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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第三章 王都アインツバルド
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第十四話 蜂蜜と熊の咆哮

 夕日が沈み、一日の終わりを告げる鐘が王都に響く中、高級品の魔法石を使った照明に照らされ、室内には幾つもの影が浮かび上がる。


 その窓の無い部屋の中で、男は工作員から手渡された報告書に目を通し、軽く唸った。


 報告書には今大会で活躍した選手、注目選手の情報が纏めてあり、今見ているページには今大会で完全にノーマークだった冒険者の情報が載っている。


「ふぅん、リュブリスのギルドハウスに冒険者登録したのが三ヶ月前、それが武術祭の四回戦まで勝ち残るか、異常だな」


「リュブリスまでの足取りが全く不明で、非加盟の冒険者や傭兵として活動していた様子はありません。他国、もしくは他の大陸から流れてきた可能性が高いかと」


「常人なら三ヶ月でこの強さを手に入れるのは、不可能に近いか、だが――」


 工作員は男の言葉の続きを言う。


「はい、報告書にもありますが鑑定士の報告から、投擲系の固有能力ユニークスキルと回復系の固有能力ユニークスキルがあるので、多少の無茶が出来るかと、それに鑑定士にも判定が付かなかった能力スキルが」


「あのばあさんが触って診れないとなると相当な物だ。問題は良い方か悪い方か……シンドウに仕官する意思は無いんだな?」


「はい、既に何人か接触させましたが、仕官の意思は無く冒険者を続けるそうです」


 工作員の部下や雇った冒険者の話によれば、シンドウは騎士や守備隊には興味がないらしい。


「根っからの冒険者気質か、それとも変わり者か、どちらにしろ面倒だ。そういう手合いは説得や勧誘をしても反発する。色仕掛けが妥当か」


「既に手配は整っています。タイプの違う美女3人以上もいれば、どれかに食い付いてくるかと……一応、男の方も用意してあります」


 うんざりした様子で男は言う。


「武人は男色家が多いからな、何が良いのだか俺は理解出来ん。ああ、それとあまり派手に勧誘するな。ギルドの連中の抗議が煩くて敵わない」


 前大会の出場者を何人も勧誘で引き抜いた時は、ギルド側から国に対して酷い抗議があった。今回も同じ事をすればギルド側は完全に怒るだろう。


 騎士団や守備隊も魔物の討伐は行うが、国土の広さから、地方の魔物の討伐はギルドに頼るしかない現状を考えれば、あまり怒らせるのも不味い、と男は考える。


「は、承知しています。……では、次の者に、次の者は予選から勝ち上がり、武術祭三回戦に――」






「どうしたの、そわそわして?」


 俺の落ち着かない様子に気付いたアーシェが怪訝そうに俺に尋ねてくる。


「いや、武術祭に出てからやたらと声を掛けられて」


 武術大会の影響もあるのだろうが老若男女問わずに昨日からやたらと声を掛けられる。今までも時々声を掛けられていたのだが、三回戦以降は特に多い。


 大半は褒められたり、一言、二言だけ話しかけられるだけなので実害がないので、問題という問題はないが――


「あれだけ試合で目立ったら仕方ないと思うよ」


「武術大会が終われば収まるだろう。本選四回戦まで進んじまったんだし、それも込みで武術祭だ。諦めるんだな。それより飯にしよう腹が減った」


 王都滞在中に泊まっている宿で食べることが出来る朝食は、その日ある材料で内容が変わる。この前はニシンに似た魚の干物、小麦粉から作ったマカロニのようなものだった。


 今日はパンとベーコン、チーズが挟まったパンだ。塩気のあるチーズとベーコンと一緒にパンを口の中に放り込み、噛みちぎる。


 ベーコンの溢れる肉汁とチーズの芳醇な香り、柔らかく程よい食感のパンが絶妙にマッチしている。


(パンも美味いが、たまには米も食べてみたいな。もう数ヶ月、食べていないか)


 こちらの世界にも小麦などはあるのだから、この世界のどこかに米もあるかもしれない。


(何時か食べれる時が来るのやら)


 そんなくだらない事をぼんやりと考えていると、急に声をかけられて、身体がびっくとしてしまう。


「ジロウ、壊れた防具どうする?」


 一足先に朝食を食べ終わったアーシェが俺の胸と腕を見ながら尋ねてくる。普段ならば鉄製の胸当てや腕甲を付けているが、試合で派手に壊れてしまったので、今は何もつけていない。


「まだ、決めてないな。王都で買うのも良いかもしれないけど、リュブリスに比べて派手なんだよな……」


「確かにな、騎士団や守備隊ならまだしも、冒険者が良い趣味とは言えねぇな」


 ハンクの言うとおり、装飾が増える分だけ重くなるし、あまり派手な装備はトラブルの元だ。


「夕方からギルゼン達と待ち合わせだから、それまで防具の下見をする。ハンクやアーシェはどうする? 試合を見に行くのか?」


「アタシはもういいかな。王都で欲しいものがあるし、今日は市場でブラブラする」


「俺もジロウの試合も終わったから、見にいかんな。それよりリュブリスに荷物や人を運ぶ仕事の手続をしなきゃならん。決勝まで待っていると手続きが混むから、王都に入る時以上に渋滞が酷くなる」


 それを聞いたアーシェの顔が引きつる。


「また混むの……」


 人混みが苦手なアーシェからしたらアレはうんざりする光景なのだろう。


「ジロウ達は俺と一緒に引き上げるか? もし来るなら護衛クエストをギルドに出しておくが」


「そうだな……俺も付いて行こうと思うが、アーシェはどうする」


 アーシェは犬耳を動かし、数秒考えて返事をする。


「んー、アタシも行く」


「うし、急だが出発は明日だ。手続きはギルドハウスに行けば直ぐ出来るようにしておく。明日一緒にギルドハウス行って護衛クエストを受注したら、荷物と人を拾うとするか」


「そうなると流石に防具なしは不味いよな。……勿体無いが王都でそれなりの防具を買って、リュブリスに戻ってから鍛冶屋に作って貰うか」


 リュブリスに比べて王都周辺は治安が良いとは言え、帰り道に盗賊や魔物が出ない訳ではない。命を考えたら必要経費と言える。


(オークションで儲けたGがあるので、多少の出費なら大丈夫だろう)


「その方が良いと思うよ。それじゃ夕方までジロウと一緒に買い物かな。アタシも装備品見たいし」


「ああ、そうだ。交渉の時に護衛にジロウの名前を出して良いか? 武術祭の実績があるから良い仕事が受けやすいんだ。払える報酬が増えるぞ」


(努力した結果が他の事で活きたか、いや、本当ならこっちが目的な人が多いんだよな)


 腕試しと白銀騎士団を殴り返すために武術祭に参加したが、普通ならば名声や仕官先を手に入れる事を目的とする人の方が多い。


「ああ、別にいいよ」


 残ったパンを急いで食べて、アーシェ達と店を出る。






 アーシェと買った日用品や装備品を宿に置き、防具を身に付け、ギルゼン達との待ち合わせ場所に来た。


「少し早く来すぎたか……」


 待ち合わせ場所には、ギルゼンやミケーレもまだ来ていない。


(外で数十分待つのもな)


 時計がないので、アバウトな時間でしか待ち合わせが出来ないのが厄介であり、待ち合わせをしていると数十分程度の待つのはざらだ。


 それに加えて武術祭の影響で溢れんばかりの人が道に溢れている。人混みに揉まれ続けるというのは気持ちの良い事ではない。店内に入ってギルゼン達が来るまで待っている方が良いだろう。


 木製のドアを開け、店内に入ると、店のマスターが声を掛けてくる。


「いらっしゃい、一人?」


「いや、後から人が来る」


「それじゃ、奥のテーブル使ってくれ、ちょうどミートパイが焼き上がったんだが、一つどうだい?」


 確かに店内には食欲を煽る匂いが充満している。下手な客引きよりも抜群に効果があるだろう。


「ああ、それじゃ一人前頼む。しかし、忙しそうだな」


「四年に一度の祭りだ。この時期忙しくなかったら干上がっちまうよ。まあ、その前に忙しくて体が干上がりそうだがな。がははは」


 言われたテーブルに座り待っているとこんがり焼けたミートパイが運ばれて来た。


 ミートパイを齧りながらギルゼン達を待つ。焼き上がりのミートパイの香りはとても香ばしく。パイの外はカリカリに焼き上げられている。


(中は挽肉か)


 一口齧ると中はとてもジューシーで、直ぐにまた齧りたくなる美味さ。店によりパイは味も食感も違うが、この店のミートパイは完全に当たりだ。


 そうして一人でミートパイを楽しんでいると、急に声を掛けられた。


「もしかして、武術祭に出ていたシンドウ選手ですか?」


 そちらに目をやると三人ともタイプこそ違うが、共通して美人の女性達がいた。口の中のミートパイを飲み込み、口を拭いてから返事をする。


「ああ、そうだが」


「本選の試合見てました。剣や魔法、凄くかっこ良かったです」


「ありがとう」


 どうも普段から褒められ慣れていないので、むず痒い。


「私はサンドラと言います。後ろの二人はヘルガとカーヤ。突然でご迷惑だと思うんですが、良かったらお話聞かせて貰えませんか?」


 店でミートパイを頬張っていたから一人で食事をしていたと思われたのだろう。実際現時点では一人なので何も間違ってはいないが――


「あーいや、これから友人と飲むから」


「友人てパーティーの人と?」


 後ろにいたヘルガが俺に質問する。


「いや、武術祭が始まるまで、一緒に訓練していた奴らなんだが……ああ、今丁度来た。ギルゼン、ミケーレこっちだ」


 俺の声に気付いたギルゼンとミケーレは俺が座るテーブルへと向かって来た。


「あー、ギルゼン選手だ」


「あ、うん、おう……」


 いきなりヘルガに声をかけられたギルゼンは声がうわずんでいる。


「なんだジロウの知り合いか?」


 固まるギルゼンを無視してミケーレが出てくる。


「いや、さっきそこで会った人だ。彼女がサンドラさん、奥の二人がカーヤさんとヘルガさん」


 名前を紹介された三人は笑顔で答える。


「ミケーレさんも冒険者なんですか?」


「ぐっ――」


 カーヤの発した一言でミケーレの顔が引きつる。俺とギルゼンの事は知っていたのに、ミケーレ一人だけが彼女達に知られていない。


(そりゃ、本選だけでも200人いる。いくら本選クラスの実力があっても予選で負けたミケーレを知らないほうが普通だ。ギルゼンや俺の名前を知っているだけでも、十分凄いと思うがな)


「ああ、冒険者だ。こう見えても本選まであと一勝だったんだぜ」


「凄い、もう少しで本選出場だったんですね」


 どうにか立ち直ったミケーレがサンドラ達と話を続ける。


(どうしたもんか……)


「おし、集合――」


 振り向いたミケーレが俺とギルゼンの首に腕を回して店の端っこに引っ張っていく。俺やギルゼンよりも身長の低いミケーレなので、宇宙人捕獲の逆バージョンのような体勢だ。


「何だ。ジロウもナンパするのか、こんな美女三人引っ掛けて」


「違う向こうから話が聞きたいって――」


「何だ、逆ナンだと!? やるじゃんか、俺も本選に出てればなー。で、一緒に飲むのか?」


「ギルゼンとミケーレはどうしたい?」


「俺は別にいいぜ。ギルゼンも嫌じゃないだろうし、女と慣れるのに良い機会だ。なぁギルゼン?」


「お、おう」


 ギルゼンからは何時もの覇気がすっかり消えてしまっている。ギルゼン達が良いのなら別にいいか――


「それじゃ、一緒に飲むと言う事で」


 意見が纏まった俺達はサンドラ達が待つテーブルに戻り、全員でテーブルに座る。


「それじゃ、改めて自己紹介を俺はクラン、ヴァンガード所属のミケーレ」


「俺はヴァンガード所属のギルゼンだ」


「俺は冒険者のジロウ・シンドウ」


 女性陣の自己紹介の後に飲み会が始まった。






 4時間程経ち、かなり酒が入った面々のテンションは高い。ギルゼンの女性に対するきょどり癖は治る兆しはないし、ミケーレは手馴れた様子で場を盛り上げている。


「トイレ行ってくる」


「俺も」


 俺がそう言うと、ミケーレもトイレに席を立つ。一人取り残されたギルゼンはついて行こうか、留まるか悩んでいる間にサンドラに話しかけられ、一人席に残る。


 店の奥にあるトイレに入ると小声でミケーレが話しかけて来た。


「おーい、ジロウ耳かせ。ありゃ、プロだぜ」


「どういう事だ?」


 俺は小声でミケーレに返す。


「三人の動作が自然過ぎるんだよ。カーヤがシンドウとよく話すようになったら、サンドラとヘルガがすんなり引いてさ、その上サポートに徹し出すんだぞ。最初は三人ともシンドウを狙ってたのにだ」


「ハニートラップ……だが、何の為に?」


 俺の答えにミケーレは思いっきり溜息をつく。


「ジロウ、お前は自分を過小評価し過ぎなんだよ。無名の冒険者がいきなり本選四回戦だぞ? 欲しがるクランや傭兵は幾らでもある。女にベタ惚れして、恋人になったら実は兄もしくは父がクランをやってて、ジロウに会ってみたいて言うの……なんてそんな流れで断れず加入だ」


 思い返せば確かに自然過ぎた。まるで喋りを生業とする職業のように、どんな話でも途切れさせず、女性三人の話すタイミングも絶妙。


「……そういう経験がないから助かったよ」


「まあ、それでもギルゼンより遥かにマシだ。今頃あいつきょどって固まってるぜ」


 用を済まして、テーブルに戻る前にミケーレと一緒にギルゼンを壁からこっそり覗く。


 そこには銅像のように固まるギルゼンが鎮座していた。女性三人に話しかけられているギルゼンは片言で返事をしている。その巨体もあり、非常に笑いを誘う。


「く、ふふ」


「な、固まってただろ」


 俺達が見えたらしく、ギルゼンは助けを求めるようにこちらを凝視してくる。


「さて、そろそろ御開きにするか、今日は楽しかったよ」


「いえ、急に声を掛けたのにも関わらず、楽しいお話を聞かせてくれてありがとうございました。また機会が合ったらお話聞かせて下さい」


 六人で店を出ると、後ろからカーヤが俺の服を捕み、小声で囁いて来た。


「この後、二人で一緒に飲みませんか……?」


「あー、ごめん、明日朝早いから。また機会が合ったら飲もう」


 カーヤにそう言い、ギルゼン達と宿に帰っていく。


「あーあ、カーヤふられてる」


「うーん。いけると思ったんだけどね。ショック」


「ギルゼンとミケーレの方は?」


「こっちも駄目だった。ミケーレは案外ガード固いし、ギルゼンの方は会話が成り立たないし、ある意味一番厄介な人」


「あー言う人なら大歓迎なんだけどね。残念だなぁ……」






 俺とミケーレが話を続ける中、ギルゼンは威風堂々と歩き後ろを振り向かない。


「結局ギルゼンまともに喋れなかったな」


「ああ、お、おう、ばっかり。オウムだってもう少し喋るぜ」


「……」


 道の真ん中で立ち止まったギルゼンは無言で振り返る。その顔は戦前の武人のような顔つき。


「あー、やばい」


「えっ?」


「俺だって、俺だって女性とちゃんと喋りてぇよ!! うあー、もう一軒行くぞ。有無は言わせん。付き合え」


 吼えたギルゼンは俺とミケーレを引っ張り飲み屋に引きずっていく。


「落ち着けギルゼン、何度も経験すれば慣れるって、おーい」


「無駄だ。ジロウ。こうなったらとことん付き合うしか逃れる方法はない」


「まじかよ」


 引っ張られて見上げた空は、月や星が無駄に綺麗だ。月明かりとすれ違う市民の目線に晒され、俺達三人は王都の闇に飲まれていく。

更新遅れました。家族が救急車で運ばれ忙しかったです。救急車てめちゃくちゃ揺れるんですね。びっくり。


感想は順次返していきます。返事が遅れてしまい申し訳ないです。

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