第七話 第二次調査隊
翌日、訓練場を訪れた俺達は係員に声を掛けられ、集合場所へと案内される。
調査隊の冒険者が集まっている場所は、幾つにも区切られた訓練場の中でも一際大きい場所だ。既に数十人の冒険者が集まっており、思い思いの場所に腰を掛け、号令が掛けられるのを待っていた。
アーシェとリアナは無造作に置いて有った木箱に腰を掛け、俺は立ったまま辺りを見回す。冒険者の中でも、やはり獣人が目立つ。
「獣人が多いな」
優秀な冒険者には獣人が多いが、ここから見えるだけでも5人は獣人がいた。
「熊族や兎族もいるね」
同じ獣人に興味があるのか、獣耳を動かしながらアーシェは会場内の獣人に視線を向けている。
「アーシェさんは狼の獣人なんですよね。バルガン国家群ご出身なんですか?」
俺と一緒にフサフサ動くアーシェの耳と尻尾を見ていたリアナは、アーシェに疑問を投げ掛ける。
バルガン国家群と言えば飛竜と竜騎士が有名だが、多数の少数民族から成り立つその特性から、獣人の里も数多く存在する地域だ。
「うん、14歳の頃に村を出て来て、冒険者をしてるよ」
「そうだったんですか、私は15歳の時に冒険者になりました」
「ちょっと他の冒険者と話して来る」
「「はーい」」
元気が良さそうに返事をした二人を置いて、他の冒険者に近づく。同じ調査隊でしばらく生活を共にするのだ。声を掛けておいて損は無いだろう。
「どうだ調子は?」
訓練場を見回すと何人か見知った顔がいたので、その内の数回見たことがある熊の獣人の2人組に声を掛ける。
「ん? 大食いのあんちゃんか、良くも悪くもないな」
「俺は最近薬指が無くなっちまったけどな。あのオーガにはやられたよ。楽器はもう弾けないな。弾かねぇけど、がはははは」
自分で言った事で大笑いする冒険者は、無くなった指を見せ付けるようにこちらに手を伸ばす。
「その冗談詰まらないぞ。何度目だよ……そう言うあんちゃんも調査隊に組み込まれたのか」
辟易とした様子で熊の獣人は薬指の無い冒険者を睨むが、薬指の無い冒険者は気にする様子が無い。
「あ、もしかして食費でも無くなったか?」
笑いながら問いかけてくる薬指の無い冒険者に苦笑いで返す。流石に前ほど無茶はしていないので、食費はそれほど掛かっていない。
「まだ食費ぐらいあるよ。俺はランク引き上げを条件に出されて参加した」
「そうか、俺達は報酬が通常の数倍だったから参加したが、これだけの人数の冒険者、リュブリスの防衛戦力ぎりぎり、下手したら一部防衛戦力まで削ってるんじゃないか」
リュブリスでの冒険者の主なクエストは討伐、護衛、巡回の三つだ。勿論、初心者を中心として採取クエストも盛んに行われてはいるが、この三つの方が報酬が高く、冒険者達には好まれている。
その中でも巡回のクエストはギルドに信用され、尚且つ腕のある者しか出来ず、当然そんな冒険者が幾らでも居る訳もない。
「巡回か、俺は参加した事がないな」
「あんちゃんはここに来て日が浅いからな。何年もリュブリスで仕事をしていないと声を掛けられないよ。俺達は結構参加するんだが、騎士団の人間と未到達地域や国境を巡回するだけだ。魔物の遭遇こそ多いがローマルクの奴らも静かだし、割の良いクエストだ」
「そうか? 俺なんて毎回参加してるのに、騎士団の野郎達は俺を胡散臭そうな目で見てくるんだぞ。ひでぇよな。こんな善良な冒険者をさ」
「その騎士団員は見る目があるぞ」
(見た目は関係ない、と言う人はいるがこれは……)
見た目だけならククリ刀を帯刀し、懸賞金の掛けられた山賊の頭の様な格好をしているこの冒険者なら仕方ないと思う。
「最近じゃ巡回クエストはリュブリス線周辺の魔物討伐クエストになっちまってるけどな。……と、主役のお出ましだ。ふぅん、Aランクのアランと他のはBランク冒険者か」
入り口から現れたのは4人の冒険者だ。その先頭を歩く男は冒険者と言うよりは軍人のようないで立ちだ。そのまま先頭の男は中央の台へと上る。ざわついていた会場は静かになっていた。
「良く集まってくれた。私は調査隊を率いる事になった冒険者のアランだ。噂に聞いているとは思うが、北東部に異変が起きている。この異変を調査するために我々第二次調査隊が結成された。調査隊の目的は北東部の異変の究明、可能であれば第一次調査隊の捜索も行う。この事について何か質問はあるか」
「町の壊滅と調査隊の音信不通は何か関係が?」
「残念ながらそれについては分からない。だが、北東部の森には両者を壊滅させる程度の脅威が存在すると覚悟してくれ」
アランは少しの間を置いて、誰も質問が無い事を確認すると説明を再開する。
「それでは隊列や非常時の対応の話に入る。まず隊列だが――」
悪路で揺れる馬車での生活も3日目となった。世間話をする話の種も既に尽き、装備の手入れも完璧に終わってしまいする事がない。アーシェは馬車の隅で蹲って寝ているし、リアナも慣れた様子で寝に入っている。
この馬車もハンクの馬車のように天井に登れる構造だが、見張りとして他の冒険者が上に上がっているので、既に定員オーバーで、見張りとして上に行く事も出来ない。
「はぁ、暇だな」
本や暇つぶしになる道具があればいいのだが、残念ながらそう言った娯楽文化はこの世界では発達していない。
暇つぶしと隠れた才能を発掘する為に大きい木片を幾つも拾って来て人間の木造を目指し彫ってみたが、リアナには「何の邪神像ですか?」と言われ、悔しくなりまた次の木片で人間目指して彫ったが、アーシェにもしばらく悩んだ後に「ホブゴブリン?」と言われてしまった。
今では余った木片達はその大きさも手伝って、スローイングナイフなどの的になっている。初の調査隊と言う事で、スローイングナイフを始めとした様々な投擲物が俺の道具袋や全身に収まっていた。
「よっと」
座りながら俺が連続して投げた棒手裏剣は全て木片の中心へと突き刺さる。
「へぇ、綺麗に刺さりますね」
いつの間にかに寝ていたリアナが近寄って来ていた。そのまま俺の横に座る。
「やるか?」
「私、結構ナイフの扱い上手いですよ?」
小型のスローイングナイフを受け取ったリアナは、そのまま構えて投げた。
ソードブレイカーを扱う過程で短刀類のスキルも上げていたのだろう。距離が近いとは言え、揺れる馬車の中で綺麗に的にナイフが刺さる。
「上手いな。何なら馬車が止まった時に勝負でもするか?」
「面白そうですね」
リアナも自信があるのか話に乗って来た。俺に投擲系のスキルがあることを知らないのだろう。
「リアナー、止めた方がいいよ。ジロウは投擲系の最上級スキル、それもユニークスキルを持ってるから勝ち目ないって。多分、目隠ししても狂いなく遠くの的に当てるから」
蹲って寝ていたアーシェがこちらを向いて喋っていた。その顔は犯罪者から人を救ってやったかのような顔だ。
「え? ユニークスキルを持ってたんですか?」
リアナには言ってなかったので、言っておいた方がいいのだろう。
「……特殊治癒力と特殊投擲術の二つを持ってる」
「ユニークスキルが二つも!? 属性魔法を二つも使えてその上、ユニークスキルも二つあるなんて羨ましいです」
「俺は回復魔法が使えるリアナが羨ましいけどな」
「何か言ってるよ。こいつら。リアナは回復魔法使えるし、ジロウに至っては意味が分からないし」
寝転がったまま、ドスの利いた声でアーシェが呟く。濁ったような目付きが非常に怖い。
「アタシなんて、ただでさえ魔法が苦手な獣人なのに、その中でも絶対魔法使えない、って言われたんだからね。使いたかったなぁ、魔法……」
何かを諦めた様子でアーシェはため息を漏らす。
アーシェに何か言葉を投げかけようとした時、壁が喋った。いや、正確には壁に寄り掛かりピクリとも動かなかった冒険者が喋ったのだ。
「俺なんて力はないし、魔法も使えないし、年取って身体も重くなってきたし、仲間は汚いオッサンしかいないし、髪まで薄くなって来たし……優ってるのは年くらいだ。ふふ」
この世の負全てを集めたかのような声で冒険者は呟く。
「「「……」」」
誰も掛ける言葉が見つからず、場に沈黙が訪れる。
(これは何て声を掛ければ……)
「あれ、これ笑うところじゃ無いのか?」
どうやら彼なりの冗談だったようだが、表情と声のトーンから誰も冗談と思えなかった。
「てめぇのは重過ぎんだよ!! つか、俺のこと汚いオッサン呼ばわりしやがって」
近くにいた暗い冒険者の仲間が暗い冒険者の頭を掴むとそのままヘッドロックを掛る。
「いたたたぁ!! ちょ、やめ、ら、らめぇえええええええ!!」
痛みから逃れる為に暗い冒険者は暴れるが、その体勢からさらに腕挫十字固を掛けられている。男二人が馬車で暴れている所為で馬車が揺れて車体が軋み、立てかけていた荷物まで落ちて来た。
「お前ら暴れんな!! 上が揺れるんだよ。頭ぶつけたじゃねぇか」
屋根に上っていた冒険者が頭をぶつけたらしく、組み合ってる二人の尻に蹴りを入れていく。
「たくっ、もう町に着くぞ。準備しろ」
町に着いた馬車隊は町の入り口で止まり、馬車の中からぞろぞろと冒険者が降りてくる。
町の安全は馬車隊に先駆けて町に入った斥候によって確認されていた。
入口には兵員の詰め所があったからか、周辺の建物は損傷が特に激しかった。
「酷いね」
「ああ」
壁に近付くと幾つもの戦闘痕が付いている。
「集合」
良く通る声でアランが冒険者達に呼びかける。
「この場所に活動拠点を作る。建物内の部屋は自由に使って構わない。調査は明日の朝からだ。それまでは各自自由にしていいが、くれぐれもこの周囲からは離れないでくれ。歩哨は当番制とする。では解散」
荷物を持って詰め所の2階の一室にアーシェとリアナと共に入る。この部屋は比較的荒らされた形跡はなく、いざと言うときも階段が付近にあり、二階からも飛び降りる事も出来るだろう。
とは言え人が管理しないと建物というのは直ぐに劣化する。部屋の中にかなり埃が溜まっていた。流石に血の臭いこそ残ってはいないものの、至る所で血が付着している。
閉じたままの窓を開け、空気を入れ替える。室内に風が舞い込み、中の埃を外へとかき出していく。
窓から空を見上げると雲が多少存在するも、まだ明るい。良く見れば鷹のような鳥が飛んでいた。風を上手く利用して上空に滞在し続けている。
(良く飛ぶな)
誰もいなくなった町、それもその原因が不明の中でその町で寝泊まりするのはあまり気分の良いものでは無いが、これから調査で野営する事を考えたら遥かにマシな寝床だ。
「ジロウ、リアナ、井戸は生きてるらしいから水を汲みにいかない?」
「そうですね。私も体を少し拭きたいです」
「ああ、そうだな」
「それともシンドウさんが水を出してくれますか?」
馬車の生活中、水属性魔法で水を精製する事をよく頼まれた。水はあるが大量には使えないし、新鮮で冷たいという、事でだ。お礼に干し肉や酒などを貰っていたので、個人的には嬉しかったが。特に干し肉は異世界で初めて来て食べたまともな食事の一つだったので、実に懐かしい味だった。
「そんなに水属性魔法を使っていたら調査前から干乾びる」
「なら行きましょう」
水筒と桶を持ったリアナとアーシェは笑いながら部屋を出て行く。
(リアナもこんな風に笑えるようになったか)
二人を追う形で俺も自分の水筒を持って部屋を出る。
「町の外に歩哨を立ててかなり警戒している。迂闊には近寄れない。何度かひやりとさせられるところがあったよ」
偵察から帰ってきたハボックはメルキドのクランリーダーであるジグワルドに報告する。ジグワルドは面白くない状況だ、と舌打ちをし、自身の水色の髪を触る。
「流石に二度目の調査隊は警戒するか、魔物使い、お前はどうだった?」
名前を呼ばれた魔物使いは木の陰から現れた。全身を覆う緑色の服は擬態効果が高く、忍び寄られるとハボックには全く分からないので、何時も心臓に悪い。傍らには魔物使いのペットであるウルフまでいる。
「上空からヘルバードに見張らしたガ、大体40人程度ダ」
「都市にいる奴らによれば調査隊は最低で27人から40人強。魔物使いによれば調査隊は40人程度。大体数は合うか。バルトが冒険者狩りから間に合って良かった。これだけの大仕事、盗賊の仕事以来だからな」
「盗賊の仕事は美味かったな。依頼人が他の馬鹿共を上手く扇動してくれたお陰で、俺達には被害無しだ」
堂々と数個の村を焼き払い、隊商を幾つも襲う事が出来た。アレだけ暴れまわる事はもう無いと思うとハボックは残念で仕方ない。
とは言え、リュブリス周辺の森で第一騎士団と白銀騎士団に尻を食い付かれそうになったのは、ジグワルド達にとっての苦い思い出だ。
「そう言えば人数が足りないが?」
ハボックが偵察に出る前にはあと7、8人の仲間がいたはずだが数が減っている。
「戦場の準備だ。バルトがマジックユーザーと人手が欲しいと言うからそっちに送った。俺達も本隊に合流する。雇い主も俺が居ないと居心地が悪いだろう。魔物使い、引き続き見張れるな?」
「任してくレ、ヘルバードとウルフに見張らしておク」
魔物使いは勢い良く口笛を吹くと上空からヘルバードが舞い降りて来た。ヘルバードとウルフを撫でた魔物使いは胸元に引き寄せ指示を出す。
ジグワルド達が見る前で、ヘルバードは風を撒き散らしながら上空へ上がり、ウルフは森の中を疾走していく。
「お前を護送車から拾って正解だったな」
「助かってるヨ、たかだか数人食わせてタだけなのに捕まってしまったからナ。それにジグワルドの仕事は魔物達も喜ブ。アア、楽しみだナァ。早く来ィ」