第六話 一時の平和
迷宮の惨劇から4日、完全には仲間の死から立ち直っていないものの、リアナは迷宮に潜る程度には回復していた。流石はこの世界の人間それも冒険者だけあってタフだ。
「いくらアーシェさんの力が強くても、この階層の魔物になると正面から一撃で葬るのは難しいです」
「そうなんだよね。今までのモンスターは一撃、二撃で叩き潰せてたんだけど……」
アーシェは胡坐をかいて座り、その正面にはリアナが対面する形で女の子座りしている。
リアナと食事や会話をして数日後、一緒に迷宮に行きたいと言った時には驚いた。まだ早いんじゃないか、そう俺もアーシェも思っていたが、リアナの目から伝わる意思はしっかりとしたものだった。試しに一緒に迷宮に潜ったがリザードマンと問題なく戦闘を行うどころか、逆に効率良くリザードマンを狩り尽くしている。
(良い事なんだろうけどなぁ)
仲間が死んだ日には碌に食事も通らない程だったが、今では普通に食事が出来るようになっていた。今も女の子同士で会話しているのだが――
「つまり意識の外側からアーシェさんの一撃を与えればリザードマンもいちころ。私が敵の注意を引き付けて、後は機動性に優れるアーシェさんのツーハンドソードで一撃必殺です」
「うん、うん」
「具体的には――」
アーシェは尻尾を振り、楽しそうにリアナの話を聞き、リアナは身振り手振りを加えながら熱中した様子で戦術をアーシェに説明する。
(なんだ、この光景)
一見すれば和気藹々と女の子が楽しそうに会話しているが、その中身はリザードマンをいかに倒すかと言う全く持って可愛くない会話だ。
「なんだ、これ」
俺がぽつりと呟くと、会話を中断させて、二人がこちらに顔を向ける。
「どうしたジロウ?」
「あ、シンドウさんも興味があるんですか?」
リアナが俺も会話に興味があると思ったらしい。
「ああ、冒険者としたらな」
「シンドウさん達は個人ではあんなに強いのに、連携が……凄く勿体無いですよ」
実に耳が痛い事を言われた。
「あー確かにその辺が疎かだったよね」
「疎かどころか、連携の訓練した事ないだろう」
今まで連携と呼べそうな事はしてきたものの、アーシェの言う通り、その辺の訓練は全くしていない。敵が2、3匹なら早いもの順で敵を倒し、敵が6匹なら半数ずつ相手にしてたくらいだ。
「へっ――? ここまで連携の訓練もして来なかったんですか!?」
「ああ、まあ」
「う、うん。特に必要なかったし」
リアナが信じられないと、残念そうな人たちを見る顔で俺たちを見る。
「……よくこの階まで来れましたね」
連携が嫌いな訳じゃ無いが、個人で戦うのが多く、俺もアーシェも何時もの癖で一人で戦ってしまう。
「だからこの階辺りできつくなってきたんだけどな」
「普通はもっと早く限界が来るはずなんですが……なのにこんなところまで二人、それも連携もしないで」
「あー、ほら、己の限界を高めるためにここで……冗談だよ。でもリアナのお陰で効率良くリザードマンが倒せて、改めて連携して敵を倒すのは大切だと思ったな」
リアナは敵の注意を引き付けたり、俺たちの攻撃が当たりやすい位置まで誘導するのが上手く、それでいて独力でもリザードマンを楽に倒している。あれだけ手間取ったリザードマンの集団を苦労なく倒せているのはリアナのお陰だ。
「……」
無口になったリアナは迷宮の壁へ視線をやる。照れているのだろう。
ニヤニヤして俺とアーシェが見ていると、リアナがぽつりと口を開く。
「何見ているんですか……」
「なんでもないよー」
「そうだな。っと、そろそろ飯にするか?」
太陽も月も無いので確証は無いが、休憩を挟んではいるが迷宮に潜って既に12時間近いだろう。
「確かに。そろそろお腹空いたね」
「私も空きました」
リアナの何気ない一言に俺は安心する。
「それじゃ荷物纏めて行こうか」
立ち上がり広げた荷物を道具袋に押し込み始めると、急に腕を掴まれた。
「シンドウさん怪我してるじゃないですか!!」
怪我と言ってもリザードマン爪によるかすり傷だ。バスタードソードが首に食い込む前に苦し紛れにリザードマンが放った攻撃とも言えない攻撃。
「大丈夫だって、放って置けば治る――って」
言い終わる前にリアナは詠唱を始めている。既に中断させるのも無駄だろう。
「光よ彼の者を救え」
腕に施された回復魔法によって、俺の傷は塞がって行く。
「ありがとう」
元々のリアナの性格か、トラウマによるものかは分からないが、些細な怪我でも直ぐに回復魔法を使って治そうとしてくるのだ。
「いえ、それにしてもシンドウさん傷の治りが早いですね?」
不思議そうに俺の腕をリアナは見つめてくる。健康診断のお婆さんにも言われたが、もしかしたら《異界の治癒力》によるものかもしれない。
(しかし……あの体中を這い回る腕は気持ち悪かったな)
ふと思い出してしまい鳥肌が立つ。
「スキルの効果かもしれない」
「そうなんですか」
しかし、回復魔法は便利だ。魔力さえあれば怪我をしたとしたとしてもその場で回復する事が出来るのだ。継戦能力が段違いになると言える。
(俺も使えたら良かったんだがな)
そう言えば前に回復魔法も使えれば、とアーシェとハンクに言ったら半切れ気味に『贅沢言うな!!』と怒られてしまった。アーシェやハンクの前では魔法関連の事は禁句だ。
迷宮から出ると外は茜色に染まり、もう日が落ちる寸前だった。迷宮へと向かう人間とすれ違いながら城塞都市リュブリスへと向かう。
食事をする前に、ギルドハウスに情報を確認するため立ち寄る。
(特に新しい情報は無いか)
「ジロウさん」
掲示板から離れ、外に出ようとしたら声を掛けられた。
後ろを振り向くとギルドの職員である見慣れた受付嬢がいた。最近はクエストの受注をしていなかったし、この前のリアナのパーティーメンバーの事を報告しに来たときには、居なかったので見かけるのは何時ぶりだろう。
「ああ、久しぶり」
「御久しぶりです。武術祭での話を聞きました。本選第4回戦まで勝ち残りおめでとうございます」
「前から規格外とは思っていましたが、ここまでとは……Dランクの冒険者の腕じゃない、と冒険者ギルドに武術祭のオッズ会社から苦情が入りましたよ」
受付嬢は嫌そうに顔を顰める。
「そんな事言われてもな……」
「えっ、Dランク? 何の話ですか?」
不思議そうにリアナが俺たちに尋ねてくる。
「ジロウがDランクの冒険者だから、アタシはCランクだけど」
Cランクを強調して俺よりもランクが上だ、と得意げそうにアーシェは言う。
「アーシェさんのCランクも可笑しいですが、シンドウさんがDランク!? 何の冗談ですか、それは」
「何の嫌味だBランク冒険者……」
俺がリアナにそう言うと手をパタパタさせ、慌てた様子で否定する。
「いや、そういう意味ではなくてですね」
「あのー? いちゃついてるところ大変申し訳ないのですが、大事な話があるのですが、アーシェさんもリアナさんも」
「……なんで名前を知っているんですか?」
「リュブリス所属のCランク以上の現役冒険者は顔と名前は全て覚えていますので」
作り笑いで受付嬢は答える。
「話って?」
「はい、立ち話で話すような事ではないので、こちらにどうぞ」
案内されたのはギルドハウスの奥にある応接室だ。普段冒険者が使うものよりも内装が豪華だ。
「どうぞお座り下さい。今担当者を呼んできます」
数分し、奥の扉から入って来たのは他の職員とは異なる服装の男。
(この格好は……)
ルーべのギルドマスターと全く同じ格好だ。つまりこの男は
「初めまして、シンドウさん、アーシェさん、リアナさん。私は冒険者ギルドリュブリス支部を任されているギルドマスターのガルディア・レインです」
その地域によって異なるが、ギルドマスターは冒険者の時に優れた功績を上げ、人格にも問題の無い者しかなれない役職だ。それもリュブリスのギルドマスターともなればギルドマスターの中でも選ばれた者しかなれない。
ぱっと見れば、育ちの良さそうな雰囲気と知的な印象を受けるが、現役時代は相当な冒険者だったはずだ。どことなくだが武人独特の物を感じさせる。
ギルドマスターは俺たちが座ったのを確認し、一呼吸置いて話を進める。
「早速ですが、本題に入ります。実は冒険者ギルドからの緊急クエストを受けて欲しいのです。今から15日前、北東部に調査隊が派遣されました」
北東部と言えば、村が全滅したり魔物の活発化が騒がれている地域だ。調査隊を派遣するという話があったが、もうされていたとは知らなかった。
「その調査隊の最高責任者はBランク上位の冒険者で、冒険者ギルドとして何度も依頼を頼んでいた堅実な冒険者です。その冒険者が率いる調査隊総勢16人が11日前に完全に連絡を絶ちました。原因は不明ですが、恐らくもう生きてはいないでしょう」
冒険者の死亡・行方不明は多いが、熟練の冒険者、それも大人数が行方不明になるのは異常と言える。
「この調査はアルカニア王国からの直接の依頼です。冒険者ギルドとしたら原因の排除は最悪無理だとしても、原因は何としても究明しなければいけません。これはただの調査ではありません。冒険者ギルドの信頼と沽券に関わる調査」
レインは指を組むとそのまま前のめりになる。そうして俺たちの目を覗き込むように見上げて来る。
「本当であれば私が精鋭を引き連れ、北東部に乗り出したいですが、残念ながらそうは行きません。この支部はアルカニア王国からリュブリス防衛の依頼を受け、毎年多額の資金援助を受けています。その依頼を守るためにも一定以上の戦力をリュブリスに貼り付けなくてはいけない。なので私と一部の冒険者はこのリュブリスから出る事は出来ません。武術祭の影響で戦力となる冒険者、騎士団までも不足しています」
全ての戦力では無いが、武術祭のパレードと武術祭に出るため騎士や冒険者はリュブリスから離れている状況だ。ましてや金持ちが集まる四年に一度の機会、冒険者は王都に集中している。その為、地方で冒険者が不足してクエスト依頼が高騰していたはず。
「つまり調査隊に動員する冒険者がいないので、俺たちも調査隊に加わって欲しい、と?」
「はい、その通りです、勿論、報酬は弾みますし、この緊急クエストを受けて貰えるならアーシェさん、シンドウさん、リアナさんのランクもBランク下位、Cランク中位、Bランク中位へと昇格させます。と言っても3人の実力ならば直ぐに昇格したとは思いますが」
俺たち三人は顔を見合わせ考える。報酬は魅力的だし、全員ランクの上昇もある。ただ原因が何も分からない上に、調査隊も消息を絶っていてかなり危険だ。それにリアナも仲間を失ったばかりなのだ。元気そうに見えても心の底ではまだ影響があるはず。
「今度の調査隊の戦力は、Aランクを中核とした30人を超える冒険者です。そこに3人が加わってくれれば心強い限りですが」
「……どうするか」
「アタシはやってもいいよ」
「私もやります」
「だがリアナ……」
リアナの方を見るがしっかりとこちらを見つめて来る。迷宮に行きたいと言っていた時の目と同じで、意思は硬いだろう。
「分かった。俺も受ける」
「良い返事を頂けて何よりです。では用事があるので私はこの辺で、後は頼みました」
レインは立ち上がると、受付嬢に後の事を頼み部屋を退出する。
「はいでは、詳しい説明に移らせて貰います。今回の調査隊の目的は北東部の騒乱の原因を突き止め、可能ならばこれを排除することです。今回の調査隊のメンバーはジロウさん達を入れて34人。内訳はAランク1人、Bランク10人、Cランク23人です。明日の朝に集まり全員で打ち合わせ後、5日かけて北東部に向かいます。現地の地形やその他調査内容に関してはまた明日話す事に、何か質問は?」
「食料や水は持参?」
アーシェの問いに受付嬢は答える。
「食料と水は責任を持って冒険者ギルドが管理しますので、非常食以外は基本的に要らないです」
少しの間を置いて俺たちが質問をしない事を確認した受付嬢は、話を続ける。
「ではギルドカードをお預かりします。昇格の手続きをしますので」
俺たち三人は首から掛けていたギルドカードを取り出し受付嬢へと渡す。そのまま部屋を出ると、10分ほどして戻ってきた受付嬢は、俺たちにギルドカードを返却する。
ギルドカードには誇らしげにCランクの文字が刻まれている。それはCランクへの昇格と依頼を承諾した事を意味していた。