第五話 襲撃 迫り来るおっちゃん
主人公に近寄るおっちゃんの目的とは!?
当小説では、ゴブリンの頭はマスコット的存在です(嘘)
牢に入れられてから3日が経った。この時代、いやこの世界の牢での生活は退屈極まるモノである。
現代日本の刑務所であれば一部の例外を除き、労働時間が決まっているし、読書や囚人同士の会話などを楽しむことが出来る。昼休みには塀の中ではあるが、決まった時間運動も出来る。三大欲求の一つである食欲も満たされる、毎日献立が違うので楽しめるだろう。
だが、ここでは一日中やることもなく壁や見回りに来る番兵を見るぐらいしか楽しみはない。
食事は毎回パサパサしたパンと塩一欠けらだけだ。同じ部屋には獣人の女の子はいるが、言葉が通じないのでは会話など出来るはずもない。
それに他の牢を見る限り、勝手に話でもしようなら番兵がやって来て怒鳴るか殴られるのがおちだろう。本を読もうにもこの世界の文明レベルだと書物はとても高価な物だろうし、字が読めない俺には不必要なものだ。そもそも人権などない奴隷に本など娯楽品を用意してくれるはずもない。
なにより嫌なのが時折来る客という奴だ。まだここに来て2日だが、何人かの客が来た。身なりからしても金持ちであろうそいつらは女ならば嘗め回すように見て、男ならば使える商品かを品定めするように牢屋を見て回っている。
当然俺が入っている牢にも来るが、接客係であろう人間が何か説明すると興味を失ったように次の牢屋へと進んでいく。
俺を奴隷として捕まえたのに、売ろうとする努力を見せないのは謎だ。俺達がここにいるだけで食費がかかるのに。
それに俺だけなら売れない理由が言葉が通じないという理由があるが、同じ部屋にいる獣人も店側も客側も売ろうとも買おうともしないのが不思議でしょうがなかった。
(あー暇だ。きっと入院患者はこんな気分なんだろう)
牢に入って初日は俺に何があったかを考えた。あの火球、通じない言語、緑の首(ゴブリンの首)それらを考慮した結果、ここが異世界だ、と自分の中で結論付けた。
(そう考えると、高倉家で聞いた村一つが消えた神隠しの話も、もしかしたら俺と同じように異世界に飛ばされたのかもしれないな)
次に考えたのがこれからのことだが、得られる情報の少なさから直ぐに断念した。狭い牢に閉じ込められてるのもそうだが、やはり言葉が通じないのが何をするにも挫折する。
森の中で見たような火球ってどうやって出すんだ、と考えたが根本的にやり方がわからない。
例え、やり方が合っていたとしても魔法を使うには特殊な訓練が必要かもしれないし、万が一にも気合とノリで火球が出せたとしても、この牢の中で出したとしてどうするんだ。
脱走するのに鉄を溶かすとして、純鉄だとしても約1500度以上はないとまず溶けないだろう。それも継続的に熱しないといけない。あの火球が1500度だとしても精々、鉄が数秒赤くなるだけだ。果てしなく現実的ではない。
結果、こうして意味の無いことを考えるか、壁や廊下をぼーっと見る生活を送っているのだ。独り言も随分慣れてしまった。
「あー暇だ……せめて外を覗ければなぁ」
脱走防止のためか、ここの牢には窓がついていないのだ。実に健康に悪いではないか。俺は暇つぶしに牢の外を覗いていると、今までに感じたことの無い大人数の足音が聞こえてきた。
(2、3人て人数じゃないぞ。一体どうしたんだ)
この3日では起きなかった事態に、俺は素早く起き上がると鉄格子に近寄る。後ろでもこの騒ぎが気になるのかひょこひょこと犬耳を動かし、聞き耳を立てている獣人がいた。
(無駄に可愛いな、ちくしょう)
俺はくだらない考え事を隅に追いやると、近づいてくる音に集中する。手前の牢では止まる様子は無い。どんどん奥に進んでくる。遂に牢から近づいてくる人の姿が見えた。全身に鎧を纏った姿は、明らかに客ではない。傍らには男Aと男Bの姿が見える。
立ってて何か言われるのは嫌なので、俺は鉄格子から数歩下がるとそ知らぬ顔で牢屋の床に座る。
実に日本人らしい空気を読む行動だろう。自分で情けなくなった。後の獣人はただならぬ空気に不安そうな顔をしている。
そうこうしている内にその一団は俺の居る牢に近づき、そして止まった。
(あーいよいよ来たのか、俺かそれとも獣人の女の子が売られるのか)
顔を上げると男AとB、完全武装の兵士が7人、そして森の中で会った金持ちそうな男がいた。
(手枷や足枷で自由の利かない人間1人、2人に随分厳重だな。それとも後の獣人の女の子はそんなに凶暴なのか――)
どうやら森の中であのドS女達にフルボッコにされたのが軽いトラウマになったらしい。
そんなことを考えていると彼らは牢の鍵を開けて中に入って来る。男AとBが俺の手枷と手を持つと俺を外に連れ出し、そこに待機させる。続いて獣人の女の子が牢から連れ出されてきた。彼女には6人の完全武装の兵士が付き、周囲を囲んでいる。
(何この扱いの差……、いや、別に不満はないんだけど、男としてなんか情けないぞ)
内心意味も無く凹んでいると、金持ちの後に続いて一団は地下牢を進みだした。久々に歩くことに体は喜んでいるが、心は最悪だ。何せ俺はこれから出荷されるのだ。俗に言うドナドナである。
牢にいる時に使い古した靴を貰ったので、床は痛くないが、歩くたびに心が痛む。
(売られて死ぬわけではないんだ。まだ絶望するのは早い)
そう考え開き直ろうと思い顔をあげて気付いた。男の奴隷を中心に牢にいる奴隷仲間が哀れんでいる。
いやどこか安堵しているのだ。売られるのは同じなのに何故だ。
疑問は解消されないまま3日前通った道を進む。地下からの階段を上り、建物の出口を出て、馬車倉庫の方へと進んでいく。
そこには四台の馬車が止まっており、片方の大きい馬車の中には、馬車の固定具に手枷や足枷を固定された人間が詰っていた。
男AとBはその馬車に俺に連れて行く。近づくにつれ、中の人たちは屈強な人ばかりで明らかに戦闘を生業にしていただろう、と確信できた。そしてこの中に俺が混じろうとしている。
(おかしいだろ!! 獣人の子なら警戒具合からまだ分かるが、なんで俺がこの中に入るんだ)
手枷の鎖を馬車に固定されながら、俺は考えた。
(この馬車にいる人たちの共通点は、俺を除いて戦闘に向いている、だ。戦える、戦力、奴隷……もしかして戦奴か? 奴隷ならば使い捨てに出来るからか。そうか、俺が言葉が喋れないから厄介払いに……そんな…戦場に行って俺は戦うっていうのかよ)
(いや、まだそうとは決まってないだろう。最悪な事を想定するのは良いが、まだ決まってないんだ。決め付けちゃダメだろう)
俺と獣人の女の子を馬車に固定し終った兵士達の内、3人が馬車の入口を塞ぐ様に座った。他の兵士は馬に乗るか、他の馬車に乗っている。
兵士の乗った二頭の馬を先頭に隊列は進んでいく。そうして3日寝泊りしたこの塀に囲まれた建物からお別れした。
街の様子は、来たときとそう変わらない。天気はあの時と同じあほみたいな青空だし、市民、商人、冒険者が街を行き返っている。違うとすれば俺が馬車に乗っていてこれから売られに行くぐらいだ。
(これから売られに行くのに、外に出て嬉しいのはとんだ皮肉だな)
しかし、隣のおじさんがやたら密着してくるのはなんだろう。まさかそっちの気があるんじゃないんだろうか、日本の武将じゃ男色家が多かったっていうし、この人も……
おじさんの顔を見ると、爽やかに微笑んできた。俺は引きつった顔で笑みを返すと静かに入口の方を見る。
(兵士さん、助けて――!! この人危ないひとです!?)
入口の兵士に救助の視線を送るが、兵士同士の話に夢中で気付かない。不安の種がまた一つ増えたよ。ちくしょう
あれからしばらく馬車に揺られていると、馬車が街の入口に止まる。そこには馬車隊がいた。見える限りで8台、兵士の数で言えば15人以上はいるだろう。
どうやら俺達と一緒に高価な商品を運ぶつもりらしい。あの凶暴な巨熊やゴブリンぽいモノのことを考えると、凶暴な野生動物や魔物が出るのだろう。
隊列を整え、出発の準備の間に、馬車隊の代表者同士の挨拶が行われる、そして何事も無く出発した。そうして異世界で初めて訪れた街が遠く離れていく。
1日目は晴れだった。馬車内では多少の会話なら許されるようで、あの男色の疑いのあるおっちゃんと獣人の子が会話をしている。おっちゃんは最初、俺に話しかけてきたが、俺が言葉が分からないと分かると、残念そうな顔をして他の人に話しかけてしまった。一安心である。会話を盗み聞きして、言葉を覚えようとしたが、無駄な苦労に終わった。その日は馬車に揺られながらぼーっとして過ごした。外の風景が見えるのは精神的に凄く良い。
2日目も晴れだった。1日数回隊商を止めると30分から1時間程度休憩をする。そのときまで排泄を行う事が出来ないので、注意しなければならない。昼休みに冒険者らしき人が干し肉を食べていた。物欲しそうに見えたのか、冒険者が一欠けら干し肉をくれる。なんか餌付けされた動物の気分だ。まあ、ちゃんと食べるけどね。ちなみにこの世界で覚えた言葉はご飯、トイレ、こんにちは、だけだ。外国語って難しい。
3日目、今日は曇りだった。どうやら道端にゴブリンがいたらしく斥候がゴブリンの首を持ってきた。相変わらず苦悶の表情に満ちている。斥候は皆に見せて満足したのか、ゴブリンの首を森に投げてしまった。
そして遂におっちゃんが俺に引っ付いてきた理由が分かった。どうやら脱走する気らしく、器用に針金を加工しているのだ。完全に男色家のおっちゃんだと思っていた。
獣人の子もそれに気付いているが、諦めた顔をしている。俺が不思議そうな顔をしていると獣人の子が顎を上げ、忌々しそうに首輪を触った。素人の俺でも分かるぐらいその首輪には魔術的なものがかかっている。某ゲームで言う呪われた首輪のような。恐らくあれで行動が制限がされているのだろう。おっちゃんはどうやら俺も脱走させてくれるつもりらしい。
その夜、おっちゃんの目的に気付いてから眠る事が出来ず、俺は結局夜明け近くまで起きていた。あと少ししたら、辺りは薄っすらと青白くなっていくだろう。
(身振り手振りで意思疎通したが、おっちゃんは明日の夜に逃げ出すつもりだ。獣人の子もなんとかならないのか)
獣人の子は、丸まって馬車の中で寝ている。俺達が脱走話を進める中、彼女はどんな心境なのだろう……
俺は寝ていた体勢から座りなおす。入口には眠そうな兵士がこちらを見ている。
(今日はまだ逃げないよ)
内心は逃げる算段をしながら、兵士に日本人特有の微笑を返した。兵士が一瞬、哀れむような顔をしたが気のせいだろう。
馬車の隙間からだが、辺りはまだ暗くどうにか道から外れた森の草木が見える程度だ。目を凝らして見ていると、草木が僅かに揺れている気がする。馬車の中で気付かないが、風で揺れているのだろう。
そんな時、干し肉をくれた冒険者の叫び声が聞こえた。
(なんだ……?)
そんな疑問が浮かんだ瞬間、怒号が聞こえた。森の中から何十もの何かが殺気を帯びて飛び出してくる。注意力が落ちたこの時間に何かが襲撃をかけてきたのだ。明らかにこちらを皆殺しにするつもりだろう。
初めてぶつけられる集団からの殺意に俺は完全に取り乱していた。