第二十一話 鬼人の暴風
武器を引き抜き、後ろを振り向くと、そこにいたのは骨の身体を持つ、スケルトンだった。
(なんでスケルトンが……っ?)
周りの鬼人が驚かない所を見ると、魔物や敵のスケルトンの訳ではないのだろう。
アーシェとリアナの2人も驚いた様子でスケルトンを眺めている。
俺がスケルトンを指をさし「なぁこれ知っているか」と言った意味を込めて2人を見るが「知らない!」と言った様子で、2人は激しく首を振った。
そうなると一番怪しい、と言うよりも。間違いなく原因であろうオサの方へ視線をやると、悪戯がバレた子供のように微笑んだ。
(やはりオサの仕業か)
オサは俺の耳元まで寄って来ると囁く。
「私のスケルトンよ。黙っていてごめんなさいねェ」
現れたスケルトンの数は数百にもなるだろう。通常のスケルトンとは違う黒色の骨を持ち、目は赤く黒く光っている。
オサは持っていたロッドを地面へと突き刺すと、次々と地面に液体をぶちまけた。
立ち込める臭いから液体の正体が分かった。
「血か……」
夜による影の所為か、血の色はドス黒い。
オサが詠唱を開始して15分ほど経っただろうか。
「土よ。その姿を変え、我が忠実なる僕となれ土人形」
オサの詠唱が終わり、地面が震えた。正確にはオサの正面の地面が盛り上がり、次々と土塊が出来ていく。
「はぁ、流石に一度に操れるのはここまでねェ」
精製されたのは土人形だ。その数は50体以上だろう。そして後ろからは数百のスケルトンが音も無く前に進み出てくる。
「私が一体、一体、何ヶ月も魔力を込め続けたスケルトンよ。その辺のスケルトンとは出来が違うわァ」
夜に目が利く鬼人。それに加えゴーレムとスケルトン合わせて400体。それらが己の出番を待ち、潜む。
ローマルク帝国軍が現れたのは、それから数時間後だった。
敵の斥候からの発見を防ぐために道路から離れた位置にいた俺達にも行軍する音が分かる。鎧が擦れる音、兵の雑談、車輪と地面との摩擦により生み出される音が森の中に木霊する。
敵は油断していた訳では無いだろう。歩いている兵は雑談しながらも行進に徹しているだろうし、本隊の周りで警戒する兵は、己の職務をまっとうする為に周囲に注意を払っているだろう。
常識的に考えてこんな所に千人の敵兵が潜んでいる事が可笑しいのだ。闇夜に溶けるように移動する鬼人族は、隊から逸れ、巡回中の敵を飲み込むように殺す。
声を上げる暇もなく喉をかき切られ、首を折られていく。夜でも昼間のように目が利く鬼人は数十メートル先の敵兵をやすやすと見つけ、確実に仕留める。
「流石に優秀。近寄るのはこの辺りが限界かしらァ」
ここから百メートル先では数千にも及ぶ敵兵が四列の縦隊で移動していた。四千人以上にもなる部隊の移動だ。その途中には騎兵や荷馬車などがある。それらを考えたら隊列の長さは現在、一キロ以上の長さになっているだろう。
移動を優先している事から警戒が薄かった。
「いってらっしゃい」
返事をする事無く、スケルトンとゴーレムの群れは隊列へと襲い掛かった。
人外による大規模な夜襲。敵は完全に恐怖に陥っていた。目が赤く黒く光り、全身が黒いスケルトンが一斉に襲い掛かる。更に敵を打ち倒すのに合わせ、光源である魔法石や松明が破壊されていく。
「敵襲!?」
「この暗闇でどうやって……やめろ! 俺は味方だ」
「同士討ちになるぞ。気をつけろ」
「スケルトンとゴーレムだ。何だこいつら動きがおかしいぞ!?」
黒いスケルトンは常識では考えられない動きで、敵兵へと斬り込んで行く。
それでも敵兵は、暗闇の中でどうにか黒いスケルトンの身体に剣や槍を突き立ている。
だが、頭部を砕くか、身体をばらばらにしなければスケルトンは動き続ける。
「ちくしょう! まだ動きやがる。聖水は無いのか!?」
「必要となる道具以外は全部置いてくるように言われただろうッ。黙って頭を砕きつくせ」
ローマルクの部隊には大木や大岩を持ったゴーレム達が襲い掛かる。客観的に見たら、魔物と討伐隊の戦闘にしか見えない。
「腕がぁ、腕が!」
「落ち着け、数はこちらの方が上だ。増援も直ぐに来る。陣形を固めて一体ずつ確実に仕留めろ」
暗闇で同士討ちをし、混乱していたローマルクの部隊だが、暗闇の中でも陣形を建て直し、落ち着いてきた。
「指揮官はそこねェ。シンドウくん。指揮官だけ狙える?」
「ああ、狙える」
「立ち直らせる暇は与えちゃ駄目よ」
にっこりと笑ったオサは魔法を放った。そして当然のように無詠唱で次々と魔法が放たれていく。ファイアーボールが命中した指揮官は馬ごと空中に吹き飛び、動かなくなる。
俺も目を凝らし、戦場を見詰める。暗闇ではっきりとは見えないが、それでもその中で、装備が整い声を張り上げている兵士を見つけた。
「そこか」
地面に突き刺した無数の投げ槍の1本を引き抜く。
(わざわざ俺の為に鬼人が運んでくれた槍だ。1本も無駄には出来ないな)
声とうっすらと見える目を頼りに、俺は軽く助走を付け槍を投擲した。槍は一直線に飛んでゆく。
陣形の中央で魔力の本流が起き、人が吹き飛ぶ。
続けて投げた2本目は、指揮官の胴部に貫通し、その瞬間に数人を巻き込んで爆ぜた。
「中隊長殿が!! 」
「どうなってる。指示をくれぇ」
「先任の百人長殿はどこにいったんだッ!?」
オサの手からは重砲のように魔法が放たれ続け、隊列がズタズタに引き裂かれて行く。他の鬼人も恵まれた身体で力強く弦を引き、長弓から鋭い矢を放つ。
「この暗闇で弓!?」
「偶然だ。当たる筈が――」
矢は木々の隙間を縫うように敵兵へと殺到する。
暗闇から何の動作も無く放たれる弓を前に、敵兵は倒れこむ。悲鳴と怒号は数箇所で起きていた。森に吹き荒れ始めた風を考えるに、事前の打ち合わせ通り、アランが上級風属性魔法を放ったのであろう。俺とオサが隊列の腹を食い破る形で攻めている間に、アラン達は頭を潰しているはずだ。
「くそっ、森の中に敵のマジックユーザー達だ」
「なんて火力だ。数十人はいるぞ」
「森の中からだ!! 続け」
それに答えたのは森に潜んでいた鬼人達だ。一般人には引く事すら許さない程の長弓を弦が軋むほどの圧倒的な力で引き、一斉に放った。
「ひぃぐぅ」
「この距離で鎧を貫通しやがった」
「怯むな。距離を詰めろォ――!!」
放たれた矢は狂う事無く飛び、敵兵へと突き刺さる。鉄製の防具は役に立たず、貫通した矢が肉体へと到達し、前列の者は次々と倒れていた。
「敵はどこだッ」
「ううぅ……あぁ」
「この暗闇でどうやって狙いを、まさかエルフか!?」
「怯むな。突っ込めェ!!」
夜に暗視ゴーグルを付けた相手と雪合戦をするようなモノだ。鬼人の魔法や矢は次々と直撃するのに対し、敵の攻撃は殆ど当たらない。
それでも敵は突撃を続けるが、放たれ続ける弓と横合いから襲い来るスケルトンとゴーレムの所為でこちらの隊列に辿り着くまでに、500人いた敵は半数以下の200人近くまでに崩れていた。
「殺せェ!!」
200人の敵兵は今までの借りを返すように怒号を上げながら突っ込んできたが、長くは続かなかった。
「突撃!!」
イスパノの号令と共に、闇の中で声が膨れ上がった。
「「オォオオオオオ!!!!」」」
圧倒的な空気の震えの後に、地面を震わしながら歩兵の鬼人達は敵兵へと雪崩れ込む。俺もそれに続いた。
「御武運を!」
「リアナもね」
「ああ!」
弓隊の護衛と治療の為に残ったリアナを残し、俺とアーシェも突撃に加わる。
溢れ出る殺気の前に敵は萎縮するが、それでも長年の訓練の賜物か突撃を止めない。
「ひぃ、なんだあれは」
「怯むなァ!! 槍を揃えろ。足を揃えろ。集団で突き殺せ!!!!」
敵の問題点と言えば、想定していた敵が違う、それだけだった。逆に言えば想定外の敵の相手をした事でこの部隊の運命が決まった。
辛うじて揃えて放たれた槍衾が、鬼人によりすくい上げるようにグレートソードとウォーハンマーで折られ、斬られ、両者が抱擁する距離まで近づく。
槍という武器を失い、慌ててショートソードを抜くが、何もかも足りない。
いたる所で鉄と鉄がぶつかり合い、続いて鉄と肉が衝突した。
文字通り、敵兵は蹴散らされていく。強大な一撃により兵たちの体、或いは体の一部が虚空へと投げ出される。俺も正面から敵とぶつかり、バスタードソードで敵を強引に薙ぎ倒していく。
前列の者が倒れ二列目、三列目の敵兵と斬り合いになるが、こちらの勢いは衰えない。それどころか増していた。戦場では、鬼人が一つの巨大な魔物のように敵を蹂躙する。
鬼人が土石流のように敵兵を叩き潰しながら飲み込んでいく。足元には敵兵の亡骸が際限無く増える。
それでもローマルク兵もただ黙っている訳ではなかった。前列が突破された時の訓練は何度もしていたのだろう。隊列を組みなおし、懸命に戦い続けるが一瞬で瓦解していく。
「駄目だ。敵が見えない。こいつら本当に人間なのかよ!!」
「悪魔だ。悪魔が来たんだぁ!」
槍や剣を向け迎え撃つが、夜で視野が利かない上に、オサによる絶え間ない魔法による攻撃が続いている。ローマルク兵は目の前の敵だけに集中すればいい状況では無かった。
今も槍衾を作ろうとしていた集団の中にファイアーボールが飛び込んだ。何人もの人間が火達磨になりながら地面を転がり、火を踏みつけ消そうとするが、その隙は致命的。
正面から切り込んで来た鬼人に蹂躙され、集団は泡のように掻き消えた。
「うラぁあああ!!」
陣形の崩れた敵は、戦列を整えぶつかり合う戦いから、乱戦に移ろうとしていた。乱戦に紛れ敵が斬り込んで来た。ロングソードの一撃を足を使って交わすと、ラウンドシールドを突き立てながら、間合いを詰めて来る。
盾の上部を滑らせる形で防具の間にバスタードソードを叩き込み、突き殺す。
「ぐうっ――ぎィ」
続く兵士にも、上段からシールドの上に強引にバスタードソードを叩き込む。
「なっ!?」
俺の剣圧を甘く見ていたのだろう。バスタードソードに押され下がってしまったラウンドシールドの隙間から刃が入り込み、その首を断ち切った。
「掛かれぇ!」
5人の敵兵がタイミングを合わせて突っ込んで来た。流石に5人相手は面倒な上に体力を使う。
(わざわざ纏まってくれているんだ)
そこに引き抜いたスローイングナイフを投擲する。中央の兵士に突き刺さり、5人は吹き飛ぶ。
辛うじて無事な兵士2人が立ち上がり、こちらに向って来ようとしたが、後ろから迫っていた鬼人がなぎ払う形でバトルアックスとメイスで叩き潰した。
護衛がみるみる内に減り、攻城戦用の部隊が露見していく。
攻城戦では一流の部隊も、接近戦では強いとは限らない。暴風のような鬼人に襲撃され、護衛よりも遥かに脆く、倒されていく。
追い込まれた敵の中で動きがあった。陣形の中央が開くように隊列が空く。
「荷物を切り離せ。ひき殺すぞ!!」
鬼人目掛け、三頭の地竜が放たれた。背中にはアースドラゴンを操る竜騎士が乗っている。
「こんなのまで連れてきてるのか!?」
その巨体はこちらに向かい進んでくる。アースドラゴン目掛けスローイングナイフを投げ付けるが、生物に当たったとは思えない音と共にスローイングナイフは弾かれ、貫通する事が出来ない。
「くそ、硬いな。表面で爆発しても同じ結果になるか」
逆に鱗を傷付けた事で逆鱗に触れたのか、雄たけびを上げ、アースドラゴンは俺目掛けて突っ込んで来る。
俺はスローイングナイフを引き抜き、構える。俺の周囲からは巻き込まれては堪らないと、味方は誰も居ない。
「ジロウ、何してるの!? 逃げるよ」
横にいたアーシェは俺に声を掛けてきた。
「ああ、大丈夫だ。正面からあんなのとは戦わない」
アーシェと会話している間にも、アースドラゴンは迫って来る。背に乗る竜騎士が何やら騒いでいるが、何を言っているか分からなかった。
「ああ、もう、馬鹿ジロウ!!」
アーシェもツーハンドソードを構えた。自棄になった敵兵が俺達に迫るが、アーシェが全てを打ち倒す。
(集中しろ、集中)
雄たけびを上げてアースドラゴンは迫り来る。俺をひき殺そうとその頭を下げた。アースドラゴンと俺の視線が合った。何か察知したのか、アースドラゴンが首を振ろうとするが既に遅い。
左手から放たれたスローイングナイフは生物最大の弱点である眼球に入り込むと、抵抗無く奥まで突き刺さり、爆発した。
「グッ、ギッ――!!」
いくら硬い鱗を持つアースドラゴンでも体内は普通の生物よりも多少頑丈な程度だ。ましてやその硬い鱗と頑丈な骨格により爆発が外部に逃げる事はない。
密閉空間での爆発。アースドラゴンは頭から地面に突き刺さるように倒れ、背中に乗っていた竜騎士はその巨体の下敷きになり、潰された。
「本当に倒しちゃったよ……」
呆れ顔でアーシェがこちらを見ていた。
「はは、心臓に悪い」
残りの二頭のアースドラゴンを探す。一頭は数十人の鬼人に地面へと引き倒され、仕留められている。三頭目へと視線を向けると、そこで俺は信じられないモノを見た。
最後の一頭のアースドラゴンはまだ健在で背に人を乗せている。そこまでは他の二頭と変わらない。問題なのはその背に乗っている人物だ。
「ふふ、良い子ねェ」
先程まで後方から魔法により死を振りまいていたオサが、当然のようにアースドラゴンの背中に乗っていた。
「そんなまさか、アースドラゴンが!?」
「上の奴を殺せ!!」
オサ目掛け矢が放たれるが、全てかわされるか、手前でロッドによって砕かれた。その返しと言わんばかりにオサはアースドラゴンの上から魔法を放ち続け、アースドラゴンが敵の隊列の中を暴走する。
「生身で戦車と戦うようなもんだ。あんなのおかしいだろう」
「ジロウも人の事言えない! ほら、敵が来るよ」
アーシェの言葉に意識を敵へと戻し、迫る敵にバスタードソードで応戦に入る。
後方へと引いた俺たちは地面に座り込み休んでいた。当初の目標である攻城戦部隊は装備ごと粉砕し、敵が混乱の境地の中で襲撃を切り上げた。
戦闘は一時間以内に収まり、こちら側の死者も少なく、作戦は成功したと言える。とは言え、負傷者はとてつもなく多く、先鋒を務めたスケルトンやゴーレムの数も半分以下になっていた。
「まさか作戦が成功するなんて、これでリュブリス防衛は格段に有利になったぞ。早く方面司令部に連絡しなければ! オサ殿、通信魔道具をお借りします。勿論、鬼神の如く活躍した鬼人の事は報告させて貰います!!」
興奮するバルキアにオサは微笑み、続いてリアナ達に視線を向けた。
「ダリオ、リアナ、バルバナ、メイジャー」
オサに呼ばれた四人は恐る恐る振り返る。
「鬼人族は回復魔法が使えないのよォ。任せたわ。……大丈夫よ? 秘伝のポーションなら沢山あるわ。それで駄目なら……いい事してあげる」
オサの手には、何を精製したらそんな色になるのか、問い詰めたくなる色をしたポーションがあった。それを見た四人の顔は引きつる。終わらない残業を言い渡された企業戦士のように。
「あなた達もよ。アルカニア王国軍の回復魔法のマジックユーザーさん」
影で隠れるように見ていたアルカニア王国軍の兵士達の肩がビクリと震える。
彼らの死闘は始まったばかりだった。
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