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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第五章 ヘッジホルグ共和国
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第十二話 帰還

太陽は地平線へと姿を消し、ウイットルドはすっかり夜を迎えている。冒険者によるオーガ討伐の知らせは街全体を歓喜させていた。警備に駆り出されていた男達は祭りでは無いと言うのに、ハメを外して酒を煽り、飲み歩いている。


 夜だというのに通りには人が多い。街の住人であろう2人組とすれ違うときに、その会話が聞こえてきた。


「あーあ、昨日は夜通し立ちっぱなしで最悪だったな」


「全くだぜ。眠いや寒いやで、風邪でも引いたらたまらない」


 日が落ちて視界が悪くなったせいか、それとも冒険者の存在には気にもならなかったのか、こちらをちらりとも見ずに通り過ぎた。


「暢気なもんだな。こっちは命をかけてオーガを仕留めたというのによ」


 フルヴィオがぽつりと呟いた。


 どうにか4匹のオーガの討伐に成功したものの、前日のベテラン冒険者の喪失はこの街にとっては大きい打撃だろう。作物を荒らす程度の魔物だったら下位でも勤まるが、オーク以上となると残る冒険者だけでやっていくのは大変だ。


「まぁ、良い報酬と引き換えに、命を掛けて冒険者をやってんだ。覚悟が有ったにしろ無いにしろ、死んだ奴らも自己責任ちゃ、自己責任か。今日は死人も出ずに仕事が終わったんだ。さっさと帰ろうぜ」


「まだ終わりじゃないぞ。責任者としてマスターや職員に報告だ。それに相手はオーガ、方面支部にも書類を送らなければいけないだろう。フルヴィオ、お前も手伝え」


 心底嫌そうな顔をしたフルヴィオが軽く頭を振った。


「冒険者が書類仕事とは笑えないぜ。俺は自分の名前しか書けないからな。面倒なのは職員とケインズがやれよ。……そういう事だ。俺は今からクソみたいな仕事をする。シンドウは単独で2匹、共同で1匹のオーガを討伐して今日一番働いたんだ。ゆっくり休めよ。じゃーな」


「ああ、お疲れ様」


 住民や他の冒険者が仕事を終える中、2人はギルドハウスに向かって歩く。上位、中位、下位関わらず、冒険者達はオーガやオークの死体、冒険者の遺体を街まで運んで来て、すっかり疲れ果てていた。


 2人以外のほとんどの冒険者は街から出た臨時報酬で酒や食料を買い、疲れた肉体を癒しているだろう。


(壊れた分のスローイングナイフの補充しないとな。手持ちがもう4本しかない。服は着替えて体も洗ったが、肩の布が破かれたせいで服の予備も無い。適当な服屋を探して修繕して貰わないと)


 自分で直してもいいのだが、どうも家庭科全般のスキルが低い。直せない事はないだろうが、ちぐはぐな見た目の悪いものになるだろう。


(やり始めたらそれなりになるんだろうが、手間暇を考えると……決して、決して下手な訳ではないんだ)


 自分の弱点を頭の隅に追い払い、ニコレッタの事を思い出す。


「明日の朝でいいか、それよりもさっさと酒場に行こう」


 ニコレッタから昼に食事を奢って貰う約束がオーガ襲撃のせいで夜に変更になったので、今から宿近くの酒場に向かわなくてはいけない。


(時間にアバウトな世界とは言え、待たせるのは悪いよな)


 幸い、街は広くなく酒場まで距離が近いので、直ぐに店に着いた。店の外にニコレッタがいない事から、中で待っているのだろう。


 扉を押し開け、中に入ると隅のテーブルにニコレッタが座っていた。向こうも俺に気づいたらしく、軽く手を上げて呼んでいる。


 店の中を横断して、そのテーブルへと向かう。酔っ払った住民が騒ぎ合い、酒瓶を片手に冒険者が柱に抱き付いて寝ていた。その直ぐ傍では酔い潰れたのだろうか、うめき声を上げながら机に頭を押し付ける冒険者もいる。


「凄くお洒落な場所だな」


 わざとらしく店内を見回して言うと、くすりとニコレッタは笑った。


「そうね。凄く落ち着いた雰囲気で素敵だと思うわ。……まあ、静かなのも好きだけど、こう言うのも悪くないんじゃないかしら?」


「そうだな。逆にこういう酒場が静かだったら、この世の終わりか何かだ」


 椅子を引き、席へと座る。


「それじゃ飲みましょうか」


 酒と料理を摘みながらが、他愛の無い話をして行く。ささいな日常、初めて狩った魔物や死に掛けた事、良くある冒険者の苦労話など、中身のある有意義な話では無いが、そんなものでも話し始めると直ぐに数時間が過ぎて行くものだ。


 ふと間が空いた時にニコレッタがぼそりと言った。


「あの肩の傷、もう塞がったのね」


 酔って柔らかくなった目は俺の肩に向けられていた。そこはオーガによって深々と傷つけられた場所だ。


 指摘された瞬間、俺は固まってしまった。飲んでいたグラスをテーブルに置き、ニコレッタに顔を向ける。


(何処まで見られていた)


「ああ……見たのか?」


「何も見てないわよ」


 森の中で俺がニコレッタにした返事の言い回しを真似ている。随分と皮肉が効いた冗談だろう。


「嘘付きだな」


 からかうような口調でニコレッタは続ける。


「シンドウの肩に酷い傷が見えて、様子が変だから見に行ったら、ハムスターみたいに食料を頬張ってるとは思わなかったわ。……冗談や変わった趣味って訳じゃないでしょ?」


「個人的な趣味と言いたい所だが、無理があるか、ちょっと訳ありでな」


「訳あり、ね。私も訳ありの体だからね。深くは聞かないわ。調べ物があるって言ってたけど、もしかしてその体に関して調べに?」


「まあ、そんなところだ」


 ニコレッタは何かを閃いたように楽しそうに笑いだした。


「そうだ。調べ物でヘッジホルグに来たんでしょう? レイキャベスまで一緒に行かない? 一人旅って大変だから」


 ニコレッタからの思わぬ提案に俺は飲んでいた酒を吹き掛けた。確かに、見張りや火の番もそうだが、一人旅ってのは何をするにも不便だ。リュブリスからヘッジホルグに来るまでに寝込みを何度、盗賊や魔物に襲われたか。


「おいおい、いきなり突然だな……しかし、レイキャベスか」


「レイキャベスはヘッジホルグでも研究が盛んだから、ギルドカードとGさえ払えば入れる図書館もあるわよ。特に遺跡を一つそのまま研究所にしたレイキャベス中央研究所は、地上の構造物だけでも三階建て、地下は噂程度だけど四階層まであるなんて聞くわ」


「図書館か」


 この世界の本はとても高価で、高給取りの冒険者でも何冊も気安く買えるような値段ではない。リュブリスにいる時に読んだ本は、訓練場でGを払って読んだ冒険者向けの指南書。それもほとんどが字が読めない冒険者向けの絵本のようなものだ。


 はっきり言って文字はオマケ程度であり、絵を見ただけでも理解出来るものがほとんど。強面の冒険者達が独力では文字が読めない為に、教官の話を真面目に、それも必死な形相で聞いているギャップには噴出しそうになった記憶がある。


 そんな理由で、例え一般人を含めても識字率はかなり低いこの世界だ。本が集まっている場所などそう多くは無い。


 ましてや図書館など調べ物をするには、最高の場所だろう。知識を得られる物と知識を持つ者が集まっているのだ。


「有難い申し出だが、移動はどうするんだ? 俺の馬には2人はキツイぞ」


「これでもBランクの冒険者なのよ? 馬を買うくらいのGはあるわ。最近は出費続きだけどね……それにしても凄い食べるわね。それも訳ありのせい?」


「元々はこんなに食べなかったから、多分な」


 怪我の影響で、今日は特に食べる量が多い。


「そんなに食べて、何処に消えてるのかしらね?」


「さぁな。自分でも分からん。……と言うか、ニコレッタもしかして」


 話を進めて行くうちに異変に気づいた。ニコレッタの顔が何時もよりも赤くなり、若干呂律も回っていない。


「どうしたの?」


 愛想良くニコレッタが笑い掛けてきた。いつもと比べて明るい、いや、明るすぎると言えた。完全に酔っ払っているのだろう。


 テーブルに載っている空のボトルが視界に入る。ニコレッタが飲み干した酒の内容を思い出すが、そこまで量は飲んでいないはず。一気に飲んだわけでもなく、料理を摘みながらだ。


(下戸だったのか? その割には美味そうに飲んでいたし、そうは見えないんだがな)


「その辺にしとけ。飲み過ぎは良くないぞ」


「大丈夫、飲んで無いわよ。何時もはもっと飲むから、このぐらい」


 にへらっと笑い否定するニコレッタの顔は相変わらず真っ赤だ。


「顔を真っ赤に染めて言われても説得力は皆無に近いぞ」


 今まで会った中では冒険者の中でも最弱クラスのアルコールの弱さだ。ニコレッタはテーブルでぐったりしていたと思ったら、急に体を起こして喋りだした。


「それより聞いてよ。触手よ。触手!? まだ若いのに、ううぅ、遺跡に潜って死に掛けた私も悪いけど、どうせ治してくれるなら触手じゃなくてもいいじゃない、なんで触手なのよ」


「急にどうし――へっ?」


 机の下でヌメッとした粘着質の何かが俺の肌に触れた。何が起きたか理解するまでにさほど時間は掛からなかった。


 見るまでもない。間違いなく触手だ。店の端、それも今は暗い夜だ。周りからは見えないだろうが、見えなければ良いという問題ではない。


「オイ、オチツケ。そんなもの出すな。仕舞おうな? なっ?」


 張り付く触手を足の先で突きながら抗議の声を上げる。こんなもので喜ぶ趣味は、俺には無いはずだ。


「はぁ、やっぱり触手なんて……こんなの誰が得するのよ!! 今時、沼地の魔物だって触手を持ってるのなんてほとんど居ないわよ。子供を脅すおとぎ話やアルカニアの勇者が出てくるような数百年も前の化け物ぐらいじゃない!? あの白衣の骨眼鏡……」


 急に勢い良く喋りだしたと思ったら、急にペースダウンした。


(燃え尽きる前の蝋燭みたいな奴だな。大人しくなったか?)


 頬杖を付くと眠そうにこくりこくりと頭を振る。


「おいおい、こんなとこで寝るなよ」


「どうせ私なんて襲われないから大丈夫よ」


「そんな事はないぞ。襲った後に凄く後悔をするとは思うが」


「何よ。……はぁ」


 異議がありそうな目付きで俺を見上げてくるが、気づかないふりをする。


「今日はこんなもんにしよう。話はまた今度だ。ほら行くぞ」


「ここは私の奢りよー?」


「分かった。分かった」


 体を支えながらカウンターまで行き、ニコレッタが料金を支払うのを待つ。袋からGを取り出し、支払いを始める手つきは酷く遅い。


「ご馳走様、はぁ、ろくに立てないじゃないか……一つ言って置く。肩を貸すが、変なもの出すな? 前ふりじゃないぞ?」


 店から少し離れた路地裏で恐る恐る肩を差し出すと、細い手で大人しく肩を掴んだ。


「あー、どうなってるの。これ、シンドウ何か盛ったりした?」


 真面目な顔で尋ねてくるニコレッタの声は他の通行人達の耳に入ったらしく、ひそひそとこちらを見て話をしている。


「誰が薬なんて盛るか!! 人聞きの悪い。薬なんて盛ってないぞ!! ほら、ささっと行くぞ」


 通行人の視線から顔を背けて、肩に回させた腕を掴みニコレッタを引きずって行く。


(はぁ、なんだか人攫いになった気分だ)


 宿の前まで着き、扉を押してそのまま入る。


「部屋何番だ?」


「あー215室」


 部屋番号と一緒に渡されたのは215室と書かれた鍵だ。


「隣じゃないか」


(広いとは言えない宿屋だ。隣部屋になる確率の方が高いか)


 鍵をポケットに放り込み、店内の中を引きずって行くと厨房から亭主が小走りでやって来た。


「どうした怪我か!?」


「飲み過ぎ(?)だ」


「ははぁん。アンタも若いのにやるなぁ。ぬふふ」


 ニヤついた顔に少しイラッとした俺はお土産を袋ごと亭主に投げ付ける。


「ふふ、ぐっふふぃ!?」


 袋がぶつかった亭主は奇妙な声を上げながら、息を吹き出す。


「約束通り、オーガの牙だ」


 お守りや薬などにも使われるオーガの牙。自分で持っていても使い道もないし、この場で亭主を鎮圧するのには最適のプレゼントだろう。


「おお、本当にくれるのか!! ありがとう、ありがたく貰っておく!! 明日の朝は何か食べたいか?」


「あー、パンとシチュー?」


「分かった。手間隙を掛けて作っておくぞ」


 テンションの高い亭主を一階に置き去りにして二階に上がり、ポケットから取り出した鍵で部屋の中に入る。


「ほら、今日はもうさっさと寝ろ」


 ニコレッタを掴むと勢い良く寝具へ放り投げる。硬めのベッドでバウンドしたニコレッタは顔面から絶妙な角度で枕にめり込んだ。


「あーぁ」


 枕に顔を突っ込んでこもった声をあげたかと思うと、そのまま静かになった。10秒ほど眺めていると寝息が聞こえてきた。


「寝たか、俺もさっさと帰って寝よう」


 軽く欠伸をして部屋を出る。今日は熟睡が出来そうだ。





 暖かい朝日と共に起きた俺がゆっくりと朝食のパンとシチューを楽しんでいると、階段からニコレッタが降りて来た。その顔は酷く沈んでいる。


「頭痛い」


 朝から気が滅入る様な第一声の後に、反対の席に腰を掛けた。


「二日酔いだ。昨日の事覚えているか?」


「店屋で支払いをするところまでは覚えているわ……」


「その後は覚えていないか、昨日は酷かったぞ。外にいた馬を触手で八つ当たりして、止めに入った宿屋の亭主まで触手で……見てて酷い絵面だった」


「う、嘘っ!?」


 かなり驚いた様子でニコレッタが返事をした。


「嘘だ」


 ニコレッタが抗議がこもった視線を向けて来るが、気にせずに水を差し出す。


「元々強い方じゃなかったけど、尋常じゃなく酒に弱くなってるわ。数杯であんなになるなんて」


 水を飲んだニコレッタは軽く息を吐き出した。


「体質が変わったのか? 俺もスキルのせいで大食いになったが、酒が弱くなる事もあるのか」


「そうね。次から気を付けないと」


「ウォーターボールでも浴びたら、すっきりするんじゃないか?」


 ふざけた調子で尋ねると、ニコレッタが机に突っ伏したまま言う。


「勘弁して……」

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