第二十四話 鬼人の暴風4
早朝、ルシエヒア連隊と合流するべく連隊の陣地を訪れたイグナールが見たのは、大量の死体を片付ける疲れ果てた兵の姿だった。
イグナールが陣地に入ると、一人の士官がイグナールの元に来た。
「ご覧の通り、我が連隊は敵に襲撃されました」
「夜襲か?」
「はい、夜襲です。とは言ったものの通常の夜襲ならばここまでの被害は出ませんでしたが……」
士官の言っている意味が分からず、イグナールは聞き返した。
「どういう事だ?」
自嘲気味に士官は話す。
「我々は外への警戒は厳重でしたが、敵は中から来ました。地中から敵が来たんです」
「地中? そんな敵が通れるようなトンネルが?」
良く見れば、連隊の陣地は敵から奪い取った陣地の上にある。ここに陣地を取ることを考え、トンネルを作っていたのかもしれない。だが、短期間にそんな事は出来るのか、イグナールが考え込んでいると、士官が口を開いた
「襲撃者の正体を言ってはいなかったですね。敵は地中に埋められていたスケルトンとゴーレムです。巧妙なのは、スケルトンが奪い取った我が軍の装備をつけていた事です。その所為で発見が遅れました。我々が寝静まった所にスケルトンは一人一人兵を殺害して行き、数百人が気づかぬままに――。寝起きで対応が遅れた上に、敵は騒動に併せ、夜襲まで仕掛けてきました。本当にいやらしい奴らです」
士官は道端に朽ち果ててるスケルトンを睨みつけ、忌々しそうに言う。
「被害は?」
「まだ確認中ですが、死者だけで700人以上。ルシエヒア連隊長を始めとする連隊の中枢が壊滅し、連隊は部隊としての機能を失いました。我々は後方の砦に引きます。イグナール大隊長殿もお気を付け下さい。それでは失礼します」
一礼した士官は自分の持ち場に戻って行く。
「掃討戦2日目で一つの連隊が行動不能か」
平地での戦闘ならばルシエヒア連隊はこうも一方的な戦闘にならなかっただろう。敵は森を知り尽し、隠密性を最大限に生かし、こちらに攻撃を仕掛けていた。森に慣れ、逃げる敵を捕捉するのは容易なことではない。とイグナールは考える。このまま戦っても敵のペースのまま犠牲を強いられるのは目に見えていた。
「大隊長殿、バトペド連隊が到着しました」
マティアスの呼び掛けで、イグナールはバトペド連隊長と話をする為に、荒れた陣地を後にする。
「分かった。今、行く」
敵内部からのスケルトンの襲撃に併せ、夜襲を掛けた俺達は戦闘後にスケルトンを回収し、後方の歩兵隊と合流した。残念ながら暴れまわったスケルトンの数は30体にまで減り、鈍重なゴーレムは最後まで戦場に残り暴れ続けた所為で、その全てが失われた。
そんな中で俺はある一つの疑問を抱いていた。それは昨日の夜の移動時から思っていた事だ。
「なぁ、あのスケルトン達、デカくなってないか?」
横に並ぶアーシェとリアナに俺は疑問をぶつけた。今、俺の視線は目の前を歩くスケルトンへと向けられている。
「昨日まではもう少し細身だったと思います。今は骨太ですね……」
「うん、気のせいじゃないね。確実に大きくなってる」
アーシェやリアナの言う通り、スケルトンの体である骨は太くなり、明らかに体格が良くなっていた。
今残っているスケルトンは大きな戦闘を三度経験し、その全てで生き残ってきたスケルトンの中でも精鋭中の精鋭だ。存分に経験を積んで来たと言える。
「と言う事は、やはり進化したのか」
魔物などの生物は一定の経験や何らかの影響で上位種に進化する事がある。それが昨日の晩の戦闘でスケルトン達に起きたという訳だ。
隊全体も何度も戦闘を繰り返した事により、疲労も大きいが、それでも経験によってレベルが上がった者は多いだろう。
【名前】シンドウ・ジロウ
【種族】異界の人間
【レベル】38
【職業】魔法剣士
【スキル】異界の投擲術、異界の治癒力、暴食、運命を喰らう者、上級片手剣B-、上級両手剣C、上級火属性魔法C、中級水属性魔法A、 奇襲、共通言語、生存本能
【属性】火、水
【加護】なし
ステータスを念じて開くと、度重なる戦闘により、俺自身もレベルが3上がっていた。
敵をかく乱する為に森の中で俺たちは進軍を続ける。
永遠に続きそうな森の中を、敵部隊を欺く為に奥へ奥へと進む。
そんな時、アルカニア王国軍の上級百人長であるバルキアが何かを見つけ、叫んだ。
「あれは……伏せろ、全員動くな! ローマルクのワイバーンだ」
バルキアの言葉を理解した兵達は、一斉に伏せ、そのまま木陰や岩陰にその姿を隠す。チラリと上を見上げると、遠くの上空には何かが飛んでいた。鳥や蝙蝠などの大きさではない。もっとデカイ飛行物。
資料でしか見た事は無いが、それは間違いなくワイバーンだった。巨大な翼を動かし、空を自由に飛行している。それよりも少し離れた空にもう1騎ワイバーンがいた。
「リュブリス城塞都市方面に全機配備されると思っていたが、まさかここにまで投入するとは」
「あれがまだまだいるのか?」
俺がそう投げかけると、バルキアは頷き、喋りだした。
「ええ、まだまだいます。バルガン国家群の原種であるワイバーンに比べて大きさは小さく、飛行能力も限られますが、それでもとても強力。今回のリュブリス侵攻でもワイバーンの果たした役割は大きいです。ただ純粋に火力と言う点でも強力ですが、その一番の強さは三次元上に移動する事の出来る機動性と言えます。奇襲、強襲、偵察全てをこなすその汎用性は、ローマルクが持つ兵種の中でも一番に高い。幸い、飼育には多額のGが掛かり、繁殖数も多くありません。この侵攻に投入されたワイバーンは30騎程度だと言われています」
幸い、上空を飛んでいたワイバーンはこちらを見つける事が出来なかったようで通り過ぎて行った。
「行軍再開」
張り詰めるような緊張感が解かれ、イスパノの号令と共に再び行軍を開始する。
その後もワイバーンは周囲の上空を飛び続ける。それが起きたのはワイバーンが接近して来た三度目の事だった。
「低い。見つかるぞ」
俺達が見つからない事で焦れたのか、急にワイバーンが低空飛行を始めたのだ。そして偶然にもワイバーンの進路と隊列がぶつかり、竜騎士にこちらの位置が露見した。
「グガギャァアアアア!!!」
詠唱が間に合わないと判断した鬼人のマジックユーザーは木陰に逃げ込み、射手は慌てて弓を構える。
「弓だ。射殺せ」
「ブレスだ。逃げろッ」
2騎のワイバーンはブレスを吐きながら隊列を通り過ぎていく。咄嗟に弓を放つ者もいたが高速で動くワイバーンにギリギリ当たる事は無い。嫌な風切り音が俺にも迫りつつあった。
「炎弾よ敵を焼き尽くせ」
そんな俺の前にいたオサがファイアーボールを放つ。2騎の竜騎士は火球を得意げに避け、それを放ったオサに向けてワイバーンを使いブレスを放とうとした。だが、そんな得意げだった竜騎士の顔が歪む。
「炎弾よ敵を焼き尽くせ」
予想外の火球だったのだろうが、竜騎士に選ばれるだけあって敵兵達は優秀だった。油断していたとは言え、辛うじて火球を避け、急上昇を始める。
「炎弾よ敵を焼き尽くせ」
ここまで来たら急上昇しても遅かった。無防備なワイバーンの腹に特大なファイアーボールが直撃、火達磨になりながらワイバーンは大樹に衝突し、竜騎士は無残に空中で散る。
僚騎を落とされながらも残る一騎は巧みにワイバーンを操り、魔法の射程圏外へと逃れようとする。
周りでは弓を放ち始めたが、弓を避けながらワイバーンは高度を上昇していく。
(届くかッ!)
軽い助走を付け、俺は全力で槍を上空に投擲した。
ICBMのようにぐんぐんと上昇した槍はワイバーンを目掛け、進む。
そんな槍もワイバーンの高機動によりギリギリ直撃しなかった。
竜騎士は安堵しているだろうが、それは間違いだ。
直撃しなくても槍に込められた魔力は弾ける。飛竜は火属性の強力なブレスはあるものの、地竜のような頑丈な鱗はない。
爆風により、ワイバーンは見えない巨大な手によって張り手打ちされたように、吹き飛んだ。
制御を失ったワイバーンは錐揉みになりながら落下して来る。
そうしてワイバーンは鈍い音と共に地面へと叩き付けられた。近くにいた鬼人からは歓声が飛ぶ。
「ワイバーンが落ちたぞ!!」
「逃げられるところだった」
「良くやったシンドウ!」
「落ちた場所に向え、地図か何か持っているかもしれない」
そんな歓声の中で一人黙っていたアーシェが声を上げた。
「不味いよ。もう一騎ワイバーンがいるッ!」
2騎より離れた空では上昇するワイバーンがいた。叩き落された2騎を見ていたであろうワイバーンは十分に高度を取ってからこちらにやって来た。
「流石に高すぎる。どの攻撃方法でも届かない」
アランは自身の剣を片手に持ち、上空に浮かぶワイバーンを睨みつけている。
(あれほどの高高度になると全ての攻撃は届かない。こちらはただ見ているだけか)
高高度で繰り返し旋回し、舐めるように偵察をしたワイバーンはそのまま来た道を引き返していく。
「やられましたね。バルガンではワイバーンの基本編成は2騎ですが、ローマルクのワイバーンの基本編成は3騎だったとは。敵はこちらの位置を本隊に伝えます。本来ならワイバーン2騎を落としただけでも十分な戦果ですが……位置が露見しては意味が」
バルキアは悔しそうに顔を歪ませる。
「直ぐに移動しよう。敵が押し寄せてくる」
「そうねェ。これ以上、兵を消耗させる訳にも行かない。敵を混乱させ、十分戦果を稼いだわァ。一度戦線から撤退しましょう」
オサの指示を受けて、部隊は進路を変え戦線の離脱を始めた。
これで5日目。