第十話 最強の七光り
風邪と家に数日いなかったので、更新遅れました。遅いですがメリークリスマス
「うははは、ジロウのお陰でぼろ儲けだ!! どうしたジロウ暗い顔をして、俺の奢りだ好きなだけ飲め」
ハンクは今日のエミリーとの試合で俺に上限一杯の掛け金をかけていたらしく、えらく上機嫌だ。奢りなので、アーシェも高級ロースチキンに齧り付いている。
「ああ、次の試合のことを考えていたんだよ」
「七色のユルゲンか、また厄介な相手だな」
ユルゲンの七色の剣を見たが、とんだ規格外の能力だ。連続使用が可能な点もそうだが、威力が並みの魔法を軽く凌駕している。それに見ていて目も痛い――
「近くで見ていて分かったが、ユルゲンは剣もかなり使える。あんなの反則だろ」
「固有能力持ちはそんなもんだろ。まぁ、ジロウの固有能力も人の事を言えないと思うがな」
「いや、俺のスキルは魔力の消費が尋常じゃないぞ。なぁ、アーシェならあの七色の剣をどう対処する?」
食べる方に勤しんでいたアーシェは、食べていたチキンを置いて考え出す。
「ん? んーアタシなら頑丈なタワーシールド二枚持っていって、防ぎながら一気に間合いを詰めるかな。その後はタワーシールドで殴るかツーハンドソードで切る」
アーシェは簡単そうに言うが、異常な怪力か血の濃い獣人にしか出来ない戦法だ。
「俺じゃタワーシールド二枚も持てないし、持てても素早く動けないから無理だな。それに一回戦のこともあるから、ユルゲンも盾対策はするかもしれない」
(俺の異界の投擲術と違って、ユルゲンの七色の剣は魔力を馬鹿食いしない。魔力切れも狙えないだろうな)
結局、威力で劣る異界の投擲術が七色の剣に勝つにはアレしかないか――
明日は早い、酒はほどほどにして早く寝ることにしよう。
予選選手用の選手待合室は前日と比べ、閑散としていた。昨日の対戦の結果、予選からの勝ち上がり組はその数を五分の一に減らしていたからだ。
一回戦はどの組み合わせでも予選組とアルカニア王国から実力を認められた本戦組になっている。
その所為で、実力にばらつきのある予選組の大半が敗退してしまったのだ。
待合室に居ない所を見ると、昨日声を掛けてきた傭兵や冒険者も負けてしまったようだ。
「昨日は100人はいたのに、寂しくなったな」
俺は広くなった部屋を見渡す。3,4人グループが幾つかと、後は1人で集中を高める人が幾人かいるだけだ。
「ああ、お互い運が良かった」
俺の正面にはギルゼンがいる。ギルゼンも本命の本戦組を降し、これから二回戦に挑む。
「ギルゼンの試合を見ていたが、槍斧に引けを取らない程、棒術や片手剣が使えるのは知らなかったな。訓練の時は隠していただろう」
俺の試合の後に行われたギルゼンの試合はハルバード対ツーハンドソードの戦いになった。
ギルゼンはツーハンドソードを巧みに扱う騎士に攻めきれず、逆にハルバードを折られ、万事休すかと思われたが、ハルバードの柄とショートソードを使い反撃し、逆転勝利をした。
「切り札は最後まで隠しておくものだ。ジロウも切り札は隠していただろう」
ギルゼンは異界の投擲術の事を言っているのだろう。確かに、異界の投擲術は訓練中に使わなかったが、正確には“使えなかった”だ。
一、二度の使用で武器が駄目になる異界の投擲術は、訓練で使用するには適さない。投げナイフでも1G、投槍となれば3、4Gもする。
命の危険や費用対効果を考え、利益が出るクエストでなければ、どうしても使い辛い。
「ああ、隠してもいたが、アレは色々制限があるんだよ」
組み合わせから見て、対戦相手が予選組になることは無いだろうが、情報が漏れると面倒なので、ギルゼンに小声でそう答える。
「あの特殊性を見るとユニークスキルか、俺もジロウやミケーレのように魔法の一つでもあると戦い易いんだが」
酒が入っても愚痴も言わないギルゼンが、珍しく愚痴を言っている。
「どうした。珍しく弱気だな」
「弱気にもなる。武術祭でこんなところまで来てしまったんだ。寧ろ、そんなに落ち着いているジロウが少数派だ」
「俺は落ち着いてはいないな。寧ろ、興奮している。最初は確かに緊張していたが、今まで行ってきた努力を、自分の力を試せるんだ。興奮しない方が難しいだろ」
リュブリスの迷宮も武術祭に近いものがあるが、装備は使い(壊し)放題、一流の技を見られ、何より一流と戦う事が出来るのだ。
「楽しむか……」
「178番ジロウ・シンドウ様、そろそろ試合ですので、通路に移動お願いします」
「ああ、分かった。俺はもう行く、頑張れよギルゼン」
「色々すまなかった。ジロウこそ試合に勝て」
昨日と同じように、ギルゼンがいる選手待合室を後にし、連絡通路を通り、闘技場に向う。あと一勝、あと一勝で手が届く。
(この理不尽な世界で、存在を無視されたこの世界で、俺の存在を認めさせてやる)
一人一人の声は大きくなくとも、会場は何万もの観客の声によって震えていた。集まる視線、熱気、言葉……昔の俺なら威圧され、足が動かなくなっていたかもしれない。
(観客の声なんて、どうでもいい。それより相手は――)
余計なモノは見ずに、反対側の相手を探す。太陽光によって照らされた光の反射によって、対戦相手見つけるのは容易なことだった。
「ユルゲン様頑張ってーー!!」
「今日も最高に輝いています」
「はぁ、素敵!!」
俺の登場口と違って、あちらの登場口の歓声はやたらと声が高い。きっとユルゲン目当ての客が多いのだろう。一方の俺の登場口は俺の声援よりもユルゲンへの野次が多い。
「やっちまえ!!」
「あのキレイな顔を吹き飛ばしてやれ」
(はぁ、なんだかなぁ)
そうこうしているうちに、対戦相手が良く見えてくる。人目を集める金髪の長身、目を奪われるミスリルと黄金の鎧、金の刺繍が施された派手なマント、昨日見た七色のユルゲンに間違いなかった。
「君が僕の対戦相手のジロウ・シンドウだね。冒険者なのに予選枠から勝ち上がって来たんだろう。凄いじゃないか、ここまで勝ち上がってくるなんて、僕はてっきりエミリーが勝つと思っていたんだ」
絶対的自信から来ているのか分からないが、これから試合だというのに、この落ち着きはたいしたものだ。
「今日は観客を楽しませる良い試合にしようか」
「ああ、宜しく頼む」
リング中央でユルゲンと握手を交わす。ユルゲンは続いて観客席に手を振り始めた。
俺は詠唱をしながら開始位置に付く。
「ルールは一本勝負、武器は刃を殺した物か、アルカニア王国が提供した武器のみ。10秒ダウン、リングアウト、二人の審判が致死攻撃と判断したら負け。武人として何があっても恨むのは無しだ」
「二人とも準備はいいか?」
「勿論、準備は出来ている」
「……」
ユルゲンは腰に帯刀していたツーハンドソードを抜き、対して俺はマントの中の武器に手を掛けて待機する。ユルゲンは一回戦で見たときと同じ構えだ。何時ものように七色の剣を繰り出す気なのだろう。
ゆっくりとした審判のカウントダウンが始まり、時間が迫っていく。
「3、2、1、試合始め」
「炎弾よ敵を焼き尽くせ」
審判の合図と共に俺は先制攻撃のセオリーとなったファイアーボールを放つ。
「光輝け我が剣よ」
対するユルゲンも構えていた剣を振り、七色の剣を繰り出す。
燃え盛る火球と七色の光線はリングで衝突すると、火球と光線は大爆発するが七色の剣は火球を押し込み、不完全ながらもこちら側に迫って来る。
(フルで詠唱をした最大出力のファイアーボールが押し負けるか!!)
だが、ここまでは予測済み、マントの中に握っていた鎖付き鉄球を“普通”に投擲する。最上級投擲スキルによって投擲された鉄球は、激しい回転を伴い高速でユルゲンに迫る。
「鉄球!! にわか仕込みではないな」
(出し惜しみはもう無しだ)
回転によって煙が揺らいだことにより、ユルゲンは鉄球をかわし、それと同時にユルゲンは七色の剣を繰り出そうとする。
そこに俺は空いた左手でスローイングナイフを投げつける。ユルゲンはスローイングナイフごと俺に七色の剣を叩き込むつもりなのだろう。だが、今度は普通の投擲武器ではない。魔力を帯びたスローイングナイフだ。
「光輝け我が剣よ」
リング上で七色の剣がスローイングナイフに触れた瞬間大爆発し、七色の爆炎と黒い爆炎が混ざり合う。
「ッ!?」
ユルゲンはナイフに魔力が帯び、それも自身の七色の剣と相殺したことに驚愕しているようだが、考える時間は与えない。
(どう足掻いても威力で劣るなら数で攻めるしかない。お前の限界まで飽和攻撃をしてやるよ!!)
俺は腰から両手でスローイングナイフを一本ずつ抜くと、二本とも魔力を込めてユルゲンに投げつける。
ナイフに帯びた魔力に気づいたユルゲンは飛びのきながら七色の剣で自身に近い一本を迎撃し、リング上に爆炎が広がるが、もう一本はユルゲンの左側で爆発する。
ユルゲンはマントで爆炎を防ぎつつ、転がり爆炎をやり過ごすと、次の構えに入っている。あのマントは見た目こそ派手だが、かなり実用性が高いようだ。
そんなユルゲンに俺は走りながら投斧であるフランキスカを投擲し、続けざまにスローイングナイフを投げつける。鎧は全て置いて来たので、かなり身軽に動くことが出来る。
ユルゲンはフランキスカと俺を消し飛ばすコースで七色の剣を放とうとしたが、自身に迫るスローイングナイフに気づき、回避しながら放ったため七色の剣が俺とはズレて着弾する。
(風圧だけでもこの威力。足元に食らったら一撃で戦闘不能だな)
「いいよ、最高だ。全てが予想外、予想外だよ」
勝手にハイテンションになっているが、こっちにそんな余裕はない。
俺はユルゲンに全力で迫りながら、二本、三本の貫通力を高めたナイフを投げつけていく。優れた反射神経を持つ者には、これまで何度も避けられてきた。
(だが、適正距離で続けてならばどうだ)
一本目を避け、構えようとしたユルゲンだが、流石に続けて飛んでくるナイフを避けながら剣を構えるのは難しいらしい。二本目からは避けに徹していたが、三本目がユルゲンのマントをナイフが切り裂く。
そのまま腰の剣を手にし、踏み込もうとした俺に、ユルゲンは七色の剣を放つ。
「炎弾よ敵を焼き尽くせ」
「光輝け我が剣よ」
そこに俺は詠唱していたファイアーボールをぶつけるが、七色の剣に押し負け、爆炎が俺にまで迫る。
爆炎で髪や服が焦げ、体中に圧力が掛かるが構わず横をすり抜け、遂に剣で斬り合う間合いに到達した。
「来い、決着を付けようじゃないか」
接近してきた俺に対し、ユルゲンはツーハンドソードで応戦する気だ。
前の俺の試合を見ていれば、ショートソードなんて使っていなかったことも、長いマントを付けていなかったことも、手一杯に握り締めた多数の小鉄球にも気づいていたかもしれないのに――
(こっちは必死さが違うんだよッ!!)
ショートソードやマントは“奇襲”するための布石だ。俺は後に飛び退くと残存する魔力を込めて多数の小鉄球をユルゲンに放つ
「光輝け我が剣よ!!」
拡散しながら近付く小鉄球に七色の剣を放つが半数以上は無傷だ。多数の鉄球がユルゲンを取り囲む形で到達すると、全てが小さく爆ぜた。
無数の爆発にユルゲンは身体は震えながら倒れ込みそうになるが、膝を突き、辛うじて耐える。追撃でナイフを投げつけようとしたが、その必要はないようだ。
「勝者ジロウ・シンドウ!!!!」
「「「うぉおおおおお!!!!」」」
審判の判定に、観客席からは歓声が飛び、闘技場が震わせて両者を称える声が響く。勝負の決着が付いたのだ。
(俺の勝ちか、流石はリュブリスの鍛冶屋に頼んで作った小鉄球のことだけはある)
セルガリー工房でダマスカス鋼製のバスタードソードを作る際に、ついでに作って貰ったものだが、これがなければ負けていた。
「僕の負けか……まさかあんな切り札があるとは思わなかったよ」
「取って置きだ。もう魔力が無いから使えないさ」
最後の投擲で魔力を使い切ってしまった。一度使い切ってしまうと、一日近く魔力はほとんど回復しない。
「それは悪いことをしたね。今日の午後からシルヴィアと戦うんだろ。あれは一筋縄にはいかないぞ」
数の多い第一試合は一日かけて試合をしたが、第二試合と第三試合は一日で行われる。つまり、ユルゲンとの戦いによって消耗しきったこの状態でシルヴィアに戦いを挑まなければいけないのだ。
「……一つ好奇心で聞きたいんだが、七色の剣はあとどのぐらい撃てたんだ?」
「撃とうと思えば、あと100発は撃てる」
やはり規格外の人間だ。護衛を付けて、撃ちまくれば戦場では驚異の一言だろう。
「僕を倒したんだ。次の試合楽しみにしているよ」
ユルゲンがリングから去り、俺も続いてリングから去る。
(ポーションをがぶ飲みしたとしても、次の試合までに魔力は回復しない。精々ファイアーボールが数発撃てる程度か……)
「勝てるか、アレに」
リュブリスでの伏線回収。
誤字脱字報告ありがとうございました。本当に助かります。
感想はこれから順次返していきます。遅れてすみません。