第十四話 暴食の果てに
数週間苦楽を共にしてきた今のシンドウの姿を見て、調査隊は目の前で起きている出来事が理解出来ずにいた。
「 ありゃ、正気じゃないぞ。凶戦士の狂化が可愛く見える」
「どうなってるんだ」
シンドウは逃げる敵を蹴散らしている。先程まで皆殺しにされそうになっていた事を考えたら、調査隊にとって好ましい状況だろう。
ただ、問題なのは敵の数が既に殆ど残っておらず、敵がいなくなった時の事だ。
「アーシェ、リアナ。同じパーティーだったな。何か分かるか?」
アランの問いに2人は首を振る。
「私には何も……」
行動を共にしてから数週間だが、シンドウの事が何も分からない。肝心な時にまた何も出来ない。そう自覚してしまったリアナは無力感と悔しさで地面に目をやる。
「……ジロウはユニークスキルを二つ持ってる。一つは特殊投擲術、もう一つは特殊治癒力。まだユニークスキルがあったのか、特殊治癒力の所為で暴走しているのかアタシにも分からないけど、今までこんな姿になった事はないよ」
「おい、分からないって、パーティーじゃないのかよ!?」
全身怪我をした冒険者がアーシェへと詰め寄る。
「ごめん」
「うぅ、すまん。イライラしていた」
アーシェが謝った事で冒険者は大人しく座り込む。
もう数ヶ月も一緒にいるのに出身や昔話になるとジロウは何時も言葉を濁してしまう。アタシにも言えない事なのだろう、と考えると少しアーシェは切なくなった。
「ただ、怪我をするとご飯をいっぱい食べる」
「「「……」」」
その一言で場は凍り付く。シンドウはまだホーングリズリーしか手を付けていない。だが、もしその興味が人間に向いたら――?
あれだけ致命傷を食らったのだ。どれだけの食事をすれば元に戻るのか、調査隊は勿論、アーシェにも分からなかった。
「ああ、最悪だ。助かったと思ったらこれか、シンドウがグルメな事を願うよ」
「俺は不味いから勘弁だぞ」
先程とは違う他の冒険者達は軽口を叩くが、目は真剣そのもので一切笑ってはいない。そんな調査隊がいるところまで声が響いた。
「うわぁああ!!」
意地で最後まで抵抗していた敵がシンドウのバスタードソードによって叩き潰されたのだ。そうしてシンドウの動きは止まる。
既にシンドウの前から人間はいなくなっていた。静かに、それでいて確実にアーシェ達の方へシンドウは目を向ける。
そして虚ろな一目で調査隊を見つめていた。
「ジロウ?」
アーシェの問いにシンドウの口が開く。
「あははh? ニク!? ニクニク??アァアアア?アアアアアアアアアァ!!!!!」
開かれた口は、もう閉じられる事は無い。そしてそれが意味する事を調査隊は理解した。
「……逃げて。アタシが相手をするから」
「アーシェさん何を言ってるんですか、一度は助けられた命です。私もやりますよ?」
アーシェ、リアナの2人に続いてアランが構える。
「リーダーとしての責任と個人的な借りがある。何としても止めなくては」
迷わず踏み出した三人に対し、残った冒険者達は顔を合わせる。シンドウの相手をしたくない者もいたが、度重なる戦闘で動けない方の冒険者の方が多い。
その中でも軽傷の分類の冒険者2人が言葉を交わす。
「はぁ、最悪だ。で、グランどうすんだよ?」
山賊のような風格の男は相棒である熊の獣人へと話しかける。
「ツァーリ、お前は恩知らずか?」
「はぁ、嫌な立ち回りだ。……まだ戦える奴はいるか?」
「「「………」」」
満身創痍の冒険者を見渡すが、返事が帰って来ない。その中で今にも倒れそうな男が一人前に出るだけだ。
「俺が……やろう」
「バウデン、今のお前ならその辺の老人の方が強そうだ。休んでいろ。いざと言う時は分かってるな?」
「分かった」
アランの発言でバウデンは大人しく木の陰へともたれ掛かった。
「あぁ、やになるねぇ。大概こう言うパターンは俺らみたいのが死ぬんだぜ?……大食いの兄ちゃんとネェちゃん達には悪いが手足の1、2本ぐらいは覚悟して貰わなきゃいけねぇな」
ツァーリの視線の先にはシンドウが映る。
防具は半壊し、衣服はぼろぼろだが、体に目だった損傷は無い。敵との戦闘を見ていたが、怪我が瞬間再生していた事を見ると今もそのスキルが有効なのだろうと、ツァーリは考えた。
「多少は傷つけても回復するだろう。いざとなったらリアナもいる。それで生け捕りの方法は?」
「私がかき乱す。アーシェとグランは力で押さえつけてくれ、リアナは穴埋めを頼む。ツァーリ、アレは使えるな?」
「ああ、問題ねぇよ」
「仲間と言えども、手加減はするな……来るぞ」
「ハハ、ハァ、アアアアァ!!!!」
話し合いを中断させる形で、シンドウはアラン達へ突っ込んできた。それに合わせアラン達も動き始める。
駆け出した勢いを利用したシンドウのバスタードソードがアランへと繰り出された。それに合わしてアランは魔法を使う。
「風よ敵を置去りにしろ」
加速魔法により急加速したアランはロングソードを斜めに構えながら、滑るようにシンドウの脇をすり抜ける。そうしてすれ違う瞬間にバスタードソードにロングソードを交差させてシンドウの手を斬ろうとするが、避けられてしまう。
「くッ」
あれだけの速度、そして自分の中での最速の剣速をシンドウには見切られていた。凄まじい動体視力と反射神経にアランは息を呑む。
同時にそれだけで終わるとは思えず、アランのその予想が現実へと変わった。踏み込んだ勢いを利用してシンドウが回し蹴りをしてきたのだ。
あの速度、それも片足だけで急停止し回し蹴り……タイミングも筋力もアランが見て来た相手の中でも明らかに異常だった。
回し蹴りを上半身を動かし、頭を振って回避するが、その圧力は命を確実に刈り取るものだ。回し蹴りから体勢を整えたシンドウとアランは体を対峙させる。
アランには大柄でないはずのシンドウが遥かに大きく感じられた。
シンドウに対しアランはロングソードで斬撃を繰り返すが、最小限の動きでそれを防がれる。速度こそアランには追いついていないものの、それを遥かに補う筋力と反射神経がシンドウにはあった。
このままでは不味い。そんな考えも頭を過るが、アランは一人で戦っているわけではない。
低い姿勢から突っ込んできたアーシェがツーハンドソードでシンドウの足を払う。対するシンドウは、アランへと振り下ろそうとしたバスタードソードを片手で振った。
バスタードソードとツーハンドソードが甲高い音でぶつかり、アーシェのツーハンドソードの軌道がズラされる。
「つぅうう」
アーシェはツーハンドソードから伝わる衝撃で手に痛みを感じるが、それを無視してツーハンドソードで突きを繰り出し、アランもアーシェの動きに合わしてロングソードで斬り付ける。
シンドウはどうにか対処するものの、防御中心になった。逆に言えばアランとアーシェが全力で攻撃して、どうにか抑えられる程の相手――。
そんなシンドウがバスタードソードを両手で持ち、アランへ全力でバスタードソードを放つ。
バスタードソードはアランには当たらず、ロングソードに掠るだけだが、それだけでアランの片手が真上に上げられてしまう。
「アラン!!」
アーシェがそれをカバーしようと妨害するが、ぎりぎりの所で巧みに避けられる。
元々力ではアーシェの方が勝るが、剣技ではアーシェはジロウに勝てない。それにアランもアーシェも連戦での疲れが残っていた。
アランへと踏み込むシンドウを止めることが出来ず、アランにバスタードソードが迫る。
そんな追い込まれたアランだが、その視界には別のものが映っていた。
それは遅れながらも飛び込んで来たリアナだ。力では勝てないからかバスタードソードではなく、バスタードソードを取り扱うシンドウの右手肘関節へとロングソードとソードブレイカーを振り下ろす。
「危ない!?」
それを嫌がったシンドウが咄嗟に肩を詰め、リアナを吹き飛ばす。リアナの刃がシンドウの胴部を傷つけるが、何事も無いようにリアナに手を伸ばす。
「ァアアアア、ニク、ニクゥウウ!!」
「くぅッ」
そこに強引に割り込んで来たグランが巨体に見合ったウォーハンマーを振り下ろした。
ウォーハンマーはシンドウの左腕をへし折り、戦闘能力を奪う。そう考えたグランだが、シンドウの顔を見てその考えは崩される。
「貰っ――!?」
腕を折られたはずのシンドウは笑っていた。あくまでリアナに手を伸ばしたのは囮と言わんばかりに――。
無事な右手で振られたバスタードソードがグランの首へと迫る。今のシンドウの全力とは言えない斬撃だが、首の一つ、二つを吹き飛ばすには十分過ぎる程の物だった。ウォーハンマーを振るったグランは避けられない。
そこに走りこんできたアーシェが全力でバスタードソードを逸らす。バスタードソードはグランの防具を抉るだけで済んだ。
「すまん!!」
「回り込んで」
「いきますよ」
満身創痍の状態でこのシンドウと戦い続ける体力はもう無い。短期決戦とばかりに四人は一気にシンドウを攻め立てる。
周囲から殺到する攻撃をシンドウはバスタードソードで捌くが、並みの冒険者を凌駕する四人による連携を防ぎ切れない。
攻撃を対処しきれなくなったシンドウは大きく跳躍し、地面へと着地する。そこは先程までシンドウが戦闘を行っていた場所であり、防具や武器が無造作に転がっていた。
「不味いよ」
「投擲物が来る」
長い付き合いのアーシェと追撃戦を共にしたアランはシンドウの投擲術の恐ろしさを十分見てきた。ましてや魔力切れとは言え、今のシンドウの投擲術は普段よりは格段に強力だ。
身構えた四人に対し、シンドウは槍を拾った。そのまま流れるような動作で投擲された槍は、凄まじい速度でアランへと迫る。
「はぁっ」
掠りそうになりながらもどうにかアランは回避した。当たれば命の保障は無い。
四人は距離を詰めるために前進するが、進めば進むほど投擲物は避け辛くなる。
次にシンドウが掴んだのは、ラウンドシールドだ。投擲に適した形状ではないそれを強引に制御し、投げつけてくる。
不規則な動きと嫌な風切り音を伴いながら飛んでくるラウンドシールドはアーシェの下へ向かう。アーシェは避ける為にステップするが次の瞬間には、軌道が急激に変化し、アーシェの体と軌道が重なってしまう。
「アーシェさん!!」
「どけ!!」
そんなラウンドシールドをグランはウォーハンマーをぶつける。
がぎゃ、という音を立てウォーハンマーと接触したラウンドシールドはそのまま地面へと突き刺さった。
「投げさせるな。突っ込め!!」
「……ァア?」
そんな近づいてくる四人目掛け、再び投擲物を握ろうとしたシンドウの体が沈んだ。
「大地よ、敵を飲み込め」
ただひたすら息を潜めていたツァーリが姿に似合わない土属性魔法を詠唱し、地面へとシンドウの体を引きずり込ませる。シンドウはもがきながら地面を脱出しようとするが、距離を詰めてきたアランにそれを阻まれた。
邪魔するアランにシンドウはバスタードソードを振るが、アーシェのツーハンドソードとグランのウォーハンマーの全力の攻撃によりシンドウのバスタードソードは吹き飛び、飛ばされたバスタードソードは離れた地面へと突き刺さる。
「このまま首まで埋めて地面をがちがちに固める。出させるなよ」
ツァーリは再び詠唱に入るが、それを邪魔する為にシンドウは腕を振り暴れる。
「気をつけて」
「ここでやられたら洒落にならん」
勝てる、そう五人が考え始めた時だった。シンドウが唐突に腕を下向きに振ったのは。
今更その攻撃に当たるほどの人間は誰もいない――だが。
「ッ!? 止め――」
その行為に隠された意味に気付いたアーシェは叫び、遅れながらも気付いたアランが腕に飛び付くが遅かった。
苦し紛れの一撃かと思われたその攻撃は打撃ではなく。投擲。
最後に隠された棒手裏剣が地面へと突き刺さり、シンドウを中心とした魔力の爆発が起きた。撒き散らされる土埃と荒れ狂う爆風により全員が吹き飛ばされる。
「ぐぁッ――!!」
「あ、うっ」
爆心地で何事もなかったかのようにシンドウは立っていた。半身近く地中に埋まっていたはずだが、爆発により土は掘り返され、シンドウは簡単に地面から抜け出す。
「ま、まだ魔力があったなんて」
「あれが最後の搾りかすだろうが、やられた」
疲労が蓄積され、最後の駄目出しを食らい動けない。唯一グランの影にいたアーシェだけが動く事が出来た。
「ジロウ……」
だがアーシェは逃げない。立ち尽くし、迫るジロウを見続けている。
「逃げろ。アーシェ!!」
「ダメっ……シンドウさん、アーシェさん!」
アランやリアナの声に、シンドウは頭を押さえ悶え苦しむ。拾ったバスタードソードを何度も、何度も地面へと叩き付ける。
「嫌だ。食べろ。嫌だ。食べろ。嫌だ。人は嫌だ。人は嫌だッ。何で? 腹が、いや、はぁ? ああ、たべ、っぁ、やめろ、っぐっうう、た、食べろ。食べろォァアアアアアアア!!!!!」
二つの意思が混じり合い、シンドウは咆哮を上げる。悲しそうに微笑んだアーシェなど関係ないようにシンドウは歩みを止めない。
「ダメ、待って!!」
シンドウの手がアーシェへと迫る。リアナは声が枯れるまで叫ぶがシンドウには意味が無かった。
「嫌だ、そんなッ、待ってよ!!」
手がアーシェを掴もうとした瞬間、感情が剥き出しでぶつかり合う戦場に不釣合いの声が響いた。
「あらァ、騒がしいと思ったら面白い事になってるわねェ」
人を呑み込む森の中に風が吹く。
肉食系男子(物理)のシンドウさん
暴力系女子のハイゴブリンさん
力を手にした2人が遂に邂逅する時、何が起きるか
と焚き付けてみます。
……やっぱりハードル下げて置くんだった