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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第四章 リュブリス攻防戦
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第十二話 死に行く者

「……ジロウ」


「話は後だ。今は逃げるぞ」


 アーシェにもリアナにも聞きたい事も言いたい事もあるが、今は一刻も早く逃げなくてはいけない。木々を掻き分け森の中を進んでいると一気に視界が開けた。


 木々で囲まれていたはずの森に光が差し込む。


「くそ、やられた」


 眼前に広がるは沼。船無しで渡るには深く、広い。それにこんな森の中の沼だ。沼の中に何がいるか分からない。敵を後ろに抱える事からも、短時間で渡りきるのは不可能に近いだろう。


「迂回するぞ」


 アランは即座に沼を渡ることを諦め、外周を迂回する事を選ぶ。後ろからは敵が迫ってくる。しばしの鬼ごっこの後、外周を回り、あと少し進めば沼も終わりを迎えようとした時だった。


 並走していたアーシェが耳を動かし、何かを感知した様子で一層険しい顔になる。


「前方から音? 待ち伏せだ!!」


「またか!?」


 アーシェの叫び声に先頭を走っていたアランはロングソードを引き抜き、魔法を放つ。


風よ、敵を切り裂け(エア・ブレード)


 放たれた風の刃が草や葉をなぎ払いながら草むらへ直撃すると、叫び声と共に血柱が上がった。


「やはり居やがった」


「どうするんだ。後ろにも敵がいるぞ!?」


 位置がばれたからか、進行方向を防ぐ形で一団が姿を現す。本隊の後ろに食い付き、俺とアランが殿として相手をしていたはずの集団だ。


 本来ならばまだ本隊の後方にいるはずだが、明らかに先回りされていた。


(最悪だ。沼まで誘導されてたのか)


 敵の罠は二重、三重に張り巡らされていたのだ。


 数は両者合わせて40人以上はいるだろうか。対するこちらは満身創痍の疲弊した15人。俺自身も投擲物は尽き掛け、魔力も心許ない。


「森の中に戻るぞ」


 調査隊は沼を迂回する為に逃走を続けていたが、アランの指示で森の中に逃げ込む。恐らく、森の中に逃げ込まれるのも敵の想定通りだろう。


 けれど苦肉の策ではあるが、挟まれた状態のまま沼で戦うよりはマシだ。


「どうするんだ。どう考えても逃げ切れない。もうお終いだ」


「冗談じゃねぇ、まだ死ねるか」


「こうなったら一人でも多く道づれにしてやるよ……」


 ある者は諦め、ある者は足掻き、ある者は死を覚悟する。


「……よく聞け、これ以上は逃げても逃げ切れない。戦うぞ。戦力が残っている今しかない」


「おい、敵はまだ40人以上いるんだぞ!?」


 嘆いていた冒険者がアランに詰め寄る。


「確かに数は多い。だが、こちらを逃がさないように敵は広く分散している。散らばった敵をこちらは一丸となって撃破していく。覚悟を決めろ。冒険者として矜恃を見せろ。これは生き残る為の戦い、やらなければ負け、死ぬだけだ!!」


 アランの言葉に覚悟決めたのか、冒険者達の顔が変わっていく。確かに、まだ絶望するには早い。


(……何としても生き残る)


「使わない投擲物は全てシンドウに渡せ。逆襲するぞ。続け!!」


「それしか無いが上手く使ってくれ」


「ほらよ」


 数人の冒険者が俺にスローイングナイフや投げ斧を渡してくる。俺はそれを受け取り、アランへと続く。対する敵は、逃げていた集団が反転して襲い掛かって来たからか間抜け面を晒し、驚いている。 


「敵の逆襲だ!!」


「構えろ。来るぞ!!」


 敵は足を止め、武器を引き抜き、こちらに向けて弓を構える。


「シンドウ、ぶちかませ!!」


 アランの一言で俺は温存していた魔力を使い炸裂型でスローイングナイフを投げつける。集団の中心で炸裂したスローイングナイフは爆炎と爆風で敵を吹き飛ばし、陣形を崩す。


「ぎっ、ぐぅ」


「がはぁ――!!」


「こいつら、強いぞ」


 元々、索敵と戦闘に優れる集団だ。空いた穴にアランが飛び込み、その後を冒険者達が続き、一気に傷を広げていく。


 戦闘音と叫び声でこちらの逆襲に気付いたのか、分散していた敵が集まって来る。


「居たぞ。ここだ」


「集まれ!!」


 そんな敵の一人に向け、俺は投げ斧を投擲する。


(そこか!!)


 木々の隙間から放たれた投げ斧は敵の鎖骨に突き刺さり、大幅に戦闘能力を奪いさる。


 仲間を戦闘不能にされ、俺を脅威と感じた後続の敵3人が俺目掛けて押し寄せて来た。


(はぁ、モテモテだ。男に……夢中になり過ぎたな)


 先頭の一人は俺に到達することなく、体を斜めに裂かれた。それを実行したのはアーシェだ。


 切り込むアーシェに反応が遅れるのは致命的だ。先頭の二の舞いにならないように、それを見ていた後続の敵2人は、同時にそれぞれサーベルとシャムシールを振りかぶり斬り掛かる。


「行くぞ」


「ああ!!」


 二人、それも軽い剣なので剣速が速く、素早い踏み込みにアーシェは完全に対応しきれない。


 そんなアーシェの前に後ろにいたリアナが脇から飛び出る。サーベルを強引にロングソードでねじ伏せ、シャムシールをソードブレイカーで受け止める。


「今!!」


 サーベルを逸らされた敵は再びサーベル振るおうとするが、薄いサーベルの刃ごとアーシェにより頚椎を砕かれ、木に叩きつけられる。


「このアマ!!」


 シャムシールの敵は武器をソードブレイカーで絡め取られ振るう事が出来ず、空いている手で短刀を取り出し突き刺そうとするが、リアナのロングソードの方が早かった。


「遅い」


 ロングソードの刃が敵の顎に入ると、そのまま下顎から上を斬り落とす。


 接近戦により3人が殺されたからか、射手が奥からアーシェ達を狙おうとする。そんな射手目掛けて俺はスローイングナイフを投擲する。


 放たれたスローイングナイフは避ける事を許さず射手の下腹部へと突き刺さり、そのまま背中側へと抜けた。


「ぐふぃ、っあ」


 射手は下腹部を押さえ込みながら倒れ込む。


 下腹部は重要な血管が集中する場所だ。放っておけば数分で出血多量で死ぬ。


(仮に治療されても暫くは戦えない筈だ)


「ありがとう、助かった」


 アーシェが振り向く事なく俺に礼を言う。


「次が来ます!!」


 リアナが睨む先には敵がいた。貰ったスローイングナイフを手に持ち構えようとした瞬間、火球が俺達に飛んで来た。


 咄嗟に全員が散らばり難を逃れるが、余波により服と髪がチリチリと焦げ、スローイングナイフを吹き飛ばされる。


 火球の飛んで来た方を睨むが誰も見つけることが出来ない。


(ファイアーボール、敵のマジックユーザーか)


 起き上がる俺達に対し、怒声は近くなる。


「不味い、来るぞ!!」


 こちらが魔法への対応に囚われている間に敵は目の前までやって来た。


 俺はスローイングナイフの回収を諦め、バスタードソードを抜刀し、詠唱を始める。


 手頃の敵を探す為に正面から迫る敵の一団に目を向けた。見える範囲では5人だが奥にまだマジックユーザーが隠れている。


(隙を見てまた魔法を放つ気か)


 一層、神経を集中させ敵を迎え討とうとした時、草むらから急速に何かがこちらに迫ってくるのを感じた。


(新手――?)


 草や木の影から見えるのは黒い毛、でかい体、そして頭部にそびえる角。間違いなくホーングリズリーだった。


(ホーングリズリー!? こんな時に!!)


 迫るホーングリズリーにバスタードソードを向けた時、今度は逆の木々の隙間から何かが俺の喉元目掛け飛びついて来た。視界に入った白銀の毛並み――。


(今度はシルバーウルフ)


 咄嗟に空いている左腕の拳と腕甲で薙ぎ払う様にシルバーウルフを吹き飛ばす。


「ぎゃん!」


 シルバーウルフは吹き飛ばされた事で声こそ上げるが、地面に着地し、再度横飛びかかって来る。


(これでも食べてろ)


 俺はその動作よりも素早く、引き抜いた棒手裏剣を魔力を込めて投げ付ける。


 飛び込んで来る自身の勢いと棒手裏剣の勢いで、鉄の棒はシルバーウルフの喉から下腹部に掛けて抜け、再起不能となる。


「グガァアアアアア!!」


 動かなくなったシルバーウルフを無視して、押し寄せて来るホーングリズリーの両腕を小刻みに体を動かす事で避けていく。


(熊が、動作が大きいんだよ)


 攻撃の間の隙を見て、ホーングリズリーの喉元目掛けてバスタードソードを突き入れようとした時、その背中から黒い影が飛び出して来た。


 いや、正確にはブルカのような黒いマントで身を包んでいる人間だ。その手には構えられたナイフとショートソードが握られている。


(不味い。いけるか――)


 攻撃の全ては避ける事は出来ない。


 投げられたナイフの軌道を予想し、自ら鎧に当てに行く。金属同士がぶつかる甲高い音と胸に衝撃を喰らうが、ダメージはない。


(左ッ!!)


 続いて俺の左側から迫るショートソードを軽く体を反らしながら避ける。


 ショートソードは俺の喉を掠め、うっすらと血が出るがそれを無視し、飛びかかって来る男の腹部に思いっきり蹴りを入れる。


「ぐふぅ、がぁ、ごほゴホォ」


 黒尽くめの男は地面で転がりながらダメージを分散させるが、蹴りの痛みによりむせ込み腹を押さえる。


 足からの確かな手応えを感じ、即座に剣を振る体勢に移る。眼前には主人の仇と言わんばかりにホーングリズリーの太腕が近づいて来る。


(ギリギリか)


 放たれたホーングリズリーの攻撃に対し、蹴りの勢いも利用して全力でバスタードソードを振るう。


 バスタードソードは、柔らかい肘の関節部に入った。肉と骨の抵抗をバスタードソードで感じながら俺はそのまま右腕を吹き飛ばす。


「グガァア!! ガアアアアア!!」


腕を切断された痛みを絶叫に変えながら、ホーングリズリーはその顎を剥き出しにして、俺に噛み付こうとしてくる。


炎弾よ敵を焼き尽くせ(ファイアーボール)


 詠唱を完了していた俺は火球をホーングリズリーの顔面へと放った。最大火力ではないが肉を焼く程度の火力は十分にある。


 胸から上にファイアーボールを食らったホーングリズリーは今度こそ耐え切れずにのたうち回る。


 鼻腔の奥で毛の燃える臭いを感じながら、さらにホーングリズリーへと踏み込んで行く。そんな時だった。俺とホーングリズリーの間の影が揺らいだのは――。


 決して気の所為ではない。


(影? 後ろ、いや直上か!!)


 微かな風切り音と太陽によって直上から迫る敵を察知した俺は、左足を軸にして右足を引き、勢いよく反転する。


 影の持ち主はすぐそこまで迫っていた。正体が何かも分からずバスタードを振りかぶり、真っ二つにする。


 横目で辛うじてそれが何かを認識する事が出来た。飛翔系の魔物であり、その大きい体で家畜や人間を連れ去るヘルバードだった。


「こノッ、引ケ!!」


 転がりながら火を消したホーングリズリーは魔物使いであろう男の命令を受けてか、俺に背を見せて魔物使いの元へ駆け寄る。


 ホーングリズリーの背中に飛び乗った魔物使いはそのまま木々の隙間へと消える。追撃しようか一瞬悩んだが、逃げる敵は追う必要はない。


 今は一人でも多く敵を戦闘不能にする事が先決だ。


 距離を開けてしまったアーシェとリアナと連携を取る為に辺りを見回す。その中で何か光るものがあった。


(なんだ。あの光は……?)


 森の奥の何かが太陽光を受けて、僅かに光った気がした。そしてその光には見覚えがあった。


 太陽の光で浮かび上がるのは、笑みを浮かべる男、その男の視線の先にはアーシェとリアナ。そしてそれは放たれようとしていた。


 忘れる筈がない。森の中でフラクタルを殺害した氷槍だ。


「伏せろ!!」


 俺の呼び声でリアナは伏せたが、斬り合っているアーシェは伏せる事が出来ない。


(クソッ、間に合え!!)


 足が軋むほどの力で地面を蹴り、駆け出す。氷槍は既に放たれていた。


 トップスピードでアーシェをタックルするように突き飛ばす。それとほぼ同時に氷槍はアーシェと俺の間をすり抜けて行く。


 もしワンテンポ遅れていたらフラクタルのように氷槍がアーシェに突き刺さっていた――。


 横目で確認するが、アーシェは勢い良く吹き飛ぶが、獣人のしなやかな体で上手く着地する。


 だが、危険はまだ去っていない。今まで正面からアーシェと斬り合っていた剣士は絶好の機会とばかりに剣で突きを入れてくる。


「死ねぇ!!」


 俺は両手で持ったバスタードソードを上段から全力で振る。


「お前がくたばれ」


 突きを入れてくる剣士のブロードソードを押し退ける形で、バスタードソードは男の肩に深々と食い込む。続け様に迫る敵達にバスタードソードで斬りつけようとしたが、出来なかった。


(しまった。抜けないッ!?)


 剣士に致命傷を与えたが、逆に深く食い込み過ぎた。バスタードソードを抜くのが一瞬遅れる。


(攻撃――いや防御か)


 俺は食い込むバスタードソードを引き抜き、防御の体勢に入るが、何もかもが遅い。迫る敵に迫る凶器、何もかもが中途半端になった為に到底対応し切れない。


 万全の状態であれば対処出来たであろう攻撃が襲い来る。


(駄目だ。間に合わないッ!!)


 迫るは槍と剣と斧。


「やったぞ」


 燃えるような痛みの後に訪れたのは言葉に出来ない激痛。胴を貫く槍、骨を砕く斧、胸に刺さる剣、俺の体に殺到していたそれらが一斉に引き抜かれる。


「はぁっ、ぐっぅ、あァ」


 支えを失い、独力では姿勢を保つことが出来ない。前のめりに俺は倒れた。平衡感覚がおかしい。視界が歪む。


(くぅそっ、な、何だ。なんだ、これ)


「穴が空いた。一気に畳みかけろ」


「シンドウさん!!」


「ジロウ!?」


「は、ぁ……ッ、ぁあ?」


 返事をしようにも、口からは意味のない言葉しか出てこない。言葉の代わりに出てくるのはドロリとした血と水気を含んだうめき声だけ。


 立ち上がろうにも下半身どころか、指にすら力が入らない。痛みを越し、体の自由が次々と失われてゆく。命そのものが流れ出るような感覚。


「なんで、なんでみんな私を置いて行くんですか……そんなの、そんなの!!」


 視野がどんどんと暗転していく。既に自由が利く場所は数える程度。


(俺は、死ぬ、死ぬのか? 肝心な、所で、何も出来ずに、アーシェ、リアナ……そんなこと)


 僅かに見える視界からは、残る冒険者が血塗れになりながら必死に戦っている。


 リアナがアーシェをカバーしながら活路を開こうとし、アーシェが咆哮を上げ、何かを言っていた。既に音もぶれて聞こえる。


「ジロウ、ジロウッ!! お前らは、お前らだけは、殺ス」


「チッ、獣化しやがった。首を狙え、死ぬまで動くぞ」


「おい、獣人を殺すのカ!? 駄目ダ。勿体無イ。俺が手足をもいで貰ウ」


 自分の中で急速に死が膨れ上がって来る。既に《異界の治癒力》の限界を迎えたのか発動する気配すらない。かつて経験が無い怪我と出血。思考までぼやけて来た。


(く、そっ、た、立てな、い。アーシェ、リアナ……まだ死ぬ訳にはいか、ないのに、いかないのに……体が動かない。はは、寒いな。寒、い。ああ、それに、して、もは――がへっ……)


 訪れたのは完全な静寂。

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