第六話 ウィットルド
森での戦闘からちょうど4日目の朝、目的だった街に着いた。街の名前はウィットルド。アルカニアやローマルクに対する軍事拠点を除けば最も北部にある街の一つであり、物流中継地点の一つだ。
宿や商店はそこそこあるが、目立った特産品がある訳でも無く、ギルドハウスも街の大きさに比較したら小さいらしい。
そんなウィットルドの街外れに、食料と糧秣の補充が済んだガリルド達と俺はいた。
「本当に謝礼はいいの? 少し待ってくれれば直ぐにでも……」
「シンドウさんが倒した盗賊や魔物のお陰で十分、儲かりましたので大丈夫です。男だけの移動にニコレッタがいてくれて楽しめました」
街に着いたら謝礼を払うと言っていたニコレッタは約束通りにGを下ろして払おうとしたが、バナ達が遠慮して受け取らなかった。
「はぁ、前みたいに水を制限しないとなぁ。見飽きたむさ苦しい男だけの生活の始まりか」
「チェフレンコ、一番むさ苦しい」
「性能の割には場所も取るしな。うどの大木っていうのか、こう言う事は」
「お前ら聞えてんぞ?」
チェフレンコはにっこりとした笑顔でガリルドとタリンににじり寄って行く。
「こんな時くらいは遊ぶな!! ……本当は一晩泊まっていきたいのですが、なにぶん積荷が傷みやすくて、一日遅れるだけでも値段が下がってしまいますから。今度は倒れるまで酒屋で飲みましょう」
荷馬車の積荷は聞かなかったが、独特の匂いから察するに一部は魚の干物か塩漬けだろう。香辛料や塩である程度日持ちし、誤魔化せるが、それでも日数が経ちすぎると限界がある。
「短い間だったが、楽しかったぜ」
「また」
「どたばたしたが、楽しかったよ。また会おう2人とも」
「色々迷惑掛けて、ごめんなさい。食事と服、ありがとう」
「ああ、またいつか」
四人はそれぞれ馬車と馬に乗り、俺たちから遠ざかる。手を振ると激しく手を振り返して来た。しばらくすると木々に遮られ、見えなくなり、4人は行ってしまった。残されたのは俺とニコレッタだけだ。
真横にいるニコレッタに体を向けて尋ねる。
「ニコレッタはどうするんだ?」
「まずは、ギルドハウスに行ってカードの再発行、それからGを下ろさないと」
「なら一緒に行くか。場所は分かるか?」
冒険者にとってギルドハウスでの情報収集は基本。俺もギルドカードを更新した方がいいだろう。
「ええ、何度か来た事があるわ。こっちね」
街の中心部に向かって俺達は歩き出す。アルカニアとヘッジホルグの国境線を越えて入る久しぶりの街だ。こちらでもあちらの世界でも決して都会とは言いがたいが、それでも魔物が跋扈している森に比べたら文明的であり、いるだけで安心感がある。
道に並ぶ商店からは食欲をそそる匂いが漂い、それなりの人々が道を往来している。そのすれ違う人に目をやるとほとんどが街の住民だ。兵士や冒険者などの都市であるリュブリスに比較したら兵士は1人もおらず、冒険者の姿も辛うじて1人、2人とすれ違うのみ。
似たような移り変わりの無い建物の間を進み、ようやくギルドハウスにたどり着いた。古い二階建ての木造建築で、一部が改築されたばかりなのか、建築材料に木とレンガがちぐはぐに混ざっている。
耐震強度が酷く気になる建物だが、この世界に来てから地震と言うものに遭遇した事が無く、地震があったという話も聞いたことが無い。
物理法則を軽く無視してくれるこの世界で、俺のいた世界の常識がどこまで当てはまるか分からないが、この世界の構造が俺の世界と同じならば、この大陸は地殻が非常に安定しているのだろう。
元の世界の国と言えば4つのプレートが衝突、せめぎ合うという、常に不安定で地震が頻繁する脆弱な地殻の話しだけを聞いたら、終焉の地のような国だ。
関係ないが、マントルと地殻の境界の名前はモホロビチッチ不連続面と言い、略称で呼ぶとモホ面となる。昔習った時には友人がこれを言い換えたせいで未だに鮮明に覚えてしまっていた。
「何かあった? 中に入りましょう」
「ああ、すまない。ぼーっとしていた」
このちぐはぐなギルドハウスを見て考え込んでしまった俺に、ニコレッタが建物に入ろうと声を掛けてきた。
「馬を繋いでくる」
馬を裏手にあった馬留に素早く手綱を固定して、早歩きでニコレッタの後に続いてギルドハウスに入る。
ギルドハウスの中には流石に冒険者達が集まっていた。数からして15人から20人と言ったところか、設置されたテーブルに気だるそうに座る中年冒険者達や若い男女の冒険者が窓際に寄りかかり、立ち話で盛り上がっている。
「それじゃ、手続きしてくるわね」
その後ろ姿は武器など防具を一切持たないために、酷く場違いだ。
受付の係員とニコレッタが二、三言やりとりをした後、微かに係員の声が聞えてきた。
「ニコレッタさんですね。血液の採取と認証を行うので、別室へ」
軽く振り返ったニコレッタと手を振り、見送る。係員に連れられ、奥の別室へと移動して行った。
ニコレッタが再発行を行っている間に、俺はギルドハウス内を回る。
ここに在籍している冒険者に声を掛け挨拶をし、若い冒険者にも声を掛ける。若いだけあって声が大きく、フレンドリーだ。話を聞いているとどうやら同年齢だと思われたらしい。向こうでは童顔ではなく、いたって一般的な普通の顔をしていたのだが、こちらではやはり若く見られた。基本的にこちらの人間は大人び、言い方を悪くすれば老けて見える。
建物の大きさはアインツバルドとリュブリスを結ぶ街であるルーべのギルドハウスよりも少し狭い程度の広さだ。
そんな集まる冒険者は多くなく、辛うじて中規模と呼べるギルドハウスの中で、建物に入った時から何人かと目線が合う。
今も装備で判断するに、中堅の冒険者であろう女と目線が合った。
(外からの冒険者がそんなに珍しいか?)
俺は元々人の出入りの激しいリュブリスの冒険者だ。知らない冒険者や初対面の冒険者が大半であり、ギルドハウスで見たことのない冒険者がいた時も特には気にしなかったが、他のギルドハウスでは別なのかもしれない。
(仕方ないか、こんなもんだろう)
更に大部屋の奥をカウンターの方へと歩いて行く。受け付けの係員が出払っているらしく、カウンターの奥で忙しそうに何かの資料を見つめる人しか残っていなかった。
ニコレッタに対応している受付嬢が帰って来たら今度は俺のギルドカードを更新して貰おう。
係員達が常駐するカウンターの横には巨大な木製のボードが貼り付けてあった。ギルドハウスならば何処にでもあるクエストに参加する冒険者を集めるクエストボードだろう。
木製の板には依頼書が幾つも貼り付けてあるが、大半が採取、護衛などだ。俺が好んでする討伐と言えば畑を荒らすワイルドボアや最大でゴブリン程度。
上から下へ目線を移動させる。そんな中で一つの依頼書が目に入った。それは大規模な討伐クエストだ。参加人数は未定だが、最低で20人程度。討伐対象はオークが30匹から40匹、という中規模以上の群れだ。
「オークか」
並のDランクの冒険者では1対1で戦えば精一杯の相手だが、Cランクにもなれば楽に狩れる獲物だ。リュブリスでは旺盛な繁殖力から、ゴブリンなどと並んでよく出没する魔物。俺も狩り慣れた相手と言える。
滞在する期間と被るので、参加してもいいかもしれない。依頼書を見ているとニコレッタが帰って来た。
「お待たせ、無事に再発行出来たわ。何見てるの?」
「お疲れ様。オークの大量討伐の依頼書だ」
「討伐かぁ。気が張るから嫌いなのよね。私は採取や探索の方が向いているわ」
ニコレッタは遺跡の探索や発掘を専門とする冒険者だ。討伐は出来ないこともないのだろうが、好んでしたくはないようだ。
「あんたら、もしかしてそれに参加するつもりか?」
唐突に、後ろから声を掛けられ、俺達は振り向いた。そこにいたのは先ほどまで椅子に座ってこちらを見ていた冒険者だ。
「いや、まだ考え中だ」
俺の問いに顔色を変えず、男は再び質問を重ねてきた。
「質問攻めで悪いが、ランクは?」
「Cランクの上位だ」
「私はBランクよ」
「悪いとは思うが、参加するのは止めてくれないか? 討伐に必要な人数はもう十分にいる。あんたらが参加したら下位の冒険者がその分外されちまうんだ。ここで拠点を張る冒険者じゃないだろう? あんたらはランクも高いし、Gにも困ってなさそうだ。経験を積みたい若手や中堅が何人もいる。頼む」
リュブリスは大きいので比較的自由だが、地域によってはがちがちなローカルルールがあるらしい。
この討伐に参加したとして、土地や地形を知っている訳じゃない俺達が討伐に乗り出しても、足手まといになる可能性もある。Gにも困ってはいない。
「ああ、分かった。ニコレッタは?」
「私も、Gに困っている訳でも無いからいいわ。それに討伐は本業じゃないから」
二人の意見が纏まり冒険者に顔を向ける。
「すまないな。助かる」
頭を下げた冒険者は満足そうに帰って行った。ギルドハウスの扉を押し開き、外に出る。
「ローカルルールってヤツか?」
誰に言うのでもなく、呟くとニコレッタはそれに反応した。
「そこまではいってないんじゃない? もっと酷いところ見たことあるわよ。まだまだ可愛いほうでしょ」
「そんなもんか、宿を取りたいんだが、場所を知っているか?」
「そこの道を進めば、そのうち派手な看板が見えてくるわ。馬も管理してくれる宿だからちょうどいいんじゃない?」
指差された方向に目をやり、通路を確認する。
「それじゃ、私は装備品や道具を買い集めなきゃいけないから、また何かあったら。あ、明日の昼にでも食事を奢るわ。Gよりもそっちの方がいいでしょう? 良い鶏肉を使った店を知っているの」
「ありがとう。楽しみにしてるよ」
軽く手を振り、商店が集まっている方へニコレッタは歩いて行った。俺はギルドハウスの裏手に回り、馬留めに固定していた手綱を外す。
そうして馬の手綱を引いてニコレッタが教えてくれた道の方へ俺は馬と共に歩き出した。歩きながら馬の背中をぺちぺちと撫でるように叩くと馬は息を吐き出し、返事をする。
「今更だが、名前決めてなかったな」
ここまで旅をして来た馬なのだから、名前くらい付けてもいいかもしれない。
(縁起の良さそうな赤兎馬? でも赤くないか。望月てのは不吉だしな、松風とか、いっその事、競馬の馬から……止めておこう、無駄に長くなりそうだ。絶対に舌を噛む)
自分のネーミングセンスの無さを恨みながら、名前を考えてると、直ぐに宿に着いた。