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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第五章 ヘッジホルグ共和国
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第九話 大鬼の襲撃

 完全に夜が明け切らず、窓の外は紫紺色に染まっていた。寝癖の付いた頭を一度、二度掻き毟り、目を擦りながらベットから起き上がる。


「あー」


 眠気覚ましに机に置いといた水を一気に飲み干す。眠気が覚め、軽く背伸びをした。今日はオーガ討伐だ。何人死人が出るか分からず、俺自身も死ぬかもしれない。


 昨日は寝付けないだろうと思ったが、思いのほかぐっすり寝れた事に、自分の精神がだんだんと図太くなっている事を再確認出来た。服を着替え鉄板が仕込んである半長靴を履く。


 音を立てながら装備が立てかけてある壁まで歩き、何時も通りに装備を付けていく。装備も体にも違和感は無い。


 昨日ギルドから貰った投槍を肩に担ぎ、階段を下りると、下の階には数人の冒険者に紛れてニコレッタが椅子に座っていた。


「おはよう、ニコレッタ。早いな」


「おはよう。そうかしら?」


 向かいの空いている席に座り、軽く何か食べるために、亭主を呼ぼうとすると、料理を持って亭主が来た。


「サービスだ。オーガ討伐無事に帰って来いよ。またサービスしてやるから」


 テーブルに並べられたのは、肉がたっぷり詰まったシチューに、うっすらと湯気が出る焼きたてのパン、そしてワインだ。朝から食べる物にしたら豪華だった。この時代のワインは製法が未熟なのかアルコールが低く甘みが強く、どちらかと言えば葡萄ジュースに近い。


「ありがとう。土産はオーガの牙でいいか?」


「それはいいな」


 わざとらしく俺が言うと暗い顔をしていた亭主が笑った。


「ニコレッタはもう食べたのか?」


「ええ、亭主さんが私にも料理を出してくれたわ」


 最後の晩餐ならぬ最後の朝食のように感じられる料理を口に運び、何時もより味わって食べて行く。


しっかとコクが出ているシチューは、口の中でその濃厚な味わいを楽しませてくれる。パンを飲み込み、最後にワインを飲み干して、席を立つ。


「待たせたな。行こうか」


 朝食を終えて、集合場所である森の入り口に向かう。明け方というのに、街の中は武装した住民がうろうろしている。どの人も目の下にクマを作り欠伸をしていた。


「あのメンバーでオーガを狩れると思うか?」


「私とシンドウでオーガ一頭ずつ相手をして、残りの冒険者が援護に徹すればどうにかなるんじゃないかしら? そんなに上手くいくとは限らないけど」


 世の中、予想外の事態が多い。それを如何に乗り越えるかが冒険者としての資質だろう。


「触手はなるべく使わない方がいいぞ」


「私だってあんなの使いたくないわよ。凄く気持ち悪いんだからね。アレ。それに触手を出したら他の冒険者がどんな目で見るか、まあ、出し惜しみをして死ぬよりはマシだけど」


「確かにな、“出し惜しみ”をして死んだら元も子も無い。出し惜しまないのも問題だが」


 尤も、あれは切り札とも奥の手とも言えない、火事を消すのに自分の血管を切って消化するような代物だ。


「……? そうね」


 俺の言葉に、違和感を感じたのか、ニコレッタは不思議そうに顔を傾けた。朝の冷たいさわやかな空気の中、歩き続ける。


 集合場所である森の入り口には10人程の冒険者達が佇んでいた。傍らに置かれた松明の残骸が夜通し、この場所を警備していた事を示している。


 その更に奥にケインズ達が集まっていた。


「来たか、これで全員。準備は良いか?」


 全員が返事を返すのを見たケインズは頷いた。ランクや腕では俺やニコレッタの方が勝るが、慣れた森とオーガとの戦闘経験を考え、今回指揮を執るのはケインズだ。


「では、昨日の打ち合わせ通り、現場に向かう。全員幸運を」


 ケインズを先頭、すぐ後ろに俺が配置され、他の冒険者はそれに続き、最後部の警戒はニコレッタが担当する。


 朝日は上り始め、周囲はだんだんと明るくなっていた。張り詰める緊張感の中で歩き続ける。喉を潤す為に、他の冒険者がゆっくりと静かに水筒の蓋を回し、飲み干していく。森の中は異常に静かだ。鳥の鳴き声も、動物の鳴き声も一切しない異様な空間。


(こんな静かな森は初めてだな)


 そんな静まり返った森の中では水が喉を通る音ですら大きく聞える気がした。冒険者達は足跡が残らず、音も立たないように、前を歩く冒険者が踏んだ地面の硬い箇所を歩く。


 人並みの嗅覚だが、それでも悪臭には気付く。何度も嗅いだ事のあるこの臭いは死臭だろう。それも間違いなく人間の。


 鼻を突く悪臭がだんだんと強くなる中で、先頭を歩くケインズが停止を示すように左腕を上げた。それを見た冒険者達は意味を理解してはぴたりと止まり、息を殺しながら注意深く当たりを探る。


 続いてケインズが自身の目に指を指して、続いて森の端を示す。雑草が生えていたが、その草には赤い液体が付着していた。間違いなく血液だろう。


 ケインズはゆっくりとそれに近づく。他の冒険者は、襲撃者に備えて、お互い死角をカバーしながら、全方向を警戒していた。


「……ウッドガンか」


 ケインズがぽつりと呟いたのは倒れこみ死んでいる亜人のドワーフの名前だろう。体の一部は強引に千切れ、防具は奪われたのか衣服だけが僅かに身体に残っている。


 渋い顔をしたケインズは再び前進を始めた。俺の後ろではドワーフの死体を確認したフルヴィオが小さく悪態を付いている。


 そこからはオーク、冒険者の区切りなく、死体が何体も転がっていた。共通しているとすればどれも強大な力で捻じ伏せられている事だろう。


 落ちている死体や血痕、何かしらの痕跡を探す中で、木影で僅かに何かが動いた。ケインズが合図を送り、冒険者達は横に広がりながらそこを包囲する。


 俺も投槍を構えながら確認すると、そこにいたのはオークの死肉を食らうウルフだ。


「ちッ」


 冒険者の1人が舌打ちをするとこちらに気付いたウルフは赤く染まった口を開き、牙を見せてきた。


 道端に埋もれるように落ちていた石を拾い、投げ付けると、ウルフは短く唸り声を上げて、名残惜しそうに逃げ出した。


 倒れたオークの死体を確認すると傷口が穿り返されて食われている。


引き続き進もうとした時、背後にいたフルヴィオが俺の肩を激しく二度三度と叩いた。振り向くと凄まじい形相で指差している。


「ッ――!?」


 目を凝らしその方向を睨み付ける。距離は20歩強。軽い傾斜の掛かった斜面の底に、それはいた。


(いやがった)


 二メートルを優に超える背丈に、それを支える筋骨。醜悪な顔は酷く威圧的だ。全身には今まで冒険者から奪い取って来たであろう防具がちぐはぐに身に付けられていた。


 俺はそれを絵でしか見た事が無く、実物は一度も目にした事は無かったが、一目で分かった。まさしくオーガだった。俺とフルヴィオによって隊全員にオーガの位置は広まった。


 各員が武器を取り出す中、俺はゆっくりと狙いを定める。俺の持つ魔法と固有能力(ユニークスキル)から、可能な限り俺の先制攻撃から一斉に戦闘を始める事になっていた。


 何十秒にも感じられる数秒間の沈黙の後に俺は動いた。


 幸運にも真後ろから奇襲する形になった俺は腕を撓らせて投げ槍を投擲する。僅かな物音に気付いたのか、巨体とは似付かない素早さで振り返った。


 オーガの視線は俺から飛来する投槍に向けられた。


(大人しく刺されッ!)


 既に槍はオーガの眼前に迫っていた。今更直撃は避けれないと悟ったのか、槍に対し、堅牢な防具と分厚い筋肉で防御した。


 金属が激しくせめぎ合う音の後に、投げ槍はオーガの腕にめり込み炸裂。爆風と同時に周囲に血肉が降り注いだ。


 舞う粉塵の隙間から睨みつける様に爆心地を見る。土埃を掻き分けて何かが飛んで来た。それは俺には直撃せずに木に勢い良く衝突する。木の樹液と不快感を誘う血の臭いが微かに鼻腔に入って来た。


(来るか――!?)


 飛来物の正体はべっとりと血に濡れた防具。防具が飛び出て直ぐに大きく粉塵が揺らいだ。


 飛び出して来たのは隻腕となったオーガだ。腰に下げたツーハンドソードを引き抜き、爆発の影響でバランスを崩しながらも木々を揺らし、こちらに向かって来る。


「ぎ、ぐ、ガァッあ、ガアアア゛ァア!!!」


 槍を投げた後に予め抜いてあったスローイングナイフをオーガ目掛けて投げ付ける。手から放たれ一直線にオーガへと向かった。


 一本目は肩に深々と刺さり、二本目は喉元に突き刺さるが速度は一向に緩まない。


(まだ距離はある。焦るな)


 スローイングナイフのグリップをしっかと掴み、ホルスターから引き抜き、次々とスローイングナイフを投擲する。


 頭部を狙った三本目は避けられたが、基本的には直進をする巨体に当てる方が簡単だ。四本目、五本目が左足の太腿と膝に突き刺さり、遅れた左足のせいで巨体の制御を失い前向きに転がった。


 それでもオーガは残る片手と足を地面に叩きつける様にして起き上がる。考えられる動きとしては最上に近い。距離は直ぐに詰まって来る。


 既に手の届きそうな距離に近づいていた。


(使うか? いや、ケインズとフルヴィオがいる。まだ、やれる)


 手に掴んでいた六本目を最小限のモーションで投げ付けた。距離が近くなればなるほど投擲物を避ける時間は短くなる。


「がっ――ぎぃ」


 起き上がりこちらに向かってくるオーガの頭部にぶつかると、頭蓋骨を貫通、そのままスローイングナイフは刀身を余す事無く突き刺さった。


 息絶えて支えが無くなったオーガの体だったが、まるで最後の意地と言わないばかりに走りこんだ勢いで俺の足元まで滑り込んで来た。


「……」


 抜いたバスタードソードを喉に突き刺し、確実に息の根を止める。次はオーガに突き刺さるスローイングナイフの回収だ。


 しっかりと突き刺さっていた為に、なかなか抜けなかった。力を入れて頭蓋骨から引っ張り取り、喉に刺さった物も抜く。


 3本目に手を伸ばそうとした時に、木々を掻き分ける騒音が聞えた。 


「来たぞッ!!」


「2匹目だ。ニコレッタを援護しろ」


(残る一匹の襲撃か)


 残るスローイングナイフの回収を後回しにして、新手の方へと向かう。


 そんな時、別方向からも地面を蹴り、滑り降りてくる音が聞えた。人間やオークではない。大きく重い音だ。


(人型……クソッ、そういうことか)


 予想が外れてくれる事を願いながら見たが、悪い予想は的中した。迫っていたのは両腕に武器を持つオーガだ。その目は倒れる同族と俺に注がれている。


「グルッ、ガァア゛ッアアア!!!!」


 瞬間的にスローイングナイフを投げ付けるが、さっきの手負いに比べて素早く、一回目の使用で歪んでしまったのか、軌道は僅かに逸れ、防具を僅かに傷付けるだけになった。


(そりゃ、冒険者を襲撃したオーガは2匹だが、群れが2匹とは限らないよな)


 2匹以上という可能性を考えなかった自分を呪いながら正面から向き合う。


 既に眼前では大鬼(オーガ)がウォーハンマーを振り上げていた。

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