第十話 大鬼の襲撃2
「炎よ、我が壁となれ」
本来であれば2匹目のオーガ用に詠唱していたファイアーウォールを俺は使った。一瞬で足元から伸びた炎の壁はオーガの身長よりも高く伸び、その巨体を炎で飲み込む。
「がっ、グガァアア゛アアぁ!!」
ファイアーウォールはファイアーボールのように射程は長くない。けれど射程が短い分、その火力は圧倒的にファイアーウォールの方が上だ。人間ならば掠っただけでも戦闘不能になる火力だが、聞こえてきたのは痛みによる絶叫と言うよりも怒りによる咆哮。
燃え盛る炎の壁から薙ぎ払うように出てきたのは、ウォーハンマーだ。咄嗟に姿勢を低くした俺の上を風切り音を伴って、鉄塊が通り過ぎて行く。
ファイアーウォールの真横からもロングソードが振られた。軽くバックステップをして回避すると、俺を追う形でオーガも突っ込んできた。その右半身は炎により焼き爛れているが、見た目に反してまだ十分な力を発揮出来る様で一発一発が人間を粉砕する威力でウォーハンマーが放たれる。
「ぐっが、ぎぃ、ガッアア!!」
怒り狂ったようにオーガは俺に向けてロングソードとウォーハンマーを振り回す。足を使い打撃を避け、バスタードソードで斬撃を逸らす。
(無理をすればこちらの攻撃まで持ち込めるが、どうする。怪我で疲弊して行く相手だ。このまま持久戦に持ち込んでじっくりと戦うか……だが、二コレッタ達がオーガに勝てると保障も)
オーガの背中側で何かが横切った。
(くそ、新手か? いや――違うッ。仕掛けるか!!)
内心焦りを隠せない俺だったが、その正体を確認した俺は勝負に出る。ロングソードを回避せずに両手でバスタードソードを使い正面からせめぎ合う。勿論、力でこちらが劣っているのは重々承知している。
鍔迫り合いでパワーは重要だが、力の掛け方によってはパワーで勝る相手にも打ち勝つ事が出来る。絶妙に力を加えながらバスタードソードを押し込み、オーガのロングソードを右へと誘導。ロングソードは虚空を斬った。
体の勢いを利用しながら、バスタードソードの剣先で目線の先にある太い首を狙う。読んでいたのか、それとも反射的にか、オーガは大きく後ろに跳躍しながら右腕でウォーハンマーを横向きに振った。
遠心力を利用して加速したハンマーの先端はグングンと俺に迫る。咄嗟にバスタードソードをぶつけながら姿勢を低くし、後方へと体を逃がす。
(痛ッ――馬鹿力が)
ウォーハンマーと接触したバスタードソードから手を離しそうになるほどの衝撃が伝わってきた。じんじんと痛む指を無理を言わせバスタードソードを落とさずに済んだ。
オーガはすぐさま俺に攻撃を再開しようとしたが、その目論見は失敗した。
正確には2人によって邪魔された、だ。
その背中にはしっかりとケインズのショートスピアが突き刺さり、そこから血が溢れ出す。フルヴィオのうなじを狙った斬撃はオーガが咄嗟に左腕で首をかばった為に防がれたが、それでも十分過ぎる戦果だった。
オーガがショートスピアとロングソードを叩き壊す勢いでロングソードで斬りつけるが、2人は既に武器を引き戻し距離を取っていた。
(良い援護だ!! 後は任せろ)
俺は助走を付けながらオーガに斬りこむ。オーガはそれを迎撃しようとしたが、狙いは首でも命でも無く腕だ。一度、二度と往復する様に振られたウォーハンマーを全身を使い避け、三度目を振られる前に飛び込み、その右腕にバスタードソードを叩き込んだ。
防具の僅かな隙間にバスタードソードを押し込み、その刃で筋組織と骨を叩き切り、両断する。切断された腕が空を舞い、地面へと落下すると泳ぐように跳ねた。
肘の根元から手を失ったオーガは無茶苦茶にロングソードを振り回す。その攻撃は先ほどまでの脅威は無い。
(一気に止めを刺す)
ケインズ達も俺に合わせて動き出した。バスタードソードをしっかりと握り、駆け出す。オーガは片腕を失い三方向から来る俺たちに混乱の極みだった。
そんな斬り掛かかった俺の前に、槍が勢い良く突き刺さった。
少しずれていたら頭か喉に突き刺さっていただろう。槍の先端は完全に地中に埋没していた。スキルか魔力を使用していないのなら、ここまで土の中に槍が刺さり込むのは異常な膂力が必要だ。勿論、この場でそんな芸当が出来る生物はアレしかいない。
6、7歩、正面のオーガから距離を取ってから目線を外し、槍が飛んで来た方に向ける。そこには真紅のオーガがいた。同類がやられて興奮していると思ったが、赤いオーガは声すら上げる事無く動いた。
防具を加工して身に着けるその行為から、ゴブリンやオークにはない知性を感じられる。勿論、鍛冶屋のような高度な物では無いが、それでも知性があるのと無いのでは雲泥の差だ。
繋ぎ合わされた防具や武器の数から考えるに、かなりの冒険者や人間を葬ってきたのだろう。
(嫌な相手だが、俺が相手をするしかないよな)
「フルヴィオ、手負いの相手をするぞ。またオーガが出た、余裕があるならそっちから人をくれ!!」
俺の行動の意図を察したケインズがニコレッタと共闘をする冒険者の一部を呼び寄せる。
「俺らだけかよッ!!」
「仲間の仇だ。気合を入れろッ!! 片手の無い手負いだ。人数差を利用して死角から責めるぞ。絶対に背を向けるな。来るぞッ」
(そっちは頼んだぞ。……こいつが群れのリーダ、まだオーガはいるのか? これ以上敵が来たら崩れるぞ。クソッ、来てから考えろ、今は目の前の敵に集中だ)
幸いまだ距離はあり魔力もまだある。回収したスローイングナイフを取り出し、俺は新手に投げ付けた。
(当たっ――てない、避けたか)
高速で飛翔したスローイングナイフは直撃したと思われたが、寸前で避けられた。
赤いオーガは直進を止めない。明らかに冒険者慣れをしているオーガだ。接近戦をするには危険すぎる相手だ。ファイアーボールではストッピングパワーが足りないだろう。
(3、2、1、今かッ!)
「炎よ、我が壁となれ」
オーガに重なるように出現した炎の壁はオーガを飲み込み燃え盛ったように見えた。だが、防壁から飛び出た体によりそれは否定された。
(直前で止まった!? 事前に技を見られていたか――だがまだもう一本ッ!!)
炎の壁に隠れ構えていたスローイングナイフを投擲する。目標は当たりやすく致命傷になり易い下腹部。近距離での貫通型ナイフだ。いくら鎧があっても貫通して体に突き刺さる。
(このオーガ相手には致命傷にはならないかもしれないが、それでも当たれば確実に動きが鈍る)
そうすれば格段に討伐し易くなるだろう。俺の視線の先には鋭く研ぎ澄まされた刃先がオーガに触れる瞬間、オーガの体は横にずれた。
(あの距離と速度で避けた!? 何だ、コイツは)
感じる違和感の正体を考える暇など無かった。眼前にまで迫るオーガに向けてバスタードソードを突き刺すように繰り出す。それに合わせオーガも大剣を振り下ろして来た。圧倒的な鉄塊が俺のダマスカス鋼製のバスタードソードにぶつかり、そのまま甲高い音で弾き合う。
剣が持っていかれないだけで精一杯だ。なまくらの大剣を期待したが、上位の冒険者から奪い取った品なのだろう。その威圧的な大きさに見合った強度と粘りを持っていた。
当然その一撃で斬り合いが終わるわけも無く、互いに剣を交差させるが、力の差は歴然だった。馬鹿力だけでも厄介だと言うのに、剣術にも通じた攻撃を仕掛けてくる。それも力任せではなく基本に忠実だ。
(魔物がこんな剣術を使うか。あの迷宮のゴブリン程では無いが……この前の盗賊達が可愛く見える)
顔面に迫る敵の大剣に頭を下げながら飛び込み、水平にバスタードソードをたたき付ける。むき出しの喉の感触を期待したが、帰ってきたのは無機質な硬い感触。引き戻された大剣によってガードされていた。
「グガ、ガアアアア、ガッ!!」
オーガはつばぜり合いの要領で俺を弾き飛ばそうとする。俺はその力に素直に従い、後ろに飛び退いた。大剣を上段に構え踏み込んできたオーガに対し、地面を蹴り上げて迎え撃つ。中段から振り抜いたバスタードソードが進路を邪魔される形で大剣にぶつかるが、そのまま滑らせオーガの手首を刃で傷つける為に力を入れる。
目的通りバスタードソードは動いたが、オーガが咄嗟に腕を引いた事により、オーガの腕に巻きついた防具に弾かれた。バスタードソードも横に投げ払った大剣によって押し返される。それどころか、腕を引いた勢いを利用して拳を振って来た
(まずい――)
コンパクトで鋭角に繰り出された拳が俺の腕を掠る。特にダメージは無いがそれでも体勢がぶれる。続け様にオーガが動く。腕を突き出し、大剣で突き繰り出してきた。圧迫感が酷いが、若干の余裕を持って避けられる速度。
体を動かし回避体制に入ろうとした瞬間、オーガの体が揺れた。
(な、速いッ!? 間に合え)
脳がかき回されるような勢いで体を捻り、首を振る。眼球の先と言っていい程に剣先が迫っていた。
(痛ッ――)
どうにか直撃を避けたが、引っ掛けられるように服の一部と肩の肉が持っていかれた。肩からは血が滲む。一瞬だが、確かに腕が伸びてきた。いや、伸びたというよりは瞬間的に加速したと言えた。
(やはり、能力か)
突きによって隙が出来たオーガに剣を振るが、足を後ろに引き避けられた。追撃を掛けるが、バスタードソードがオーガを捕らえる事は無い。
体の一部、手足を加速させる初歩的な風属性魔法だろう。スローイングナイフを避けられた時の違和感の正体はこれだ。討伐されないで、ここまで成長した理由の一つは間違いなくこれだろう。肉体と剣術だけでも危険だが、ここぞと言うときに使う風属性魔法こそがこのオーガの真の強み。
スローイングナイフを抜こうにもやはり戦い慣れして知恵が回る。俺の魔法と投擲を警戒して絶えず休まずに責め立てて来る。このオーガの攻撃を捌くには両手で剣を操る必要があった。
(嫌らしい鬼だな。戦いの幅が迷宮の養殖とは段違いだ)
今までで最も強力と言える魔物を前に、俺は短く息を吐き、詠唱を始めた。
集中したら本文が2時間程で書けたので、連続投稿。以下は用語解説。
今回の話で出た《ストッピングパワー》と言うのは相手に銃弾などが命中した際に、どれだけ相手を行動不能出来るかと言う指数。因みに、興奮したインディアンやフィリピンのモロ族などは38口径程度の拳銃弾で撃たれてもストッピングパワー不足でそのまま切り込んで来るそうです。怖いですね。
日本でも三毛別羆事件などで恐れられる熊ですが、これは肉や骨の関係で口径の小さい拳銃弾は効かない。某ディ○ニーのアニメキャラやご当地キャラのイメージとはかけ離れ、もはや詐欺の領域。実はあの愛くるしいパンダも笹以外に死肉を食べたりします。どうでもいいですが、作者は羆の肉は結構好きです。血抜きが悪いと凄い臭いらしいですが、臭くなかったので、腕の良い猟師さんだったようです。
それと小説内で時々使う《キルゾーン》というのは、単純な言い方だと爆薬や爆弾など、武器が最大の威力を発揮出来る範囲、最大殺傷範囲です。待ち伏せなどでも使います。
深夜の為、無駄にテンションが高くなってしまいました。大人しく寝ます。