第三話 迷宮の蜥蜴
51階から60階に跨る前衛潰しの階層を攻略してから5日、俺達は未だに70階に到達することが出来ずにいた。
このリュブリスダンジョン61階から70階まで出現するモンスターは、長い首に鋭い牙、褐色の硬い鱗を持つリザードマンだ。武器はロングソード、ショートスピア、バトルアックスなど接近戦をメインとする武器をランダムで持ち、基本的に胴だけのプレートアーマーを装備している。
単純な力はオークの方が勝るかもしれないが、オークよりも高い知能と丈夫な鱗、それに加え連携をして襲ってくる厄介な相手だ。
基本的に三人一組で襲い掛かってくるリザードマンに俺やアーシェとは言えども消耗を余儀なくされ、65階前後で引き返す破目になっていた。
何せ、プレートアーマーに加え、あの鱗がある。接近戦になってもバスタードソードをしっかりと振り斬らなければ、倒すことが出来ない。
かと言って全てのリザードマンが剣や槍などの《スキル》を持っているので攻撃重視で行けば手痛い反撃を食らう。
魔法ならば効き目があるが、《耐火》スキルを持つリザードマンには俺のファイアーボールが効きづらく、焼き尽くすのにかなり魔力を使ってしまう。ウォーターボールは相変わらず威力不足。何より痛いのが、俺達が2人組という事だ。
基本的に人数の少ない方がレベルも上がりやすく、スキルも上達する。ただその分、人数が少ないと何をするにもキツイのだ。そんなこんなでリザードマンに慣れるのに5日も掛かってしまった。
リザードマンの対処法を覚え、レベルも剣技も上達したので、5日前に比べれば楽に66階まで来れた。問題はここから。
「ジロウ」
「……来たな」
「シュー……」
目の前に現れたのは口から蛇のように舌を出したリザードマン。問題はその数、全部で6匹、スリーマンセル×2だ。
リザードマンも俺達に気付いたらしく低い姿勢のまま突撃してくる。俺とアーシェに目掛けてそれぞれ一組ずつに分かれた。
俺の方のリザードマンはそれぞれロングソード、バトルアックス、ショートスピアだ。軽いロングソードを持ったリザードマンが先頭、それにショートスピア、バトルアックスが続く。
こちらもリザードマン目掛け、走り、お互いの距離は直ぐに縮む。ロングソードとバスタードソードが交差し、剣速と剣圧で負けたリザードマンのロングソードがあらぬ方向へ反れ、俺のバスタードソードがリザードマンの喉へと食い込みそのまま首を飛ばした。
コントロールを失ったリザードマンの身体が崩れ落ちる前にショートスピアが俺に迫る。バスタードソードで横に軽く弾くように斬るが槍は切れない。
通常穂先に近い部分は剣によって切断されないように鉄で補強されており、この槍も例に漏れないようだ。リザードマンは弾かれた槍を横から叩きつけるようにして振る。
それをバスタードソードの腹で受け止めそのまま、表面を撫でるようにしてリザードマンの懐へと迫る。柄を握っていた右手首を一気に切断し、そのまま首を跳ねようとするがもう一匹のリザードマンによって妨害される。
振り回される斧を回避し、逆にバスタードソードで斬りつけるが、深い傷にはならない。片手が使い物にならなくなったリザードマンだが、器用に片手でショートスピアを操り、斧を持ったリザードマンと一緒になって突きを繰り出して来る。
(ちっ、二匹同時は嫌だったんだがな)
二匹同時、それもぴったり張り付かれた状態では、勢いを付けてバスタードソードを振ることが出来ない。67階以降が辛いのは同時にリザードマンを数匹相手にしなければならない時だ。
例えリザードマンが10匹いたとしても一対一を20回ならば大した脅威ではない。だが、数匹のリザードマンが同時に襲い掛かってくるとなると話は別だ。
(だがな――)
「そういう状況にも慣れたんだよ!!」
ショートスピアをサイドステップとバックステップで回避し、斧をバスタードソードで弾く。斧を弾かれたリザードマンは再度力を込めて斧を振る。その斧に合わせて俺もバスタードソードを振った。
俺のバスタードソードだけでは斬れなかった腕もリザードマン自身の力と比較的柔らかい内腕に入った事により、斧ごと腕が飛ぶ。
「シュロロロ」
斧を失ったリザードマンは首を伸ばし、俺に噛み付こうとするが、俺は上体を反らして避けると、虚空に投げ出された斧を左手で掴む。
投擲に向く形状ではないが、数kgの重さの鉄の塊が上級投擲スキル、しかも至近距離で投げられたのだ。それをまともに頭部に喰らったリザードマンは後ろに倒れこみ動かなくなる。
残るリザードマンがショートスピアで突っ込んで来るが、手首の無い死角に回り込んだ所為でリザードマンは上手く槍を振るえず、動作が遅れる。
タックルするようにリザードマンへと近づき、両手に持ち替えたバスタードソードでリザードマンの喉を切り裂いた。
リザードマンの喉から勢い良く血が流れ出る。それでも一、二歩動くが、倒れこみ、他のリザードマン同様にじゅくじゅくと地面に溶けて行った。
視界の端でアーシェとリザードマンと戦っていたのは見ていたが、無事を確かめるためにすぐさまアーシェの方へと顔を向ける。
ちょうど地面に倒れた最後のリザードマンにツーハンドソードで止めを刺している所だった。
「無事か?」
「うん、ちょっとてこずったけどね」
圧倒的な筋力を持つアーシェでも3匹同時に襲い掛かって来るリザードマンは面倒なようだ。
それでも軽そうにツーハンドソードを鞘に収め、何処も怪我をした様子は無いので無理はしていないだろう。
「なるべく先手を打って数を減らして、同時に複数のリザードマンを相手にしないか、最低でも二匹まで減らさないとキツイな。後手に回ると連携されて余計に体力を持っていかれる」
「そうだね」
「スローイングナイフを多めに持ってきたから、予定通り、状況に応じて使うぞ」
「ジロウが迷宮でスローイングナイフを使うのは、あのイレギュラーモンスター以来かぁ」
いくら《異界の投擲術》を使用してもスキル自体が成長する訳ではない。コストパフォーマンスの面と他のスキルの成長を考え、なるべく迷宮での使用を避けていたが、余裕ぶってやられるわけにもいかないだろう。
あれから三時間以上掛けて、どうにか69階の転移室前にたどり着くことが出来た。
大きい傷はないが、小さいかすり傷や打撲が多い。長時間迷宮で気を張り詰めて、急に斬り合いになると集中力が途切れてしまう瞬間がどうしてもあり、その時に喰らってしまった傷だ。
貫通型で投げていたスローイングナイフも魔力消費が少なく、炸裂型に比べれば繰り返し使えるとは言え、ナイフ自身の耐久限界があり、4本も壊れてしまった。
酷いものはスローイングナイフがリザードマンに刺さった後に体の中で刃が砕け、普段以上に凶悪な武器になるものまで出てくる始末。
扉を開けて、俺達が69階の休憩室に入ると、既に5人組のパーティが陣を取っていた。60階で戦うだけあって恐らく、レベルもそれなりにあるだろう。パーティに向け声を掛ける。
「よぉ、反対側を使わせて貰うぞ」
「ああ」
一声掛けてから、先にいたパーティとは反対側に移動し、休憩を始める。先にいたパーティは一見するとリラックスして会話をしているようだが、隙が無い。
尤も、見ず知らずの冒険者を前にして油断しているパーティがいたら駆け出しか、相当の間抜けでしかない。なのでこのパーティの対応は正しいと言える。
向こうは珍しそうにこちらを見ている。2人組の冒険者がこんな所まで来るのはあまり無いことだからだろう。俺達に近い構成と言えば、62階で見た三人組みの冒険者くらいだ。
荷物を降ろし、その中から水筒を取り出してウォーターボールで水を作る準備を行い、そして詠唱を唱える前に最も重要な一つをする。
「今から魔法の詠唱をするが、水を作るだけだから安心してくれ」
いきなり休憩室で魔法を唱えたら、在らぬ疑いやいざこざを与えないとも限らない。トラブルを回避するために一言声を掛けるのは基本だ。
「わかった。大丈夫だ」
パーティの了承を得てから詠唱を始め、俺とアーシェの水筒に水を入れる。
「水弾よ敵を薙ぎ払え」
水筒には最低出力で放たれたウォーターボールによって水が並々注がれている。
「ありがと」
片方の水筒をアーシェに渡し、残った方の水筒の水を口に含み飲む。迷宮の休憩室で飲む水はまるで回復効果があるポーションのようだ。
「はぁ――」
残る水筒の水を頭から被り、息を吐き出す。冷たい水を被り気分がかなり落ち着いた。
(どうにかこうにか無事にここまで来る事が出来たか)
また水を精製する為に詠唱を始めると、アーシェも俺の目の前に水筒を置き、無言で水のおかわりを催促をされる。魔力をここで回復させてから70階突破を目指すので、ここで少しくらい水を精製しても魔力残量は問題ない。
短く詠唱を済ませ、目の前に並べられた水筒を水で満たしていく。満たし終わった水筒の中身を飲みながらステータスを開く。
【名前】シンドウ・ジロウ
【種族】異界の人間
【レベル】29
【職業】魔法剣士
【スキル】異界の投擲術、異界の治癒力、運命を喰らう者、上級片手剣C、上級両手剣C-、中級火属性魔法A、中級水属性魔法A-、 奇襲、共通言語、生存本能
【属性】火、水
【加護】なし
厄介なトカゲ達だが、そのお陰でレベルが2上昇し、片手剣と両手剣のスキルが上がっていた。無理をしなければレベルもスキルも上がらない。かと言って無理し過ぎて死んでしまったら元も子もない。
(なんともシビアなもんだ)
1、2時間ほど休憩すれば魔力も身体もかなり回復する。そうしたら70階の転移室を目指して攻略再開だ。