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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第三章 王都アインツバルド
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第十五話 祭りの後の静けさ

「「「あ、はっはっはっ」」」


 辺りに響くのは太い笑声、ちらりと振り返るが、後ろからはおどろおどろしい全裸の男達が追いかけて来る。全員が共通してマッチョなガチムチ達だ。


 地面を蹴り上げ懸命に走り続ける。流れ出る汗、心臓の鼓動の間隔もどんどん速くなる。


 既に何キロ走ったかも分からないほど走った。なのに振り切れないどころかじわりじわりと距離を詰められている。


 坊主なマッチョ、長髪なマッチョ、細身なマッチョ――どうしてこうなった。


「君もめくるめくガチムチワールドにおいでよ」


「「「筋肉!! 筋肉!! 筋肉!!」」」


「うわぁあああーー!!」


 非効率とは分かりながらも、絶叫しながら全力で走り続ける。だが、無情にもだんだんとガチムチとの距離は詰まっていき、残り僅か数十センチしかない。激しいマッチョ達の息遣いが耳に直接入ってくる。


「あ、はっはっ……ニ・ガ・サ・ナ・イ・ヨ?」


「嫌だ、嫌だぁーー!!」


 絶望の中、俺は何かを掴むように腕を伸ばしていた。視界が一気に変わる。見慣れた部屋の風景に、窓から溢れる光。


 汗まみれになった服は、肌に張り付いて非常に気持ちが悪い。恐る恐る布団を捲り確かめる。


「はぁ――無事だ」


(夢でよかった……)


 結局、昨日はギルゼン達と夜中まで飲む羽目になり、三人で酒を浴びるほど飲んでしまった。その時間帯まで飲むのは予想外のことだったが、そこまではまだいい。


 問題はその後だ。飲み屋の帰り際にガチムチの若者達が俺に熱い視線、それも下半身や筋肉に送ってきた。そしてギルゼン達と別れた後、ガチムチ達は俺とスキンシップを図って来たのだ。


 全力で逃走し、どうにかこうにか宿のベッドに飛び込み解決したと思っていたが、とんでもない。一夜に悪夢は二度続いた。


「最悪の目覚めだな……」


 汗を拭き、装備品を持って宿の一階に降りると、既に二人がいた。


「あー、おはよう」


「ジロウおはよ」


「おう、おはよう。どうした浮かない顔して、遊び過ぎたか?」


「はは……そんなところだよ」


 ハンクが笑いながら訪ねて来たのに対し、苦笑いで返す。


「三人揃ったし、早速仕事の話を始めるぞ。今回リュブリスまで運ぶのは各種の塩漬け樽と少量の塩だ」


 リュブリスなどの各地域からの王都に対する農作物の輸送は多いが、その逆はあまり多くない。王都周辺でも農業や畜産が行われているが、王都の需要を満たせてはいないし、リュブリスなどの地域に比べ生産量は多くないのだ。


 とは言え、アインツヴァルドはアルカニア王国の物流の中心地点であり、アルカニア王国の地方で採れる塩などの特産品などの物が運ばれてくる。物が集まる場所には人は流れてくるし、人が流れる場所には物が集まる。


 国のあらゆる物が集まる王都で見付けられない物と言えば生きた盗賊だけ、という笑話があるほどだ。


「それに調剤師をリュブリスまで乗せていく。ギルドハウスで護衛クエストの手続きをした後、樽を積んでから調剤師を拾う」


 調剤師と言えば、薬草の調合やポーションの精製を行う人たちだ。怪我が治るほどの治療魔術師の治療費は一般人には高いし、治療魔術師の数も多くはないので、一般人や中間層などは調剤師の作った薬を使って怪我を治す。


「個人の調剤師か?」


「ああ、そうだ。それも材料の入手、調剤、販売まで一人で全てやっているそうだ」


「へぇ、珍しいね」


 副業や小遣い稼ぎでやっているなら兎も角、何かしらの組織に入らないで、薬草の入手から全て個人で調剤師をやっているのは、かなり珍しい。


「道はリュブリスから来た道をまた使う。護衛や警戒すべき場所は、アーシェとジロウの方が分かるだろうから、大丈夫だな?」


「大丈夫」


 アーシェは返事を言葉で返し、俺は頷いて返事をする。


「盗賊の襲撃は無いとは思うが、最近は盗賊が活発だったり、北東部の騒動もある。魔物も定期的に掃討されているとは言え、前回のスライムみたいな事も有り得る、魔物も警戒は怠るなよ。朝食を食べたら出発だ。さっさと食べて行くぞ」


 ギルドハウスに着いた俺達は、受付でクエストの受注を行う為に別々の受付で一斉に手続きを行う。


 ハンクによって事前に護衛が指定されたクエストなので、手続きは簡易的で普段のクエストに比べ手続きが少ない。


「シンドウジロウ様。ギルドカードをお返しします」


「ああ、どうも」


 差し出された銀色のカードを受け取り、カードに付いたチェーンを持ち、首から下げる。そしてそのまま服の中へとしまう。


 ギルドカードを紛失や盗難されると非常に厄介な事になる。再発行が高いし、悪用されたら致命的な信頼低下に繋がるのだ。


 尤も悪用するにも高い技術と覚悟が必要で、進んで悪用しようとする者は少なく、落ちているギルドカードをギルドハウスに提出すればGが貰えるので、一般的な市民であれば落し物として届けるのが普通だろうが――


「武術祭見てました。魔法も剣も一流で、凄い活躍でしたね」


「はは、ありがとう」


「あの強さでDランクなんて信じられません。近いうちにランクの昇級があると思います。“ギルドでの”ご活躍期待しています」


 受付が終わり、アーシェとハンクをギルドハウス内の待合室で待っていると、ギルドハウスには場違いな声が聞こえた。それも俺に対してだ。


「やっほー」


「……なんでお前がここにいるんだよ」


 目の前に現れたのは鎧を着けていない私服のリチルだ。深めの帽子をかぶり、市民がよく着る麻で作られた服なので、一見するとリチルには見えなかった。


「えぇ、その台詞前にも聞いたよ? 街で見かけたから声を掛けてみた」


「仕事しろ」


(営業中にサボるサラリーマンじゃあるまいし)


 露骨に嫌そうな顔をして言うが、リチルは一切気にした素振りを見せない。


「交代で今は休憩中、腰のソレ、良い短刀だね」


「やらんぞ」


「うん、私には必要ないよ」


 俺は引っかかる言い方に顔を顰めて、リチルを見る。


「ジロウ終わったか?」


 どういう意味か聞こうかと思ったが、ギルドハウスの奥から俺を呼ぶハンクで中断される。


「御仲間さん来たみたいだから、私はもう行くかなー。まぁ、この世界を楽しんでー」


 ハンクが近寄ってきたからか、リチルは笑顔で立ち去っていく。


「なんだ知り合いか?」


「ああ、一応な」


 近づいてきたハンクにそう返事を返し、ギルドハウスを後にする。


「確証はないし、偶然かなー。仮にそうだとしても……」







 ギルドハウスで手続きを完了し、荷馬車に塩樽の積み込みが完了した俺達は、調剤師を拾いに待ち合わせの城門付近へと移動する。


「あの背嚢を背負った人がそうだ」


 ハンクの目線の先には身体の正面に小さい鞄を掛け、背中に背嚢を背負った男が立っていた。


「先日はどうも」


 荷馬車を止めたハンクは馬車を止めて調剤師の下へと行く。俺とアーシェは馬車を見なくてはいけないので、馬車に乗ったままだ。


 調剤師もハンクに気付いたらしく二、三の言葉を交わしてから硬い握手を交わす。ハンクの普段の口調は丁寧とは言えないが、それでもプロらしく商売絡みになればスイッチを切り替えている。


 挨拶を終えたハンクは調剤師と馬車へと近寄って来る。


「こちらが調剤師のブライアンさんだ」


「今日からリュブリス到着まで、よろしく」


 そう言って調剤師は手を出す。


「よろしく、アーシェって言います。」


「ジロウ・シンドウだ。よろしくブライアンさん」


 俺やアーシェと握手を交わしたブライアンは少し驚いた顔をしている。


「何か?」


「いやー、実際に会ってみると、武術祭で荒々しく戦っていたシンドウさんのイメージと違い、驚いてしまいまして」


 確かに魔法が交差し、血と鉄がぶつかり合う武術祭だけ見ていれば、違ったイメージが出てくるかもしれない。


「これから短くない日数を共にするのに、ここで盛り上がって話すのも勿体無いです。これからリュブリスまでは“暇には”困りませんよ」


 ハンクの言葉にブライアンさんはにやりと笑う。


「確かに、混む前に出発した方がいいですな」 


「では早速出発しましょうか、ジロウ説明は任せたぞ」


「ああ、分かった」


 ハンクが御者台に座り、全員が馬車に乗ったのを確認してから馬車は動き始めた。全員が荷台にいても仕方ないので、アーシェは素早く屋根に移動している。


「荷物は空いている所に自由に置いていいです。飲み水はそこの壷に入っているので自由にどうぞ。布団はそこに積んであるこれを」


 積んである布団を無造作に取り、広げてブライアンさんに見せる。


「夜は入り口側に俺かアーシェが寝ますので、ブライアンさんは馬車の奥側に寝て下さい。万が一の時に護衛が出来なくなってしまいますので」


「はは、シンドウさんは商人のように喋りますな。きっと商人としても上手くやっていけますよ」


(あー、昔の癖が出たか)


 普段の会話なら問題ないが、どうも人に説明する時は社会人の時の様に説明してしまう。


「ああ、いざと言う時は私も戦いますよ。こう見えても昔は冒険者だったんです」


 ブライアンは腕を突き出し、ふん、と息を吐く。調剤師が薬草の収集から調合、販売までするのは珍しいとは思っていたが、冒険者上がりならば納得だ。


「まあ、お恥ずかしい事に、シンドウさん達と違って採取クエストばかりでしたが……ゴブリン2匹と遭遇した時なんて、私なりに後世に語り継ぐ程の死闘でしたね」


 そう語るブライアンは手で頭をかき、苦笑している。


「俺も初めてゴブリンを倒した時は腰が抜けそうになったな」


 思い出されるは森の中でのゴブリンとの戦闘。手負いのゴブリンに無我夢中で剣を突き刺し、どうにか勝つことが出来たが、酷く疲れたのは今でも鮮明に覚えている。


「はは、御冗談を……冒険者としての才能は乏しかったですが、幸い調剤師としての才能はありましたので、あのまま冒険者を続けていたらどうなった事やら、同期だった冒険者も大半は転職するか、死んでしまいましたし」


 駆け出し期間さえ乗り切ってしまえば冒険者は高給取りの職業だが、それに比例して死亡・負傷率も上がる。新規で増える冒険者の数だけ、この世から冒険者は減っているのが現実だ。


「ごめんなさい、暗い話をしてしまって」


 俺が返答に困っているのに気付いたブライアンは謝ってくる。


「もし良かったら、武術祭での話を聞かせて貰えませんか? 本選まで出場した冒険者に話を聞ける機会はなかなかないのですし、男として元冒険者としてそう言う話は好きなんです。勿論ただでとは言いません。御酒は嫌いですか?」


 ブライアンが背嚢から取り出したのは、陶器に入った酒だ。


「ひひ、酒が嫌いな冒険者なんていない。夜にでもやりますか、ツマミも干し肉ぐらいなら」


「夜が楽しみですな」


 俺とブライアンは二人揃って目を合わせる。


「ジロウズルイ……」


「「うぉお」」


 背後から聞こえた声で声を上げてしまった。


 声のする方に目をやると、馬車の上から垂れて来たアーシェが目だけ出してこちらを覗いていた。もし、夜にいきなりこれをやられたら心臓に悪いことこの上ない。


「なんだ、盗み聞きしてたのか」


「盗み聞きって、こんな狭い馬車の中じゃ嫌でも聞こえるよ」


「おいおい、狭いとはなんだ。狭いとは」


 自分の馬車を狭い呼ばわりされたハンクは叫ぶ。


「まあ、飲んでも良いが、ほどほどにしとけよ。護衛全員が酔っ払って戦えないなんて洒落にもならん」


「大丈夫、酔いに良い薬がありますよ。有料ですが」


 冗談とも本気とも取れるトーンでブライアンはぼそりと呟き、それを聞いた俺達は笑う。


 荷馬車は不規則に揺れながらも、リュブリスに向けて動き始めた。

夢落ちをむしゃくしゃしてやった。

反省はしているが後悔はしていない。


次から新章に入ります。

感想は順次返していきます。

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