第二十二話 鬼人の暴風2
「死体だらけ、酷いなこれは」
ローマルク帝国緊急展開群所属の大隊長、ボノム・イグナールは血で染まった道を見て呟いた。
「本部から派遣された部隊の者だ。この部隊の責任者はいるか? 被害が知りたい」
「はい、私が現在、部隊の再編成を行っている先任の中隊長です」
イグナールの元にやってきたのは、頭と腕に包帯を巻いた中年の男だ。
「大隊長はどうした?」
この部隊には3人の大隊長がいると聞いていたイグナールは疑問をぶつける。
「3人の大隊長は戦死しました。残っている士官の中で、私が一番階級が上です」
一度に3人もの大隊長が失われるのは信じられない事だが、この状況で嘘や冗談を言うはずも無い。イグナールが黙っていると、中隊長は損害に付いて話を始めた。
「損害は全4300人の内、1900人が戦死。1200人が負傷しています。組み立て式攻城塔など攻城戦用の資材、魔法使いが集中的に狙われました。3頭のアースドラゴンも失われ、このまま部隊として運用するのは不可能かと。……心を折られた兵も少なくなく、酷い戦闘でした」
そう語る中隊長の顔は酷く引きつる。
「何があった?」
「敵はこちらの見張りをすり抜け、我が隊の横合いからスケルトンとゴーレムを使い奇襲を仕掛けてきました。明かりを狙われ、指揮官が立て直そうと指示を出しましたが、そこに弓と魔法が殺到。私もファイアーボールが足元に直撃し、死に掛けました。……それからどうにかこちらも反撃を試みましたが、敵の突撃で抵抗らしい抵抗も出来ないまま……」
言葉を濁すように中隊長はそこで話すのを止めた。イグナールは続いて質問をする
「敵の死体は?」
「こちらです」
中隊長に案内されるままイグナールは付いていくと、そこには敵味方で分けられた死体が並んでいた。イグナールは敵兵の死体に目を向けるが、とにかく体格が大きい。
「それでこれが敵の死体か……デカイな。アルカニアの兵も混じってはいるが……大半はアルカニアの正規兵ではない。傭兵か」
イグナールは並べられた死体を一つ一つ見ていく。並べられた死体の殆どが、装備が統一されておらず正規兵では無かった。一部アルカニア正規兵も混じってはいるが、傭兵のような兵の方が多い。
事前情報では有力な傭兵団は北部に存在しないはずだ。イグナールはこれらの正体を頭の中で考え込んだが、結論は出なかった。
「少ないな……」
更にイグナールは不自然な事に気付く。襲撃者の死体が少なすぎるのだ。全て入れても100体もないだろう。そうなると敵は損害らしい損害を受けていない可能性が高い。
「貴官らは引き続き、部隊の再編を急いでくれ。敵部隊は我々が引き受ける」
「ハッ」
頭に包帯を巻いた中隊長は、そのまま無事な資材を確かめる為に、資材が積まれた場所に戻っていく。イグナールはそれを横目で見ながら、情報収集で散っていた部下と合流する。
「本部は攻城戦部隊を襲った敵を見つけ出し、殲滅するように命令が来た。よほど攻城戦部隊を失った事が痛かったと見える。背後に数千の敵兵がいる事を本部は許さないつもりだ。襲撃してきた敵について何か分かったか?」
イグナールは部下であるエグリルとマティアスに言葉を投げ掛ける。
「夜襲を成功させ、暗闇の中で組織的に後退している事を考えると錬度が高く、かなり統制が取れた部隊でしょう。これは戦場で拾った矢です」
マティアスの手には敵が使用していた矢が握られている。
「その矢の長さから言うと長弓か……」
弓と言うのは大型化すればするほど、それにあわせ矢の長さは伸びる。1メートルほどの弓の長さから考えて長弓だとイグナールは確信した。
「はい、それも血の痕からかなり深く刺さっていたようです。戦場を見回してきましたが、夜に弓を放ったにも関わらず、ほとんどの矢が命中していました」
「あの暗闇で弓を放てる視力と、長弓を使う筋肉を考えると獣人の集団だろうか。あっちに転がっている敵の死体も大柄の者が多く、目や耳が特徴的だった」
「まさかバルガン国家群の長弓隊?」
エグリルの言葉を否定するようにマティアスは首を振った。
「竜騎士と並んで長弓隊はバルガンの主力の一つ。長弓隊の育成にはとても時間が掛かります。そう易々と他国の戦争には使わないでしょう。それに服装も弓の形状もバルガンの物とは異なります。こちらの矢はかなり荒い」
「敵の正体を探るのは後にしよう。それより問題なのは、この敵が魔法使いを伴っている事だ」
「戦った兵士から聞いた話では、ファイアーボールが短い間隔で次々飛んできたそうです。そうなると2、30人の魔法使いがいる可能性が高いかと、それに加え敵はスケルトン、ゴーレム、上級風属性魔法を使用して来た事が確認されています」
「情報を纏めると、敵の総数は2,3千人程度。優秀な歩兵部隊に加え、高位の魔法使いを中核とした魔法部隊と長弓部隊がいる、それも全部隊が夜襲に強い」
纏めた情報を口に出し、イグナールは苦い顔になる。
「これはまた厄介な部隊だ。アルカニアの騎士団並みに相手をするのが嫌になる。俺の部隊はどうなっている?」
イグナールの問いにマティアスが答えた。
「再編成を済ませ、総勢千二百人です。単体でその部隊を相手にするに厳しいかと……我が部隊以外にも再編成が済んだルシエヒア連隊とバトペド連隊が敵の殲滅に借り出されています。ルシエヒア連隊は既に敵の追撃に出ています」
「もう追撃に出たのか!? 幾ら何でも早すぎる……ルシエヒア連隊長との連携は難しいか」
イグナールの頭の中で、神経質なルシエヒアの姿が思い浮かぶ。あの手の男は自分の手柄が一番だ。こちらと協力する気は皆無だろう。
「伝令をルシエヒア連隊とバトペド連隊に送れ。敵部隊の情報と連携の要請だ」
太陽はちょうど真上に居座り、時刻は昼になろうとしていた。後方に大きく後退した俺達は、森の影に隠れながら仮眠を取って休憩している。
そんな中、オサの腕に例の骨で出来た猛禽類が止まった。
「敵の追っ手が迫っているわ。広く包囲網を築いている一団の一つ。ここから一時間半のところまで来ているわ」
その意味を正しく理解すれば、今追っ手が俺達が休んでいるところに迫りつつある。だが、鬼人は勿論、誰も慌ててはいない。
「やっと来たか」
寝転んでいたアランが立ち上がり、アーシェが背伸びをし起きる。回復魔法と戦闘で疲れ切ったリアナも眠そうにしながらも起き上がった。
今この場にいる俺達の総兵は歩兵が100人、弓兵と魔道兵合わせても300人しかいない。残りの歩兵500人は消耗を回復するべく、ここから更に奥に後退している。
「起きなさい。歓迎の準備よォ」
木陰で休んでいた鬼人は一斉にのそのそと動き出す。俺達も装備を持ちながら決められた配置へと付く。
敵の集団を発見したルシエヒア連隊の一団は猛追をしていた。敵の数は100人程度だが、500人のローマルク兵と戦う様子も見せずに、ひたすら逃走を続けていた。
「上級百人長殿! ルシエヒア連隊長に伝令を送りました。直に本隊が来ます」
「そうか。だが、この敵なら本隊の力を借りるまでもない。見ろあの姿を。逃げている者の装備はボロボロで血まみれだ。敵は昨日の襲撃で力を使い果たしている。急いで敵を捕捉しろ。中央軍集団や他の連隊に先を越されるなとのご命令だ」
「「「ハッ!!」」」
敵が逃走を続け20分。草木や“凸凹”の地面の所為で歩き辛いのか、敵の移動速度が段々と鈍っていた。
そうして森の中で開けた空間へと辿り着く。ここならば矢は当たるし、一気に間合いが詰められる。そう百人長は判断した。
「追いつくぞ。歩兵はそのまま突撃だ。弓兵、準備をしろ。いよいよだぞ」
引き続き追撃をしようと考えていた上級百人長だが、違和感を感じた。今まで興奮していて気づかなかったが、開けた空間に、正面には僅かに高い丘。心なしか草木の数が多い気もする。
「全員とまっ――」
上級百人長が停止を命じようとした。ローマルクの兵士の目の前で無数の閃光が走った。それは直ぐに爆風へと変わり、兵士達を殺傷する。
「待ち伏せだぁ!!」
一人の兵士が自分達に何が起きているのか再認識するように叫ぶ。連続して起きる魔法の爆風の中に、更に矢まで降り注ぐ。
「ぎゃぁあああ」
「くそ、矢が刺さった抜けない抜けない」
「馬鹿ッ、木の陰に隠れろ!」
先頭にいた兵士で既に立っている者はいない。盾や木陰に隠れるが、降り注ぐ矢と魔法を防ぐ事が出来ない。
上級百人長の部隊は完全に魔法と弓の殺傷範囲に入り込んでいた。自分の無能を激しく責めながら、百人長は目の前の敵を攻略するために頭をフル回転させ、指示を出そうとする。
「ぐっ、っう――!?」
そんな時だった。上級百人長の数メートル先の兵士に投げ槍が刺さったのは――。爆風により上級百人長は地面へと叩きつけられる。土埃が舞う中、上級百人長が見たのは血塗れになって僅かに動く数人の兵だった。爆心地の中心にいた兵士は既に原型を留めていない。
その光景を見て、上級百人長の判断は固まった。
「後退だ。後退しろォ!!!! 本隊に合流するんだ」
上級百人長は力の限り叫んだ。ルシエヒア連隊長の情報によれば、昨晩友軍と交戦し、敵は疲弊した部隊のはずだ。なのに蓋を開けたらこれだ。
一斉に兵が引く中、その横合いから急速に陰が迫る。それは自分達が追いかけていたはずの集団だった。何時の間にかに側面に回られていたのだ。先程と同じ部隊とは思えない殺気を放ち、ローマルクの兵達に突撃してくる。
「横だ。横から襲撃だ!!!!」
「くそッ。ダメだ。囲まれてる」
「相手をするな。今は逃げろォ!」
ローマルク兵は武器を構える暇も無く両者の距離は縮まり、血飛沫が舞った。
今となっては100人程度の兵が逃げ出そうとするのみだ。
「はぁ、はぁ……」
その中の1人となった上級百人長はこの事をなんとしても連隊長に伝えなければいけなかった。
敵は消耗どころか、強力な戦力を有し、待ち伏せていると。
他の兵士達同様、上級百人長は走る。そんな中で上級百人長は転んだ。いや、正確には転ばされた。
「あッ――?」
衝撃と足からの鈍痛に目を向けると、自身の足にはシャムシールが突き刺さっていた。それを実行するのは地面から這い出て来たスケルトンだ。
周りに目を向けるが、部下達は自分と同じか、それ以上の被害をスケルトン、もしくはゴーレムに受けていた。
無事な者は逃げる為にスケルトンに斬り掛かるが、次々と返り討ちに遭って行く。
この場所を通過した時から、我々の全滅は決まっていたのだ。後は多少の抵抗をするか、敵に損害を与えるだけの違い。上級百人長は最後の抵抗に自身のロングソードを抜く。眼前には3体のスケルトンが迫っていた。
「この骨どもがぁ……!!」
三日連続更新。何日続くかなぁ