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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第四章 リュブリス攻防戦
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第二十九話 過ぎ去りし者

 村を出て数日、リュブリス城塞都市に近付くにつれ、戦争の名残が見えて来た。行軍により抉られた地面。未だに残る血痕と戦いの痕。それらは戦争が行われていたという事を雄弁に示している。


 戦闘の痕跡はあるものの、疫病を蔓延させない為か、死体は綺麗に片付けられていた。道中、俺を怪しんだアルカニア兵に止められたが、事情とギルドカードを見せることで開放して貰う事が出来た。


 残党狩りなのかアルカニア兵が大きく散らばりながら集団で森の中に入って行く。


 アルカニア王国軍所属の荷馬車を追い抜いた時には、鹵獲品なのかローマルク兵が装備していたであろう鎧や剣、矢などが乗せられ、リュブリス方面に運ばれていた。


 慣れない乗馬に尻を痛めながらも、ようやくリュブリス城砦都市が見えて来る。その巨大な壁には至る所に綻びが見えた。


「酷いな」


 壁の惨状に俺は思わず言葉が出る。


 ローマルク兵が撤退してから10日は経っているが、リュブリス城塞都市の城壁は、大きく傷を受けたままだ。投石器による損傷か、壁には未だに岩がめり込んだままだ。


 火属性魔法で焼かれたのであろうか、城壁は火炎により黒ずんでいた。損傷を受けた城壁は即席の板や石などでその痕を隠すように直されている。


 城門に向けて馬を歩かせていると、城門前は城壁などの再建用であろう資材が積まれ、作業員が作業をしていた。


(検問場も無事じゃすまなかったか)


 戦争前は城門よりも手前に検問場があったが、戦いの影響により建築物は失われ、今では代わりにレンガや板など、城壁補強用の資材置き場と化していた。


 城門より離れた場所に新たな仮設の検問場が作られ、冒険者や商人が列を成して自分の番を待ちわびている。


 俺もその列へ加わり、数十分程して俺の番になった。いつも通りに来た目的とギルドカードを提示するとあっさりと入市の許可が降りる。


 検問場から入口に向かうと、そこにはローマルク帝国の残党兵や工作員を気にしてか、完全武装をした兵士が数ダース単位で威圧するように目を光らしていた。


 そのまま馬を進ませ、半壊した城門を潜る際にちらりと真上に目をやる。


 敵の侵攻を防いでいた二重の大扉は外され、基礎が剥き出しになっていた。そんな扉を支えていた基礎はヒビが入り歪み、曲がっている。


 状況から考えるに、ローマルク軍が場内に侵入する為に、強引に扉をこじ開けようとしたのだろう。


 城門の端では被害状況を把握する為か、新しく大扉を設置する為か、職人達が忙しそうに扉の寸法を測り、紙に何やらメモをとっていた。


 そして職人同士で会話を始める。


「思ったよりも傷んでいない。そっちの土台は?」


「壊れてるが、直ぐに引き剥がせそうだ。問題は上の固定具。このままじゃ大門を作り直しても入らないぞ。上の構造物の一部を剥がしてごっそり交換だ。そうなると足場を組まなきゃいかん」


「通行止めになるな。上が怒るぞ」


「仕方ないだろう。文句はローマルクの連中に言って貰え」


 悲痛な職人の会話を聞きながら城門を通り城塞都市内に入ると、そこは俺がリュブリスにいた時の光景とそう変わりはなかった。


 往々に人は行き来し、人々は生活を続けている。一部の建物の屋根には破損箇所を直す大工らしき人物がいるが、屋根や壁に損害を与えた要因は、流れ矢や予期しない偶然の攻撃によるもので、城塞都市全体で見たら甚大な被害とはかけ離れていた。


(まずは、ギルドハウスで荷物と馬を預かって貰うか、Gは掛かるがそっちの方が安全で効率的だ。そのままギルドハウスでギルドカードを更新して、情報を集めた方がいいか。その後に防具の出来具合を見に行き、必要な物を揃えよう)


 馬を引き、ギルドハウスに向かう。道中すれ違う市民や商人を見る限り、城塞都市内部は無傷と言っても過言では無い。


「あそこにもまだ刺さってた」


「早く! 他の人に取られちゃうよ」


「待ってよ。台が重いんだって」


 3人の子供がはしゃぎながら走り去って行った。その子供達の手には数本の矢が握られ、最後尾の子供はロープで括り付けた木製の台を背負っている。


 俺はどういう状況か一瞬考えてしまったが直ぐに結論は出た。恐らく、小遣い稼ぎで矢を集めて何処かで買い取って貰うのだろう。


「矢を集めて小遣い稼ぎか、逞しいなぁ」


 すれ違った子供達の後ろ姿は既に見えなくなっていた。


 ギルドハウスについた俺は馬と荷物を預かって貰い、そのまま受付でギルドカードの更新に入る。


 更新に掛かる暇な時間ギルドハウス内をぶらぶらしていると、積まれた物資や負傷者の数に驚く。特に訓練場は地上も地下も休養中の負傷者でいっぱいだった。


 屯していた冒険者のグループに俺は声を掛ける。二回ほど話した事がある連中で、良くも悪くも豪快で冒険者らしい奴らだったはずだ。


「よぉ、久しぶり」


「おおっ! 大食いの兄ちゃんか、暫く見ないから死んじまったかと思ったぜ」


「お互いしぶといな」


 冒険者達は豪快に笑い、話を続ける。


「はべらせていた2人がいないじゃないか、死んじまったのか?」


「いや、生きてるよ。ちょっとあってな」


「あー、フラれたか? 女なんて酒でも飲んで忘れちまえよ」


「兄ちゃんやめとけ、そいつモテな過ぎて、男だって構わず……」


 俺がわざとらしく引いた顔で疑惑にある冒険者を見ると、怒りながら慌てて否定を始めた。


「てめぇ! 俺は普通だぞ」


「怒るなよ。冗談だっての」


「真顔で言うんじゃねぇよ! 冗談に聞こえない」


「そう言えば、彼らは如何したんだ?」


 俺は寝かせられた負傷者に目をやると、冗談を言っていた冒険者が返事をする。


「あいつらか? 実はな、負傷者が多くて診療所や協会だけじゃ人も場所も足りないんだ。第三騎士団が駐屯する城や訓練場の空き地に仮設で病院が作られてる。他にも何箇所かあるぜ」


 広い空き地を使い、一時的に負傷者を運び込んでいるようだ。あの広い訓練場も今では天幕が立てられ、無数の負傷者が寝かせられている。


 冒険者達と話している間にも負傷者が運ばれて行く。そんな兵たちに混じって見覚えがある鎧を着けた数人の騎士が運ばれてきた。顔は知らないが、女性、それも白銀に輝くその鎧から考えるに間違いなく白銀騎士団を構成する騎士だろう。


「ありゃ、白銀騎士団か」


「槍や弓を掻い潜り敵に突撃したんだろう? 作戦は成功したと聞いたが、やっぱり負傷者は出るか」


「俺は北部の城壁担当だったが、上から見ていたが凄かったぞ。万と万の兵士がぶつかり合うんだ。あんな光景は一生で何度も見れるもんじゃない」


 仲間に当時の状況を語る冒険者は両軍を拳に見立てて、拳同士をぶつける。


 村にいた時に通信魔道具から聞かされた話では、各騎士団が先頭になって敵に突撃を敢行していたらしい。目の前で運ばれてくる白銀騎士団の団員たちの白銀の鎧には、無数に傷ができ、生身にも痛々しい傷跡が残っていた。


(重装備とは言え、あれだけ目立つんだ)


 敵の主力と前面からぶつかり押し倒す、正面突破という正攻法をすれば兵の消耗は抑えきれない。


(白銀騎士団……あいつらも戦ってんだろうな)


 騎士団などの主力は未だにローマルク帝国との国境線にいる事から、あいつらはこの場にいる事はないだろう。


 俺と同系等であるアルカニアの勇者の持っていた《色欲》について何か聞けたかもしれないが、この状況から考えてしばらくは不可能だ。積極的に係わり合いたい、とも思えないので、もしも会うことがあったらその時に聞くのがいいだろう。


(あんなに強い連中だ。死んではいないだろうな。リチルに至っては少しくらい刺されても死なないだろうし)


 そう考えると正面から騎士団の相手をしたであろうローマルク兵の部隊が気の毒になった。


「城門に張り付こうとするローマルクの奴らを引き剥がすので精一杯で、増援が来たと知ったのは戦闘が終わって、しばらくしてからだ」


「俺もだ。気が付いたら敵が城壁から消えていた。それまでは無我夢中で剣を振り回したからな。破損した城壁担当だったから酷いぞ。敵味方の死体を積み重ねて、矢を防ぎ、魔法を耐えた。あんなひでぇ戦闘は初めてだ」


 冒険者の武勇伝を聞きながら待っていると、しばらくしてギルドカードの更新が完了した。


「ギルドカードが更新出来たみたいだから、俺はもう行く」


「巡回の仕事が来てるが、ヤらないのか?」


「ああ、ちょっと出かける用意があるんだ」


「良い報酬なのに勿体無い」


 ギルドハウスでギルドカードの更新を済ませた俺は、ギルドハウスから30分ほど歩き、セルガリー工房がある城塞都市の南部地区にやってきた。


 墜落したワイバーンの死体が落ちたり、敵の攻撃に晒された城壁付近の家や商店と違い、戦争前と代わらない街並みのまま。強いて言うのなら少しばかり人の数が減っているかもしれない。


 ドアを押し、店内に入ると、馴染みのベルが大袈裟に鳴り、俺の来訪を店内に知らせる。


「いらっしゃい、って、アンタか」


 出迎えたのはセルガリーだ。前に会った時と比べて疲れたような顔、その目にはクマが出来ていた。もしかしたらリュブリス防衛戦の間、軍用品の鏃や装備などを夜通し作り続けていたのかもしれない。


「防具を受け取りに来たんだが、出来てるか?」


「ああ、ギリギリ出来ているぞ。今、弟子に用意させる。おーい、シンドウの防具を持って来てくれ」


「分かりました――ッ!」


 セルガリーが店内の奥に言葉を投げ掛けると、店の奥から間延びした返事が返って来た。聞き覚えのある声から考えるに、セルガリーの弟子だろう。


「しかし、見事に空っぽだな」


 店内を見渡すと、以前は壁一面や天井に展示されていた武具も防具も大小問わずに消えていた。


「ローマルクが攻めて来た時に自衛用にほとんど武具類は売れてしまったんだ。儲かったと言えば儲かったが、展示用まで買い取られてしまった。アンタの鎧も狙われてたぞ」


「それは勘弁だな」


「こんなに働いたのは俺がまだ若い新米時代以来だよ。今はようやく落ち着いたがな」


 溜息こそ吐かないものの、セルガリーの顔は年末で仕事に追われるサラリーマンのようだ。


「持ってきました」


 弟子が持ってきたのは、厚手の布で包まれた防具だ。店の端にある机にそれを置くと、弟子は布を解き、手甲や鎧を並べて行く。


 複数の金属を混ぜて作ったその防具はダマスカスなどの光沢にも近いが、ダマスカスにはない独特な光沢を放っていた。


 持ってみると頑丈そうな見た目に反して軽い。今までの鎧並か、それ以上の軽さだ。


「良い防具だな」


「アンタの寸法は取ってある。それに注文したのが簡単な構造の胴部と腕甲だけだから、大きさは間違いはない。それでも合わなかったら言ってくれ。調整をする。んで、こっちはオマケの小鉄球だ。持っていけ」


 渡された袋の中には小鉄球が詰まっている。


「分かった。ありがとう」


「その鎧はどうする。こちらで買い取ろうか?」


 新しい鎧を手に入れたので、今まで着て来た鎧は不必要だ。


「ああ、頼む」


 俺は古い鎧を脱ぎ始め、新しい鎧を着込む。初めて付けた鎧だが、良い感じに馴染んでいた。Gの支払いを済ませ、必要な物をそろえる為に俺はセルガリー工房を後にする。


 水は自分で精製する事が出来るので、心配は要らなかった。そうなると旅に必要な物は携帯用の食料と何といっても地図だ。


 まずは道具屋で地図を20Gで購入。続いて馴染みの店を回り、必要な物を揃え、俺はギルドハウスに預けた物を取りに行く。


 ヘッジホルグ共和国行きの隊商の護衛などのクエストを受けても良いが、時間がかかる上に、護衛として束縛されるので、今回は見送る事にした。


「行くか」


 誰に言うのでもなく、自分に言い聞かせるように呟く。地図も装備も整った。後は目的地まで進むのみだ。


 城塞都市を出て、南へと進む。目指すは大陸で最も魔法が進んだヘッジホルグ共和国。見納めという訳では無いが、リュブリス城塞都市に顔を向ける。


 振り向いて見たリュブリス城塞都市は、そのどこまでも続きそうな壁を誇示するように、誇らしげに聳え立っていた。






 アルカニア王国軍のバルキアにリュブリス城塞都市へと送って貰ったアーシェとリアナだったが、2人の顔は冴えなかった。


 城塞都市へと着いた2人は宿、商店、ギルドハウスなど、直ぐにシンドウが周りそうな所を見たが、見付けるどころか、情報すら掴めない。良くても全て半日以上後の情報ばかりだった。


「はぁ、駄目ですね」


「もう行っちゃったのかなぁ」


 そんな意気消沈する2人にある冒険者グループが近付く。


「どーした。2人とも? 大食いの兄ちゃんでも探してんのか?」


「うん、探してたんだけど、見つからなくて」


「あいつはもう街を出たんじゃないのか?」


 アーシェとリアナは冒険者の言葉を肯定したくは無かったが、集めた情報や一向に見つからないシンドウの事を考えると、既に城塞都市を去ったのは間違いなかった。そうなるとシンドウは何処に向かったかが問題になるが、2人には答えが分からない。


「少し、遅かったみたいですね……」


「だね。何処に向かっただろう」


 アーシェは特徴的な耳と尻尾を垂らし、リアナも頭をうな垂れ沈む。そんな2人を見ていた冒険者の1人はある事を思い出した。


「ああ、そうだ。チラッとだがシンドウの持ってる地図を見たな。アルカニア王国の南側とヘッジホルグ共和国の主要道路や街が載っているやつだ」


「それ本当!?」


「それに南側の城門方面に馬を歩かせていた」


「ヘッジホルグ共和国は古い遺跡が多いです。図書館の量も質も優れていますから、調べ物をするには最適な国ですね」


 ヘッジホルグ共和国は大陸でも遺跡が集中する地域であり、魔法や能力(スキル)の研究が盛んな国。シンドウが調べ物をするには最適な場所の一つだと、自分の知識の中からリアナは結論を出した。


「情報ありがとうございます。そうなると徒歩では行けませんし、ヘッジホルグ共和国までの足が必要ですね」


「居るかまだ分からないけど、ハンクって言う知り合いの商人がいて、戦闘の影響でリュブリス城塞都市に足止めされてると思う。ヘッジホルグ共和国の仕事をやりたがってたし、ジロウとも知り合いだからもしかしたら、一緒に行ってくれるかも」


「元パーティーの方ですか?」


「パーティーというより脱走仲間かな」


「あーえっと、その?」


 アーシェの予想外の解答にリアナはなんて答えればいいか、返事に詰まる。そんな固まるリアナの腕をアーシェは引っ張る。


「取り敢えず、ハンクがいるか確かめてみようか、行こう。リアナ」


「はい!」


 遠ざかって行く2人を冒険者は目を細めて見送り、ぽつりと呟いた。


「青春てやつ? あーイイっすね。俺もやりたい」


「はっ、お前はゴブリンやオークとの追いかけっこが似合ってるぞ。ほら行くぞ、楽しい巡回の時間だ」


 何時までも眺めている仲間の肩を叩き、冒険者達は歩き出した。

更新再開します。次から新章突入。


台詞予告。ネタバレ注意。


「君が氷結のジグワルドかい? ちょっと頼みたい仕事があるのだけど」



「いいね。その顔、そういうやる気に満ちた顔は好きだよ」



「ひぃ、何なんだコイツは。離せ、離せぇッ――!!」



「これが成れの果てか。ああは、なりたくないもんだ」



「まだか!? シンドウ、早くしろ。目の前まで来たぞッ!!」



「研究者は本質は探究心であり、目の前に可能性があったら試さずにはいられない。それがどんな結果を招き、惨劇を招くとも知らずに、くひひひひ」



「まさか《魔力の杖》!? ヘッジホルグ共和国の虎の子の魔砲大隊が――ッ」



「遠慮しておく。色々食いちぎられそうだ」



「こォの大馬鹿ジロウがァッ――!!」


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