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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第四章 リュブリス攻防戦
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第十六話 それぞれの結末

 数十人もの人間が息絶え、森の中を血に染めていた動乱が嘘のように消えていた。


 死んだように眠ったシンドウを拘束する氷壁をオサが砕き、どこから持って来たのか、何重にも鎖と手枷で拘束、口には猿轡をはめて行く。


 アーシェ達は不安そうに作業を眺めていたが、何事も無く、全ての拘束が済んだ。


 そんなシンドウの無事を確認し、アーシェ達にシンドウを任せたリアナは、一人森の端に歩き始めた。覚束ない足取りだが、一歩また一歩と確実に歩いていく。


「そんな体で何処に行くんですか?」


 問い掛けたそれはゆっくりと動く。


「っぐ、ぅ」


 リアナの眼前には怪我を負い、這い蹲りながら逃げようとするバルトがいた。


 バルトの体を斜めに横断する傷は大きく深く、大量の血が流れ出ていた。体の機能を維持するための血液を失い顔は青ざめている。


「はっ、く、クソアマが、味方も助けられない奴が何のようだ。死なない仲間が欲し、いから化け物を仲間に、するとは、笑える。ふははっ」


 悪態を付くバルトに対し、リアナも何の反応も返さない。ただ、バルトに冷たい視線を向ける。


「何か、言ったら、どうだ。あぁ?」


「随分と饒舌なんですね。……私は何も言いません。貴方は仲間の仇、それだけです」


 バルトはリアナに唾を吐きかけようとするが、その前に踏みつけられ咽込む。


「ぐふぅッ」


 バルトは踏みつけているリアナの足を可能な限りの力で握り閉め、リアナのブーツに血がへばり付く。視線だけで人を呪い殺す。そんな目でバルトはリアナを睨みつけ吠えた。


「こ、んな糞虫に、こんな奴に、認められる――」


 バルトが言葉を言い終わる前に、その音は途切れた。聞こえるのはひゅうひゅうと漏れる空気と水の音だけ――


 リアナの手には血に濡れたソードブレイカーが握られ、その歪な刀身からは血が滴り落ちる。


「これで……終わりです。これで」


 リアナは空を見上げながら膝から崩れ落ちた。そのままゆっくりと息を漏らす。


「あら、終わったの?」


 突然掛けられた言葉に、リアナは首だけでゆっくりと振り返る。


「……」


 そこには先程までシンドウと戦っていたオサがいた。そんなオサをリアナは無表情で見つめ続ける。


「ふふ、イヤね。別に責めてはいないわァ。復讐なんて日常茶飯事じゃない。まあァ、私がもし今それをしなくてはいけないなら大変だけど。でも若さ故の、無知故に起きた事件なんて蒸し返してもねェ」


「……一体、何を?」


 何の事を言っているのか理解出来ないリアナは、オサに聞き返す。


「ちょっとした昔話よ。……死は終わりと同時に始まりを意味する。破滅の絶望、再生の喜び。いつの世も繰り返されてきた事」


 何の変哲もないただの笑顔に、リアナは酷く心を揺さぶられた。


「それじゃ、私はちょっと寄り道するけど、ちゃんと付いて行くのよォ?」


 緑の髪を揺らし、オサは部下達の下へ歩いて行く。


「あなた達も粗相のないように」


 部下の返事を待たずにオサは森の中へ消えて行った。 






「結局共倒れか、本国への連絡は?」


 群がって来る魔物をすれ違い様に斬り落としながら、四人の男が森の中を疾走していた。森の魔物は通常種に比べ強力だが、四人の前では僅かに手ごわい程度の相手だ。


「これから行う。だがメルキドはどうする?」


「作戦に支障はない。メルキドの失敗、成功に関わらず、釣り出しには成功した」


「最高の使い捨てか、いざ使い捨てるとなると惜しい人材ではあったが」


 戦いの中で敗れていったメルキドの主要メンバーを思い浮かべるが、もはやどうでもいい事。そう考えた男は脳の片隅にその記憶を追いやる。


「ああ、しかも最後の最後まで撤収する時間まで稼いでくれたからな。これで陰鬱な森ともおさらばだ。まぁ、誤算と言えば調査隊のアイツだ。あんなの事前情報には――」


 男達の会話を妨害するかのように、突如森に風が吹いた。草木が風で揺れ、落ち葉が舞う。


「工作員の皆さん、こんにちはァ」


 真横から突然響いた声に、会話を中断させて4人は飛び退く。そして飛び退くと同時に誰に言われること無く、相互に援護出来る位置まで分散した。


 4対の目は突如現れた女へと注がれていた。女の情報を少しでも多く得るために、呼吸から指先の動きまで、見落とす事無く見る。


 この女以外に他の気配は無い。足の速いこいつが足止め役で、本命が包囲中、もしくはこちらに移動しているのだろう、と4人は考えた。


「ちょっと聞きたい事があるのだけど、付いて来て貰えない?」


「「「……」」」


 工作員達は返事をする事無く、女が喋る間に彼らは間を開け、2人が女の死角に回り込む。手にはそれぞれ腰から抜いたロングソードと懐から出した暗器が握られていた。


 状況だけ見れば訓練により連携を得意とし、人数も多い工作員達の方が圧倒的な優位だ。だが工作員達の冷や汗は止まらない。


 工作員としての長年の経験、人間としての本能が真っ赤な警告音を出していた。そんな彼らの緊張など気にもしない様子で女は喋り続ける。


「答えてくれなそうねェ。あら……抵抗してくれるの? 嬉しい」


 恍惚とした顔で喋る女に、彼らは武器と暗器を両手に女へとにじり寄って行く。


「散々荒らして、引っ掻き回して、責任も取らずに逃げるのかしら。……でもあなた達には感謝してるわ。抵抗してくれるなら、丁度良かった」


 女の表情を見た彼らの額からは汗が垂れ、誰に合図される事なく全員で斬りかかる。


 上下左右、足、手、喉、腹、その全ての箇所に凶器は迫るが、オサの笑みは消えるどころか、益々笑みが増していた。







「クソッ、アレは追って来ないな?」


「もう大丈夫だ」


 四人は息も絶え絶えに走り続ける。


「様子を伺っていて助かった。あんなのと戦えるかよ」


 本来であればメルキドの構成員である四人は、魔法使いや弓使いを前線で支える前衛であった。


 だが、彼らは本来の仕事を混乱に乗じて放棄し、様子見をする事で怪我もする事無く、纏まって逃げる事が出来た。


 同じ前衛は、あの魔人と戦い皆殺しにされ。後衛も殆どが死ぬか、逃亡した為、今は散り散りに逃げているだろう。


 一部の例外を除き、前衛無き後衛は脆いものだ。ましてやこの人を食らう森の中で、後衛だけが生き残れるとは、男は思わなかった。


「ああ、ジグワルドもハボックも死んだんだ。誰が勝てる。後ろにいて正解だよ」


 今思い返しても恐ろしい。バスタードソードにより切り刻まれる槍使い、拳により頭を砕かれた剣士。そして吹き飛び動かなくなったジグワルド。その姿を自分に重ねただけで、体が震えた。


 そんな四人が居る近くの木々が揺れる。最初は気の所為かと思われた音だが、確実に大きくなっていた。


「な、何だ?」


「お前、見て来いよ」


 四人が覚悟するように息を呑んで数秒、音が更に近くになりその原因は現れた。


「ジ、ジグワルド……生きてたのか」


 その深い青髪は土埃で汚れ、防具もぐちゃぐちゃになっているが、間違いなくジグワルドだった。ついさっきまで有ったはずの片手があった場所を押さえ、こちらに歩いてくる。


「よかった。心配してたんだ!」


 声を掛け近寄る四人に返事をする事無く、息が乱れながらもジグワルドは尋ねる。


「はぁ、お前っ、火属性魔法が使えたな」


「ああ……中級までだが」


 困惑しながら様子で男は返事をする。


「俺の腕を焼け」


「な、何言ってんだ?」


 出血で頭がおかしくなった、そう言わんばかりに四人はジグワルドの顔を見る。その顔は冗談を言っている顔でも、気が狂った顔でもない。本気で腕を焼けと、マジックユーザーに命令しているのだ。


「ショック死するぞ!?」


 そんな事は出来ないとマジックユーザーは頭を振り断り続ける。


「どの道、血は止まらない。いいから焼け」


「わ、分かったよ。どうなっても俺の所為じゃないぞ」


 ジグワルドの気迫に押されたマジックユーザーは、火属性魔法の詠唱を開始し、魔力で精製した火をジグワルドに押し当てる。


 人を焼く悪臭がマジックユーザの鼻腔を強く刺激し、軽い吐き気すら促された。周りの男達も青い顔でその様子を眺めている。


「ッぅ、はぁ、ゥ」


 そんな肉を焼く炎をジグワルドは悲鳴を上げる事も失神する事無く、布を口に銜えて耐え切る。


 出血が止まった事を確認したジグワルドは腰袋からボトルを取り出すと、コルクを口で強引に開け、そのまま中身を飲み始めた。


 ボトルの中身をほとんど飲み干したジグワルドは、口を離すとそのまま残った中身を傷口にぶちまける。その拡散した匂いにより、四人は中身が何か予想がついた。


 独特な匂いから察するに、恐らくポーションと飲み薬を配合したものだろう。傷口にかけたのは、傷が腐らなくするためだ。


 そのまま消毒した傷口に布を被せると、口と手を使いきつく布を結ぶ。


 そして唐突に残った腕でジグワルドは氷剣を精製した。


「お、おい。ジグワルド、なんで氷剣なんて抜いてるんだ?」


「落ち着けって」


 突然抜かれた氷剣、ジグワルドが錯乱状態だと考えた四人は、うろたえる。


 そんなジグワルドは呼びかけを無視して、奥の草むらを睨む。続いてその視線の先に男達も目を向けた。草むらには大きな影。


 豚のような見た目に、筋肉質な体。間違いなくオークだった。それも大量の――


 その目と握られた武器は彼らに向き、今にも動き出しそうだった。


「お、オーク」


「あんなに居るぞ」


「どうすんだよ」


 オークに四人の視線が向いた刹那、ジグワルドは氷剣を振った。氷剣の刃が四人の足を切り裂き、支えを失い体勢が崩れる。


「いてぇ!」


「何を!?」


「バレていないとでも思ったか、わざと戦闘に参加しなかった屑がッ……生き餌になってろ」


 氷剣を片手にジグワルドはオークの群れの中へと消えていく。四人もそれを追おうとするが足を切られ追う事が出来ない。


 残されたのは大量のオークと手負いの四人。何がどうなるか、誰の目にも明らかだった。


「待ってくれジグワルド、助けてくれ」


「来るんじゃねぇ、豚どもがぁあ」


「ひぃ、ァアアアア!!」






 アラン達は永遠に続くような森を数時間歩き続けていた。


 この集団が何なのか、調査隊の誰にも分からなかったが、今のところは調査隊に危害を加える様子は無い。


 怪我人の応急処置までしてくれた事を考えれば、敵ではないのだろうが、目的が不明な相手ほど警戒しなくてはいけない。変わり映えの無い森を歩き続けていたアラン達だが、少しずつ違和感に気付いていた。


 元々は索敵に優れる者で結成された調査隊のメンバーだ。木々で巧みに隠蔽されているが、監視台や防御施設らしき物が増えていく事を見落とす者はいない。


「なぁ、アラン、周り」


「ああ、木や草がどういうふうに成長するか知っている者が考えて配置してるな。警戒していなきゃ、まず気が付かない」


 一見すれば何の変哲も無い森だが、自然と同化する様に作られた防御施設が無数に存在した。


「それにさっきから魔物が一匹も居ない。あれだけ血の臭いと騒音があったにも関わらずだ」


 まるでこの周辺が魔物にとっての危険地域のように魔物が存在しない。これと同じ現象をアランは幾つも見てきた。その殆どが強力な魔物がテリトリーとする洞窟や湖だったが――。


 更に10分ほど歩き、アラン達はその場所に着いた。


「到着だ」


 案内されたその場所は、土地の起伏と大木などを利用し、村全体が隠蔽されていた。


 上空からは全く村の存在を気付かせず、地上からもかなり接近しなくてはその判別が困難だろう。調査隊にとって、それは村と言うよりも砦や要塞に近い物がある。


 家の数と村の規模、そしてアランの経験から言って、少なくとも数百人以上の人がここに住んでいるのは、間違いなかった。


 一同は、案内されるままに一際大きな建物へと入る。


「そこに怪我人を寝かしていろ。後で薬草を持って来る」


 案内人の指示通りに寝かすと、しばらくして薬草を持った人が調査隊のいる部屋に入って来た。


 傷口に薬草を塗る中、拘束されたシンドウに近寄るアーシェとリアナを見た案内人は、注意するように2人に言う。


「そいつの拘束はオサが来るまで、絶対に外すなよ。もう暴れないとは思うが、オサ抜きでは押さえるどころか、殺せるかも怪しい」


 殺すという言葉を聞いた二人の顔が一瞬にして険しくなり、案内人を睨む。その様子を見ていた調査隊も雰囲気が変わった。


「おいおい、ピリピリするなよ。まぁ、食えって」


 果実や食料の入った容器を調査隊の前に置く。


「安心しろ毒なんて入ってない。殺すつもりならさっきとっくに殺してるさ。ほら」


 案内人はアーシェに向って、果実を放物線を描くように放り投げる。投げつけられた果物を受け取ったアーシェは赤い果実を少し眺めてから、一口齧った。


 しゃり、という瑞々しい音と共に果実片はアーシェの口の中に納まり、何度か咀嚼するとアーシェはそのまま飲み込む。


「……甘い」


「俺はイスパノだ。オサが戻るまで時間がある。色々話をしないか? 冒険者の話とか聞いてみたい」


 無邪気に笑うイスパノに呆気に取られながら、調査隊は話を始めた。


 それから更に数時間、扉を開け入って来たのはオサだ。


 その後ろには四肢こそ欠損していないものの、半殺しにされた四人の男が引き摺られている。


「戻ったわァ」


「さっきの襲撃者か?」


 アランは睨むようにその四人の顔を見る。理不尽に襲って来て、半数以上の仲間を殺した敵だ。調査隊の誰しも良い感情どころか、殺意しか持っていない。


「半分正解、半分外れかしらァ。」


 迫るようにオサへとアランが近づく。


「助けられたのには感謝しているが、あんたらは何者だ? 何故俺達を助けた?」


 アランの問いにオサは何も答えない。


「……全員揃ったら、また明日話しましょうか。私もこの人達に聞きたい事があるから、貴方達も疲れているでしょ?」


 今は症状が落ち着いているものの、調査隊には重傷を負った者が2、3人いる。全員で話し合いをするにも無理をするにも、適さない状態だった。


「では、おやすみなさい」


 そう言うと工作員を引き連れ、オサは奥の部屋へと消えて行った。


 オサは建物から奥へ、奥へ進んでいく。そして建物の中で一番奥、そして最も頑丈な作りの部屋にたどり着く。


 その部屋には地下へと繋がる洞窟の入り口があった。ぽっかりと空いたその穴は、工作員にとって全ての物を飲み込む悪魔の口のようだ。


「……拷問は無駄だ」


 工作員の一人がぽつりと呟く。


「怖いの?」


「そんな脅し――」


 言葉を遮るようにオサは喋る。


「爪、指、骨って何の為にあると思う?」


 工作員達は真っ直ぐにオサの顔を見るが、それは動揺を隠すように無理しているようにしか見えない。


「ふふ、冗談よ。安心してあなた達が考えてる痛みだけの古典的な事なんてしないから――」


 一呼吸してオサは言葉を続ける。


「だからねぇ。安心して叫んで?」


 地下へと続く扉は、外界との接触を絶つように閉じられた。

刺されたり、凍り漬けにされたり、猿轡させられたり

主人公って何だっけ(苦笑)



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