第五話 異変
「それじゃ、迷宮の外に出たから俺たちはここでお別れだ。悪いな。なるべく他の冒険者には不干渉を貫いてるんだ」
マウロはそう言うとパーティメンバーと人混みへと消えていく。
迷宮からリュブリスに戻った俺たちは迷宮側に事情を説明し、エントランスの椅子に座っていた。同業者狩りを警戒していたのもそうだが、長時間迷宮に潜り続けていたので、かなり疲れた。
迷宮の守備隊には事情を説明したが冒険者ギルドにも事情を説明しなければならない。
「この後は冒険者ギルドに報告に行くんだろ?」
「はい、でも一人でも大丈夫です。ありがとうございました。少ないですがお礼です。受け取ってください。マウロさん達にはもう渡しました」
リアナが渡してきたのはGが入った小袋だ。
「いや、受け取るわけにはいかない」
俺は何もすることは出来なかった。何も助ける事が出来なかった。寧ろ、リアナがいたお陰で楽に70階を突破できた。それなのにGを貰うのは有り得ない。
Gを貰い、お気の毒に、とでも言って立ち去る事は簡単だが、はっきり言って他人事のように処理できなかった。少しずれていれば俺たちが襲われていたかもしれないのだ。
(この世界の人間に言わせれば甘いんだろうな)
「ですが……分かりました」
俺やアーシェの表情を見て渡すことをリアナは諦めた。
「ご迷惑おかけしました」
頭を下げて、リアナは立ち去ろうとするが、ふらふらとした足取りで上手く歩くことが出来ない。
「俺たちもギルドに用があるから一緒に行こう。同業者狩りの報告は冒険者の義務だろう」
ここ数日、ギルドハウスに立ち寄っていないので、明日にでも行こうと思っていたのだが、ちょうど良かった。それに同業者狩りを見たらギルドハウスに報告するのが冒険者の義務だ。
と言っても建前上、義務なだけであり、特に罰則もない為、報告しない冒険者もいる。マウロの場合はリアナや俺たちが報告するから特に問題ないと報告に行かなかったのだろう。
「ごめんなさい」
ふらつくリアナを支え、城塞都市リュブリスにあるギルドハウスへと歩いていく。日が登る前に迷宮に潜ったにも関わらず、外はもう闇が支配し、月明かりだけが地上を照らしていた。
ギルドハウスに到着した俺たちは同業者狩りに遭遇したこと、その場での状況を一時間ほど説明した。証拠が残り辛い迷宮での犯行は、やはり犯人の特定は困難で、捕まえる事は難しいそうだ。
説明を終え、リアナのパーティメンバーの髪と遺品を共通墓地に入れる。
冒険者の共通墓地と言ってもほとんど慰霊碑に近い。魔物の討伐、事故、戦争なんであれ冒険者の遺体はまずその場で埋められるか放置される。なので死んでもまず遺体がないので、墓地と言ってもほとんどは遺体が入っていない。
リアナのパーティは髪とギルドカードがあるだけマシと言えた。
(俺も死んだらここに入れられるのか)
夜遅くにも関わらず、神父さんが来て、魂が楽園に行けるようにと丁寧に祈りを捧げていた。リアナが神父さんにお礼を言い終わるのを確認し、尋ねる。
「宿は近くか?」
「これ以上、迷惑かけるわけには、それに一人でも……」
「ひどい顔してるよ? ここまで来たんだからね一緒だよ。気にしないで」
リアナは迷った様子で少し間を開けてからこたえた。
「……あっちです」
リアナの指示に従い道を進んで行くと15分程で城塞都市の端にあるリアナの宿前に着いた。
そのまま宿に入るとカウンターから亭主らしき男が声を掛けてくる。
「よう、おかえり、見ない顔だな。他の奴らはどうしたんだ?」
事情を知らない店の亭主が他の人を心配してか、他のパーティーメンバーの事をリアナに尋ねて来た。
「あ、うっ、その」
普段とは違うリアナの雰囲気、そして俺たちの苦々しい表情で何が起きたかを察したらしく、表情を一変させて平謝りする。
「ッ――!!なんて事だ。本当にすまない。無神経な事を聞いてしまって」
「いえ、そんな、事は」
顔を真っ青にして今にも泣き出しそうな顔で震えている。
「休んだほうが良いよ。マスター部屋は?」
「二階に上がって右手の奥から五番目だ」
申し訳なさそうな亭主を背にして二階へと上がり、部屋の前へと着く。
「鍵あるか?」
「これです」
渡された鍵で扉の鍵を開け、中へと入る。二人部屋らしく中には荷物が積まれ、その無造作に置かれた荷物が生活感を漂わせていた。
(四人の中に女の子の遺体もあったから、きっと男3人と女2人で部屋を分けて、2人部屋のほうに荷物を置いていたのだろう)
リアナはふらふらと部屋の中に入ると、置いてあった装備品を手に持ち、そのままベッドへと腰を掛ける。
「今日だって、迷宮を出たら装備品を買いに行こうって言ってたんです。昨日まで5人で会話していたのに」
リアナの声はどんどん大きくなり、嗚咽が混じる。俺たちに向けて言っているのか、自分に言っているのかは分からない。
「それなのに……もう誰もいない。こんな、こんな事って、ふっ、うぅ……うあぁぁぁッ!!」
リアナは耐え切れなくなったのかベッドに崩れるように泣き出した。
廊下で人が歩く音がし、そのまま扉が開く。振り返ると、亭主がいた。リアナを心配して二階に上がってきたのだろう。
「あんた達、もう飯は食べたか?」
「いや、まだ食べてないが」
「なら一緒に食べていかないか? 料理が余っててな」
リアナも少し一人で考える時間があった方が良い、俺たちも食事を取った方がいいだろう。
「ありがとう、アーシェも食べるだろう?」
「うん」
横目でリアナの姿を捉えつつ、扉を閉める。
「適当なテーブルに座っててくれ」
一階に降りた亭主は店の奥に消え、両手に料理を持ってくる。
俺やアーシェの反対側に座った亭主は口を開く。
「あいつらの最後は……どうだったんだ?」
亭主の問いにどう返すか一瞬考え、本当にあった事をそのまま話す。
「リアナのパーティは同業者狩りに遭ったようで、リアナが休憩室に助けを求めてきたが、現場に向かったときにはもう……全員殺されていた」
「そうか、同業者にやられたのか」
亭主は苦虫を潰したような顔で手を握り締め、天井を見上げる。
「リアナの戦い方を見てたけど、並みの冒険者なら歯も立たないレベルだったね。そのパーティがやられるという事は相手はかなりの使い手なんだろうけど……」
「ああ、そんな腕があれば同業者を狩らなくても、食うには困らないだろうに!! 過去にも何日経っても帰ってこない客やギルドに客の事を尋ねたら死亡報告を受けた事があったが、何度経験しても泊まっていた客が帰ってこないと、辛いものがある。昨日の朝に行ってきます、と言ってた奴らが今日には遺体も無く帰って来ないんだ」
俺は全ての人を望んで救う様な善人でも、嬉々として人を殺すような悪人でもないが、それでも人間として助けを求めてくる人間がいるのなら、出来る範囲で助けたい程度の気持ちはある。
「……すまない。助けられなくて」
「何言ってんだ。あんたらが居なかったらリアナも死んでたかもしれないんだ。感謝する人はいても責める人は誰もいない。さて、冷める前に食べよう。」
一時間ほど亭主と会話した後に二階の部屋を訪れると、リアナが部屋のベットの上で体育座りしていた。顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
「顔拭けよ」
「うッ、ありが……とう」
濡れたタオルをリアナに手渡しする。
「ごめんなさい、見苦しい物を見せて」
痛々しい笑顔でリアナは俺に言う。
「……さっきのお礼を受け取らない、てのは無しだ」
「えっ?」
リアナは言葉の意味が分からずぽかーんとし、驚いた表情で固まる。
「明日でも明後日でも良いから何か、飯でも奢ってくれ」
「う、はい。じゃ……明日にでも」
宿を後にする頃にはすっかり深夜になってしまった。既に街には人影も乏しく、すれ違う人間もほとんどいない。
「パーティかぁ……」
「どうした、アーシェ?」
前を歩くアーシェの茶色の柔らかい髪と尻尾が夜風で揺れる。
「んー、なんでもないよ。疲れただけ」
そう言ってアーシェは手をひらひらさせて否定する。その場でアーシェは急に振り返ってきたので、対面する形となった。
「アーシェ?」
「牢に入った時はさ、全てもうどうにでもなれって思ってて、何もかも嫌だったなぁ。そんな時にジロウと牢で初めて会って、変な人が入って来たって警戒してたんだよ?」
そりゃ、言葉も通じず、挙動不審の男と同じ牢なのは気分のいいものではない……。
「良い出会いとはとても言えないけど、今は凄く楽しいよ。ジロウと会えてよかったかなーてさ」
「あ、」
俺が返事をする前にアーシェは小走りで駆け出す。
「早く宿に戻って寝よう。明日も迷宮だよ。その後リアナとご飯食べるんでしょ」
「おい、ちょっと待てって!!」
疲れた足に無理を言ってアーシェの後を追いかけていく。
「北東部の森に派遣した調査隊から連絡が途絶えて1週間、全滅したと考えるのが妥当か」
総勢22人、責任者は経験豊かなBランク上位の冒険者。これらが全滅するのは異常事態であり、リュブリス支店のギルドマスターは頭を抱える。
「最近は熟練の冒険者の行方不明・死亡が多発しています。北東部を中心とした魔物の活発化、迷宮での死亡が重なっているようです」
北東部といえばオークの大量発生が起きたばかり。
「はぁ、頭が痛いな」
ギルドの手足となる冒険者、それも替えが利かない熟練の冒険者を失ったのはギルドマスターにとっては痛手だ。ただでさえ熟練の冒険者が不足気味だと言うのに――
「リュブリス所属の冒険者で、調査隊に使えるのはどの程度いる?」
質問された職員は資料をパラパラと捲り、数値を確認する。
「待機中のAランクが1人、Bランクは13人、Cランクが45人、調査隊として使えるのは30人程度になりそうです」
ギルドマスターは机を指で軽く叩きながら考える。
「なるべく戦闘に特化した者と広域調査に優れる者が欲しい」
「そうなると……Dランクですが、戦闘面に限れば間違いなく並みのCランクを凌駕する冒険者、索敵能力に優れた冒険者が数人います」
戦力としては欲しいが、アルカニア王国からの依頼でCランク以上の冒険者だけという条件があり、ギルドマスターは悩む。
「私の権限で、調査隊に加わればその冒険者達をCランクへと昇格させる事にする」
「よろしいのですか?」
「非常時にこのぐらいならば本部も文句は言わない。地方ならまだしも私はリュブリスのギルドマスターだ」
「分かりました。それでは失礼します」
資料を両手に持った職員は部屋を後にする。
大規模な盗賊団、魔物の活発化、北東部の異変、一年経たない内に事件が次々発生し、冒険者が死んでいく事にギルドマスターは深いため息をつく。
「こうも続くとは、今年は異常だ。まるで災いが一度に集まるように、厄災の年? まさかな」