第二十話 嵐の前の静けさ
魔道具を使いリュブリス支部と話を付けたアランは冒険者を集め、今後の話を始めた。
「これで一先ず、調査隊の任務は終了だ。……そしてこれからリュブリス支部として追加クエストを行う。受けるの受けないも個人の自由だ」
投げ掛けられた冒険者達は悩んでいる。アーシェとリアナの2人も防衛に参加したそうだが、俺がどう動くのかを待っているのだろう。
「このままリュブリスが陥落したらどうなる?」
俺の問いにオサが答えた。
「そうねェ。降伏勧告を無視したのだから、今までの歴史から見ると、無能な指揮官を恨みながら慈悲は与えられる事なく兵は殺され、身代金が取れそうな高位の者だけが生き残り、その後は城塞都市内で数日間の略奪許可じゃないかしらァ」
誰も否定しない所をみると、リュブリスが陥落すればそんな未来が待っているらしい。
現代の日本人の感覚からしたら命乞いをした兵、捕虜を殺すのは惨い事だが、昔の日本、この世界からしたら降伏の呼びかけに応じなかった相手が悪い。問題はこれからそれが行われるかもしれない事に対して、俺達がどう動くかだ。
このまま鬼人と共にローマルク軍と戦うか、それともローマルク側に付くか、逃げるという選択肢も勿論ある。
冒険者の大半は鬼人と共にローマルク軍と戦うだろう。所属しているリュブリス支部はアルカニア側を支持している。冒険者にとってもリュブリスがアルカニア王国側にあった方が何かと都合がいい。
相手はレネディア大陸、最強名高いローマルク帝国の軍だ。戦えば今度こそ死ぬかもしれない。メルキドとの戦いで味わった全身を貫く凶器と溢れ出る血肉。不快感のみを凝縮した感触は今でも覚えている。
(なら、俺はどうしたい?)
異世界に来た時から、第二の故郷とは言わないものの、城塞都市には多少の愛着はある。助けられる者がいるなら助けるのが、人間というものだろう。けれど、俺一人でローマルク軍を追い払える訳でも、義理がある訳でもない。
(だが、理不尽に奪われるのを見ているか? 戦う力があるのに戦いもせずに――)
少なくとも俺は関係者だ。森の中でローマルクの手先に殺されかけ、今も衣食住を行っていた場所を奪われようとしている。時には逃げる事も必要だが、今は逃げるときではない。
「受けよう」
俺が了承すると、アランは小さく頷いた。
「受けます」
「アタシも受けるよ」
2人は俺の返答に続いて、クエストを了承。生き残っていた冒険者12人中、10人がクエストを受けた。
オサを始めとする鬼人と冒険者達で、これからの移動手段を話し合う中で、俺はふと思った。
(もし、2人と俺の意見が対立した時に……2人は自分の意思を曲げてしまうのか?)
これが食事や遊び、そんな些細な出来事ならまだ良い。だが、命のやり取りが行われる重要な場所なら――。
発生した小さな疑問を心の奥にしまいこれからの事を話し合い始めた。
第二線の攻防が始まり四日目、戦況は大きく動いた。第二線を構築する砦の一つが陥落、ダムが決壊するかのように防衛線に穴が空いた。防衛線を突破されたアルカニア王国軍は劣勢の中で城塞都市防衛に入る事になったらしい。
魔道具による通信でも、切迫する状況が伝わって来る。
劣勢の知らせに全員の気持ちは焦っているが、それで進軍が早くなる訳ではない。何せ、千人を超える人間の移動だ。個人で移動するのとは訳が違う。
村にあった馬や馬車、そして調査隊が乗ってきた馬車だけでは到底収容できるはずもなく、武具を入れるだけで満載となった。
とは言え、元調査隊と鬼族の足腰は非常に強い。通常の行軍よりも遥かに早く移動を続けている。そして今日は少数ながらもリュブリス所属の王国軍と合流する日だ。
「前方に人影。前衛とアルカニアの王国軍」
見張りとして荷馬車の上にいたアーシェが声を上げた。
「行軍止まれ!! 警戒態勢で待機」
よく通るイスパノの号令で移動の為に縦隊で進んでいた鬼人の兵士達が止まる。
そして数分すると鬼族の前衛を伴ったアルカニア王国軍がオサとアランの前へとやって来た。
「皆様と合流し、協力する様に言われたアルカニア王国、リュブリス駐屯軍のバルキア上級百人長です」
バルキアの後ろには指揮下であろう数十人の兵士がいる。城塞都市の現状を考えたら数十人の正規兵ですら惜しい状況下だろう。
「Aランク冒険者のアランだ」
「鬼人のオサをやらせて貰っているわァ」
差し出された手をアランとオサは握る。
続いて、バルキアの目は直立不動で待機する鬼人に向けられていた。その体格は太くデカイの一言に尽きる。こんな体格の良い部隊を見たのは初めてなのだろう
「……いやそれにしても屈強な精兵揃いですね」
「ええ、戦争をするには頼もしい兵達です」
オサの笑みを見たバルキアは、一呼吸空けて喋りだす。
「行進で御疲れだとは思いますが、時間があまりありません。早速ですが話を始めましょう。地図を置く机か台はありますか?」
「ルテック、持ってきて。それとイスパノ、兵たちを休ませて」
「「ハッ!!」」
イスパノの号令を受けた兵たちは道から逸れ森の中へと消えていく。今頃、兵たちは防具を外し、靴を脱いで、行軍での疲れを癒しているはずだ。
そうこうしているうちにルテックが持ってきたテーブルに大きい地図が広げられた。周囲にはオサ、アラン、バルキア。そしてそれぞれの指揮官に数人が連れ添っている。
「状況は魔道具で伝えられたかと思いますが、昨日未明にリュブリス第二防衛線が抜かれ、今は残存する部隊が城塞都市まで後退を開始しました。城塞都市からも増援を送り、後退中の部隊は撤退戦の真っ最中です」
バルキアは指揮棒で開かれた地図をなぞる。そこは現在も撤退戦が行われているであろう地域だ。
「今回我々が与えられた任務は、未到達地域であるリュブリスの森林を北部から抜け、側面から攻城戦用の部隊を強襲する事です」
バルキアの言葉を全員が黙って聞いている。
「主道を封鎖し、リュブリス城塞都市に包囲網を築き始めたローマルク帝国は北部に我々の部隊がいる事は知りません。敵は十数年を掛けてアルカニア王国軍の情報を集め、今日の侵攻を行ってきました。作戦の第一、第二段階が大成功に終わり、工作員の情報を信頼しているはずです。その隙を突きます」
「敵の総兵は10万近いですが、前線に殆どの部隊が出払っています。後方に展開する部隊は1万から2万。そして目標はこれから前進を始める後方の攻城戦部隊です。北部の警戒は一番薄いとは言え、千人規模で哨戒網を抜けなくては行けません。作戦が成功する確率はかなり低いと言えます。よって、最大目標は攻城戦部隊ですが、敵に見つかり奇襲が失敗した時点から我々の任務は後方のかく乱に徹する事です。敵の細かい位置は分かりませんが、攻城戦部隊を収容できる施設と道となると――!?」
突然、バルキアは後ろに飛び退き、腰に下げたロングソードに手を掛けた。その原因は急に迫って来た影だ。
「骨……?」
現れたモノの正体をリアナは口にした。
「驚かせてしまってごめんなさい。……かわいい鳥でしょ?」
オサの腕に止まったのは、骨だけになった猛禽類だ。無邪気なオサの笑みにバルキアの顔が引きつる。
「ははっ……オサ殿はネクロマンサーでしたか」
骨だけの猛禽類の目はスケルトンと同じように赤く光っていた。気配を感じ上を見ると、同じような鳥が数羽、空を飛んでいる。
「この数日、陣形と部隊を探らせていたわァ。これを参考にして作戦を進めましょう。それと鬼人は夜にその真価を発揮する。なるべくは夜襲がいいわねェ」
夜襲と言えば奇襲性が高く、成功すれば戦果を期待できるが、反面失敗し易く、高い技量を求められる戦術だ。
「私達は夜でも昼間と変わらないくらい目が利くの」
「はは……本当に頼もしい」
(梟みたいな奴らだな)
そんな事を考えていると、考えを見透かされたのか、オサがこちらに顔を向けた。
「どうしたのシンドウくん?」
「いや、何も無いが……」
「ふふ、そう」
視線をバルキアへと戻したオサは話を続ける。
一時間ほど話し合いを続け、作戦が決まった。オサによれば目標の攻城戦部隊まではここから一日程度の場所にいるそうだ。ただ、既に移動の準備を始めているので、その部隊の移動を考え、先回りする。
敵は土属性を基本とする魔法使いや組み立て式の攻城塔などを大量の馬と竜車により運び込んでいる事から非常に目立つ。護衛の部隊を合わせると4千人程度の部隊だ。
周辺には他の部隊が展開している事もあり、短時間で撃破しなければいけない。想定よりは警戒は低いものの、見回りの兵の事を考えると、進軍は慎重、それでいて素早く行わなければいけない。
俺達は乗ってきた馬や馬車を一部残した者に任せ、徒歩で森の中に入って行く。
「もう完全に森の中だね」
「ああ、ここ数日は舗装された道だったからな、こんな道は久しぶりだ」
辺りを見回せば、弓や纏めた槍を担いだ鬼人が歩き続けている。アルカニア王国軍は森の中を歩き辛そうに移動していた。
「いよいよローマルク帝国軍と近くなってきましたね。ここからは私語も禁止になります」
リアナの言葉に俺は頷き、答える。
森の中には大量の魔物がいたが、鬼人の斥候に殺され、埋められるか、不利を悟って逃亡し、本隊の百メートル以内にも入れていない。
正面のリュブリス城塞都市と周辺の部隊に注意を向けているのか、北部には野生の動物以外の襲撃者は存在しなかった。
半日間、移動と休憩を繰り返し、辺りからは太陽が消え、月が顔を覗かせている。そんな月も雲量が多い所為で見え隠れしてる。辺りは闇に支配されていた。俺も昼間に比べ格段に見渡せる距離が低下する。
それでも遂に目的の場所に俺達は辿り着いた。事前の打ち合わせから、敵の移動速度、地形を考えて最善とも言える場所に陣を取る事が出来た。
(こうも上手く行くとはな)
敵部隊はまだ到着していない。千人以上の人が暗闇の森の中と同化する様に息を潜めている。そして視線は全方位に向けられ、オサの指示を待っていた。
そんなオサは地面にビンから液体をばら撒き、何かの準備を始めていた。
(何をしている?)
覗きこもうと近くに寄った時だった。後方から無数の気配を感じたのは――。
更新再開します




