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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第四章 リュブリス攻防戦
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第一話 城塞都市リュブリス

 リュブリスの迷宮(リュブリスダンジョン)62階。


 この階を支配するのは剣や槍などの近接戦闘に特化した武器を持つリザードマンであり、繰り返されるリザードマンとの接近戦をこなす強力な前衛、もしくはリザードマンを中・遠距離から一方的に撃破出来る魔法使い(ウィザード)などの支援型が片方、もしくは両方がいなければ、維持、突破が難しい階層だ。


 そんな階に冒険者の懇願する声が響く。


 勿論、人を襲うという単純な思考しか持たない、持てないダンジョン内に出現するリザードマンやその他モンスター相手に冒険者は言っているのではなかった。


 もっと知的で強力な冒険者の同類である生きた人間に向け言っていた。


「装備もGも渡す。この事は絶対に口外もしない。だから頼む、助けてくれ」


 目の前の男によってこの冒険者の仲間は既に無残な姿で横たわっている。隙を見てどうにか逃げ出す事に成功したと思っていたが、最初から行き止まりと知っていてここに誘導されたのだ。


「お願いだ。見逃してくれ」


 ニヤニヤとした目つきで男は口を開く。


「お前さんは幾つか勘違いしてるなぁ。第一に死んだ人間の方が抵抗もしないしGが取りやすい。第二に俺は人を殺す事しか考えていない。第三にお前を殺す事が俺の仕事だ。もう少し命乞いの仕方を覚えた方がイイぞ」


 男は左右対称のハルバードを片手に持ち、空いた手で無精ひげを撫でながらそう宣告する。


 冒険者も伊達に何年も危険なクエストを乗り越えてきていない。確かに実力ではとてもこの男には勝つことは出来ないだろう。


 だが、この男は慢心し、油断している。その上、襲ってきた時の男の仲間はまだここに来ていないのだ。


「ひぃい、殺さないでくれ、殺さないでくれ」


 渾身の泣き顔と嗚咽を繰り出し、冒険者は男を誘う。冒険者生活でこの手の人間は前にも見たことがあった。殺せるのに直ぐ殺さない。人を嬲るのが好きなクソ野郎だ。


「だからな、それじゃ駄目だってーの」


 そんな連中はこちらが抵抗出来ないと知ると、決まって隙を見せる。


 冒険者は右手で一気にロングソードを振り抜き、男に向け一気に加速する。体の勢いを利用し、そのままロングソードを振り抜いた。男にとっての現状で考えられる最高の一撃、そんな一撃が男が一歩後ろに下がった事だけで届かない。


 続けて保険として左手で握り締めていた砂を男目掛け投げつけるが、片手ではらわれ大した効果は得られない。それどころか冒険者は自分から男が構えるハルバードに突っ込む形になり、右鎖骨を折る形でハルバードが肩に深々と刺さる。


「ふぐっ、うッ」


 続けざまに放たれたハルバードの突きにより、足の腱を斬られた冒険者は地面に引き倒される。


「伏せ、てか」


 男は犬を躾けるように言い放ち、倒れた冒険者の喉を全体重で踏みつける。大動脈や神経を無茶苦茶に圧迫された冒険者は、痙攣する手で男のブーツに必死につめを立てるが、男は一切気にも留めない。


 今まで散々命乞い、泣き顔を見て来た男にとっては、冒険者の演技は三流役者が片言で劇をやっているような物だ。これならまだダリオの腹に蹴りを入れた方が遥かに楽しめる――


「やる事がつまんねぇな。もう少し工夫出来ないのか? 失格だ」


「まっ――」 


 男は血で汚れた装備品を冒険者の服で拭き、立ち上がる。


「終わった?」


 男の来た道から全身をマントで隠し、覆面を被った人が現れた。注意して観察すれば、その人物が体の線と声から女性だと判断出来る。


「見れば分かるだろ。死体漁りはもういいのか?」


「うん、もういい。あいつら碌な物持ってないんだもん」


「しかし、これで8人目か? ジグワルドの方が楽しそうだな。仕事とは言え、迷宮は飽き飽きだ」


 バルトは詰まらなそうに転がる肉塊に目をやり、暗闇に溶けるようにその場を後にする。





「いやー、お陰で退屈しない楽しい旅になりました」


 そう言って御礼を言うのは調剤師のブライアンだ。王都アインツヴァルドを出て7日、途中ルーべに寄り、馬の糧秣や水、食料を調達し、無事にリュブリスに着くことが出来た。


 行きではスライムの大量発生でルーべ周辺は動乱に包まれていたが、騒ぎが落ち着き元の静かな街へと戻っている。


「こちらも調剤や薬草の詳しい見分け方は面白かったよ。流石の調剤師だ」


 ギルドハウスの座学で薬草に関する実践的な多少の知識は教わったが、ブライアンのような専門家が教えてくれる知識と言うのは、座学では手に入れる事の出来ない貴重な物だった。


「ははっ、褒めても何も出ないですぞ。ではまた機会があったらお願いします」


 ブライアンは俺達三人に声を掛けると、小さな鞄をかけ、重そうな荷物を背負い、リュブリスの人混みへと消えて行く。


「さて、これで解散か、俺も今日から商売だ」


 そう投げかけてくるのはハンクだ。馬車は置いておくだけで場所を取り、維持費が掛かる。商人としては可能な限り動かしていなければいけない。


「道中話した通り、アーシェとジロウはしばらく迷宮か?」


「ジロウと模擬戦はしていたけど、1ヶ月以上護衛クエストばかりで体と勘が鈍っちゃったからね」


 護衛クエスト一辺倒というのは、冒険者にとっては良くない事だ。いくら訓練を積んでいても実戦から遠のいていると、どうしても感覚が鈍ってしまう。


 ましては治安の良い王都周辺だ。確かに王都全体でみれば何かしらの襲撃が何回かあったが、それは他のアルカニア王国地域と比較すれば桁が違う程、襲撃された件数は少ない。


「まあ、その前に宿の確保と俺は防具の注文しないと」


 王都で買ったものはあるものの、はっきり言って安物だ。


「そうか、お前らが護衛だと心強いんだけどな、信頼出来る護衛ってのも探すのは大変でな。ま、暇になったら声を掛けてくれ、……特にまた出土品が出たら見せてくれよ」


 いやらしい商人の顔でハンクは笑う。はっきり言って堅気の顔ではない。薬物を取引している非合法な売人のような笑みだ。


「ハンク、商人の顔じゃないな」


「うん、そうだね……」


「なんだとお前ら!! こういう顔なんだからどうにもならないんだよ。俺だってもっと愛想の良い顔で普通の体型なら売り上げが良くなるとは思ってんだ。……全く、それじゃ何かあったら商業ギルドに伝言入れておいてくれ、それじゃ気を付けて冒険者やれよ。またな」


 ハンクは荷馬車で去っていく。伝言――こう言う時にケータイがあれば便利なのにと思ってしまうのは現代っ子の性か……


「それじゃ、宿はどうしようか、一週間単位で借りる? それとも1日単位?」


 二人きりになったアーシェと今後の宿について意見を纏める。宿を日で借りるより一定期間纏めて借りた方が安いし、楽だ。


「しばらく迷宮に入り浸りそうだし、一週間でいいか」


「そうだね。荷物もあるし、取りあえず宿を探そっか。前回借りた宿が空いてるといいね」


 王都で増えた荷物を背負い、移動を開始する。武術祭の影響も有っただろうが、王都と違い冒険者や実用的な服が多いリュブリスは落ち着く。




 その建物は隣接する建物と同じく、赤茶の瓦に白い壁で周囲に溶け込むように存在していた。周りの建物よりも大きく二階建てだが、セルガリー工房という無骨な看板がなければ一度来た人間でも通り過ぎる様な立地だ。


 木製のドアを開け、店内に入ると、相変わらず玄関ベルが力いっぱい来訪者の存在を店内へと知らせる。


 後ろでは耳の良いアーシェが驚いたのか身体をびくッ、と震わせる。


「いらしゃーい」


 カウンターから声を掛けてきたのはセルガリーではなく、前にバスタードソードを作るときにいたセルガリーの弟子だ。セルガリーよりも身体は大きいはずなのに妙にカウンターにいる姿が似合わない。


「お、前に来た冒険者さん達だね」


「良く覚えてるな」


「女の子で大剣注文したり、小鉄球を注文するお客さんなんて、まずいませんから!! えーっと確かシンドウさんとアーシェさんですね。今日はどんな用事で?」


「俺は防具が壊れたから新しい物を作って欲しいんだが」


「アタシは剣の調整頼みに来た」


 剣の手入れも血糊を拭いて御仕舞いという訳にはいかない。特にアーシェの大剣はデカイだけ手入れが面倒だし、時々鍛冶屋に見せて調整しなければならない。


 尤も、剣を打つ鍛冶屋の性格が乗り移った様なセルガリー工房製の武具は無骨で実戦向き、それも他の武具に比べ手入れも少なくて済むので気に入っている。


「今兄弟子と奥にいるので呼んできます。少々お待ちを、良かったら棚の武器でも見てて下さい」


 弟弟子は早足で店の奥へと消えていく。しばらく武具を見ていると、店の奥から弟子とセルガリーが現れた。


「おう、いらっしゃい、てアンタらパーティだったのか」


「あれ、ジロウ言ってなかったの?」


「知り合いが作ってるとしか言っていなかった」


 俺とアーシェが並んで武器を見ていた事から判断したらしい。そう言えば知り合いがここで武器を作った、としか言っていなかったから知らなくて当然か――


「それでシンドウが防具の注文で、アーシェが剣の調整か、おい、大剣の調整を見てやれ、俺はシンドウの防具を見る」


「分かりましたー!! ささ、アーシェさん大剣を御預かりしますね」


 アーシェが片手でひょいと大剣を弟子に渡す。弟子も簡単そうに大剣を受け取り、そのまま一気に上半身が崩れる。どうやら予想外の重さだったようだ。


「ふぉお、お、重い、……ではこちらへ」


 それでも大剣を落とさなかったのは、見事だと言える。


「それでどんな防具にしたいんだ」


「前は鉄製の胸当てを使ってたから、今回も投擲物や魔法を使うのでなるべく肩が動きやすい物が良い」


「ふん、そうか」


 セルガリーは小脇に抱えていた人を撲殺出来そうな本をカウンターに広げ、一気にページを捲る。よく見れば表紙には誇らしげに作者セルガリーと書いてある。


「どれが良い?」


 二、三種類のデザイン画が書いてあるページを見せられる。


「これがいいな」

 

 そのうちの一つを指差す。


「材料はどうする、鉄かダマスカスか?」


「ダマスカスがいいな。それと材料なんだが、これは使えないか? 冒険者を始めてからずーっとこの胸当てを使い続けてるから、多少なりとも魔力が蓄積されていると思うんだが」


 背負っていた荷物の中から武術祭で壊れた胸当てを取り出す。


「ほう、かなり良質だな。数種類の魔力が蓄積している」


 大会中、黒ノ剣や七色の剣など、様々な魔法を浴びて来たのが関係しているかもしれない。


「セルガリーさんはそう言うのが見えるのか?」


「ワシも明確に見える訳じゃないな。でも何となく分かる。それまでは分からなかったのに、ある日突然、分かるもんだ。さて、これだと防具は時間とGが掛かるが大丈夫か? これだと費用は前金125G、全部で250G。早くても1ヶ月半は掛かるぞ」


「ああ、大丈夫だ。Gも後で持ってくる」


 オークションで荒稼ぎした1600Gもの大金がある。少しくらいGを使っても問題はないはずだ。


(しかし、金銭感覚が狂ってくるな)


「よし、わかった。それじゃ早速今から寸法を取るぞ」


 別室に移動し、寸法取りを始める。セルガリーは素早く体の寸法を測っていく。俺は指示通りに腕を上げたりし、ただじっとしている。


 暇つぶしにステータスを開く。リュブリスにいた頃と比べるとレベルはあまりは変わらないが、剣技を中心としたスキルがかなり上がっていた。


【名前】シンドウ・ジロウ

【種族】異界の人間

【レベル】26

【職業】魔法剣士

【スキル】異界の投擲術(特殊投擲術)異界の治癒力(特殊治癒力)、運命を喰らう者、上級片手剣C-、上級両手剣D、中級火属性魔法A、中級水属性魔法A-、 奇襲、共通言語、生存本能

【属性】火、水

【加護】なし

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 二章七話にて >「あと腕甲も欲しいんだが、この店には売っていないか」 >「ああ、うちは武器だけだ。まあ、知り合いの職人が防具を扱っている。寸法はあるからそいつに聞いて見てもいいが」…
[気になる点] セルガリーさんは防具は扱ってないと前に言ってたような…。 [一言] とても面白い! こういう地に足のついた冒険物語が大好きです。
[気になる点] >オークションで荒稼ぎした1600Gもの大金がある。 出品者は手数料取られないタイプのオークションかぁ。 [一言] 面白い。 o(^o^)o
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