第十一話 大鬼の襲撃3
風圧を伴い、迫る死の風きり音が体の直ぐ横を通り過ぎた。素早く体を動かしたために肩からの出血は止まるどころか増えていく。直撃もせずに掠っただけだが、それでも傷口は深い。
(長い時間は戦えない、さっきとは状況が逆だ)
短期決戦を仕掛けるには余りにも強力な相手。無理に仕掛ければあっさり返り討ちになるだろう。長期戦をしようにも出血のせいでどこまで戦えるかも分からない。
大剣は袈裟斬りの軌道で迫る。剣筋に合流させたバスタードソードを強引にぶつけ剣速を鈍らせ軌道をずらす。
それでも捻じ込まれてくるその強大な刃を上半身を逸らして回避、反撃の為にオーガの手首を目掛けてバスタードソードを斬りつける。
大剣の腹で斬撃を受け止めたオーガは、そのまま剣を押し込みながら踏み込んで来た。そして続け様に大剣を水平に払う。
その攻撃に対応する為に構えた時だった。踏み込んできた右足を軸に左足が下から迫る。
(まずい、蹴りだ)
フェイントを掛けられながらも事前に蹴りを察知したので、どうにか直撃は避けられた。それでも体勢が崩れた所にオーガは風属性魔法で加速させた大剣を叩きこんで来る。
(このタイミングでは、横や後ろではもう間に合わない)
防御しようにもあの剣圧の大剣も逸らしきれずに、バスタードソードごと押し斬られる。
(防御や後退は、無理、下側しかないか――!!)
崩れた姿勢を更に傾け、そのままオーガの股下目掛けて体を滑り込ませる。人間相手では到底無理な技だが、馬鹿でかいオーガの足元には潜り込めそうだ。
体が完全に滑り込む前に、大剣が迫る。俺の視界には無機質で血に濡れた刃がズームアップされて来る。頭部まで僅か数センチ。髪の数本が持ってかれた。
そのまま空いている手でオーガのふくらはぎを押し、そのまま裏に体を逃がす。
オーガは片足を上げて、そのまま踏み下ろして来た。体を転がしながら足を避け、バスタードソードの刃を突き刺して答える。装甲の無い間接部の内足を傷付けられたオーガは小さく声を上げた。
転がりながら手と足で地面を蹴り立った俺に対し、大剣が迫るが、間一髪、殺傷範囲から逃れられた。周囲からは断続的に戦闘音が聞える。
「足を狙え!!」
「左だッ! 左の死角へ回り込めッ」
冒険者の怒声とオーガの咆哮だ。声からは戦況は分からないが、それでも誰がやられたという訳でもなく、拮抗状態なのだろう。
三組の戦力のどれかが崩れたら、一気に勝負は決まる。赤いオーガもこの状況に焦っているのか、無茶とも言える突撃を仕掛けて来た。
スローイングナイフを抜くような時間は無い。魔法が警戒されている事から、風属性魔法で急加速して回避されるだろう。
(加速が厄介だ。加速……迷ってる時間はないか)
大剣を上段に構えながら、オーガが一気に加速した。例え魔法による攻撃を受けたとしても、この一撃で俺を仕留めるつもりだろう。
(肉を切らせて骨を絶つ、鬼野郎、加速が出来るのが自分だけだと思うなよ)
オーガに応える形で走り出ながら、後ろに向けた手から詠唱していたファイアーボールを放つ。威力を手加減したものでなく、人間相手では一撃で行動不能になるほどの威力でだ。
地面に着弾すると大爆発を起こした。炎と衝撃波を巻き起こしながら、爆風によって加速した俺の肉体は真っ直ぐにオーガへと向かう。
「ぐっ、っう゛っうゥ――!!」
圧力により体が軋み、悲鳴を上げるのを無視して一度、二度と地面を蹴る。お互い急加速した為に、もはや手を伸ばせば抱擁出来そうな距離だ。
歯を食い縛り、渾身の力で突きを繰り出す。途中で大剣が進路を塞ごうとするが、それでもワンテンポ俺の方が速かった。がりがりと金属同士が擦れ合いながら、俺のバスタードソードは止まらない。
そうして首に触れた刃は容赦無くその肉を突き破る。加速した勢いそのままにオーガの体にタックルする。コンクリートの柱にぶつかるような衝撃の後に、互いの体を入れ替わるように位置が変わった。
「がはっ、痛ッ」
様々な衝撃と痛みでふらつく意識を抑えつきながら顔を上げる。そこには首の半分が切れ、血が溢れ出るオーガがいた。それでも大剣を振り上げ、倒れず歩み出した。
「ア、あっあ゛あアアッ!!」
「ぎっ、ぐっが、がガア゛アアアア!!!!」
一歩二歩と踏み出すオーガに向けて、俺は駆け出す。気付けば威嚇するようにどちらも声を出していた。助走の勢いを利用して俺はバスタードソードを叩き込む。バスタードソードと大剣がぶつかり合い、俺の腕の血管が浮き出て、筋肉に激痛が走る。
(ここまで来て、負けられるかよッ!!!!)
バスタードソードは大剣を退け、オーガの急所を防ぐ物は無くなった。
「喰らえッ!!」
腕により加速したバスタードソードがそのまま勢いでオーガの喉元へ向かい。肉にめり込む。渾身の力を込め、強引にその残る半分を撥ねた。
「はぁ、はぁはァ……ケインズ!! ニコレッタ!!」
息切れを起こす体に無理を言わせ、名前を叫ぶ。ケインズからは直ぐに返事が返って来た。
「こっちだ!!」
ぎろりと声のする場所に目をやると、6人掛かりで戦闘が行われていた。囲んだオーガを走り回りながら全員で牽制と攻撃を繰り返している。
返事の無かったニコレッタだが、声の代わりに激しい戦闘音がその場所を教えてくれた。戦闘音のする方向を見ると、木々の隙間からだが、その姿が見える。
ロングソードとロングソードがぶつかり合い、ハンドアックスがオーガの盾を傷付け、最後にニコレッタが背中から伸ばした触手がしなり、鎧の上からオーガの腹部に強烈な一撃をお見舞いしていた。
他の冒険者は目の前のオーガに夢中で、気付いていない。俺も見えていないふりをして、余裕の無いケインズの救援に向かう。
(オーガとの戦闘を過去に経験、それに加えて怪力と触手を手に入れたニコレッタは優勢で大丈夫だろう。それよりもケインズ達が危険だ)
問題は6人でオーガを囲む冒険者だ。人数と足を使い上手くオーガをかく乱しているが、全員が土や傷まみれだ。戦闘中にどんどん移動したのか、最初に見たときよりも離れた場所で戦闘は行われていた。
体をばねのように使い、体をぐんぐんと加速させる。森の中の道とも言えない道を踏破しながら、最後に思いっ切り飛び掛った。冒険者の隙間から飛び出た俺を見開いた目でオーガが見る。
「ッ!!」
迎撃目的で突き出されたロングソードよりも速く、オーガの胴部を斬り付け、そのまま体当たりする。片腕を失った出血によるものか、オーガはタックルでよろめいた。
俺も無理に動き続けたせいで視界が霞み、頭が痛む。肩からの出血のせいだ。
「今ダ、ヤれッ!!」
背後にいた冒険者が俺が指示をするよりも早く突っ込んで来ていた。必死の形相のケインズが駆け寄り、隙が出来た背中にショートスピアを突き刺す。
オーガは振り返ろうとしたが、今度は全方位から凶器を持った冒険者が迫る。自身の処理速度が限界を向かえ、飽和攻撃に屈した。
「グガ、がっぎィ――」
オーガの体を6人が繰り返し、繰り返し剣と槍で突き刺し、とうとうオーガの息は止まった。
よろめきながらも俺は走ってニコレッタの方へ向かう。大木に手を掛けながら、その場所に着くと、ちょうど勝負が付いていた所だった。
オーガのロングソードがハンドアックスと絡まるように押え付けられ、盾を押し退ける形で胴部に触手が突き刺さっている。そしてその太い首にはロングソードがしっかりと食い込んでいた。
ニコレッタが触手を引き抜くと、オーガは音の切れた操り人形のように崩れ落ちた。返り血か、口の中を切ったのか、血の混じった唾を吐き出す。
「……見てた?」
こちらに気付いたニコレッタが肩の力を抜き、口を開いた。
「誰モ何モ見テナイ」
「嘘つき」
ニコレッタが何か言ったがそれを無視して、木にもたれ掛かる形で俺はずるずると地面に座り込む。
「ニコレッタ、シンドウ無事か!!」
俺に数秒遅れて冒険者達が駆け寄ってきた。全員が砂場で遊んだ児童のように泥だらけ。ここまでなら普通の冒険者の良い話だが、問題が生じた。
頭痛が止まずに、血管の中を血液が濁流のように流れている。
(あのオーガめ、ミケーレのような鋭い突きをしやがって)
「ハァ、はぁ」
自然治癒と暴食の境界がひどく曖昧だ。頭がガンガンと痛み、激しい衝動に襲われる。
「ちょっト、待っててくレ」
「どうした。大丈夫か?」
「怪我なら見せてみろ、応急処置をしよう」
「いいカら、少し待っテてくれ」
2人に小声で断りを入れると、2人とも困った顔をしたが素直に俺から離れた。
「ああ、分かった」
木影でありったけの食料を口の中に放り込み、水で押し流す。肩を見ると既に傷口が塞がっていた。
「はぁ……」
目の上に手の平を置き、ため息を付く。どうにか落ち着いた。
(怪我人が出たが、死人が出なくて良かった。暴食も抑えられたから、結果的には最良と言えば最良だよな)
色々と怪しまれそうなので、休憩もそこそこに腰を上げた。これ以上は居ないと思うが、それでもまだオーガがいるかもしれない。今の状態で同規模の群れに襲われたら限界だ。
乱れた服と血を拭き取り、冒険者が待つところに向かう。近づくと冒険者の声が聞えてきた。
「きっと漏れちまったんだよ。俺も戦闘中危なかったぐらいだ。シンドウは群れのリーダーと一騎打ちしたんだ。しかたねぇよ」
「あれだけの魔物を相手にしたんだ。寧ろ、当然だろ」
「フルヴィオ、ウェスキン。本人が近くにいるんだぞ。少しは気にしてやれないのか? 帰ってくるまで黙っててやれ」
「おい……後ろ」
俺に気付いた冒険者達は気まずそうに顔を逸らした。
「おい、待て、俺は何も、漏らしていないぞ!?」
あらぬ疑いを掛けられ、否定するが、どいつもこいつも目を逸らす。
「じゃ、何――」
フルヴィオの口をケインズが押さえた。
「まだオーガが潜んでいるかもしれない。早く街に帰ろう。怪我人の治療とオーガの処理もある。大仕事だぞ」
「そうだな。早く帰ろう」
「はぁ、今日は何度死ぬかと思ったか」
「まだ街まで帰るんだ。気を抜くなよ」
俺を無視するかのように冒険者達はそそくさと移動を始めた。
「なんでこうなるんだよ……どうしたニコレッタ?」
黙ってこちらを見ているニコレッタが気になり声を掛けた。
「いや、そのか――なんでもないわ。行きましょ」
声が小さくうまく聞き取れなかったが、ニコレッタも冒険者達に合流するために小走りしたので、とうとう俺1人になった。
何本か駄目になったと思うが、残るスローイングナイフはオーガの処理をする時に回収しよう。
(腹も減った。さっさと帰ろう……お漏らしの冤罪ってのは嫌なもんだが、まぁ、《大罪》がばれるよりかはマシか)