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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第五章 ヘッジホルグ共和国
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第八話 敗走者

一日の終わりを告げるように太陽は沈み込み始め、代わりに月が地平線から顔を出そうとしていた。


 宿を取り、荷物を部屋に置いた俺は窓際に置かれた寝具の上に横になる。夕焼けの茜色の空が窓越しに切り取られて視界に入った。体を起こし手を伸ばして窓を開け放つ。


 窓から風が雪崩れ込んでくる。目論見通りに部屋を換気する事が出来るだろう。風が肌に触れ、少し肌寒い。まだまだ風邪を引くような冷たさでは無いが、長時間当たれば健康には良くはない。


「しばらくしたら窓を閉じるか」


 部屋に置かれていた机の上に、装備品を並べていく。まずは何時もは腰の周りや鎧に付いているスローイングナイフのバックホルスターやサイドホルスターなどだ。


 中からナイフを取り出して確認する。数本が傷んでいた。森の戦闘で繰り返し使用した為だろう。まだ使えるが、スローイングナイフが歪むと命中精度が悪くなるので、頃合いを見て、買い足した方が良い。


 ウィットルドの鍛冶屋や武器屋などはまだ回っていないが、この街では武具の需要がアインツバルドやリュブリスに比べたら格段に少ないので、どうしても質が落ちるだろう。


 一本一本手入れをし、全てのスローイングナイフをホルスターに戻す。次に手に取ったのはオリハルゴン製の短剣だ。恐ろしく切れ味が良いので、やたらに刃に触ると簡単に切れてしまう。


 微かな抵抗感を感じながら、ワイルドブルの皮をなめして作った専用の鞘から取り出す。


 軽く手を上げて顔の近くにその刀身を持ってくる。僅かな日の光に反射して、独特の光沢が目に入った。普段から使っていないので、全く傷みは無い。前までは魔物の剥ぎ取りなど、どんなに乱暴に使っても刃が傷むどころか、欠ける事すらなかったので、手入れをしなくても大丈夫な気はするが、一応布で軽く拭いていく。


 人の油というのは中々強力なもので、時には手油ですら錆の原因になったりもする。刃物類のメンテナンスを終え、引き続き荷物を整理していると、どういう訳か街の中が慌ただしくなって来た。


「なんだ?」


 作業を中断して、二階の窓から顔を出すと、外の道路を駆け出す男達がいた。その手には農業で使っているであろうピッチフォークや鉈、中には剣や槍を持った男までいる。


「おーい、どうした?」


 2階から通路上に呼び掛けるとその中の1人が顔を上げて反応した。


「どうしたもこうしたも、オーガだよ。オーガ!! それも2匹も出たそうだ。冒険者の集団が襲われて酷い事になってるんだ。今、街の外れに帰ってきている」


「オーガが!?」


 装備を身に付ける時間がどうにももどかしい。腰にベルトを通してホルスターを装着、鎧を着た後に、手甲と膝当てを付ける。こういう時に剣や槍だけを持つ冒険者をうらやましくなる。


 ようやく装備品を身に付けた俺は、最後に壁に立て掛けていたバスタードソードを手に取り、専用のベルトで保持、そのまま階段を駆け下りる。


 宿屋の前の道には武装した男達が街の外へと流れを作っていた。その中で冒険者の姿もちらほら確認できる。


 人の流れに乗り、辿り着いた先には人集りが出来ていた。その中に入り、奥へ奥へと進んで行くと、討伐隊のメンバーだろうか、息を切らして座り込む冒険者の姿が目立つ。


 その周りでは負傷した数人が倒れ込み治療を受けている。そんな人だかりの中で、こそこそと住民達が不安そうに話をしていた。


「街にはもう碌な冒険者は残ってない。どうするんだ」


「そんな事を言っても、残った冒険者と有志を集って街を守るしか」


「ゴブリンやワイルドボアの狩りと違うんだぞ。冒険者ですら蹴散らされたのに、俺達が敵うかよ」


「そうだ。冗談じゃねぇ。オーガの相手なんか出来るか……」


「そう言えば、隣町の親戚から聞いたんだが、ここから更に東の村が数ヶ月前に数匹のオーガに襲われたそうだ」


「どうなったんだ?」


「冒険者がいない村だぞ。どうなるかなんて、分かるだろ」


 その一言に、周りにいた男達は黙り込んでしまった。


「手の空いてる冒険者は全員ギルドハウスに集合しろッ!!」


 見知らぬ冒険者が集まっている群集に呼び掛けた。


 ぽつりぽつりとギルドハウスに向けて冒険者が人混みから離脱して行く。俺もその場を離れて、ギルドハウスに向かった。


 人の流れに逆らう形になり、何度か人と肩がぶつかりそうになりながらも、ギルドハウスにたどり着いた。


 扉を押し開け、中に入ると、既にギルドハウス内は数十人の冒険者で一杯になっていた。人が密集しているので、かなり狭く感じる。そんな中で見覚えのある後ろ姿を見つけた。


「ニコレッタ」


 俺が名前を呼ぶとゆっくりと振り向いた。


「シンドウも来たのね」


 返事をしたニコレッタは朝とは全く違う服装をしていた。軽装ながら防具を付け、腰にはベルトを通してロングソードとハンドアックスがぶら下げられている。街の商店で買い集めたのだろう。


「オーガが出たらしい。街の外に負傷した冒険者達がいた」


「オーガね……」


 短く呟いたニコレッタの表情はあまり良いものではない。


 集まる冒険者達の前に還暦は迎えたであろう男が出て来きた。他のギルドの職員とは違う質の高い服からして、ここのギルドマスターだろう。


「知っている者もいるとは思うが、街外れの森にオーガが出没した。更に悪い事にオークを討伐中であった冒険者達が襲われ、その大半が死傷。非常にまずい状況だ。残った冒険者でこのオーガを討伐しなくてはいけない」


 ギルドマスターの言葉で冒険者達がざわつき出した。


「このオーガの討伐は最低Dランクから行う。それ以下の冒険者は街の防衛だ。Dランク以上の冒険者は別室で話がある。残る冒険者は引き続き職員から説明を聞いてくれ」


 後ろに控えていた職員が引き継いで話を始めた。Dランク以上であろう冒険者達はギルドマスターの後に続き移動を始めている。


 傍に居るニコレッタと顔を合わせると、仕方なさそうに頷いた。人を掻き分けながら他の冒険者同様に別室に向かう。


 開かれていた扉を潜り室内に入ると、中にいたのはギルドマスターに加え、5人の冒険者だ。ちらりと後ろを振り向くが、これ以上人の集まる気配は無い。最後に入った俺はゆっくりと扉を閉めた。


「これで全員だな」


 俺が扉を閉めたのを確認してから、ギルドマスターは口を開いた。


「マスター。森に入ったオーティス達は?」


「オーティス達は死んだ。帰ってきたのは9人だけだ」


「嘘だろ……」


 小規模な街ではギルドハウスで知らない人間の方が居る方が少ない。死んだ冒険者と仲が良かったのか、男は呆然としている。


「討伐隊には23人いたはずじゃ? 誰が帰って来たんだ」


「Cランクで帰ってきたのはケインズだけだ。あとはDランク2人にEランク6人」


「ならここにいる奴らと合わせて10人だけでオーガを討伐か?」


「ケインズ以外は体と精神がやられてしまっている。8人だ」


「8人でオーガを討伐……? それじゃ自殺しろって言ってる様なもんじゃないか!!」


「声を抑えろ。落ち着け」


 他の冒険者に宥められて、男は口を閉じた。オーガが相手ではE・Fランクの冒険者は役に立たない。やるとすればここにいる7人とケインズという冒険者だけになる。相手がオーガという事を考えると、心許無い戦力だろう。


「近隣の国軍や他の冒険者ギルドから増援を要請したら?」


 話を黙って聞いていたニコレッタが提言するが、ギルドマスターはゆっくりと首を振った。


「数ヶ月前、ここから更に東の村が数匹のオーガに襲われたそうだ。村は皆殺し、数人の生存者によって事が伝わり、国軍が投入する大規模な討伐となった。山狩りの末に2匹を仕留めたが、他のオーガには逃げられ、アルカニアとの国境付近という事で追撃は断念した。奴らはそのオーガだろう。人間の味や新しい武具に飢えている事を考えたら、何時この街が襲われても不思議ではない」


 人数はまだいるものの、街を均一に守るほどの戦力は残っていない。防壁や堀など有力な防御施設もないこの街で冒険者が駆けつけるのが遅れたら、住民の被害は相当のものになる。


「無理を言ってるとは重々承知だが、諸君にはオーガを討伐して貰いたい。街で市街戦を行えば、住人に多大な犠牲が出る。それはなんとしても防がなくてはいけない」


 ギルドマスターが深く頭を下げた。


「だが、マスター。いくらなんでもこの戦力では、Cランクはケインズと俺だけだ。他の奴らも……」


 見渡す男と目が合った。


「見ない顔だな。最近ここに来たのか。ランクは?」


「Cランク上位だ」


「私はBランクよ」


 それを聞いた途端に、冒険者達は目を光らせ、詰め寄って来た。


「本当か!? ならまだやりようがあるぞ」


「BランクとCランクの上位か、オーガの討伐経験は?」


「俺はリザードマン止まりだな。迷宮外となるとオークやホーングリズリーが最大だ」


「単独であると言えばあるけど、前回は相打ちで瀕死。良い思い出はないわね」


 心底嫌そうに呟くニコレッタに、再び冒険者達の顔色が曇る。気まずい雰囲気を感じ取った冒険者が口を開いた。


「ま、まぁ、前回は単独だったんだろう? 相手は2匹だが、俺たちは8人いる」


「そうね。前回よりは遥かに良いと思うわ」


 そんな時、ふいに閉めたはずの扉が開かれ、1人の冒険者が入って来た。入り口に立っているのは、ところどころ服が汚れた冒険者だ。


「ケインズ!! 怪我は無いか!?」


「フルヴィオか、怪我は無い。大丈夫だ」


 フルヴィオと呼ばれた冒険者はケインズの所まで駆け寄り、無事を確かめている。


「ケインズも来た。本格的に討伐の話をしよう。準備を手伝ってくれ」


 部屋の隅に置かれていた大きな机を持ち、4人掛かりで部屋の中央に運んで行く。そこに部屋の鍵付きの棚から円筒の容器が取り出され、その容器の蓋を外すとポンッというコミカルな音を奏でて、丸まった紙が出てきた。


 それを机の上に広げる。大体、A1サイズ、A4サイズ8枚分程度の大きさだ。その表面には手書きで地図が描かれている。街の位置から察するに、恐らくは街の外に広がる森の地図だろう。


 真ん中に地図が置かれて、覗き込むような形で冒険者達が机を囲む。


「ケインズ、オーガが出た場所は?」


「……この辺か」


 ケインズが指を刺した場所は街からそう距離の離れていない場所だ。


「かなり近いな。3時間くらいか? 怪我をした時に街に戻れるのは良いが、オーガも直ぐに街には来ちまう」


 場所を確認したフルヴィオが唸った。


「討伐の間、E・Fランクの冒険者達に街の防衛をして貰う」


「Eランクじゃ、防衛は……」


「居るだけでも、住民のパニックを抑えられる」


 居ないよりはマシと言った所だろう。それでも0と1じゃ大違いだ。


「経験者に聞きたいんだが、オーガとの戦闘で注意すべき点はあるか?」


 フルヴィオは地図から顔を上げるとケインズとニコレッタに尋ねる。


「体が大きいだけのオークとは一緒にしない方がいいわね。オークよりも大きいのに運動性能が遥かに上、そして何より学習出来る知恵がある」


「オーガ2匹の武装はウォーハンマーとメイス、それとロングソードだ。特にウォーハンマーとメイスには気を付けた方がいい。生半可な盾や防具じゃ一撃で粉砕されて、肉が抉り取られる。正面から受け止めるのは絶対駄目だ」


 聞けば聞くほど嫌になる相手だ。本来なら近づかずに魔法や矢で蜂の巣にするか、包囲して大人数で仕留めるのがベストだろう。


「年を重ねたホーングリズリーを賢く、素早くして、武装させたようなものか?」


「大体そんな感じね。会えば分かるわ」


「はは……冗談キツイな」


 引き攣りそうな顔を誤魔化し、話しを続けて行く。2時間の話し合いの末に、討伐は明日の早朝となった。

次話は三日以内に投稿します。

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