第二話 貿易通路
俺はアルカニア王国領を出て、緩衝地帯であり魔物が蔓延る森の中を進んでいた。時折、護衛を付けた荷馬車や隊商とすれ違うが、それ以外は人と出会う事は無い。
古来より二国間の貿易通路という事で昔から使われて来た事からか、踏み固められ、舗装こそされていないものの、道はそれなりに整備されていた。
緩衝地帯に入り二日になるが、今の所は魔物に遭遇する事も気配を感じることも無かった。
太陽が森の木々の隙間から俺を照らし、暖かい。今の所一つの問題を除き、順調と言えた。唯一の問題と言えば、乗り慣れない馬に長時間乗っていた為に、尻を痛めたという事か。
日が落ち始めた事から、夜営の準備を行う。馬に水属性魔法で水を与え、体に水を被せてやる。体を震わせ小さく泣き声を上げ、馬は喜びを表した。
周辺から手ごろな石と枝などを集め、焚き火の準備をする。円形に石を並べ、その中央に枝を設置し、俺は火属性魔法を唱え、枝に火を移す。
「キャンプに行ったら俺は大人気になるな」
くだらない独り言を呟きながら、手製のかまどに立てかける形で湿った薪を置いて行く。水分を含んだ薪をそのまま使うよりは、かまどの近くに置いて乾燥させた方が使い勝手が良い。
鍋を薪の上に吊るし、その中に水、塩、胡椒、そして保存の効く燻製肉と豆、枝を拾う際に集めた野草を入れ、煮込む。正直かなり雑な料理だが仕方ない。
1時間ほど煮込み完成した物を椀に盛り食事を始める。自分の料理センスの無さを若干恨みながらも完食した俺は、後片付けを始める。
移動の疲れを癒すために、フード付きのマントで体を包み、寝に入る。夜の森は静かだ。
「……っ?」
月の位置から睡眠を始めて数時間経ったくらいだろうか、遥か手前の草むらから複数気配がした。ウルフやジャイアントスパイダーなどの魔物にしては気配を隠すのが下手過ぎる。そうなると人型の魔物の可能性が高いとも思ったが、気配を殺しながらこちらに近づくほどの知能があるとは思えない。
(人型か)
とは言え、リュブリス北部でのオサ達やあのオークのような例外もある。その点は注意しなければいけないが、この場合は恐らく魔物ではなく、人間だろう。
身を潜めてこちらに近づいてくることから、こちらに好ましい感情を抱いていない、十中八九はこちらに敵意を持つ者だろう。
(どうする。距離は詰めて来ているが、まだ動きは無い。こちらから先制攻撃を仕掛けるか……っ!?)
それはいきなり起きた。暗闇から何かが俺を目掛けて飛来する。頭を振りながら、飛び起きそれを回避する。木に刺さったそれは矢だ。
こちらに有無を言わさぬ、当然と言えば当然の攻撃だった。
(甘いな、俺も)
「クソっ、外れた!」
草むらからショートボウを持った男が顔を出し、その周りから4人の男達が飛び出してきた。その身なりから旅人を襲う盗賊だろう。
「抵抗しないなら命だけは助けてやるぞ!」
中学生がする出来の悪い演劇のように盗賊の一人は言う。どう考えても見え透いた嘘だった。
(少し忘れてたよ。この世界は酷く暴力的だって事を)
相手は全部で5人、分かりやすく同じ方向から仕掛けてくるのはありがたい。ショートボウを持った盗賊は弓を投げ捨て、ショートソードを引き抜いたので、ロングソードが2人、ショートソードが2人、バトルアックスが1人になった。
暗闇だがご丁寧に焚き火の横を通り、こちらに向って来る。暗闇では投擲物を使えないが、これならば問題ないだろう。
右手でバスタードソードを抜き、構えると盗賊達が愉快そうに笑う。
「はは、命乞いは無しだぞ」
「安心しな、楽に殺してやる」
「立派な剣だな。お前が使うのには勿体無いッ」
盗賊で一番大柄の男がロングソードで斬りかかって来た。素人の動きでは無いが、それでも酷く荒い。踏み込み、ロングソードを振り抜く男に対し、飛び込みながらカウンター気味にバスタードソードを振った。
ロングソードが虚空を斬る中、バスタードソードによって断ち切られた男の頭は空を飛ぶ。それを見ていた盗賊たちは慌て始めた。
「やられたぞ!?」
「一斉に掛かれっ!!」
残る4人の男が俺目掛け突進してきた。間合いの詰め方から言って素人に毛が生えたような技量、腕はさっきの男よりも悪い。
突進する2番目の敵に対し、スローイングナイフを投擲する。こいつらには貫通型でも十分だ。薄い皮の鎧を貫通したスローイングナイフは狂い無く心臓に突き刺さり、後ろに倒れこむ。
「ぐ、ぎぃ」
仲間がまたやられた事により、盗賊達の注意が仲間に向いた。その隙は酷く致命的な物だ。俺は一気に間合いを詰めると先頭の男の喉をバスタードソードで切り裂き、防具も付けていない3番目の男の腹を横に切り裂く。手応えから行って重要な臓器の大半を切断しただろう。
「んな!? クソッ」
最後尾の男は自分以外の仲間がやられたからか逃げ出そうとするが、最初に投げたスローイングナイフを倒れている男から抜き取り、逃げ出す男に投擲する。一直線に逃げていた男の後頭部にスローイングナイフは突き刺さり、そのまま前のめりに倒れた。
足元を見ると腹を裂かれた男は苦しそうに息を漏らしている。俺の視線に気づいた男は喋り出した。
「う、ひぃ。頼む。助けてくれ」
「さっき、命乞いは無しだって言っただろう。それに致命傷だ。助からない」
「あれはッ――」
倒れこんだ男に止めを刺し、息を吐く。とんだ来訪者達だ。
目の前に転がる死体を一箇所に集める。間違いなく血の臭いに誘われ魔物が集まって来るだろう。
「はぁ、面倒だな。今夜は寝れないか」
結局、濃厚な血の臭いに誘われウルフ、ゴブリン、オークと様々な種類の魔物。総勢17匹と戦闘を行う事になってしまった。
既に日が昇り、盗賊と魔物の亡骸の山を朝日が照らしている。
盗賊の持ち物や魔物から素材を剥ぎ取ろうとも考えたが、馬に積める量は明らかに超えていた。
仕方なく放置して進もうとしていると、後方から馬車の車輪の音と話し声が聞こえる。
護衛の馬が2騎、馬車の中に更に2人いる。俺を見つけたのか、護衛の冒険者が近づいて来た。
「1人でどうした。襲われたのか?」
警戒した様子で手前で馬から降りた冒険者が俺に尋ねる。男の右手は何時でも剣を抜けるような位置にあった。
「昨日、盗賊と魔物に襲われたんだ」
俺は盗賊と魔物の死体が転がっている方向を指差す。もう1人の馬から降りた冒険者が声を上げた。
「あー、死体の山だ」
ちらりと仲間を見た冒険者が再び俺に視線を向ける。
「そうか、災難だったな。他の仲間はやられたのか?」
「いや、元々1人だ」
俺の言葉を聞いた冒険者は不審そう俺を見る。アルカニア王国内ならば一人旅はそこそこ居るだろうが、こんな地域に冒険者が1人でいる事は異常な事だ。
「アンタ、冒険者だよな。名前とランクは?」
「Cランクのジロウ・シンドウだ」
「シンドウ? 何処かで聞いたような……」
「アインツヴァルドの武術祭でユルゲンやシルヴィアを倒した奴じゃなかったっけ? 白銀騎士団のクリスティーナにボコられて負けたが」
微妙に引っかかる言い方に俺が眉を顰めると目の前の男が慌て出した。
「本物?」
「ほら、ギルドカードだ」
俺は胸元からチェーンを引っ張り、ギルドカードを取り出して冒険者に見せる。ギルドハウスで更新したので、今のランクはCランク上位だった。
「疑ってすまない。俺はCランク下位のガリルド。後ろ2人はDランク中位のチェフレンコとタリン。商人のバナ。全員幼馴染でヘッジホルグ共和国とアルカニア王国を行き来して商売しているんだ」
後方の2人は手を上げて返事をする。
「しかし、武術祭上位者がこんなところで一人旅とは驚きだ。一つ聞きたいんだが、その様子を見るともう行くんだろ? アレはどうするんだ?」
ガリルドが指すアレとは盗賊と魔物の山だろう。嵩張るので装備品にも素材にも手を付けてはいない。
「持って行っても邪魔だから、あそこに放置するつもりだ」
「本当ですか!? なら貰っても?」
後ろで話を聞いていた商人のバナが馬車から飛び出て来た。
「ああ、別に構わないが……一つ頼みごとがあるんだがいいか?」
「出来る事なら大丈夫だ」
「なら馬車でヘッジホルグの町まで一緒に連れてってくれないか? 実は馬に乗り馴れて無くて尻が痛いんだ」
悪路により尻は限界を迎えようとしていた。俺が苦笑気味に言うと四人はキョトンとした顔になり、直ぐに大爆笑した。
「頼み事、て言うから身構えて損したぜ」
「武術祭の上位入賞者が馬車にいるんだ。今回は何があっても安全だな!」
「やめろよ、チェフレンコ。そんなセリフおとぎ話で聞いた事があるが、そのセリフを言った奴は触手の怪物に襲われて死んだぞ」
「そんな馬鹿な話しが、俺なんかを触手が襲ったら触手が腐るっての」
「遊ぶな、剥ぎ取り手伝え」
魔物を短刀で解体していたタリンがチェフレンコとガリルド目掛けて魔物の肝を投げ付けた。その肝は2人の顔面に直撃すると、そのまま地面へ落ちる。
「クセぇ!! タリンやりやがったな!!」
「上等だ。タリンの昼飯はクセぇゴブリンの生肝だ。今食わせてやるから待ってろ」
「やってみやがれっ!」
三人はゴブリンの肝を両手握り締め、悪臭を伴いながら戦いを始めた。
俺はその様子を離れた場所から眺める。その横には商人のバナが目を細めて見ていた。
「すみません。あいつらアホなんです」
「ははっ……」
俺が愛想笑いをすると、バナは頭を抱え始めた。
結局、戦いに勝者など居なかった。3人仲良く悪臭を漂わせている。
「クセぇ」
「どうすんだよ。これクセぇ」
「タリンが肝を投げるからだろう。クセぇ」
「水で流すか?」
「もう無駄に使える水はないぞ。次の町まで我慢しろ」
遠めに鼻を押さえていたバナが水の使用は出来ない事を伝えると、3人は絶望の表情を浮かべる。
「おいおい、町ってまだ二日以上掛かるだろ?」
「まじかよ」
これから短い間行動を共にする三人が悪臭を漂わせるのは、勘弁して欲しい。ましてや狭い馬車の上では逃げ場は無いだろう。
「水属性魔法使えるが、流すか?」
俺の提案に3人は飛びついて来た。
「水属性魔法が使えるのか!?」
「流石シンドウ殿、頼りになります」
「水、お願いします」
あっという間にその場で半裸になった三人は腕を広げ、ウォーターボールを要求している。
「私ぃ、シンドウさんのぉ、ウォーターボールが欲しいのぉ」
チェフレンコが体をクネクネし始めると、他の2人もそれを真似して体をクネクネと動かす。フレンドリーなのは良いが、ほぼ全裸の男三人に高い声でクネクネされると凄くイラっとする。
そんな時、後ろで無表情なバナが囁いた。
「体だけは頑丈なので、水圧が強くても大丈夫ですよ」
それを聞いた俺は静かに頷く。詠唱を開始し、人が浴びるには強力なぐらいでウォーターボールを三人に放った。
ウォーターボールはビタンッ!という水がぶつかったとは思えない音で3人に直撃する。
「にぎゃーーー!! 痛い、痛い、え、なにこれ。……バナお前の差し金か!! シンドウさんもう詠唱は……くっ、チェフレンコ、デカイんだから俺たちの壁になれ、2人は救える。英雄になれるぞ」
「ふざけんな。こういう時はリーダーであるガリルドが盾になるべきなんだ。責任を果たせ」
「タリン、無言で俺を押すな。きたねぇぞ」
「お前も十分汚い」
「タリン! そういうことを言ってるんじゃ、ひぃ、らめぇ!!
3人の半裸の男達は取っ組合いを始めた。水を浴びせるには丁度良いだろう。
「「「ギャァアアッア!!」」」
再び放たれた水弾に3人は叫び声を上げ、のた打ち回り、その横ではバナが笑っていた。
触手フラグ。
もう九月。早いものです。
目覚ましのようなセミが消えて鈴虫が鳴いています。