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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第四章 リュブリス攻防戦
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第二十七話 ローマルク帝国の憂鬱

 ローマルク帝国がアルカニア王国に侵攻を開始してから21日。18日目からローマルク帝国はリュブリス城塞都市で最も手薄である北部の壁に対し、犠牲を無視した大攻勢に打って出ていた。


 対するアルカニア王国、リュブリス方面司令部は予備兵力は勿論、民兵、負傷者まで駆り出し対抗。


 アルカニア兵達は城壁にへばり付くローマルク兵に矢を放ち、城壁の上から岩を落とし、殺傷をして行く。


 空堀は既に土により埋められ、頑丈だった壁は魔法により所々破損していた。それでも大陸でも随一と名高いリュブリスの城壁をローマルク帝国軍は突破出来ない。


 特に城門の周囲はローマルク兵で埋め尽くされていた。複合材料で出来た城門には壊れた破城槌が城門と一体化するようにめり込み、その周囲では破城槌に寄り添う形でローマルク兵の亡骸がもたれ掛かる。


 ローマルク帝国軍にとって攻城戦部隊へのアルカニア王国軍の奇襲を許してしまった事が終盤に来て大きく響いていた。魔法使い(ウィザード)による壁や堀の破壊。攻城塔による橋頭堡の確保と壁上の敵の殺傷。並みの攻撃ならば軽々と跳ね返す地竜(アースドラゴン)、これらがあればどれほどアルカニア王国軍を苦しめ、何日で城壁を越える事が出来たか、ローマルクの指揮官達は大きすぎる損失を悔やんでいた。


 ワイバーンがブレスを放ち、アルカニア兵を火達磨にするが、今では29騎いたワイバーンも戦場を飛ぶ者は数騎しかいないのが、ローマルク側にとっては痛い。


 ローマルク帝国軍も弓隊や魔法隊を前面に出し、壁上のアルカニア兵を殺傷していくが、高さというアドバンテージにより効果的に攻撃をする事は出来ない。


 破損した壁からローマルクの歩兵が雪崩れ込もうとするが、壁が損傷した部分には過剰な程の兵力が集中していた。よじ登るローマルク兵に対し、容赦なく魔法や矢が降り注ぐ。


「ぐっ、う」


「止まるな、矢が来るぞ!?」


「進め、進め、城塞都市を落とすんだ!!」


 勿論ローマルク側も黙ってはいなかった。有力な攻城戦部隊を失ったローマルクだが、予備や代替可能な部隊は存在した。


 ローマルク兵を殺傷するのに夢中になっていたアルカニア兵の上部に矢が降り注ぐ。運の悪い兵士は矢により負傷し、即死する者まで出る。


「ぎひぃ」


「馬鹿みたいに矢を放ちやがって、クソッたれが、有り難く再利用させて貰うよ」


 崩れかかった壁上部に張り付いたまま戦死した敵兵は勿論、味方の遺体ですら壁として使いアルカニア兵は戦い続ける。


「抜かれるぞ。増援はまだか!!」


「どこも手一杯だ。ローマルクの奴ら、今日で勝負を決める気だ。攻め方が狂気がかっている」


「そこ、よじ登られてるぞ。斬り落とせ!」


 よじ登ってきた大量のローマルク兵とアルカニア兵が激突する、不安定な足場にローマルク兵は踏ん張る事が出来ずに、次々と返り討ちに遭う。


 一人のアルカニア兵がローマルク兵の胸部に剣を突き刺すが、あまりにも距離が近かった為に、ローマルク兵が真後ろに倒れこんだ瞬間に捕まれ、仲良く壁から落下していく。


「この離せ――ッ、うぁあああああ!!」


 突破しようとする者と、突破を防ごうとする者で、城壁通路周辺は絵の具で塗りつぶしたようなドス黒い赤と異臭に包まれていた。


「勝つまで戦え、勝ったら休む暇はいくらでもあるぞ!!」


 掛けられた梯子を倒し、アルカニア兵は叫ぶ。そんな兵士の上に影が通り過ぎた。


「上空にワイバーン。降下して来るぞッ。ブレスだ。避けろォ!!」


 味方の劣勢を見たワイバーンが急降下しながらブレスを撒き散らす、壁上で火炎に包まれ、まともに喰らった兵士が踊るように暴れる。


「ぎゃァアアアア」


「マントで消せ」


「水は!?」


「もう持ってこないとねぇよ!」


 火の付いた仲間を消火する中、その隙に乗じてローマルク兵が一斉に突破を試みていた。混乱するアルカニア兵の中で、一帯の壁を任せられていた中隊長だけがワイバーンだけを凝視していた。


「そう何度も同じ手が利くと思うな、空飛ぶトカゲ野郎。お前の癖はこの10日で知っているぞ。……今だ放てェ!!」


 隠れるように弓を引いていた兵士達が急旋回するワイバーン目掛け、矢を放った。竜騎士は懸命にワイバーンを操るが、動く先を読まれていては出来ることは少ない。


 空飛ぶトカゲからハリトカゲへと退化したワイバーンは壁の一部に激突すると、そのまま力無く崩れ落ちた。


 憎きワイバーンがまた1騎落ちた事でアルカニア兵の歓声が上がるが、押し寄せる敵は減る事はない。無限に押し寄せるように感じられるローマルク兵の前に、アルカニア兵は次々と討ち取られて行く。


 よじ登ってきた城壁から勢い良く飛び出したローマルク兵が2人のアルカニア兵をロングソードで突き殺し、そのまま城壁通路へと侵入する。


「俺に続けェエ!!」


「お断りだ。帰れ」


 ローマルク兵は雄たけびを上げるが、背後からアルカニアの中隊長にショートスピアで突き殺され、雄たけびが強制終了させられた。


 続くはずだったローマルク兵も投石により落とされる。


「もう怪我人ばかりだ」


「矢が刺さって抜けねぇ!!」


「泣き言を言う暇があったら敵を殺せ」


 既に城壁通路で戦うアルカニア兵に無事な者などいなかった。


「あ、あれを見て下さい」


 壁上から見える平地に新たな一団が現れた。その数は3万はいるだろう。絶望的な戦力差、それを見た中隊長はあまりの兵力の差に、気が抜けそうになった。


「くっ、まだいやがったか……」


「違います。中隊長ッ――アレは味方です」


 集団の先頭からは七色の閃光が伸び、迎え撃とうとしていたローマルク帝国軍が爆風により宙を舞う。


「あの閃光は……七色のユルゲンだ!! と言うことは七色のユルゲンが所属する第一騎士団か!? それにあの光は……白銀騎士団ッ」


 このリュブリス城塞都市で戦う兵士達に取って、良い意味でも悪い意味でも、白銀の鎧で太陽光りが反射するその姿は一目瞭然だった。増援として現れた3万の軍勢は、敵を飲み込むように城塞都市に猛進を始める。


 それに素早く反応したローマルク帝国軍が包囲網を解くと、新手に向うが、その勢いは止まる事を知らない。


「もう一踏ん張りだ。ローマルク兵を返り討ちにしろッ、味方が城塞都市に入るのを邪魔させるなァ!!」


「「「オォオオオオ!!」」」


 憔悴仕切っていた城塞都市のアルカニア兵が息を吹き返し、一気に押し返し始めた。前は城壁、後ろは敵の軍勢。ローマルク帝国軍の災難は始まろうとしていた。







 増援に沸くアルカニア王国軍に対し、ローマルク陣営の天幕は騒乱に包まれていた。


「あと数千、あと数千の兵がいれば城壁を突破出来たのに……」


「城門付近にいた大隊が壊滅。駄目です。合流されましたッ」



「戦場より七色の光線を確認。 敵は王都に配属されていた第一騎士団まで投入して来ました」


「敵の増援だ。数万はいるぞ。城塞都市に入る事を食い止める事が出来なかった」


 相手は気力も体力にも溢れ、第一騎士団などのアルカニア王国軍の主力部隊。これに対抗するには精鋭である中央軍集団の部隊が適任、と天幕の中にいた将官達は考えていたが、同時に緒戦で戦力を消耗し過ぎた為に、今ぶつけても本来の力を発揮出来ないまま、貴重な精鋭が失われる事も理解していた。


「とうとう城壁を抜けなかった」


「だが、まだ総数も戦力もこちらの方が優勢だ。まだ負けた訳では……」


 そんな混沌とする天幕の入り口から通信兵の一人が駆け込んできた。その通信兵の放った言葉に天幕の中にいた全員が固まる。


「緊急連絡、ヘッジホルグ共和国とバルガン国家群との複数の国境線で動きがあり。帝国議会より撤退命令が下されました」


「て、撤退!? そんな馬鹿な」


「分かった。直ちに引こう。このままでは徒に兵を消耗し、国土まで失う。どの道、長期戦の備えはしていない。時間が経てば経つほど敵が有利になるぞ」


「何故だ。どこで狂った!! この作戦が上手く行けば私の昇格は間違いなかったのに」


 中央軍集団から派兵された軍団長は誰に向かって言うのでもなく叫ぶ。周りの幕僚達が宥めるが、依然興奮したままだ。


「昇格より己の首を気にした方がいいぞ」


 どこか他人事の司令官の一言に、軍団長は胸ぐらをつかむ勢いで司令官に詰め寄る。


「あなたは何でそんなに暢気なんですか!? リュブリス侵攻を至上とする西部地方軍集団の最高司令官でしょうに」


 そんな軍団長の顔を見て、司令官は静かに言葉を放つ。


「はは、俺はもう諦めている。10万以上の兵を使い、何の成果も上げられなかったんだ。首の十や二十は軽く飛ぶだろう。俺も貴様も間違いなくな。いっその事、ヘッジホルグ辺りにでも亡命するか? 一族は皆殺しに遭うがな。ジタバタしても仕方ない。貴様も軍人なら今は撤退する事だけを考えろ」


 司令官は錯乱を続ける軍団長を無視するように撤退の命令を下した。


「くそっ、くそ!! 何でこんな事に、全ては上手く行っていたのに、こんな事が認められるか……」


 あの攻城戦部隊に対する小癪な攻撃が無ければ、今頃はリュブリス城塞都市は陥落し、軍団長は悠々と城内に入っているはずだった。そうなれば略奪は勿論、リュブリスを陥落させた軍団長の一人として地位も名誉も確保されたようなものだったのに――せめて攻城塔が、魔法部隊が、地竜(アースドラゴン)が、そんな言葉が軍団長の頭から離れずにいた。


 天蓋の中では兵たちが忙しなく動き回り、戦場全体でアルカニア王国軍に気取られないように撤退の準備を始める。そんなローマルク帝国軍の撤退を黙って見逃すほどアルカニア兵がお人好しじゃないのは、この約20日の戦闘でローマルク兵全員が理解していた。

第四章もそろそろ終盤。書きたい描写をしていたら予定よりも10話以上も伸びてしまいました。

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