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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第五章 ヘッジホルグ共和国
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第一話 蠢く者

 太陽の光が外一面を照らす中、日光を避けるようにジグワルドは酒場の一番奥のテーブルにいた。片手で持った酒瓶を呷る。


「ッ――ハァ」


 半分以上は入っていたぶどう酒は、数秒で胃袋の中へと収まった。ジグワルドは酒瓶を傾けるが、それ以上液体が出てくる様子は無い。


 空になった酒瓶をジグワルドは忌々しそうに睨み付け、テーブルへと転がす。体を動かした拍子に魔法で焼いた失った左腕がずきりと痛み、不意に恥辱の記憶がフラッシュバックするように沸いてきた。


「く、ふふ」


 数年掛けて作り上げたクランの構成員は全滅。最も信頼していた部下は死に、自分は左手を失った。有名な隻腕の冒険者もいるが、それは10年単位で修行をした成果。冒険者が片手が無いのは致命的だ。そんな現実はとてもジグワルドに耐えられる物ではなかった。


 ヘッジホルグ共和国にまで自分は逃げ延び、昼間からこんな店で酒を飲むしかないという現実にジグワルドは酷く苛立つ。そしてその記憶を薄め、誤魔化すには安酒が一番最適だった。


「おい、酒が切れた。持って来てくれ」


 カウンターの向こうからノソノソと中年の亭主が酒瓶と共に歩いてくる。


「あんた、飲み過ぎだぞ」


 店の亭主がジグワルドに声を掛けるが、無愛想に返事どころか目も合わさない。最初は金払いの良い上客が来たと喜んでいた亭主だが、2週間毎日酒を飲みに来るこの男は、はっきり言って不気味だ。


 それに亭主が男を怖がる理由を作ったのは、何と言ってもあの事件だった。


 深夜、酔っ払ったジグワルド相手に4人のチンピラ冒険者が金品を奪おうとした事があった。その結果、返り討ちにされた4人の冒険者が生きたまま体を刻まれ、最終的に凍死させられたというものだ。状況から考えて正当防衛であり、素性の悪いチンピラ冒険者を庇う者はいなかったので、ジグワルドは翌日から何もなかったように酒を平らげ続けている。


「ここは酒と料理を提供する場だろ。いつから客の健康を診断する医療所になったんだ」


 ジグワルドは濁った目で亭主に笑いかける。ジョークですら恐喝に聞こえる狂気をジグワルドは持っていた。


 金払いの良い客の健康を心配し、わざわざ売り上げを減らすことはないだろう。それに亭主は厄介事には巻き込まれたくはなく、飲みたいだけ飲ませれば良いと結論を出した。


「纏めて置いておくぞ」


 持ってきた三本の酒瓶を机の上に置き、亭主はカウンターへと戻る。酒瓶はコルクで蓋がしてあったが、ジグワルドはそれを強引に噛み付くと、引っ張りこじ開けた。


 そして勢い良くぶどう酒を飲む。安物の最低な酒だったが、アルコールが欲しいジグワルドには最適な一品だ。


 また明日もこの光景が続くのか、ジグワルドの飲み干した酒の買い足しを考えていた亭主の目に、店の扉が開くのが映った。


 入ってきたのは白衣の男だ。


 170cm後半のその男は白衣を着ている事から、何かの研究者か医者だろう。身長に対して酷くがりがりだ。眼鏡の下のその目は、子供のように光らしていた。


「いらっしゃい。研究者か? 珍しいな何を飲む」


「お酒は苦手なんだ。牛乳か水を頼むよ」


 何もかも異様な白衣の男に、また厄介な人が来た、と亭主は内心ため息を付く。そんな亭主の隙を付くように白衣の男は動き出す。


「おい、あんたそっちは――」


 白衣の男は亭主が止めるのも聞かずにジグワルドの元へと歩き出した。近づいてくる白衣の男に興味が無いジグワルドは自分の世界に入ったままだ。


「……」


「君が氷結のジグワルドかい?」


 名前を呼ばれ、不機嫌になったのと同時に、自分の名を知るこの白衣の男にジグワルドは苛立った。


「誰だ、お前は」


「ちょっと頼みたい仕事があるんだけど、いいかな?」


「こんな腕で仕事が出来ると思うか帰れ」


「そんな事を言わずに話しだけでも」


 白衣の男は幸の薄そうな顔でジグワルドに笑いかける。それが一層ジグワルドを挑発する結果となった。


「しつこいんだよ!!」


 ジグワルドは瞬間的に立ち上がると、体の勢い全てを使い白衣の男を殴りつける。


 拳は首から上を抉り取る様に勢い良く白衣の男の顔面にめり込む。だが、それ以上は白衣の男はぴくりとも動かない。まるでゴム製の柱を殴っているように――。


 ジグワルドは本能的に飛び退き、目の前の異物から距離を取る。


「何だ、お前は……?」


 氷剣を作り出したジグワルドは目の前の得体の知れないモノを睨み付ける。店の空気は一瞬にして凍り付いた。


 荒くれ者の喧嘩を見てきた亭主も今まで最も違和感を感じた。子供にも負けそうな白衣の男から得体の知れない、底が見えない恐怖を。


 店内に一触即発の雰囲気が流れるが、そんなものを気にする素振りも見せずに白衣の男はマイペースに話しを続ける。


「何って、人間だよ。教授、博士、魔道師、好きに呼んでくれ。それより良い物があるんだが興味ないかい?」


 警戒するジグワルドを無視して白衣の下から現れたのは金属の腕。その数の少なさから通信魔道具にも匹敵する値段を誇り、迷宮や遺跡で時折発掘されるロストマジックの塊である魔道義手であった。


「僕が作った自信作だ。僕には必要が無いからね。仕事を請けてくれるならジグワルド君に上げるよ」


 警戒をしたままジグワルドは、酒瓶が散乱した机に転がすように投げ出された魔道義手を視界に入れる。それは紛れも無い本物だ。そして今の自分には喉から手が出るほど欲しい逸品と言える。


 目の前の魔道士は笑ったままだ。どうせこのまま落ちぶれるのを待つ身ならば、得体が知れない魔道士の誘いに乗るのも悪くないだろう。結論を出したジグワルドは精製した氷剣を砕いた。


「仕事と言うのは?」


「いいね。その顔、そういうやる気に満ちた顔は好きだよ」






 ヘッジホルグ共和国に存在する未発見の古ぼけた遺跡。そこで冒険者は力なく横たわっていた。傍らには無数の魔物と折れたショートスピアと捻じ曲がったハンドアックスが地面へと突き刺さる。生きた魔物はもう残っていなかったが、既に冒険者には動く気力も動く体も無い。


 大量の出血により意識は朦朧とし、天井しか見ることが出来ない冒険者は、その時を待っていた。


 暇つぶしに冒険者は今までの様々な記憶を思い浮かべるが、くだらない人生、碌な事が無かった。


 そんなくだらない人生とは言え、自分の最後がこんな迷宮で終わるのは惜しい。だが、もはや冒険者はどうする事も出来ない。上級回復魔法を持った回復魔法士でも、もはや匙を投げるだろう。今は人生最後の瞬間を、汚れた天井を見て過すのみとなる。


「……」


 そんな時、視界に何か入って来た。冒険者は討ち漏らした魔物が自分に止めを刺しに来たのだと思った。辛うじて動く眼球でソレを見る。


 ミスリルの眼鏡と白衣を身に纏い、笑みを浮かべる男が冒険者の前に立っていた。とても遺跡には相応しい格好とは言えない。


 痛みによる幻覚かもしれない、と冒険者は考えて、微かに笑った。痛みに絶望しながら死ぬよりは笑える死に方だ。これがピエロか何かだったら満点だろう。


「やぁ、こんにちわ」


 まるで道端で会った村人同士のように、白衣の男は冒険者に挨拶してきた。


「……」


「おっとと、足場が悪いと、どうも駄目だね。日頃の運動不足を恨んでしまうよ」


 大袈裟な動作で腰を鳴らし、瀕死の冒険者をよそに白衣の男は話を続ける。内容は非常にくだらない、どうでもいい話だった。


「……」


「オーガか、随分暴れたようだね」


 白衣の男はオーガの死体に近づくと左手で首を掴み持ち上げた。冒険者が刺し違える形でハンドアックスで切断した頭の断面を数秒眺めていたが、興味が無くなったのか、その死体を投げ捨てる。


 再び戻ってきた白衣の男は傍らまで寄ってくると、そのまましゃがみ冒険者の目を覗き込む。


「持ってあと数分かな、まだ生きたいかい?」


「……」


 白衣の男は冒険者に対して馬鹿な質問をしていた。冒険者の体はピクリとも動けないが、その答えは怒りとなって目に灯る。


「もしかしたら、生きられるかもよ。ちょっと体が特殊になるんだけどね。まあ、みんなチャレンジ精神が旺盛なのはいいんだけど、今までなかなか適合する人がいなかったんだよね。魔力の相性が悪かったり、身体に拒絶反応が起きたり、君で何回目だったか――っぐ」


 話をしていた最中に男の体の表面が波打つように暴れ出した。まるで箱に閉じ込められた何かが内側から出ようと暴れるように。


「っぐぅう、ア、アああァッ、はぁ、アあァ……ッ、失礼。えーっと、それでなんだっけ? ああ、そうだ。それで君は試すかい? 試さないなら気休めに祈りの言葉くらいはサービスするが」


 倒れた冒険者は覗き込む白衣の男を見返す。ヒカリゴケによる光源はあるが、遺跡の闇に紛れ眼鏡の奥の目は見えない。


「……」


「そうか、やるかい。それでもし成功したら幾つか仕事を手伝って欲しいんだ。どうも僕は知り合いが少なくてね。困ってるんだ。それじゃ成功祈ってるよ。自己紹介がまだだったね。僕の事は教授、博士、魔道師、好きに呼んでくれ」


 男は白衣の下から赤く黒く濁った粘度の高い液体が入った瓶、そして文字がびっしり書かれた正四面体のキューブを取り出した。


「……」


 瓶を冒険者の口元まで持ってくると、そのまま傾け禍々しい色をした液体を飲ませる。瞬間に、陸に揚げられた魚のように冒険者の体は跳ねる。変化は直ぐに現れ、冒険者はピクリとも動かなくなった。


「ああ、駄目みたいだね。また作り直さないといけないか。さて、死体くらいは埋めて……んっ――?」


 そんな魔導師の視界の隅で、息絶えたはずの冒険者の指が微かに動いた。それに気づいた魔道師の顔が歪む。


「成功か、仕上げと行こう。まずは……」

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