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異世界デビューに失敗しました  作者: トルトネン
第三章 王都アインツバルド
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第七話 不愉快なピエロといかれた魔法使い

少し長めです

「今日の良き日に乾杯」


「「乾杯」」


 ハンクに合わせて俺とアーシェはグラスを掲げた。競売が無事に終わり、それを祝って飯屋に来ている。


 競売の品は大雑把に計算して火龍の鱗が450G、通信魔道具が850G、そして古代のミスリル食器は、なんと2700Gで売れたのだ。火龍の鱗と通信魔道具は壮年の貴族が、ミスリルの食器は壮年の貴族と女連れの小太りの貴族が競っていたが、最終的には小太りの貴族が勝った。


「あの西部の大貴族ゲラルトと東部の上級貴族アーヴィンの競争のおかげでボロ儲けだ。あのゲラルトの勝ち誇った顔には虫唾が走るが、馬鹿みたいに金を落としてくれたから笑いがとまらねぇな!!」


 西部地方の大貴族ゲラルト・フリードハイムの領地は海岸にも伸びており、塩田、海産物、海運など手広くやっている貴族だ。


(まぁ、物流の基盤を築いたのはゲラルトの祖先だし、特技は粗探しぐらいなんだろうな)


 競売品を競り落とし時のゲラルトの顔を思い出す。会場もしぶしぶ拍手していたが、あの顔は鳥肌ものだった。


「ゲラルト、武器とミスリルの食器には凄い食いつきだったね」


「ミスリル使えば寿命が伸びるって話があるからな、そんなに寿命を気にする暇があるんなら、弛んだ腹に気を使えばいいんだ」


「やっぱり、権力と金を手にしたものが最終的に目指すのは不老か」


 何時の世も死を悟った権力者というのは不老不死の伝説に喰らい付くものだ。この世界なら実際にありそうで困るが――


「それより、しばらくは金を使うなよ。目を付けられると面倒なことになる。ジロウやアーシェなら襲われても返り討ちにしそうだが、万が一ということもあるからな」


 強くなった俺もそうだが、元から強いアーシェでもある程度の人数に待ち伏せされたらほぼ死ぬ。それが弓や槍なら尚更だ。


「そうだね。気を付けるよ」


「ああ、分かった」


「明日にはまた王都向けの荷物を運ぶことになる。俺達がいなくなっても、食い過ぎて金を使い果たすなよ」


「流石にそんなに食えるか!!」


 馬鹿のように食費がGに消えるのは否定しないが、そんなに食えるはずがない。


「ふーん、でもジロウは訓練場の周りの飯屋に顔覚えられたんだろ。ギルドに寄るついでに訓練場近くの飯屋で食事したけど、一日6食も飯を食いに来た奴がいるって、店の亭主が言ってたし」


「……」


 アーシェの言葉に何の否定も出来ない。毎日ギルゼンやミケーレの相手をし、二人がいない時はひたすら訓練を続けているので、腹が減ってしかたないのだ。これもそれもスキルのおかげでもあり、所為なのだ。


「はは、やっぱりジロウだったね」


「だな。馬鹿でかい獣人でもないのに誰が一日そんな食べる奴がいるんだよ。ジロウしかいないだろう」


 二人は揃って机を叩いて笑っている。


 そんな二人を睨み付けエールを一気に飲み干す。この世界に来た時は、薄くて不味いエールだったが、今癒してくれるのはこいつだけだ。一気に飲み干し、木のジョッキを机に置く。


「給士さん、エールおかわり。もう樽ごと持ってきてくれ。全部飲む」


 給士さんは冗談だと思い笑っていたが、俺が真顔なのに気づき顔が引きつる。


「「ジロウ!?」」


 二人が慌てているが全部飲み干してやる。






 オークションから三週間、ついに王都アインツバルド武術祭が開催された。比較的余裕を持って作られたはずの王都が国中から集まった祭り好きによって占拠されている。


 貴族、騎士、農民身分に関係なく普段よりも煌びやかな衣服に身を包み、歳に関係なくはしゃいでいた。街中には大道芸人が曲芸を披露し、それに沸く観衆。


「さあ、盛り上がって来ました! ではでは皆さん僕と投げナイフの競争をしましょう。ルールは5本ずつのナイフをどちらが多く的に刺せているか。参加費10C、勝ったら100Cだよ」


 白いメイクで顔を隠したピエロが滑稽な動きで観衆を誘う。あれで恥ずかしくないなんて流石である。


 観衆達が自分の連れと顔を見合わせ、相談している。


(勝てるか算段しているのだろう)


「そこのマントのお兄さん。冒険者ですね♪ 僕と一勝負しましょうよ」


 たまたま最前列にいた俺はピエロに腕を掴まれてしまった。


(間近で見るとピエロ怖いな)


「いいぞ、兄ちゃんやったれ」


「そうだ。ジロウいいとこ見せろよ」


「ピエロさん頑張れ!!」


 既に俺が参加の表明をしたような空気だ。ピエロを見ると僅かににやけている。


(……この腹黒ピエロッめ!!)


「折角の祭りだ。やるか」


「いいね。そういうお兄さん大好きだよ」


 よく言うぜ。腹黒ピエロ。


「!?」


 一瞬濃厚な殺気を感じ振り返るが、そこにはアーシェとハンクしかいない。


(何だ今の)


 気のせいかとピエロに向き直すと、既にピエロはナイフを投げる線まで移動していた。


「おりゃ」


 ピエロは決められた線までいき、小さな的目掛けてナイフを投げる。だが、ナイフは的の外側ぎりぎりに外れる。正確にはピエロがギリギリで外した。


「「「ああ、惜しい」」」


(この野郎、わざと下手糞のふりをしてやがる。観衆からがっぽり稼ぐつもりだな)


 だが余裕があるのはそこまでだ。


 異界の投擲術の使い方をいろいろ試したが、魔力を使わなければ“ただの”最上級の投擲スキルに変わる。


 最小限のモーションで、それでいて力強く投げられた投げナイフは、的の中心に数ミリの狂いも無く突き刺さる。


 観衆は一瞬静まり返り、沸いた。


「おお、すげぁ」


「ジロウ、えげつない」


「ああ、えげつねぇな」


 一部否定的な声が聞こえたがそんなものは幻聴だ。


 俺は付けていたマントを外すと下からは八本の投げナイフが出てくる。


「げっ」


 劣勢を悟ったピエロが可愛らしい声で鳴いたではないか。続けてピエロが涙目で睨み付けてくるがそんなものは関係ないのだ。


 その後、俺は三本のナイフを投げ全て的に刺さった。ピエロも全て刺したが最初の一本は致命的だ。


「困ったなー」


 ピエロの五投目、ナイフは吸い込まれるように的に向うと、俺の中央に刺さった三本の投げナイフを弾いた。


「は?」


「ああ、手が滑っちゃった。えへ」


 わざとらしくポーズをとっているが確実に故意だ。この腹黒ピエロが……


「そんなのありかよ!?」


「手が滑ったなら仕方ないな」


「最後まで刺さっていた方が勝ちだから、ルール違反ではないな」


「そうだ。引っ込めジロウ!!」


 俺は無言でナイフを見つめる。


「最後まで刺さっていれば勝ちか……」


 そんな俺の意図に気づいたのかアーシェとハンクが慌てだした。


「ジロウ、街中であれを使う気!?」


「落ち着けジロウ。一日臭い飯を食べる破目になるぞ」


「えっ? えっ?」


 ピエロもそんな様子を見て、何かやばいものを使う気かと慌てている。


「チッ」


 仕方ないので普通に的にナイフを刺し、俺の負けが確定した。


「まいどありー」


 最後まで腹立たしい奴だ……。





 トーナメントの予選会場はいくつかの会場があり、その中の一つに指定されているのが慣れ親しんだ訓練場だ。いつもなら広い敷地は板や石で区切られているが、取り払われている。予選は入場料が安いということもあり、人で溢れかえっていた。


 ハンクとアーシェは別の会場だったので、既に別れている。



 リング上には三人しかいない。俺と審判、対戦相手の槍使いだ。背丈は平均、体格も平均。だがこの槍を持った雰囲気は明らかに実戦慣れしている。


(冒険者、いや傭兵か)


「ルールは一本勝負、武器は刃を殺したアルカニア王国が提供した物のみ。10秒ダウン、リングアウト、二人の審判が致死攻撃と判断したら負けだ。武人として何があっても恨むのは無しだ」


「二人とも準備はいいか?」


「ああ、大丈夫だ」


「……問題ない」


 槍使いは下段の若干斜めに槍を構え。俺はバスタードソードを右手で持ち、左手で投げナイフを持つ。


 待ちきれないとばかりに観客がざわつき出した。


 ゆっくりと審判のカウントダウンが始まる。俺は詠唱を静かに素早く唱え、集中する。


「3、2、1、試合始め」


 下段斜めに構えそのままに槍使いは一気に飛び込んでくる。


(左手の投げナイフには注意を払っているようだが――こっちはどうだ)


炎弾よ敵を焼き尽くせ(ファイアーボール)


 俺は投げナイフを捨てると、いきなり最大火力でファイアーボールを地面に放った。咄嗟のことに槍使いの顔は驚き一色に染まる。


 地面に当たったファイアーボールは槍使いの身体を飲み込もうとするが、槍使いは咄嗟に横に転がりダメージを軽減することに成功していた。それでも火は未だに纏わり付いているし、かなりのダメージを負ったはずだ。


 火を消す暇すら与えず、中段の構えから一気に間合いを詰める。槍使いは火が付いたのも無視して俺に突きを繰り出す。


 突き自体は鋭いが火傷の影響と火が付いているからか、かなり軽い。剣で矛先を弾き、そのまま剣の腹で槍を押さえつけて、切り込もうとするが流石にそれは許してくれなかった。


 槍を素早く引き戻し、短く持つと再び突きを繰り出す。半歩ずれて槍を避けるが、そんな俺の動作の間に槍使いは間合いを空けようとする。


(させるか)


 踏み込む俺に対し、槍使いは突きを繰り出すが、その攻撃はもうさっき見た。それに完全にこちらの間合いだ。


 両手で持ったバスタードソードで迫る矛先を強引に切り上げ、手首を返し、槍の先端三分の一を叩き折る。


 槍の先端は宙を舞うが、それでも槍使いは片手で槍を反転させると、石突で俺の頭部目掛け殴り込んできた。


 そんな槍使いの一撃より早く、俺は槍使いのわき腹目掛け水平にバスタードソードを振る。真剣ではないので切れることはないが、肋骨辺りからバキャという音が聞こえた。


 そのまま上段にバスタードソードを持ち替え、首に突きつけようとするが審判に試合を止められた。


「そこまで!! 勝者ジロウ・シンドウ」


 その合図を聞いた俺は剣を下ろす、槍使いも矜持があるのか、手を貸そうとする審判を断っている。


「あッ、あの一撃効いたぞ。まさか魔法剣士とはな。次も頑張れ」


「ああ、楽しかったぞ。ありがとう」


 そのまま槍使いは治療魔術師に連れられ医務室へと向かって行った。


 二回戦の相手は棄権、一回戦で対戦相手と酷い試合をしたため、戦える状態ではないらしい。


 三回戦の相手は同じDランクの冒険者で、ファイアーボールを避けれず火達磨になってしまった。回復魔法でほとんど跡は残らないらしいが、あえて一部残すらしい。王都アインツバルド武術祭で負傷した怪我となれば、箔がつくそうだ。


 四回戦の相手は、魔法使い(ウィザード)のはずなのだが……


 目の前に立つのは、か細い魔法使いではなく筋骨隆々の身長2メートル越えた戦士であった。持つ武器はロッドとは信じがたい鉄柱の塊だ。だぼっとした服装にマントを付けているので、余計に大きく見える。


 集まった膨大な観客達もあれが魔法使いだと、信じられないようだ。本選出場者が決まる試合とは言え、ざわつきが尋常ではない。


「君が対戦相手か、素晴らしい。濃縮された良い筋肉をしているね」


「ああ……それなりに鍛えてるからな」


「君とは良い肉弾戦が出来そうだ。あとは身体で語るとしよう」


(本当にこいつは魔法使いなのか!?)


 どう見ても戦士職の極みにしか見えない。こうなったら初動の魔法で押し切る。


「3、2、1、試合始め」


炎弾よ敵を焼き尽くせ(ファイアーボール)


炎弾よ敵を焼き尽くせ(ファイアーボール)


 二つの火球がリング中央でぶつかり大爆発した。リング中央部では火炎が踊る。威力は俺の方が上だが、魔法石無しならばほぼ互角。


「綺麗な炎だ。燃えるね!!」


 燃え盛る炎をマントを盾に乗り越えてきた。


(こいつ、魔法戦士じゃねぇか!?)


「はぁああああ」


 振りかざされた鉄製のロッドは撓りながら俺に迫る。バッグステップで避けた瞬間、地面が爆ぜた。


(力も獣人並みか、こんな魔法使いは嫌だな!!)


 続けざまに突きが迫る。


(まともに受けたら剣が折れる。流せるか)


 迫るロッドにバスタードソードを合流させ、攻撃を剣の腹で流す。会場に金属の擦れる高音が響く。


「良い音色だ」


 懐に入った俺は突きを繰り出すが、ロッド下部で弾かれる。


 魔法使いが攻めれば俺が受け流し、俺が攻めれば魔法使いが弾く、そんな攻防が二十秒の間に何度も繰り返される。


 そんなリズムを崩したのは俺だ。


炎よ、我が壁となれ(ファイアーウォール)


 魔法使いの上に重なるように出されたファイアーウォールは魔法使いの一部を焼くが、仕留め切れなかった。だがそれも織り込み済み。


 ファイアーウォールに対して、斜めに飛んだ魔法使いに対し、俺は全力で下段からすくい上げるように切りつけた。バスタードソードには手ごたえがあったが――


(鎖!?)


 右手の手甲に鎖が巻いてあり、それでバスタードソードが受け止められていた。


「良い切り札だ。でも足りないよ」


 片手で振られたロッドが俺に迫る。強引にバスタードソードで受け止めるが、強烈な一撃に手が痺れ、剣が歪む。


一撃で歪んでしまったバスタードソードでそのまま打ち合いに戻るが、歪んだ剣では正確に打ち込むことも防ぐことも難しい。明らかに防戦一方だ。


(強い、このままじゃ負ける)


 十度目の打ち合いの後、打ち下ろされたロッドでバスタードソードが床に叩きつけられる。


 慌てて指を開いた左手を前に、右手を握りファイティングポーズを取るが、このオーガのような魔法使いを相手にするのは不可能だろう。


「楽しかったぞ!!」 


 そういって満面の笑みでロッドを振って来た。武器を持たない相手に必殺の一撃、素直な奴だ。


 詠唱は既に完了しているのに――


水弾よ敵を薙ぎ払え(ウォーターボール)


 魔法使いの足に向けられた左手から水球が発射されると、軸足に命中し、ロッドを振りかけていたということもあり、倒れかける。


「グゥッ!?」


 手をついて起き上がろうとする魔法使いの顎に蹴りを入れ、そのまま押し倒す。抜いていたナイフを喉に突きつけ、試合は終了した。


「そこまで、勝者ジロウ・シンドウ」


 静まり返っていた観客が一斉に歓声を上げる。そして俺の息も上がっていた。詠唱しながら全力で戦うと息が10分も持たない。


「大丈夫か?」


 倒れた魔法使いに声をかけるとすんなりと起き上がった。


「ウォーターボールも使えたのか、血肉が踊る良い試合だった」


「ああ、楽しかったよ」


 硬い握手を交わし、俺はリングを降りる。


「はぁ――」


(あれが決まらなかったら異界の投擲術(特殊投擲術)を使うところだった)


 あれは本選での切り札だ。あいつらに目に物を言わせてやるための――


(待ってろよ、今やっと同じ所まで来たぞ)


 拳を握り締め一人で笑う。空を見上げると、何時も通りのアホみたいな青空だった。

前から書こうと思っていたキャラを書いて見ました。次からは本選、間に他の話しを挿むかもしれませんが


ルミネルテさん、GⅣさん、河童さん誤字脱字報告ありがとうございました

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