第八話 懐かしき人混み、殺人的混雑とは程遠く
タイトル適当でゴメンナサイ……
王都の交通網を支える大通りは民衆によって溢れかえり、パレードが円滑に進むように下級騎士や王都守備隊によって各所が通行止めされている。
それもこれもアインツヴァルド武術祭の開始を意味する本選前のパレードがあるからだ。
人の波を上手く掻き分け、要領よく前列を取ることが出来たので、俺達がいるのは最前列である。周りはほとんどが一般階級の市民達だ。
貴族や商人などの上流階級は大抵、パレードが行われる通りの宿屋を一ヶ月前から予約し、そこから眺めている。
「うわぁぁ、人、人、人……」
「四年前にも見たが、この光景には慣れねぇな」
アーシェとハンクはこの光景にうんざりしているようだ。アーシェは耳と尻尾を垂らし、早くパレードの行列が来ないかとため息を付いている。
「はぁ……なんでジロウは人に酔わないんだよ、田舎出身なんだろ、羊とか豚で慣れてるとか?」
「さぁー? なんでだろうな」
元気そうな俺を見たアーシェが不満をぶつけて来た。
(そりゃ、前の世界ではこの程度の人ごみなんて人生で何十、何百回と体験してきたからなぁ)
この王都の人ごみよりも遥かに怖い通勤・帰宅ラッシュの恐ろしさをアーシェは知らないだろう。
電車の中に押し込まれる人々、圧迫に異臭、垂れ流される音楽、一昔なんて乗車率300%超えの通称、殺人的混雑があったものだ。それらに比べればなんと心地良いことか。
(でもなんか懐かしいなぁ)
尤も懐かしいだけで好き好んで体感したくはないが――
結局、人の波に揉まれながら何十分も経ってから行列が来た。近付くにつれて歓声が大きくなるので分かりやすい。
「ほう、先頭は白銀騎士団か」
太陽の光に当てられ、白銀の鎧が輝いている。マントには剣に絡みついた薔薇の紋章、何より全員女性、間違いなく《白銀騎士団》だ。
観衆が沸き、老若男女問わずに笑っていた。そういう“俺”も笑っている。
先頭を歩く白銀騎士団の人数は百人程度、隊列の中心には赤髪のシルヴィアがいた。問題はその後――
(やはり、居やがったな)
シルヴィアの少し後にあの二人はいた。銀髪のセミロングで顔は無表情、腰にはツーハンドソードを付けている。もう一人も変わらず、細身の身体で栗色の髪を揺らし、ロングボウを持っていた。
「なぁ、銀髪でツーハンドソードを持った女性とあのロングボウを持った女性の名前分かるか?」
「クリス様とリチル様だな。クリス様は白銀騎士団の団長で、あのアルカニアの勇者の末裔、最強の肉体の一部を持っているとも言われるけど、詳細は王国でも一部の人しか知らないんだよね。リチル様は弓の名手で魔力を込めた弓を放つんだけど、100メートル離れたリンゴを正確に粉砕するんだって」
アルカニアの人気騎士団だけあって規格外だ。それにアレが勇者の末裔だったとは――
「そうか……」
二人を眺めているとリチルと目が合う。
(目が合った!! 落ち着けどうせあいつも……)
リチルの表情は一瞬固まるが、にっこりと笑いこちらに手を振る。まるで面白い物でも見つけたかのように――
「リチル様が俺に手を振ってくれたぞ!!」
「いいや、あれは俺に振ったんだ、お前に振るはずがないだろう」
「なんだと!? もう一回言ってみろ」
横で小競り合いが始まっていたが、そんなのはどうでも良い。
「ッ!?」
(あの女覚えていたのか、どこまで俺を馬鹿にすれば気が済むんだ)
結局、俺の前を通り過ぎるまでリチルと目が合い続けた。
白銀騎士団の行進は5分程度で終わり、続いてアルカニア王国の主力、《第一騎士団》や《王宮魔法団》が続く。《第一騎士団》はアルカニア王国を支えてきた騎士団だけあって生傷が痛々しい古強者が揃っていた。《王宮魔法団》はフードを被った者が多く顔が見えない。
(地味だな)
フード被ってただ歩いてるだけの根暗の大行進だ。そんなことを考えていると、一斉に杖を天に向けると魔法を放った。
「「「「炎弾よ敵を焼き尽くせ」」」」
百を超える炎弾が空に向って一斉に放たれる。まるで花火を見ているようだ。どうやら行進しながら一定間隔で空に魔法を放っているらしい。
その後、幾つもの騎士団が行進し、一時間ほどで全体のパレードが終わった。
「これで明日から武術祭本選か……」
「いいよな、本選。アタシなんて予選の決勝で負けちゃったんだよ」
力では負けないアーシェも武術祭用の戦い方が苦手らしい。
相手は熟練の傭兵で過去二度も武術祭に参加しており、武術祭用の戦い方を心得ていたそうだ。
「ジロウは接近戦も強いくせに、魔法使えるからいいよな。獣人はみんな魔法が苦手だから羨ましい」
「まあ、いいじゃねぇか、ジロウの試合のチケットは取れたんだし――本選の試合ジロウに賭けたんだから勝ってくれよ」
次の試合はなんと白銀騎士団所属の騎士だ。尤も、あの五人ではないので試合相手というだけしか興味が沸かない。
「次の試合は白銀騎士団所属のエミリー様だっけ、確か新人の中では将来有望って聞いたことあるな」
「国営の賭け屋から勝者投票券を買う時に聞いたが、エミリーはロングソードと盾を使い、基本に忠実な戦いをするが、風属性魔法で緩急のある攻撃もするそうだ」
そのまま鵜呑みにするのはどうかと思うが、参考にはなる。
「ジロウの売り文句は、剣と魔法どちらでも敵を倒せる安定した魔法剣士だったな」
「なんか短いな」
とは言え、異界の投擲術や投げナイフのことを書かれていないので、一安心だ。
「そりゃ、相手は騎士団だからな。ただ、予選のジロウの試合を見た奴は、ジロウに賭ける奴も多いそうだぞ」
「そうか……」
明日の試合が楽しみだ。空を見上げると相変わらずのアホみたいな青空だった。
《第一騎士団》がアルカニア王国の外側に対する力の象徴とすれば、《白銀騎士団》はアルカニア王国内側に対する力の象徴。国内の治安維持、不穏分子の排除、盗賊の討伐などを行うアルカニア王国の国民ならば誰もが憧れ頼る存在、それが表向きの白銀騎士団であった。
そんな白銀騎士団の活動拠点に不釣合いな足音が響く。その足音の主は、アルカニア王国の中でも弓の名手であるリチルであった。
「はぁ……眠い」
リチルは今回の王都アインツヴァルド武術祭のパレードは初参加であったが、広い王都を重装備で行進し、無駄に疲れる上に、わーわーとうるさい、一つ面白そうなことを発見したので、気分は良いが――
元々、レンジャーの出身だったリチルは儀式用の甲冑は大嫌いだ。無駄に重くて光っているので、実戦では使えないし、手入れを怠るとすぐ装備が駄目になるのが気に入らない。
軽装になり身も心も軽くなったリチルは、鼻歌まじりで自室に向っていると、通り過ぎようとした団員専用の休憩室の中に見知った人物を見つけた。
細身なリチルは束ねた栗色の髪を揺らし、パタパタと駆け寄る。
「シルヴィアー、何してんの?」
リチルがにやりとした顔で声をかけたのは、ショートカットの赤毛で、並みの男よりも遥かに大きく威圧感漂うシルヴィアだ。そんなシルヴィアが休憩室のソファーで珍しく何かの資料を見ている。
「ああ、リチルか……トーナメントの組み合わせ表を見てた」
ソファーに座ったままのシルヴィアは後ろ向きに手を伸ばし、紙に書かれたトーナメント表をリチルに見せる。
「白銀騎士団からは五人ぐらいが出るんだって?」
「団長と俺とエミリーが出る。お前も出ればよかったのに」
「えー、だってリング上じゃん。私接近戦好きじゃないからねー」
「ふん、嫌いと苦手は別だろうが」
そんなシルヴィアの一言を全く気にせず、リチルはトーナメント表を読んでいく。
「えーっと、団長は別として、シルヴィアとエミリー近いね。エミリーは一回戦のジロウ・シンドウに勝てば三回戦でシルヴィアと……げっ、エミリーの二回戦にユルゲンいるじゃん」
ユルゲンは一部の中で狂信的な人気があるが、あれが何故人気があるのかリチルにもシルヴィアにも分からない。一言でユルゲンを表すなら、色々な意味を込めて“七光り”だろう。
「エミリーがユルゲンに負けたら俺は三回戦でユルゲンと当たっちまう。たくっ、なんでトーナメントでユルゲンと当たらなくちゃいけないんだよ、めんどくさい」
心底嫌そうにシルヴィアが悪態をつくとリチルも賛同する。
「ユルゲンの鎧も技も目にくるからね。戦場じゃあいつの横にはいたくないかなぁ、蜂の巣にされちゃう……」
「ああ、そうだ。さっきのパレードで面白い人見つけたよ。シルヴィアの視界にも入ってたんじゃないかな」
「面白い人? 誰だそれ、アホのユルゲンか?」
いくら体形や顔つきが別人のようになっていても、自分がボコボコにした相手くらい覚えていないと失礼だろう、とリチルは思う。
それと同時に好奇心と騎士団の体裁のために殴ったのは、申し訳ないとも思っていた。後で控えていた市民の前、それも全裸で迫る蛮族に何もしなければ、騎士団の名に泥を塗ってしまうからだ。それでも殺すよりはマシだろう。
(あの男を連れて帰った成金は、“教育を施した後に偉大なアルカニア王国の市民にしてみせます”と言っていたけど、嘘だったんだろなぁ。さっき見たあの男の目と身体は本物だった。盗賊の掃討中だから前回は中途半端に任せちゃったけど、今度はちゃんと面倒は見ないとねー)
「ええ、違うって、まぁ、忘れちゃってるか、シルヴィア忘れっぽいし」
「殴られたいのか?」
「私そんなので殴られたら死んじゃうよ、暴力反対」
「はっ、嘘付け」
わざとらしく怯えたリチルにシルヴィアはイラッとする。リチルを殴ったら、リチルが死ぬどころかこちらの腕さえ持っていきかねない。
シルヴィアとリチルがそんなやり取りをしていると、休憩室にエミリーが入ってきた。女性の中では高い背、艶のある長い黒髪、整った容姿から、新人の中でも一番の人気とそれに伴う実力を持っている期待の新人だ。
「シルヴィア様、リチル様、パレードお疲れ様です」
「おーエミリーじゃん。今トーナメントでエミリーの話しをしてたんだよ。ユルゲンと当たるんだってね」
「はい、一回戦を勝てればの話しですが――」
「さっき見たが、相手はジロウ・シンドウだろ、名前こそ珍しいが運良く予選から上がってきたDランクの冒険者じゃないのか?」
シルヴィアは楽勝じゃないか、という顔をして言うが、その言葉に反して、エミリーは苦虫を潰したような顔になる。
「情報部からの話によると、ランクこそDですが、相手は数種類の魔法を剣技と合わせて使う高位の魔法剣士だそうです。しかも、試合での激しい打ち合い中で魔法を使用しても、息切れした様子もなく」
「低ランクでその実力となると傭兵? 他の国から流れてきたのか、いや、変わった名前から言って下手をすると他の大陸からか」
一般的に、他の大陸から来るルートは二つだけ、ローマルク帝国の内に存在し、レネディア大陸と他の大陸を結ぶ、唯一陸路の大山脈越えルート。もしく荒れ狂う海と魔物が襲い来る魔の海を渡るルートしか存在しない。
この二つを超えてくる者は、強運と実力に恵まれた者だけだ。そう考えると、このジロウ・シンドウは相当な強者かもしれない、とシルヴィアは思った。
「何はともあれ、明日には全て分かるって」
「はい、どんな相手であれ、騎士として全力で戦うまでです」
「エミリーは相変わらず堅いな」
日は沈み、本選に出る200人の一日は終わっていく。仲間に激励される者、装備を念入りに手入れする者、寝ることが出来ない者。そうして四年に一度行われる、武人達の信念がぶつかる瞬間は迫る。
朝を迎える頃、王都周辺の空は青色に晴れ渡っていた。これから行われる戦いを祝福するかのように――
また懲りずに評判の悪い三人称で書いてみました。
前回とは書き方変えたつもりです。多分……
誤字脱字報告ありがとうございました。皆さんのおかげで作品が読み易くなることができ、感謝しきれません。
また様々なご指摘を頂きましてありがとうございました。
的確な感想や指摘は小説を書くのには欠かせないものだと、個人的には考えていますので