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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第五章 ヘッジホルグ共和国
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第七話 震える森

 ウィットルド近郊に広がる鬱蒼な森の入り口に、多種多様な武具を身に着けた集団が、集まっていた。その集団はオーク討伐を目的とした冒険者の討伐隊。その中でも若年の冒険者が目立つ。


 冒険者自体、中年以上になる前に大半が引退を選ぶか、殉職する。そういう意味では年齢層が低くて当然の事だが、今回の集団は平均的な討伐隊よりも一回り若い冒険者が多い。


 具体的に数を言えば、半数近くは十代から二十代前半の若手の冒険者であり、経験を積むと言う意味ではオークの討伐は最適だ。そう言う訳で今回は意図的に若手の割合が高められた、と言える。


 この討伐隊を指揮するクエストリーダー自身も、今から十年ほど前にオークの討伐を経験してから冒険者として一皮剥ける事が出来た。


「全部で23人。予定通りだ」


 冒険者の数を確認したCランクの冒険者がクエストリーダーに報告した。


「23人か、ギルドハウスにいた奴らは?」


「話をしたら、了承してくれたよ」


「確か、BランクとCランク上位だったか? 居れば心強いが、あいつらの報酬の分、D、Eランク6、7人は参加出来るからな」


 このオークの討伐に参加している冒険者はCランク5人、Dランク8人、Eランク10人の合計23人。これだけ大きな討伐となると、冒険者達にとって、年に一度か二度あるか無いかの規模だ。


 不規則に固まっている冒険者の集団にクエストリーダーは呼び掛ける。


「全員、集まったな。今から森に入る。 今回の討伐ではかなりオークの数が多い。効率は悪いが、散らばらないで固まって行く。打ち合わせ通りに外側はC、Dランクだ。Eランクの奴らはオークを発見したら俺か他のCランクに報告しろ。何時もの少数のオークやゴブリンとは訳が違うぞ。先走って死んだら笑い話しにもならない。雑談も無しだ。気合を入れて行くぞ」


 発破をかける声に、冒険者達はそこそこの返事を返した。クエストリーダーを先頭に、冒険者の集団は森へと足を踏み入れて行く。


 ゴブリン討伐が精々の低ランクの冒険者が半数近いとは言え、森での採取や討伐でどうにかこうにか生計を立てている者が多い。討伐面に関しては技量不足でも、森の中の移動は問題無く、慣れ親しんだ森で順調に進んでいく。


 索敵と技量不足を数で補い、討伐隊は標的であるオークを次々と仕留めていく。戦闘はシンプルだ。経験豊かなC・Dランクが正面から斬り込み、敵の攻撃を吸収、Eランクは策敵と射程の長い武器で援護に徹する。


 オークの討伐が始まったが大きな怪我をした者は無く、打撲や裂傷なども回復魔法が使えるDランクがいた事から、その場で治療が行われ、すぐさま戦列へと戻って行く。


 手足を斬られ、弱ったオークに下位の冒険者が一斉に刃を向けた。数人がかりで止めを刺し、食い込んだ武器を一斉に引き抜く。


「これで12匹目?」


 ひれ伏すように地面に倒れたオークの死体の側で若い冒険者が尋ねた。その手には袋が握られ、共闘で討伐したオークの牙が入っている。


「ああ、12匹だ。確認されてるのはもっと多いんだろう?」


 絶命したオークをナイフで解体しながら、他の冒険者が答えた。


「最低でも30匹はいたはずだ」


「もっと集団で群れていると思ったが、出会うのは一匹か、数匹のグループばかり。こいつら狩の最中か?」


「群れの権力闘争ってのもありそうだが、それにしても群れが不自然なまでにバラけてる」


 通常、オークはゴブリンと同じで集団で動き生活をする。生活圏が確定したら寝ぐらを中心に少数か単体で行動するが、自分たちの様なオークの天敵である冒険者が来たら寝ぐらに集結する、と若い冒険者は教わっていた。それが出来ないこの群れは間抜けな群れなのだろう。


 適度に間を空けて歩く冒険者達がそこにたどり着いたのは、更に2匹のオークを仕留めてから半時もしない時の事だった。


 最初に気づいたのは、集団の中で鼻が利く数人。人の鼻で感じられるか感じられないか非常に不鮮明だった臭いが、近づくにつれて強くなる。そして原因の元に着いた今、正体が分かった。


「おい、なんだ、これ。血痕と――うっ、オークがぐちゃぐちゃに」


 冒険者の進路の先は、血の雨でも降った様に木々が赤く染まり、地面がどす黒い血で濡れていた。むせ返るような臭いに酸味が込み上げ、慌てて若い冒険者は口と鼻を手で覆った。


 年長の冒険者ですら体験した事のない数の死体と臭気が立ち込め、散らばった肉片が容赦無く吐き気を誘う。


「何匹分の死体だ、これは。どうなってやがる」


 年長の冒険者が半身が潰れ息絶えたオークの横に屈む。死体を調べるが、手足に抵抗痕は無い。致命傷は胸部への打撃。肋骨がへし折れ、体の内部に突き刺さっていた。


 周りを見渡すが、同様に全オークがほぼ一撃で仕留められていた。


 死体の損傷が激しく分かり辛いが、死因には数パターンある。どれも武器が使用された様子で、恐らくは鎚鉾(つちほこ)のような一部が鋭利な鈍器、戦闘槌のような先が平たい鈍器。そして大剣のような大きくて重さのある刃物によるものだ。


「同業者か?」


「こんなにぐちゃぐちゃにする冒険者がいるかよ」


 吐き捨てるように冒険者の1人が言う。その視線は木にへばりつく様に圧壊したオークに向けられていた。


 クエストリーダーが状況を確かめる為に死体が続く奥へと進む。広範囲に渡ってその光景は広がっていた。確認しただけでも、ここまでで既にオークの死体は二十を優に超えている。


 一歩一歩確かめるようにクエストリーダーは歩いて行くと、周りと比べ比較的柔らかい地面に足跡が残っているのを発見した。人間の足跡に比べ、とても深く広い。


「足跡? 大きな……。オークか、いや、これはまさか」


 自問自答する彼の目は影を捉えた。それは考えていた事の答えだった。木影にいたその巨大な影は僅か二歩で鼻の先まで迫る。剣を抜き、盾を構えるために懸命に腕を上げようとした。


 慢心をしていた訳では無い。ある程度の事は柔軟に対応出来る装備と人数が揃っていた。不運と言えば世の中想定外の事が良く起こる。そして冒険者が想定外に対応出来ないとどうなるかクエストリーダーは知っていた。


「うっ――」


 罵倒一つ言えないで、それは訪れた。何かの潰れるような音と共に、先頭を歩いていたクエストリーダーの頭が掻き消え、血が吹き出た。音により初めて事態に気づいた後ろの冒険者の顔が引きつる。


「ひぃ、オーガ、ぎぃぐっ!!」


 正体を口にした下位の冒険者二人が纏めてバトルメイスにより薙ぎ払われた。三人が惨殺された事により、後続の冒険者達はやっと動き出す。


「武器を構えろ!! オーガだッ」


「そんなオーガなんて何年も確認されてないのに」


「クソったれ、オークはオーガから逃げてたのかよ。逃げるか!? 今なら間に合う」


 不自然に広がっていたオークの群れは、オーガの襲撃から逃れる為だったと古参の冒険者は悟った。


 威嚇するようにオーガは吼えた。低い重低音は鼓膜を揺らし、冒険者の体を震わせる。初めてオークの討伐をした若手には強烈過ぎる相手だ。C・Dランクの冒険者達ですら、直接的なオーガとの戦闘経験は無い。


「バカ言うな。考えろ。逆にチャンスだぞ。20人いれば仕留められない相手じゃない。ランクを上げるチャンスだ。広がれ、囲んで仕留めるぞ」


 クエストリーダが文字通り潰されながらも残ったCランクの冒険者達は指示を出し、懸命に冒険者を纏めて行く。


 いくらオーガと言えども、一対二十という数の差は大きく、その数が冒険者の精神をどうにか安定させる。何より目の前に迫るオーガが冒険者達の心を強制的に一つにした。


 生きる為にC・Dランクが覚悟を決め、斬り込みを掛けた。Eランクのある冒険者はそれを援護する為に、矢を矢筒から取り出し、またあるEランクの冒険者は持ってきた投槍などを構える。だが、飛び道具がオーガに食い込むことも射出される事も無かった。


「ぎゃっ――」


 短い悲鳴と共に水飛沫が舞う。弓使いの冒険者が目線を下げ確認すると、それはねっとりとした鮮血。飛んで来た方向に素早く振り返ると、そこにはウォーハンマーとロングソードをそれぞれ両手に持つ新たな鬼が凶器を振りかぶっていたところだった。


「いる。いるぞォ!!」


 仲間が立て続けに1人、2人と潰され、軽装の冒険者は表面に薄い鉄板を仕込んだ木製の盾を咄嗟に構えるが、オーガが繰り出すウォーハンマーによって呆気なくそれを食いちぎられた。鉄板は呆気なく捻じ曲がり、木片がばら撒かれ、鉄塊が容赦なく体にめり込む。


 冒険者の体はまるで足先で蹴飛ばされた小石の様に転がり、ぴくりとも動かなくなった。


 雄叫びを上げ、一斉にオーガ達は暴走を始めた。ロングソードの刃を突きたてようとした冒険者が逆にオーガのメイスを喰らい、両足が直角に曲がり、地面に倒れ込んだ冒険者の上にメイスが迫る。


 緊張と恐怖の中で女性の冒険者が辛うじて矢を放ち、オーガの太腕に突き刺さったが火に油を注ぐ事になった。


 ぎろりと目だけで射手を確認したオーガは倍返しと言わんばかりに、落ちていたオークの死体を女性の冒険者に投げ付けた。弓は一撃で曲がり、冒険者自身も腕が折れた事により唸り声を上げる。


 圧倒的な膂力の差を数で埋めるという目論見は瓦解、次々なぎ倒される冒険者の中で、残ったCランクの冒険者が下せた命令はシンプルだった。


「固まるな、バラバラに逃げろ!!」


 この状況下では最良の一つとも言える命令に冒険者達は素直に従った。格好も何もかも捨て、一心不乱に逃走を図る。蜘蛛の子を散らすように冒険者は各々思いの方向に散らばった。


 動かなくなった冒険者を興味が無さそうにオーガは投げ捨て、逃げる冒険者の背中を見つめた。左右を見て、近い獲物へと駆け出す。


「来るな。来るなァ!!!! 嫌だ。助けてくれェ」


「馬鹿ッ、こっちに来るな!!」


 罪悪感とつかの間の安堵の中、他の冒険者は決して振り返らない。


「すまない。すまないッ」


 絶叫と怒号、そうしてそこに残ったモノは無数の死体と血に塗れたオーガ達だけだった。

戦闘開始。完全に嵐の前の静けさでしたね。


ヘッジホルグ編も長くなりそうです。

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