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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第五章 ヘッジホルグ共和国
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第四話 断末魔

「大鍋を固定する枝が短いが、この長さで大丈夫か?」


ガリルドは鍋をぶら下げる為に持って来た太い枝を、自分の頭上で振り回している。


「微妙。鍋が傷んだり、変形すると余計な出費になる。代わりの枝を探そうか」


 じーっと枝を眺めていたバナが枝の交換を決めた。俺も手頃な木を探すために周辺を捜索する。草むらや大木の根元に目をやり、目ぼしい物がないことを確認した俺は、次の場所に目を向けた。


「太いが短いな。焚き火くらいには使えるか」


 太さは丁度いいが、如何せん、長さが短い。かまどの近くに置き、水分を飛ばした後に焚き火の燃料にするのが丁度いいだろう。


 枝を拾い上げた時だった。突然、森から絶叫が響いて来たのは――。


「悲鳴!?」


「チェフレンコ達か!!」


 声が聞こえた方に駆け出すと、少し離れた位置にいたガリルドとバナも若干遅れて、俺に続く。


 森の中に生える邪魔な枝や葉を押しのけながら、強引に突き進む。折れ千切れた枝や葉からは独特の臭いの液が出て、俺の鼻腔を刺激して来た。


 木々を抜け、背丈の低い草木が密集する場所に着いた俺に、目を疑う光景が待っていた。


「ハァッ!?」


 俺の視線の先では、丸太のような触手がチェフレンコとタリンに巻き付き、空中に持ち上げていた。


 しかも、その本体と思しきものは、触手とは不釣り合いな女性の身体そのものだった。いくら常識はずれの魔物や人が多くいる異世界でも、驚かない方がおかしい。


 だが、驚いてばかりいられない。その触手の一本はチェフレンコを飲み込もうとしていた。


 俺はチェフレンコを押さえつける触手を狙い、引き抜いたスローイングナイフを立て続けに投げ付ける。


 肉を切断する音を伴い、投擲されたスローイングナイフは全て触手に突き刺さり、反対側へと抜けた。


「ガリルド、2人を頼むぞ」


「分かった! バナは下がってろよ」


 触手から溢れ出た血液によりチェフレンコは頭から真っ赤に染まっている。ずたずたに裂かれた触手が重量を支えられなくなり、地面へと付いた。


「襲撃者。き、危険度――高、反撃を、か、開始」


 どうやら今の攻撃で目標を俺に変更したらしい。虚ろな双眼は魔法を詠唱をするこちらを睨み付けていた。


 相手は得体が知れない。下手な接近戦は危険だと言えるだろう。遠距離から攻撃可能なファイヤーボールや拡散型の投擲物の使用が望ましいが、触手に囚われたままの2人ごと吹き飛ばすわけにもいかないので、今は使えない。


 引き続き、けん制をする為に女を目掛け、スローイングナイフを貫通型で投げつける。


 肉厚の触手を貫通するが、勢いが弱まり、本体であろう体に当たると、甲高い音で弾かれた。どうやら外套内部に鉄板を仕込んでいるらしい。ただ、触手は人間程度の耐久性しかないのか、スローイングナイフが貫通した箇所からは血が吹き出ていた。


 相手はスローイングナイフを嫌ったのか、千切れかかった触手ごとチェフレンコ達をこちらに投げつけると、そのまま触手を振り回す。


 軽くステップを踏み、撓る鞭のように襲い掛かって来る触手と2人を避ける。俺に回避された触手はすぐさま引き戻ると、こちらを突くように再び伸びて来た。


 バスタードソードを抜いた俺は、迫る触手を上段からバスタードソードで叩き付ける。触手の強い抵抗力を武器から手を伝い感じるが、そのまま力任せに両断した。


 切断された触手が地面の上を転がって行く。返り血を避け、体勢を整えた俺に二本目の触手が襲い来る。それに対し、下半身と腰の回転を利用し、ダマスカス製の剣でそれを迎え撃つ。


 触手に対し、下側から刃が食い込むが完全に断ち切る事ができない。鍔迫り合いの要領で触手を弾こうとするがとてつもない質量だった。それでも触手を弾いた俺は距離を取ろうとするが、触手を傷物にされた相手は、俺を直接倒す為に間合いを詰めてきた。


 突進に合わせ、触手も俺に襲い掛かる。右、左下とバスタードソードで触手の対応をしていると、相手は女性特有の細腕からは想像も出来ない強力な拳を振り下ろした。


 上半身を捻り拳から逃れるが、反対方向からも破滅的な風きり音が耳に入った。


(とんでもないな、こいつはッ!)


 その凶拳を避ける為に地面を蹴り、左に転がった俺の目の前で拳が空を切った。皮膚が押し出された空気を風圧として感じる。


 あの打撃が体に当たったのなら、間違いなく骨折は免れず、一撃で戦闘不可能だ。しかし、いくら馬鹿げた破壊力とは言え、当たらなければ効果は無い。空振りした相手は隙だらけだった。俺は転がりながら後ろに飛び退き、詠唱をしていたファイアーボールを放つ。


 直撃したファイアーボールの火炎は女を一瞬で飲み込み爆ぜた。高熱の熱風の後に、肉の焼ける嫌な臭いが鼻腔を刺激する。


(効き目が悪いなッ)


 触手で防御されたが、放たれた火球は女性の右半身に命中し、大きく身体に痛手を与えた。しかし、相手はそれでも怯む様子はない。爆発による砂埃と炎の隙間から飛び出るように女は来た。


 虚ろな目でしっかりと俺を捉え、バランスを崩しながらもまだ使える左腕と触手で俺に飛び掛って来る。触手による攻撃は先程に増して大振りであり、楽に先読みが出来た。左腕をバックステップで回避、胴部を狙った触手による横一文字の攻撃も、寸前で地面に滑り込んで避ける。


「ぐっうッ」


 滑りながらバスタードソードを地面へと突き刺し、そのまま力を入れ、強引に姿勢を起こす。打撃を繰り出した事により、前のめりになっていた女を目掛けて、俺は三分の一の魔力を込めたスローイングナイフを投げ付けた。


 投擲に反応した相手も触手と片手で剥き出しの頭を中心に防ぐが、狙いはもっと下だ。手から飛び出たスローイングナイフは相手のわき腹に突き刺さり、炸裂。空中で深紅の花を咲かせた。


 爆発に備えていた俺は、衝撃をやり過ごして距離を取る。土埃が晴れた跡にいたのは爆発で外套が破れ、心臓を中心とした腹部と胸部の半分を失い立ち尽くす相手だった。


「せ、制御機構に、致命、的な損失。制御失敗、せいぎょ――し」


 抑揚の無い声で譫言の様に何かを繰り返し喋ると、そのまま糸が切れた操り人形のようにプツリと崩れ落ちた。


「やったか……」


 バスタードソードに付着した血液を振り落とし、鞘へと収める。


 投げ飛ばされた2人の方を見る為に体を反転させると、ゴリッと何か固い物を踏んだ。ゆっくりと足元を覗くと、そこには見たことが無い文字が刻まれた鉄塊があった。


「なんだこれは?」


 一部が欠けているが、予想するに元々はルービックキューブの様な四角形だったのだろう。先ほどの戦闘で破損したのかもしれない。


 拾おうかと一瞬、思ったが、直ぐに考え直した。その鉄塊に粘着性の高い血が大量にこびりついていたからだ。それに言葉では言えないが、鉄塊から今まで感じたことのない嫌な感じがした。


 後で布の切れ端か何かで拾う事に決め、自分が吹き飛ばした残骸に目をやりつつ、触手に捕われていた2人に駆け寄る。


「生きてるか?」


 強靭な触手に捕まり、顔を真っ青に染まっていた2人だったが、自分が助けられたと分かると、自嘲気味に笑い出す。


「ぶ、無事」


「ケツは痛いが生きてる。……そっちは大丈夫か?」


「大丈夫だ。最後の一撃を躱す時にいろいろと漏らしそうになったけどな。ガリルド、外すのを手伝おう」


 巻き付いた触手は酷く新鮮。タコやイカの足を数十倍ほど硬くしたような手触りだった。引き剥がした触手からその辺に放り投げていると、急に後ろから気配を感じ、声を掛けられた。


「あー、ちょっといいですか?」


 それはこの場ではあり得ない、男ではまず出せない女性特有の声色だ。


 飛び退きながら振り向く。後ろでもう動くはずがない物がゆっくりと、けれど確実に動いていた。


 動いていたのは先ほどまで戦闘を行っていた相手である女。失ったはずの肉体は再生していた。爆発により外套の一部が千切れ、肌が露出している。


「後ろだッ!!」


 バスタードソードを鞘から勢い良く引き出し、スローイングナイフも同時にホルスターから取り出す。


「出た!?」


「まだか」


 ガリルド達も素早く反応、一斉に武器を構えた。


「ちょっと、待って、襲わない!! 触られたから防衛機構が働いただけで、殺す気も襲う気もなかったのよ」


 体の中に引込めたのか、伸びていた触手は無くなり、女は敵意が無い事を示したいのか、両手を挙げている。既に先ほどと打って変わり言葉が通じ、理性的に見えた。


「チェフレンコ。お前まさか……」


 俺の後ろにいたバナがチェフレンコに問いかけた。


「いや、襲っていないぞ!? こんな森の中で1人だから危険だと思って声を掛けて、肩に触れただけだ。本当だぞ!! 人間に、触るな危険なんて張り紙、冗談か何かだと思うだろ。普通は」


 後ろの2人がやり取りを続ける間、ガリルドと俺は目で合図を送り合い、武器を両手に女から目線を外さない。タリンも無言で足に残る巻き付いた触手を剥がしている。


 俺達が警戒している事を感じてか、女は更に話を続ける。


「ほら、四角いキューブがあったでしょ? あれが体の中に入って、行動が縛られていたからどうしようもなかったのよ」


「あれ、か」


 恐らく、俺がさっき踏みつけたものだろう。投擲魔法により破損した正四角形キューブが今も遠目にだが見える。


「アレはなんだ。そもそもお前は?」


 俺達が疑惑の目をむけ続けているからか、女は饒舌だ。捲くし立てる様に話しをする。


「よく分からないけど、呪の首輪の一種? 私も分からない事の方が多くて。実は東部の遺跡で死に掛けて、白衣を着た魔導師に仕事と引き換えで助けて貰ったんだけど、気が付いたらこんな体に、ね」


 話しを信じるなら瀕死の時に、仕事を条件に蘇生して貰ったと言う事になる。とは言え、ただの魔導師が人から触手を出せるように、こんな再生能力を持たせる事が出来るのは驚きだ。


「仕事、てのはなんだ?」


 ガリルドが女に尋ねる。


「鉱物やスライム集め、あっちの方に鞄が転がってるでしょ。あれの中に容器があってその中に集めてたの」


 女が指差す方向には確かに鞄があった。


「なら、襲うことないだろう。せめて事情を話してくれれば……」


 触手と返り血によりベトベトになったチェフレンコが粘液を垂らしながら、話に入って来た。


「ごめんなさい。でもキューブで行動を抑えられてたからどうしようもなかったのよ。接触してきた相手は全身触手攻め。動けなくなるまで疲れさせて、その辺に放置。って言う命令されてたから。今まで何匹のオークやゴブリンにそれをして来たか」


 女性は暗い顔を浮かべ、引き攣った笑いを浮かべている。


「全身触手……悪趣味な奴だな」


 心底嫌そうな顔でフレチェンコが呟くと、女もうんざりした風に言う。


「私も好き好んで男や魔物の体に触手で這わせたくないわよ。触手を出す時の感覚なんて最悪。背中から腕がいっぺんに増えたみたいで」


 聞いているだけで背中がムズ痒くなって来る話だ。そうなると、駆け付けるのが遅かったらチェフレンコは今頃……。


 触手に捕まっていたチェフレンコを見ていた為に、細かくアレな場面を想像してしまった。俺が顔を歪めて青い顔をしていると女が慌て始めた。


「怪我してるの!? ごめんなさい。もしかして、さっきの戦闘で――」


 女は俺が負傷をしていると思ったのか、慌て始めた。近付こうにもガリルドがまだ警戒している為に近付けずにオロオロしている。


 ガタイの良い男と触手の事を考えて気分が不快になったとは、流石に言えない。


「いや、怪我はしていないから大丈夫だ。それよりそっちは大丈夫なのか? 突き刺したり、燃やしてしまったが」


 彼女に常人ならば数回は死んでいるであろう攻撃を俺はしている。明確な敵意も殺意もない相手を殺してしまうのは、流石に精神的に来るものがある。


「どうやら大丈夫……みたい? どうなってるんだろう、私の体。死ぬところだったから恨んではないけど、触手が出せる能力なんて……はぁ」


 目の前の女は深いため息を吐いて俯いた。俺はガリルドの方を見てからバスタードソードを鞘に戻す。ガリルドも敵意が無いと判断したのか、肩を竦めて同様に武器を収めた。


「その魔導師てのは、どこに居るんだ?」


「この場にはいないわよ。今はレイキャビスの研究所にいる」


 レイキャビスと言えば、ヘッジホルグ共和国東部に存在する地域で、同国でも特に研究が盛んな場所だったはずだ。研究に使用される蔵書などが多数あり、元々、寄ろうとしていた地域の一つでもある。


「レイキャビスねぇ。……それでアレが壊れて自由の身になった訳だが、これからどうするんだ?」


「一応、集めるように言われた物は集め終えたから、レイキャビスにいる魔道師にこれを渡さないと。どんな形であれ、治して貰ったから……初対面、それも襲っておいて言う事ではないんだけど、ギルドハウスのある町まで連れて行ってくれない? 勿論、ギルドカードの再発行が出来たら謝礼も払うから、お願い」


「少し、待って下さい」


 バナが彼女にそう告げると集合を掛けた。


「どうしようか。話が本当なら運が無い不憫な人ですが」


「嘘は言ってないんじゃないか。そもそも俺が触ってから襲われたからな。……勿論、肩しか触れてないぞ? それに殺す気なら最初に捕まった時に殺されてる。シンドウとの戦闘見ただろう」


「一撃で頸椎を折られてお終い」


 タリンが頭を捻って舌を出し、首を折られた真似をしている。


 あれだけの力があれば首をねじ切るのも簡単だろう。絶叫から駆け付けるまでに1分以上あった。首をへし折るだけなら数秒も要らない。そうなると意図的に殺さなかったと言える。


「では、お願いを聞いてあげる? 反対意見がある人は?」


 バナの問いに誰も反対意見を出さない。


「「「……」」」


「特になさそうだな。最近はシンドウを始め、妙な出会いが多い」


 ガリルドが結論を出し、意見が一致した4人は不安そうな顔でこちらを見る女の下へ戻る。顔を見合わせた結果、空気を読んだガリルドが代表して返事を行う。


「送って行こう。ただし、触手で人を襲うのは無しだ。寝ぼけて触手を出すのも無しだぞ。触手で喜ぶ奴は俺達の中には……多分いないからな」


 最後に喋り方を柔らかくしたガリルドが手を差し伸べる。


「勿論、そんな事しないわよ。ありがとう。私はニコレッタ」


「俺はガリルドだ。後ろの4人は右からシンドウ、チェフレンコ、バナ、タリン。さて、詳しい事情や自己紹介と行きたいが、その前にチェフレンコの粘液を落とさないと、見てて気持ち悪い」


「なんなら抱擁してやろうか?」


 粘着質な音を立て、チェフレンコは両手を広げる。腕からは粘液が垂れていた。


「ゴブリンの肝の二の舞になるからやめなさい。ニコレッタさんも服を替えた方が良い。少し大きいですが、僕の予備の服があるので、それを着てて下さい」


「ありがとう」


 俺の攻撃によりニコレッタの服は大きく破け、出来の悪い水着のようになっている。それに気付いたチェフレンコがニコレッタを凝視していた。


「……シンドウさん。チェフレンコにこびり付いた汚れは簡単に落ちないようです。仲間として強力な水圧で汚れを落として貰えると、助かります」


「ああ、分かった」


 すっかり二足歩行型高圧洗浄機のような扱いになった俺はウォーターボールの詠唱を開始する。


「おい、待てよ、シンドウ。まさか」


 勘付いたチェフレンコが逃げようとするが粘液が動きを鈍くしていた。


 逃げ切れないと悟ったチェフレンコが盾を探すが、巻き込まれてはたまらないと、ガリルドとタリンは真っ先に退避している。


「く、くそぉ」


 詠唱は終わった俺はチェフレンコにウォーターボールを放った。


「ひぃぎいいいぃい。またかよぉおお!!!!」


 森の中に、今日二度目のチェフレンコの悲鳴が響いた。

少し前に俺のヘルメットにゴ○ブリが飛来して止まってから、ショックで執筆作業が滞ってしまいました。

「ぅウァアアアア!!!! イヤァアア!!」と絶叫しながらヘルメットを一秒以内に地面に叩きつけて虚空に咆哮。アイツらは黒い悪魔です

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