第八話 人食いの森
森に入って既に二日、ゴブリンの一匹、二匹でも出て来そうだが、一切出てこない。代わりによく出てくるのが、ワイルドボアやホーンラビットなどの魔物だ。ただ、それらの魔物は共通して馬鹿でかい。
斥候がワイルドボアやホーングリズリーを狩って来たが、どれも大型化し非常に攻撃的だ。世間一般的に知られている魔物の大きさを遥かに越している。
「ゴブリンがいないのは大型化した魔物をゴブリンが狩れなくなって、個体数が減ったからか?」
「確かにな。あのワイルドボアの大きさ見ただろう、ゴブリンが数匹群がったぐらいじゃ返り討ちにされるぜ。餌が取れなくなって死んだんだろ」
「そう決め付けるのは早くないか? そもそも大型化しているのは分かるが、原因は何だ?」
見張りを立て、休憩に入った冒険者達は碗を片手に今回の原因について激論を繰り広げていた。
「しかし、ここの魔物はデカイな。リュブリスじゃ大物の魔物がごろごろしてる」
俺は木製の碗の中ですっかりだし汁へと変わり果てたワイルドボアとホーンラビットを見る。彼らの血肉と植物やキノコ、そして俺や他のマジックユーザーの水属性魔法で作った力作だ。既にほとんどが調査隊の胃袋へと消えていた。
「一種類の魔物だけじゃなくて様々な種類の魔物が大型化しているという事は、何か原因があるんでしょうか」
「餌が豊富とか?」
先に食べ終えていたアーシェとリアナが魔物について話を始めた。
「それだとゴブリンも大量にいそうだけどな」
あいつらは餌さえあればいくらでも大量繁殖しそうなイメージがある。
「もしくは大型化、攻撃的に成らなければいけない理由があったのかもしれないですね。魔物は生命の危機に直面すると上位種に進化したり、大型化すると聞いた事があります」
(つまり、ここにいる魔物達は進化圧や淘汰圧に対応する為に大型化、攻撃的になった? それだと生物としての寿命の短い、サイクルが短いゴブリンの方が適応しそうなものだが)
何せ、あいつらは雪山でも毛むくじゃらになったアイスゴブリンとして生きている程だ。水に沈めて置けば勝手にエラ呼吸でもしそうな魔物である。
「それだと、どこにでもいて大量に繁殖するゴブリンが最も適応しそうだがなぁ」
「だよねー」
「そうなんですよね……」
考えながら残っただし汁を一気に飲み干す。少なくとも魔物を大型化、絶滅させるだけの異常な要因がこの森には存在するのは間違いない。
(見た目だけなら他の森と変わらないのに)
「少ししたら出発するぞ。荷物を纏めろ」
アランの呼び声により休憩していた冒険者達は一斉に動き始める。俺も木製の碗を道具袋に押し込み、出発の準備を済ませていく。
隊列を整えた俺達は隊の前後に少数の班を配置し、注意深く進んでいた。
冒険者達は注意深く森の動植物を調べているが、有力な手がかりは掴めない。アーシェも人よりも優れる鼻と獣耳を動かし、辺りを探っていた。
(もっと森の奥に何かあるのか?)
辺りの茂みや木の陰を見ていると、正面から冒険者が歩いてきた。確か、斥候の一人のはずだ。そのまま隊長であるアランへと話しかける。
「アラン」
「ああ、左か?」
「そうだ。かなりいる」
小さいながらも周りの隊員に聞こえたその声は隊の雰囲気を一変させる。
「気取らせるな。マジックユーザーは詠唱を済ませろ。左に伏兵だ」
調査隊は正面を向きながら末端まで伝令を回して行く。俺もファイアーボールの詠唱を小声で唱える。そんな時、前部にいたアランが俺の隣に来た。
「シンドウ、噂は聞いている。ユニークスキルは使えるか?」
既に詠唱に入っていたので、目線で返事をする。
「そうか、俺もマジックユーザーだ。俺の魔法で一斉攻撃に入る。初動で出鼻を挫く。続いてくれ」
そう言ってアランは俺に投槍を手渡してきた。それを受け取り肩に担ぐ。
伏兵の連絡から五分程度、場の緊張が最高に高まって来た。隊が歩く場所は森の中でも特に背丈の高い植物が集中する場所で、待ち伏せには最適だろう。
「……」
そしてその時は来た。流れるような動作でロングソードを抜いたアランはそのまま横にロングソードを振り抜く。
「風よ、敵を切り裂け」
低い軌道放たれた風の刃は草むらへと迫り、それに併せて隊のあらゆる魔法が草むらへと殺到する。俺も投擲術により魔力を込めた投槍とファイアーボールを草むらへと撃ち込む。
魔力による爆発で一帯の草むらが根元ごとなぎ払われ、血飛沫と生臭い血の臭いが辺りに広がる。薄い土煙から見えるのは魔法によって切り裂かれ、焼かれる体。その中でも比較的無事な一体が呻く。
「グギギ……ガアアア」
俺達の前に引きずり出されたのは茶色の肌に恵まれた体を持つオークだ。
(なんで脳筋のオークが待ち伏せを!?)
知能が高くないはずのオークが息を殺して集団で待ち伏せなど聞いた事もない。俺も含め他の冒険者も困惑しているが、そんな疑問が解決する前にアランの声が隊に響く。
「隊を組め、離れるな。来るぞ!!」
草むらと10匹以上のオークが一掃されたが奥でまだ何かが蠢いている。間違いないオークの影だ。
「グガアアアアアアアアア!!!!」
その蠢くオークのさらに後ろから劈くような咆哮が響く。それは味方を鼓舞し、敵を威嚇する咆哮。
「「「グガアアアアアアアアアアアアアア!!」」」
数十匹はいるであろうオークが叫び声と同時に突貫してきた。オークの津波が俺達に押し寄せる。弓使いが矢を放ち、魔法がオークへとぶつかるが、止まらない。
(考えている暇はないか)
迫るオークに素早く引き抜いた二本のスローイングナイフを投げつける。
オークの頭部目掛け投げられたスローイングナイフだが、先頭にいた複数のオークがスローイングナイフを二本とも武器で叩く。瞬間にナイフが爆ぜた。
その爆発はオークの目の高さで起き、周辺にいたオークの目から光を奪っていく。
「グガアギギ!?」
痛みに強く、止まる事を知らないオークだが、視力を失えばただしく突撃は出来ない。先頭の足が止まった事により、オークの突撃が鈍った。
「続け、豚共は皆殺しだ!!」
士気を上げる為か、普段であれば絶対に言わないであろう汚い言葉をアランは発し、先頭を切ってオークへと斬り込んで行く。
それに続き冒険者はオークへと斬り込みを掛ける。俺は斬り合う前に目の前にいたオークにスローイングナイフを投擲する。オークの額に抵抗なく刺さったスローイングナイフはそのまま抵抗無く貫通し、オークを絶命させる。
続けてスローイングナイフを投げようとしたが、その後ろにいたオークが死んだオークを投げて盾にしながら突っ込んでくる。
(これだからオークは)
投げ付けられた死体をサイドステップで避け、俺はオークへと斬りかかる。オークもそれに応えて、俺の脳天目掛けロングソードを振って来た。
(この位置ならば問題ない)
そう思ったのもつかの間、脳天目掛け振られるはずの剣先がブレて軌道が急激に変わる。それに対応する為にバスタードソードの腹でオークのロングソードの軌道を強引に曲げ、そのまま滑らせる。
(あのオークがフェイントを入れてきた!?)
フェイントは拙いものだが、あの脳筋のオークがフェイントを入れた攻撃を仕掛けて来たのだ。信じられない。
「グアア、ギギg」
右下にロングソードの軌道を曲げられたオークはそのまま右下から横にロングソードを振るが、その行動を読んでいた俺は小さくバスタードソードを振り、オークの力を利用してオークの太腕を飛ばす。
興奮状態のオークは左手で振りかざし、殴りかかってくるが喉元にバスタードソードを突き入れ、止めを刺す。ちらりと辺りを見回すと、アーシェとリアナが俺の死角に入り、協力して3匹のオークと戦闘を繰り広げている。
全体的にも戦い慣れた冒険者が多いので、オークと言えど、初歩的とも言い辛い剣技では冒険者を倒す事が出来ないのか、次々と仕留められている。
そのまま2匹のオークを仕留め、4匹目のオークと戦闘に入ろうとした時、森に咆哮が響いた。
「グガアアアアアアアアア!!」
その咆哮を合図にしてか、今まで一心不乱に斬り込んで来たオーク達が蜘蛛の子を散らすように一斉に引いて行く。
一部の冒険者がそれを追おうとしたが、アランがそいつらを呼び止めた。
「そこまでだ。追うな。何があるか分からん」
きっと逆襲を警戒しての事だろう。あのオークの群れに待ち伏せと撤退を理解する変異種と呼ぶに相応しいオークがいるのは間違いない。それがただ逃げるとは考え辛かった。
呼び止められた冒険者達も素直に足を止めて戻ってくる。
「アーシェ、リアナ無事か?」
俺の傍で戦っていたアーシェとリアナに話しかける。見ためでは怪我はしていないが、打撲や内出血がありえるので、聞いておくに越した事はない。
「アタシ達は大丈夫だよ」
「シンドウさんこそ怪我はしていませんか?」
心配性のリアナが俺の体を隅々まで調べるように見ていた。
「ああ、大丈夫だよ。返り血が酷いけどな……」
とは言ってもアーシェとリアナよりはマシだ。アーシェの横で戦っていると返り血が半端ではないので、いつも血まみれになる。迷宮では勝手に蒸発・気化して迷宮に吸い込まれるので問題はないが、迷宮外ではそうは行かない。
「フラクタル、バウデン、テーバー、アルタシュエ、周囲を警戒。他の隊員は集合。回復魔法が使える者は急いで来てくれ、重傷者だ」
それを聞いたリアナは駆け足で向かって行く。俺達もその後に続くと、3人もの冒険者が重症とも呼べる怪我を負っていた。
「出血が、回復魔法を掛けるまで傷口をキツく押さえろ」
真新しい傷からは止め処なく鮮血が流れ出ていた。数人の冒険者が張り付いて傷を抑えている。
「誰か布はあるか!?」
「丁度良い。シンドウ、水を出してくれ」
「ああ」
魔法を詠唱し、指示された桶に水を溜めていく。リアナは肩を深々と斬られた冒険者に回復魔法を掛けていた。
三人とも命に関わる傷ではない。回復魔法を掛け続ければ戦闘が可能になるまでには回復するだろう。
「オークと冒険者が一戦交えたようダ」
魔物使いの報告に待機していた面々が反応する。多少知恵の回るオークや大型化した魔物よりも調査隊の方が脅威であり、クランの注意はそちらに向いていた。
「どうだった?」
「いやはや、凄い火力ダ。オーク10匹が瞬く間にひき肉からの焼肉だト。簡単に蹴散らされてしまったタ」
魔物使いは従属させていたヘルバードとウルフから聞いた光景を思い浮かべる。鉄と魔法による圧倒的な蹂躙。倍程度のオークが押し寄せてもびくともしないのだ。今まで見てきた冒険者の集団の中でもトップクラスの強さを持っているだろう。
「冒険者側は死んでいても一人、二人。重軽傷者もいるが回復魔法持ちが何人かいたから既に回復しているだろウ」
「陣形は?」
「前後に少人数の班を配置、中央に本隊、無難な陣形ダ。正面からは被害が大きくなるガ、前後の少数を殺ってから本隊を潰すカ?」
「今回はそれはしない。ここまであとどのくらいだ」
魔物使いは少し考える。負傷者を治療し、多めに休んだとして2日。あの集団なら明日と言ったところか。
「警戒しながらの速度なら明日にはここまで来るナ」
「どうだバルト」
「あとは馴染ませるだけだ。1日あれば十分だろ」
「おイ、俺は内緒話が嫌いだゾ」
目が見開いた魔物使いがジグワルドを睨み付ける。それに対し、ジグワルドは気にもしない様子で話を続ける。
「ああ、魔物使いにはまだ言ってなかったな」
「?」
ジグワルドの発言に魔物使いは首を傾げる。魔物使いがクランに入ったのは最近だ。知らない事の方が多いし、難しい事はジグワルドがやるので何がどうなっているか全く分からない。
「ならどうやるんダ?」
「いや、良いのがいるじゃないか」
小声で魔物使いに囁くジグワルドの目線の先には前回の調査隊の生き残りがいた。
「ダリオ、こいつらに回復魔法を使え」
「に、逃がすんですか?」
「いいからやれ」
それを聞いた冒険者とダリオは安堵をする。
丁寧に回復魔法を掛け終えたダリオにジグワルドは面白そうに耳打ちする。それを聞いたダリオは顔を真っ青にして、抗議しようとするが相手が悪かった。
「そんな、それじゃあんまりで、っぐう!?」
「はい、ダリオちゃん、静かにしようね?」
横合いから急に奴隷の首輪を強引に引かれ、そのままバルトの拳で強制的に黙らされたダリオは悶えながら地面を這う。
「いや、ダリオは良い顔するだよ。なんだこう、まさに行動が王道みたい。なんでダリオが回復魔法使えるかなぁ。残念だ」
「回復魔法が使えないダリオなんてなんにもないじゃん」
ケタケタと楽しそうに笑うクランメンバーのエリサの言葉にバルトは真顔で返す。
「そりゃそうだ。そいつに回復魔法がなければとっくに嬲ってオークの餌だ」
冗談か本気かわからない調子でバルトが喋り、ダリオはそれに怯えて後退りする。
一度や二度ではない回数、バルトに解体されかけたダリオにとっては、バルトは悪魔のような男だ。首輪が無ければ遅いながらも全力で駆け逃げている。
「あんま虐めるとショック死しちゃうよ」
「ひぃ……」
エリサは持っていた杖で後退りをするダリオを前に突き返す。
「あまり遊ぶな。邪魔だ、エリサ連れて行け。バルト、魔物使い話がある」
「はーい」
首を引っ張られ、ダリオはむせながら引き摺られ、ジグワルドに注意されて、しぶしぶダリオから離れたバルトはジグワルドの元へ行く。
集まったバルトと魔物使いにジグワルドは今後の事を説明する。その話を聞いた魔物使いとバルトは下卑た笑みを浮かべた。
「ああ、分かった。いつも通りでいいんだな?」
「凶暴な狼を狩ルには羊を使うのが一番ダ。任せてくレ、そういうのは得意ダ」