第二話 前衛潰しの階
「あー気持ち悪かった」
「ジロウは何回やっても駄目だね」
転移という物は何度やっても慣れない。アーシェや大半の冒険者は転移の時になんともないが、時折俺のように転移酔いする冒険者がいるそうだ。
セルガリー工房で防具を注文した俺達は、久しぶりのリュブリスの迷宮へと挑む。前回は50階を攻略した所で王都に出発したため、今回は続きの51階からの開始だ。
転移して来た休憩室には人の姿はない。通常攻略でなければリュブリスに戻る転移魔法陣のある前後の階でレベル上げとドロップアイテムを狙う。
「さて、この階は前衛潰しの階か」
「はぁ、いよいよここかぁ……」
51階からは物理攻撃に驚異的な耐性を持つモンスターが続く、前衛潰しの階だ。
主要なモンスターはスケルトンウォーリア、アンデッドゴブリン、アンデッドオーク、ゴーレムなど、臭くて打たれ強いか、異様に硬いモンスターが続く、手の痺れ、鼻腔に染みる臭いなど前衛である事を呪う冒険者も多い。
鼻の良い冒険者、特に獣人には一番嫌われている階層だ。
「……さっそく来た」
アーシェがおもいっきり嫌な顔をして鼻を押さえる。奥からはぬちゃ、ぬちゃという粘着質な音を立てて、通路の奥から影が迫り来る。
出迎えてくれたのは、毎度おなじみのゴブリンなのだが、当たり前のように三匹とも腐っていた。
アンデッドゴブリン、胴や手足を切ったところで、倒すことが出来ず、頭部を破壊するか、魔法で壊すしか効果的に倒すことが出来ない相手だ。
「あぁー、ジロウ頼んだ」
アーシェは死んだ魚のような目でアンデッドゴブリンを見ている。
「仕方ないな」
素早く詠唱を開始し、魔力を手に集めて行く。まだ、ゴブリンまでの距離は遠い。だんだんと加速しているが、詠唱の方が僅かに早かった。
「炎弾よ敵を焼き尽くせ」
放たれた火球は先頭のゴブリンを中心に爆発する。辺りには腐った肉が焼かれる悪臭が広がる。
「ふぎゃああ!!」
臭いが一気に充満した為、アーシェの敏感な鼻にも届いたようだ。叫び声を上げて後退する。
グロテスクな惨殺死体や血の臭いには耐性のあるアーシェも腐った死体や腐った死体が焼かれる臭いには慣れていないようだ。ましては獣人、鼻に対するダメージは多大なるものだろう。
(ああ、くせぇ)
炎はアンデッドゴブリン二匹を絡め取り倒すが、最後部にいたゴブリンだけは炎の影響を受けながらも前進を続ける。
「クソッ、最低なバーベキューだな!!」
腰に帯刀していたバスタードソードを引き抜き、迫るアンデッドゴブリンの首を一閃する。バスタードソードから僅かな抵抗を手に感じ、アンデッドゴブリンの頭部は落ちる。
アンデッドゴブリンの身体や臭いは、他のモンスター同様にすぐさま溶けるように迷宮が吸収し、残り香を一切残さない。剣に付いた血糊も同様に消えるが、どうも気になって臭いを嗅いでしまう。
なんともないのだが、気持ち的に臭い気がする。
「終わったぞ」
「……うん」
しょぼくれた様子でアーシェが近寄ってくる。
「これでも顔に巻いてろ」
道具袋から取り出した布をアーシェに投げて渡す。
「臭いがキツイか? 極力、アンデッド系は俺が遠距離からやる。アーシェは他のモンスターをやってくれ」
「分かった。ありがと」
階が進むにつれてアンデッド系の装備が充実していき、55階から出現し出したアンデッドオークが一度に数匹迫ると俺の魔法だけでは対処しきれず、アーシェは涙目になりながらもアンデッドオークを切り刻んでいく。
布で顔の半分を覆っている所為で表情が見えず、ただひたすら無言でアンデッドオークを切り裂くアーシェの姿は恐ろしいものがある。
57階、本来であれば骨の身体に分厚い鎧を身に纏い、冒険者を苦しめる筈のスケルトン達は、悪臭を放つアンデッド系の恨みをぶつけるアーシェの手により、あるスケルトンは一刀両断、あるスケルトンは大剣の腹によって、バラバラに吹き飛ばされていく。
今もバットに打たれたボールのようにスケルトンの頭蓋骨が豪快に飛んでいく。
途中にすれ違うパーティの前衛もほとんどが臭い対策で顔を布で覆い、皆疲れた表情を浮かべていた。それに支援職の比率も他の階層に比べ多い。
休憩室で休んでいると同じように休憩していた他の冒険者達から、獣人であるアーシェに同情の目が集まる程だ。
唯一会った他の獣人も憔悴し切った様子で休憩室の床に抱き付いていた。
休憩を挟みながら60階になりアンデッドモンスターは姿を消したが、重武装のスケルトン、それに人型サイズのゴーレムまで現れてくる。
魔法に弱いが物理攻撃には強いこれらのモンスターは前衛にとっては厄介な相手なはずだが、硬いが悪臭を撒き散らさない相手、アーシェは嬉々として斬りこんで行く。
正面からは1体の人型ゴーレム、5匹の重スケルトンが現れた。完全に魔力を枯渇させなければ数時間の休憩でもそれなりに魔力は回復する。
予め、ファイアーボールの詠唱を済ませていた俺はスケルトンの集団にファイアーボールを放つ。
分厚い鎧を纏ったスケルトンにはファイアーボールは効果が薄く、一体しか完全に燃やし尽くす事が出来ない。
大剣を構え、スケルトンの集団へとアーシェは一気に距離を詰める。
先頭のスケルトンはけん制目的に剣を振るが、下手なけん制は長いリーチと圧倒的な破壊力を持つアーシェの大剣には逆効果だ。
スケルトンの剣はアーシェの大剣によって、手首ごと迷宮の虚空へと飛ばされる。
アーシェは片手の無いスケルトンの鎧に前蹴りを入れて地面へと吹き飛ばす。
スケルトンは再び立ち上がろうとするが、素早いとは言えない動作の上に、片手が無い所為で瞬間的に立つことが出来ない。
アーシェは助走の勢いそのままに倒れたスケルトンの頭部を踏み砕く。その隣にいた大斧を持ったスケルトンが、大斧の有効範囲に入ったアーシェ目掛けて大斧を振ろうとする。
けれど、それよりも早く、アーシェの回し蹴りがスケルトンの頭部を強引にへし折り、回転の勢いを利用して、最後に残るスケルトンを強引に大剣で押しつぶす。
(スケルトン全部倒しちゃったよ。張り切り過ぎだろ)
獣化しそうなアーシェの勢いに呆れながら、スケルトンより遅れて来たゴーレムに俺は駆け寄る。
重厚な体を利用して、ゴーレムは俺の顔面目掛け右ストレートを放つ。
その圧迫感を感じながらも俺はゴーレムの右腕の内側にバスタードソードを振り入れ、パンチを下方向へと叩き流し、ゴーレムの弱点である義眼を狙おうとするが、背後から迫る影により失敗した。
スケルトンを蹴散らしたアーシェがいつの間にかゴーレムの真後ろに回り込み、それの頭部を大剣で叩き割ったのだ。
義眼から光を失ったゴーレムは膝から崩れ落ち、丈夫であった身体は細かい砂となって地面へと吸い込まれていく。
「ナイスアタック」
「ナイスアシスト」
俺は親指を立ててアーシェを褒める。
「この階はアンデッドゴブリンやアンデッドオークはいなそうだな」
「うん、そうだね」
心なしかアーシェの声が嬉しそうだ。本来であれば前衛には手ごわい相手なのだろうが、獣人の中でもトップの筋力を持つアーシェの前には、物理攻撃に強いは無意味となる。
その後もアーシェを中心にゴーレム、スケルトンを撃破し、遂に60階、リュブリスへの転移室前の大部屋に辿り着いた。
過去にイレギュラーモンスターと遭遇した事を踏まえ、事前に詠唱を済ませ、スローイングナイフを引き抜く。
剣の紋章の扉を開き、中へと突入するとそこには真っ赤な4匹のスケルトンと先ほどまでの無骨なゴーレムとは違う、流線型を多用し、武器を持つゴーレムがいた。
(先手必勝)
「炎弾よ敵を焼き尽くせ」
スケルトンの集団に対してファイアーボールを放つが、くもの子を散らす様にばらけ回避すると、骨をカタカタと鳴らして駆けよって来ようとする。
1匹の跳ねた先に拡散型のスローイングナイフを投擲し、地面に刺さったスローイングナイフは魔力が爆ぜる。
魔力が炸裂したナイフは、真っ赤なスケルトンを爆風を持って解体し、もう一匹にも余波の影響を与えた。
余波を受けたスケルトンの動きが鈍くなる。もしかしたらどこか“骨折”したのかもしれない。
(それにしても速いな、通常のスケルトンの三倍の速度はあるか、流石は赤いだけある)
おぼろげな記憶だが、大量の魔力を浴びたスケルトンの上位種が通常のスケルトンとは異なる色になったはずだ。恐らくその類なのだろう。
無事だったスケルトン2匹、それに遅れて1匹のスケルトンが素早く俺に迫ってくる。流線型のゴーレムの方はアーシェに標的を定めたらしく。ウォーハンマーを両手にアーシェに迫り、アーシェもそれに答える形でゴーレムへと斬りかかる。
流石に三体同時に相手するのは辛い。先頭のスケルトンは生身の剣士のようなフェイントを織り交ぜながら、素早い突きを繰り出してくる。1、2回突きを捌き、逆にバスタードソードでスケルトンの右目を突く。
耐久性が高いだけあって顔の半分の骨を失いながらも動こうとするが、突き刺したバスタードソードを左に振り、完全にスケルトンを仕留める。
残りのスケルトンは、チャンスとばかりに喉元目掛けてロングソードを振ってくる。
その攻撃を素早くバックステップで回避するがもう一匹のスケルトンが飛び出して来ると同じように突きを繰り出してくる。
(フェイント――じゃない。分かり易いな)
所詮骨か、突きの軌道を両手で持ったバスタードソードで逸らし、そのまま足をなぎ払う。足の機能を大幅に失ったスケルトンは前向きに顔面から倒れこむ。
続いて初撃を放ったスケルトンが右上段から左下段にロングソードを振るが、バスタードソードの腹で流し、そのまま手首を返し、バスタードソードでスケルトンの上顎辺りを横に両断する。
脚部を失ったスケルトンがやけくそ気味にロングソードを投げ来るが、それを回避してから、スローイングナイフを腰から抜き、ただ単にスケルトンの頭部に投擲する。
スローイングナイフが刺さったスケルトンは電池の切れた人形のように地面にひれ伏し、急速に風化していく。
アーシェの方を見ると戦闘は、まだ続いていた。アーシェの大剣による攻撃をゴーレムは二本のウォーハンマーでギリギリで防いでいる。
戦闘しながら詠唱していた魔法をゴーレムの背後から放つ。
「水弾よ敵を薙ぎ払え」
ウォーターボールだけでは致命傷にはならないが、右足に直撃したウォーターボールは懺悔するように片膝を地面へと付かせる。
「ふッ!!」
そんな大きな隙を見逃すほど鈍感でも優しくもないアーシェは、小さく振りかぶった大剣でゴーレムの頭を完全に粉砕する。
「ナイスアシスト」
「ナイスアタック」
前の俺の行動を真似して親指を立てて、アーシェは笑いかけてくる。
スケルトンに投擲したスローイングナイフとドロップアイテムを回収し、俺たちは大部屋を後にする。
「臭いが酷くて死にそうになったけど、案外あっさり攻略出来たね」
「ああ、これならこの階層でしばらく戦うのもいいんじゃ――」
「……ジロウ?」
「冗談だ」
しかし、もっと苦戦するかと思ったが、アーシェの言う通り、あっさり攻略出来た。
(リュブリスを去ってから俺もアーシェも成長したんだろうな)
特に俺は武術祭の影響が大きい。短期間で様々な強者を相手にしたのが、ダンジョンやクエストで得られない貴重な経験となった。
転移し、リュブリスに戻った俺たちが施設内から出ると既に外は朝を迎えていた。
比較的暗い迷宮の中から出てきたので、太陽の自己主張が激しく、非常に眩しい。同時にあの夜更かしをして、徹夜してしまった何とも言えない気分になる。
「帰って寝るか」
きっと起きるのは夜になる。リュブリスの迷宮は昼夜関係ないので、夜に起きて“遅い朝食”を済ませてから、再度迷宮入りになるだろう。
【名前】シンドウ・ジロウ
【種族】異界の人間
【レベル】27
【職業】魔法剣士
【スキル】異界の投擲術、異界の治癒力、運命を喰らう者、上級片手剣C-、上級両手剣D、中級火属性魔法A、中級水属性魔法A-、 奇襲、共通言語、生存本能
【属性】火、水
【加護】なし
連続更新。
アンデッド系て個人的にめちゃくちゃ臭いイメージで、その臭さが長所にも短所にもなります
上位アンデッドは人が気絶するくらいの臭さにしようかと考える今日この頃。
醗酵と腐敗を一緒くたにするのはいけないですが、シュールストレミング臭のする強敵って読者さん的にどうなんでしょうか