第六話 朝駆けの襲撃者
やっと独り言から開放されます
「おっちゃん起きろ――!!」
叫び声を上げおっちゃんを強烈に揺する。おっちゃんは俺が喚いているので驚いた顔をしていたが、周囲の喧騒から何が起きたか察したのか、周りの様子に構わず手枷の鍵を外し始める。
再び、馬車の隙間から外を窺う。冒険者と襲撃者の怒号で寝ていた兵士は起き出し、襲撃者を迎え撃っていた。対応が遅かった数人が襲撃者からの矢や投げ槍で倒れる。
獣人の女の子も既に警戒態勢に入っている。声は隊商の前後に集中していた。恐らく、前後の馬車を潰して動けなくし、包囲殲滅する気なのだ。
冒険者が放ったであろう火球が襲撃者達に放たれ2人が火達磨になった。
「ギャァァアアアアア」
言葉が通じない俺でもこの言葉は完全に理解出来る。生きたまま襲撃者が焼かれているのだ。即席の人間の松明によって、周囲にいる武装した人間が映し出されていた。襲撃者は魔物ではない、人だった。盗賊の集団がこの隊商を襲っているのだ。
仲間が火達磨になっても数の差で盗賊達は押し込んでいく。
「●●×▲○××!!」
「××○!?」
怒号や悲鳴が飛び交い人が倒れる。この隊商の護衛は優秀なのか盗賊の方が倒れる数が多く、隊商側は倒れる人数が明らかに少ない。けれど、まだ盗賊側は40人以上はいる。俺のいる馬車の周辺は護衛側が優勢だが、いつまで持つか分からない。
そんな時、俺の手が後から掴まれた。びくっとして振り返ると、どうやらおっちゃんが自分の手枷を外したので、次に俺の手枷を外してくれるようだ。暗闇の中で針金を器用に使っている。
一方で戦闘は続いている。それまで隊列に入り込まれなかった中央部だが、遂に前部から敵がなだれ込んで来るようになった。前にいた男AとB、そして金持ちの馬車の防衛区画が落ちたのかもしれない。
俺の馬車にいた兵士達は、獣人や戦奴対策だったのか、かなりやり手だった。近寄る敵を味方と連携して叩き伏せている。どうやら大盾と短槍でお互いをカバーするのに慣れているようだ。
今しがたも4人で切りかかって敵を大盾ではじき返すと、大盾の下部に付いた棘で叩き潰し、短槍で突き殺してしまった。やっていることはシンプルだが、的確に喉などの急所を突いており、盗賊達は喉や急所から血を噴出し、微かに呻くだけだ。
「×○×●●▲×」
戦場を見ていた俺だが、おっちゃんに呼ばれたので振り返ると手枷が外れていた。凄まじい早業である。既に監視の護衛など気にしない様子で獣人の女の子の手枷と足枷を外し始めた。
獣人の女の子は首輪があるから無駄だと言いたげだ。そこで俺は気付いた。首輪に存在していた魔術的要素が消えているのだ。
「あ!!」
俺が首輪を指差すと獣人の女の子も気付いたようで驚倒している。どうして首輪の魔法が消えたんだと一瞬考え、魔法が消えた、縛る側の契約した人間が死んだのだろう、と勝手に俺は想像した。今は首輪が外れたそれだけでいいのだ。
逆に少なくない数の護衛を付けていたはずのあの金持ちが死んだのなら、前部の連中は恐らく全滅したのだろう。
後部はまだ持っていると思ったのも束の間、中央部に集まるように数人の冒険者が後退してきた。どうやら火球を放ったのは、あの干し肉をくれた冒険者らしい。
追撃してくる盗賊の一団に火球を放つ。残った盗賊も腕がある者が残ったのか、火球の攻撃を躱し切れていないが、直撃する者はいなかった。
その後を10人以上の盗賊が追いかけている。既に護衛側で残っているのは3人の兵士と4人の冒険者、そして俺達の馬車にいる5人だけだ。一方の盗賊側は少なくとも20人はいるだろう。
おっちゃんも慌てているのか、獣人の子の手枷は外したが、足枷をまだ外せない。その後ではまだ固定されたままの二人の男が早くしろと待っている。
目の前で冒険者の一人に矢が刺さる。止めとばかりに盗賊が飛び掛るが、干し肉の冒険者が横合いから盗賊の首を切断すると、射手がいる場所に火球を撃ち込み火達磨にする。
そんな獅子奮迅の活躍をする彼だが、仲間を助けるのに無理をしたのか、片手に斬撃を受けて、夥しい量の血が出ている。残りの仲間も傷口からか返り血か分からないが、血だらけだ。
そして中央をひたすら支えていた兵士3人は、盗賊側の魔法使いの水弾で一瞬の隙を突かれてしまう。
その隙に1人が倒されると連携を絶たれ、最後に残った1人は、怒りに任せ魔法使いに切りかかり道づれにするが、盗賊数人に滅多刺しにされてしまった。
3日という短い間、それも監視者という立場ながら、食事や睡眠を共にしてきた兵士達の死に、強烈な怒りと恐怖が込み上げてくる。
俺は目の前の惨劇に何も出来ない。吐き気を抑え、呆然と見ている俺だったが、馬車に突っ込んでくる3人の盗賊に気付き、叫び声を浴びせることができた。
それに気付いた奴隷仲間の2人は、必死に鎖で攻撃を受け止めようとするが、呆気なく斬り捨てられた。
(次は俺がやられる!?)
咄嗟に後に下がる。それを掴んだのは偶然だった。それは外した手枷。投げたところでどうにもならない。けれど――
(こんな理不尽な世界で殺されてたまるか、これがこの世界の運命だと言うなら、俺はこの世界の運命を投げ出して抗ってやる!!)
俺は手枷を盗賊に投げようとする。そこに頭の中に音が響いた。
【ユニークスキル【異界の投擲術】を発動します】
それが頭に響くと、体中の筋肉が得体の知れない力で強化され、滑らかに洗練された動きで手枷は俺の手元から投擲された。放たれた手枷は黒いオーラを帯び、盗賊の頭を文字通り吹き飛ばした。
何が起きたかは理解出来ない。だが、俺は続けざまに手枷を投げる。最初の手枷同様に、至近距離からの手枷の投擲に盗賊は避ける事も出来ずに胸部が無くなった。盗賊はかひゅ、という音を立て倒れる。
【【レベル】が1から3に上がります。【スキル】《共通言語》を習得しました。【スキル】《初級火属性魔法D-》を習得しました。【スキル】《初級水属性魔法D-》を習得しました】
【名前】シンドウ・ジロウ
【種族】異界の人間
【レベル】3
【職業】異界の迷い人
【スキル】異界の投擲術、異界の治癒力、初級火属性魔法D-、初級水属性魔法D-、生存本能、共通言語
【加護】なし
【属性】なし
頭の中でレベルやらスキルやら次々アナウンスが流れる。だが、今はそんなことはどうでもいい。もう1人にも投げつけようと手枷を探すがそこには何も無い。俺とおっちゃんの分で撃ち止めだったのだ。俺の顔は恐怖に引きつるが、その必要はなかった。
足枷の外れた獣人の女の子は、盗賊との距離を一瞬で詰めると、盗賊の首を掴んで床に叩き付けた。
「ガフッゥ」
男は鈍い悲鳴を上げるが、獣人の女の子はそれを遮るように叫んだ。
「死ねぇえ!!!!」
いつの間に掴んでいたのか、盗賊が持っていた短刀を盗賊の喉に突き刺すとそのまま勢い良く引き裂いた。
「2人とも良いぞ。よし、アーシェ、冒険者に加勢するぞ。無口の坊主もさっきの投擲魔法まだ出来るか?」
そう言った後、言葉が分からない俺の為に、おっちゃんは自分達が突っ込むから援護しろ、ハンドシグナルで表してくれた。
何故魔法を使えたのか分からないが、今は出来ることをするべきだ。
「どこまで出せるか分からないけど、やってみる」
「「えっ?」」
俺が口を開くと、おっちゃんと獣人の女の子であるアーシェが、ビクッと振り返りぽかんとした顔を浮かべた。
(急に俺が喋りだしたんだ。そりゃ驚くか)
「余所見してたらまずいんじゃ……」
「はは、そりゃちげえねぇ、行くぞアーシェ!! 折角、無口の坊主が喋ったんだ、生きて三人で話すぞ」
おっちゃんは片手剣を拾うと冒険者を囲んでいた盗賊の1人を突き刺す。するとアーシェたちに気付いた盗賊が冒険者からアーシェ達へと標的を変えた。
「馬車から新手だ。殺せ」
その声に反応した盗賊達が切りかかるが、アーシェが自分とそう変わらない大剣を拾い、盗賊達を武器ごとなぎ払う。
「くそっ、獣人がいるぞ」
冒険者と対峙してて、余所見をしてしまった哀れな盗賊は、腹部を横に切断されると、血や内臓と一緒に地面へと倒れ込む。一方のおっちゃんは、体に似合わず盗賊の1人と地味な戦いを繰り広げている。意外に戦闘が苦手なのかもしれない。
(アーシェと干し肉の人なら接近戦は大丈夫だ。なら)
俺は弓を持った盗賊に目を付け本日3回目となる手枷を投げつけた。手枷は一直線に軌跡を描き、射手の下腹部にぶつかり、綺麗にそこを抉る。
「ああァアアアア!!」
立つことが出来なくなった射手は、叫び声を上げ倒れ込む。俺を危険と判断したのか盾と剣を持った盗賊が迫ってくるが
「させるかぁ――!!」
アーシェは声を出して盗賊に切りかかり、盗賊も応戦する。2人は2、3回弾いたり、避けるなどの攻防が続いていたが、結局はアーシェの勝利で切り合いは終結する。おっちゃんも辛うじて盗賊に勝ったようだ。
人数が互角になり、盗賊達は一斉に逃げ出そうとするが、運良く逃げられた数人以外は、冒険者とアーシェに討ち取られてしまった。
全てが終わり俺はへたり込む。いつの間にか夜が明けている。青紫の朝日が辺りの惨劇を照らし始めていた。






