見ると、そこにあったのは日本語だ。


(まずい)


 日本語を突っ込まれるとは思わなかった。手帳の中身はこちらの言語で書いていたのだが、数箇所ほど無意識に日本語で書いてしまっていたみたいだ。


「あーどこだったかな。ここに来る前の本か、迷宮内だったか。良く覚えていない」


 忘れてしまったと誤魔化すと、特に追求される事もなく、話題は別のものとなった。


「そうですか……それにしても、丁寧に手帳に書き込んでありますね。冒険者さんが文字を不自由なく書き読み出来るというのは、凄いです。歴史関係と言うと、遺跡専門のお仕事を?」


 文字が読め、歴史関係の本を漁っているという事は、俺が遺跡の発見や発掘を狙っている冒険者だと思ったのだろう。


「いや、基本的には討伐が多い。採取も護衛もやるが」


「それだけ読み書きできたら、図書館などで転写の仕事や地方で言葉を教える仕事が回ってきますよ?」


「そういうのはガラじゃないな」


 自分が人に勉強を教えるというのは、何ともシュールな光景だ。


 そんなこんなで他愛もない話を少ししてから、俺は図書館を後にした。数日通い詰めて分かったが、料金を払ったその日ならば再入場する事が出来るらしい。


 手早く昼食を済ませ、図書館に向かおうとすると道の途中で、見慣れた奴を発見した。その後ろ姿はどことなく沈んでいる。


「ニコレッタ」


「あら、シンドウ。七日ぶりかしら?」


「魔道師はどうだった?」


「この2週間、研究所にはいないらしいわ。本当か嘘か確かめようにも、私じゃ中には入れないからお手上げね。国の至宝と言える機材と人材が集まる研究所だから、当然と言えば当然なんだけど。伝言だけは受け取って貰えたから、会えるまで気長に待っている状況。そっちはどう?」


「……無いな。歴史に関する本を何冊も読んでいるが、本によって書いてある事が違くて、共通すると言えばデカイ戦争や紛争ぐらいか。スキルに関する本も基本なものばかりだ」


 俺が今通っている図書館は、あれでも比較的入場が緩い図書館だ。スキルや歴史はどうしても軍事に関わりが深いので、閲覧出来る場所が限られてしまう。それこそ国が抱える研究者や貴族、軍人だろう。


「この都市には専門的な本を置く図書館もあるらしいが、研究者や限られた人間だけしかはいれない。ニコレッタと同じで、俺みたいな冒険者じゃまず入場許可が下りないな」


 基本的に幾らGを積もうが、一般人は絶対に入れない場所だ。


 ニコレッタと話を交わしていくが、お互いに目新しい事は無かったようだ。直ぐに見つかるとは思ってなかったが、こうも何も情報が無いというのはたまらない。勇者の末裔という単語が浮かび一人思い出したが、アレには頼りたくもないし、関わりたくもなかった。


「お互い、大変ね。ところで昼はもう食べた?」


「悪いな。さっき食べたばかりだ」


「そう。残念ね。私はお昼にするわ。じゃあまた」


 俺は軽く手を振って見送る。また図書館で引き篭もる生活の開始だ。






 その場所は地下奥深くだというのに、地上並みに明るく広い。生物兵器の主任研究員オルゾロフが今立っている場所はレイキャベス中央研究所、その最下層であった。


 この地下が明るさを保つのはヒカリゴケでも蝋燭でも魔法石でもなく、遺跡の動力を利用している。動力の詳しい事は生物兵器の主任研究員であるオルゾロフにすら分からない。生物兵器の主任研究員と言ってもキメイラのような主力研究ではなく、細々と行われている流体生物の生物主任という立場の弱い研究だ。


「オルゾロフ主任、まだ、稼動には早いのでは?」


 眼鏡の魔道師に呼び止められたオルゾロフは振り返った。その目は日ごろの睡眠不足で深いクマが刻まれている。


「稼動に早い? どういう意味だ」


 最近までこの研究員は街の外に出ていたので、この眼鏡の魔道師は濃縮が決まった事について知らなかったのだろう、とオルゾロフは判断した。


「幾つかの実験では、確かに上手くいきました。しかし、条件を変えながら小規模な実験を繰り返してデータを集めた方がいいのでは? 一度にこれだけの量を濃縮するのは危険が」


 主任研究員はこの白衣の魔道師が言うことに確かに、納得できた。だが、それは絶対に聞くことはできない。


「確かに、この量を一度に濃縮したことはない。だが、今更、基礎実験を繰り返していたのでは間に合わないんだよ。結果は年内に求められている。それまでに結果を出さなければ、私はこの計画から外される。私だけではない、他の者もだ。何年経っても上手くいかなかった諦めかけた事もあった。だが、ここに来て一気に研究は進んだ。あと少し、あと少しなんだ。この最下層の実験室を使う順番待ちは長い。今日を逃したら何時になるか分からない。君も知っているだろう」


 どの研究チームも最下層での実験を虎視眈々と狙っている状態であり、火器研究のチームが機器の不具合のためにキャンセルしたものをオルゾロフ達が使わせて貰っている状態であった。この機会を逃したら次の順番が来るのは半年後か、それ以上になる。


 同期は、着実に成果を出していた。これがオルゾロフにとっての最後のチャンスになる。これを逃したら次のチャンスはもう無いだろう。


「今すぐ稼動実験を行う。君のアイディアはユニークで面白い。だが、君は最近になってプロジェクトに関わった新人だ。この研究に関しては我々の方が知り尽くしている。あくまで君は参考までだ」


「そうですか、それは残念です」


「オルゾロフ主任、濃縮が」


「そういう訳だ。……始めよう」


 オルゾロフは他の研究員が呼ぶ実験装置に向かう。


「僕はお手洗いに行って来ます。では“御武運”を」


 眼鏡の魔導師の言葉は誰にも聞かれる事なく、喧騒の中にかき消えて行った。


 実験場から出た魔導師は一人廊下を進む。


「いつの世も研究者は変わらないね。頭の隅では何か起こるかもしれないと分かっていても、目の前の可能性を試さずにはいられない。探求と挑戦こそ研究者の性。それがどんな結果を招き、惨劇を起こすと知っていても……まるで昔の私を見ているようだ。ただ純粋に失敗するか、部屋全てが吹き飛ぶか、どちらだろう、ね。まあ、夢に生きたんだ。後悔は無いだろう。ぐっひっぎぃい゛い。ああ、そうだ。ジグワルド君も拾って上げないと」


 魔道師の服が内側から波打つように揺れる。稼動実験は既に始まっていた。







 その場に居る研究員全員が真剣な眼差しで巨大な容器内を覗き込んでいた。執念でここまでたどり着いた成果が、今試されようとしている。


「濃縮に入ります」


「圧力計に細心の注意を。温度の変化もだぞ。替えの効かない貴重品だ。くれぐれも気を付けてくれ」


 機械からは様々な音が混ざり、何かの演奏のようになっていた。濃縮を始めてからどのくらいの時間が経っただろうか、理想的な数値に、安定した反応。数字を読みながら記録を付けていく研究員達の顔には笑顔しかない。


「安定しています」


「やったぞ。成功だ。散々我々を小ばかにしていたキメイラ研究の奴に吼え面をかかせてやれる」


「これが成功すれば議会から追加予算が下ります。軍事転用すればどれだけ効果的な兵器になるか」


「ああ、他国ではまず作れないだろうからね。この大陸でも神々の遺物が多く残るこの研究所だけだ。そうなれば――」


 研究員の会話を中断するかのように、警告音が容器から発せられた。これの意味する物は容器に内側から想定外の圧力が掛かっていると言う事だ。美しさすら感じさせる周期性で動いていた機械は、悲鳴のような甲高い音の後に、異常振動を始める。


「何だ!? 容器の安全率はもっと高く取っているはずだろう。こんなところで警告なんて、欠陥か!?」


「いえ、欠陥ではありません。中身が膨張しているんです。まずいッ!! チャンバー内から逆流を始めました」


「そんな想定値とかけ離れてる」


 研究員は書類を放り投げ、機材のチェックに入るが警告音は止まることは無い。それどころか危険域まで数値が達しようとしていた。


「どんどん魔力が濃縮されて行くぞ」


「早く停止命令を入れろ!!」


 オルゾロフが部下に命令を下すが、駄目だった。


「さっきから何度もやっています。停止命令が届きません!! メインもサブも制御用の魔道具が破砕しています」


「どうなってるんだ。これは」


 製作に時間が掛かり、一つで歩兵部隊のセットが買うことの出来る魔道具の破損だが、既に気にする者はいなかった。


 若い研究者の悲鳴を聞いたオルゾロフは直ちに次の指示を出した。


「魔法石を引き剥がせ、ポンプも切るんだ」


 狂ったように計器の針が振り切れ、容器が激しく揺れる。その場にいた全員が機材に張り付いていた。


「駄目だ。ポンプが止まってるのに圧力が下がらない。クソッ、計器がいかれた」


「魔法石も取り出し不能」


「手動でバルブを回せ、排気しろ!!」


 三人の研究員が渾身の力を込めてバルブを回そうとするが、ぴくりとも動く様子は無い。


「ぐっ、ううぅ」


「駄目だ。硬くて回りません」


「このままじゃ容器が持たないぞ……」


 歯をかみ締めたオルゾロフは苦渋の決断を下した。


「焼却をする」


 複雑に詰まれた機材でも、赤色で書かれた警告文の箱を開け、そこから棒状のスイッチを引き出す。そうしてオルゾロフは剥き出しになったスイッチを力強く押し込んだ。


 容器の内部を観察する為に付けられた硝子から、中で炎が踊り狂っているのが研究員全員に見えた。そんな様子を研究員達は呆然と眺める。


「ああぁ、そんな」


「7年間の研究成果だぞ。それがこんな」


「まだサンプルはある。作り直せない事はないだろう。それより後処理をどうするかだ。無事な機材を確かめないと」


 年長の研究員の言葉は容器を叩く音で遮られた。全員が容器の方を見ると、容器が内側から叩かれ、曲がっていた。


 ガンガンと繰り返し叩かれた事により容器はどんどん変形する。既に何時壊れても可笑しくは無かった。


「そ、そんなッ、少量とは言え、ミスリル入りの合金だぞ!? ひしゃげるなんて」


「本体が破裂するならまだしも、こんなことが起きるなんて、有り得ない!?」


 絶句する研究者を嘲笑うように容器が突き破られた。研究員の一人が緊急事態を知らせるボタンを叩き割り、通信魔道具を使い絶叫にも似た声で警備室に呼びかける。


「警備室、こちらは最下層の実験室だ!! マジックハザードが起きた。そうマジックハザードだ。火器装備の警備隊を早く。そうだ。試験中の……ああぁ!! 止めろ。ぁああああああ!!!!」


「ひぃ、出てきた」


 棒立ちする研究者達の体を叩き、オルゾロフは退避を指示した。


「動け、総員退避しろ。急げッ」


「逃げろォ!!」


 先ほどまで笑顔で埋まっていたはずの実験場は、阿鼻叫喚の地獄へと変わっていた。地獄への扉は完全に開く。絶叫と人の本能に働き掛けるサイレンが鳴る中、悪夢は始まった。







 ヘッジホルグ共和国の貴重な財産である研究員と私財を守る為に、レイキャベス中央研究所の警備は並のものではなかった。


 地上三階から地下四層から成る中央研究所の警備兵は総数300人にも達する。国境線で中規模以上の外敵は補足、撃退できる事を考えたら、この300人という数字は過剰とも言えた。


 更に、そこに街の冒険者ギルドまで合わせたらその戦力は更に跳ね上がる。遺跡の上に作られた研究所は非常に堅牢に出来ており、外からも中からも難攻不落と考えられていた。警備兵達は暇を潰すのが仕事と公言するほどだった。今日までは――。


「実験体が暴走、第4層の研究員に死傷者多数。被害は拡大、警備兵から増援要請!!」


「コードレッド発令。マニュアル通りに施設からの全非戦闘員と資材の退避だ」


「誘導は最小限でいい。他の階層の警備兵を急行させろ」


「仮眠している連中も叩き起こせ、街にいる非番も可能な限り呼び戻すんだ」


 地下一層にある研究所の警備を取り仕切る指揮所は混乱の境地に達しようとしていた。部屋に置かれた魔道具がひっきりなしに鳴り、担当する通信手の耳には悲鳴と怒号が混じった叫び声が響く。


『大部屋での押さえ込みは失敗した。通路でバリケードを築いているが、何時まで持つか……早く人員を送ってくれッ!!』


「こっちも可能な限りの戦力を送っている。もう少し待ってくれ……聞こえるか? おい聞こえないのか!?」


 時間が経てば経つほど、被害は増加していく。ついさっきまでの平穏が恋しくなった通信手はあることに気づいた。ひっきりなしに鳴り響いていた魔道具が少し静かになったのだ。


 まさかな、とそんな思いで通信手が通信が来る階層をメモに書きとめながら確かめると、悪い予感は的中した。


「士長、第4層との通信が途絶しました」


 言い回しで、察した士長は確認するように尋ねる。


「第四層の警備室と、か?」


「違います。第四層にある携帯用の通信魔道具も含めて全てです」


 その一言で、指揮所の空気は凍りついた。第四層には100人近い警備兵が回っていたはずだった。通信魔道具を持った兵がたまたまやられたか、それとも通信魔道具の故障か分からない。それでも異常な事には間違いなかった。


「第三層で警報が作動、第三層の近くまで実験体の一部が上がってきました」


「侵出が止まりませんッ」


 飛び交う悲報に、警備を取り仕切る警備司令は決断を下した。


「第二層以下の各階層の入り口を全て閉じろ」


「ですが、まだ多数の警備兵と研究員が」


 士長が反対の声を上げると、司令は一喝した。


「少数を救う為に全て失う訳にはいかない。今から15分後だ。間に合わない者は頑丈な部屋に立て篭もらせろ。……もはや自力での鎮圧は不可能だ。冒険者ギルドに協力要請。議会にも通達しろ。最大級のマジックハザードが発生、大規模な増援、《魔力の杖》が必要だと」







「早くしろ。時間が無い。隔壁が閉じるぞ!?」


「待ってくれ、凄い重いんだよ」


 研究者の集団は暗くなってしまった通路を小走りで駆け抜けていた。そんな中で、ガラス製ケースを担いだ研究員はよたよたと小走りする。もう数区画抜ければ上のフロアだ。


 全力で移動するのは幼少の頃以来だろう。切れ掛かった息を立て直すのに研究員が手を掛けた時だった。研究所全体が揺れたのは――


「うわぁ、痛ッ」


「爆発!?」


 研究所を揺るがす振動により研究員は床へ転がり、地面へ転ぶ。


「おい、蓋が……!」


「どこだ。何処に行った!?」


 落としてしまった容器を慌てて拾い上げるが、中身がいない。机の隙間。床の上、どこにもその姿は無かった。


「落ち着け、アレ単体はそう早く移動できない」


「くそ、居ない。居ないぞ!?」


 周囲を必死になって探すが動力が下がったせいか、照明が消え足元は暗い。光源といえばヒカリゴケや魔法石による非常灯だけだ。


「諦めろ。あんな貧弱な奴だ、どうせ潰れて死んでる。隔壁が降りたら閉じ込められるぞ。早くしろ」


 他の研究員が先に進もうとしたときに、ある事に気づいた。


「おい、そこの扉が空いてるぞ……?」


 気が動転して気づかなかったが、ここは本来の通路ではない。点検用の通路とそして廃棄物を集める大部屋のある区画だ。そんな本来なら近寄りもしない区画を近道する為に、研究員達は抜けていた。


「その先は、確か……ッう、廃棄用の、ヤバイ、あっちにはこの前実験死した――」


 研究者はその続きを言うことはできなかった。扉が粉砕され、飛来した扉が一人の研究員を押し潰す。見るまでもなく即死だった。


「あ、ああ、最悪な奴に取り付きやがった。逃げろォ。」


「離せ、離せぇええええ!! ァアアアアアア!!!!」

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