第六話 オークション
「試合、始め」
既に聞き慣れたギルゼンの低い声の合図で、模擬戦は始まった。開始の合図と共に俺とミケーレは一気に間合いを詰める。
「炎弾よ敵を焼き尽くせ」
踏み込んできたミケーレに対し、事前に詠唱したファイアーボールを付けて放つが、予備動作からか、ミケーレはあっさりと左に回避する。
ただ、回避されるのは織り込み済みだ。角度を付けて放たれたファイアーボールは土で出来た訓練場の床に衝突すると激しく炎上する。
(かかったな)
わざと右寄りにファイアーボールを打ち込んでいたため、ミケーレが回避する先は、空中は論外だとして後か左だ。そこにバスタードソードを振る。
両手でしっかりと握ったバスタードソードをミケーレ目掛け横に振り抜く。剣速、剣圧ともに軽装のミケーレがガードしきれるものではない。ましてや移動地点を読んでいるのだ。
(避けきれないだろ、どうする)
刀身がミケーレに迫る中、突風が俺に降りかかる。
「風よ敵を置去りにしろ」
(そう来たか)
魔法によって急加速したミケーレは一気に俺の左側に抜ける。行きがけの駄賃とばかりにすれ違い様に右のロングソードを喉に、左のロングソードを足に振ってきた。
バーストは直線状にしか移動出来ず、それも連続しては使いにくい魔法だ。横に大きく跳躍することで避けることが出来た。
(問題は追撃か)
ミケーレは既に間合いを詰めてきていた。迎撃と牽制目的にバスタードソードを軽く振るが、ミケーレは左のロングソードを突き出しバスタードソードにぶつけ、予定された軌道を強引に崩す。
ガードしきれてはいないが、当たりもしない。ミケーレは僅かにずれたバスタードソードの攻撃を巧みに回避したのだ。
そして二刀流の攻守は同時に行われる。腕の影を利用して右のロングソードが足を狙っている軽くステップしたことにより回避することは出来たが、その隙を利用して、ミケーレは切りかかってくる。
間合いの長いバスタードソードを右手でミケーレに振り抜くと、その場でミケーレはバックステップし、踏み込み直して左のロングソードで突きを繰り出してきた。
肩を入れ、重心の移動を利用して繰り出される突きはリーチが長く重い。剣の腹でロングソードの突きを逸らすが、今度は空いている左が繰り出される。
(二刀流はこれがやっかいだ)
それでも幾度と無く攻守が繰り返されるが、どちらも決め手がない。そんな中、ミケーレは勝負に出てきた。
「風よ敵を置去りにしろ」
「炎よ、我が壁となれ」
バーストを利用したノーモーションからの突き、何度かこれにやられている俺は、いくつかの対抗策を編み出している。その中の一つがファイアーウォールだ。直線状にしか移動できないバーストは、このままファイアーウォールに突っ込むしかない。
(これで焼きミケーレの完成、横!?)
炎壁の左から人影が現れた。
(斜めに使ったのか)
ここ数日で、俺のファイアーウォールを何度か直撃したミケーレは、俺の防御魔法を読んでいたようだ。
加速を利用した強烈な踏み込みから炎壁の裏の俺に攻撃を繰り出す。
辛うじて防ぐが、完全にミケーレの得意な間合いだ。繰り返される斬撃の前に体勢を立て直すことが出来ない。一手、二手遅れる中、致命的なミスをしてしまった。
右手で振り下げたバスタードソードを左のロングソードで押さえつけられ、右のロングソードが首に迫る。
「貰った!!」
ミケーレは勝ち誇った顔をしていた。だが、俺のにやける顔と左手の位置から青ざめる。
(もう遅い!!)
「風よ敵を……」
「水弾よ敵を薙ぎ払え」
ミケーレの足に向けられた左手から水球が発射されると、ミケーレの足を絡め取り、地面に倒す。
「お仕舞いだな」
「そこまでだ」
俺が倒れて水浸しになったミケーレに剣を突き出し、模擬戦は俺の勝ちになった。
「うわー、マジかよ。服が水浸しじゃねぇか、俺、この後デートなんだぜ。ジロウわざとウォーターボール使っただろう」
「そんなの知るか」
本当は知っていたが、別に嫌がらせでやった訳では……ないと思う?
「しかし、よく息切れしないで戦闘が続くな」
少し離れた位置で見ていたギルゼンも近寄ってきた。
「ほんとだよ、普通は詠唱しながら全力で戦ったら二分も持たないぜ。剣技だけなら俺達の方が対戦成績は良いが、魔法を使われると一気に離されるな」
ギルゼン達と打ち合いを始め、最初は詠唱をして直ぐに息が切れたが、今ではかなり持つようになった。これも昼夜問わず訓練場に入り浸っている成果だろう。
「ミケーレはバーストが使えるからいいだろう。俺なんてハルバードしか使えないんだ」
(あれだけハルバードを使えれば十分だと思うがな……)
「それじゃ、今日はこれで解散か、ジロウは今日の夕方オークションだろ」
「ああ、これから宿に戻って仲間と合流だ」
(あれから模擬を続け一週間か、早いもんだなぁ)
魔法有りなら勝率は俺の方が上だが、剣技だけなら勝率はかなり低い。それこそギルゼンやミケーレに勝つのは4回に1回程度だ。
「良い値段付いたら飯ぐらい奢れよ、じゃ、時間ないから俺行くわ」
「俺も買い物がある。また会おう」
そう言って二人は訓練場の外へと歩き出す。
「俺も行くか」
人が集まるところに行くのだから今日は宿の風呂を使わせてもらおう。
(石鹸もそろそろ買わないとなぁ)
すっかり歩き慣れた道を歩き、宿へと戻っていく。何時も通りのアホみたいな青空だ。
「よぉ、元気にしてたか」
「ジロウ久しぶりー」
風呂から上がり、軽い昼食を取っていると、待ち合わせ通りにハンクとアーシェがやってきた。二人とも一週間前と何も変わっていない。
「ああ、元気だよ、商売はどうだった?」
「治安も良いし、良い稼ぎだった」
人が集まれば犯罪も起きると言われているが、守備隊や騎士団が増援される中、流石に荷馬車を襲う馬鹿はいないようだ。
「はい、お土産」
そう言ってアーシェが手渡してきたのはニ本の硝子のボトルだ。大きさは500mlペットボトルくらいか。
「ありがとう。酒か?」
「うん、立ち寄った村の特産品だってさ」
小さいボトルに入れられた酒は、実に飲み応えがありそうだ。
「ああ、そうだ。今日の夕方から競売だが、服装はこのままでいいのか?」
偏見だが、個人的にオークションと言えばスーツや高級服に身を包んだお金持ちが競合いをしている姿が浮かんでくる。そこにこの格好で行っていいものか
「その様子なら風呂に入ったんだろう? なら大丈夫だ。前説明でダンジョンの出土品なのは買い手も知っているから冒険者の格好で問題ないぞ。ただ武器になりそうな刃物類はフロントに預けることになっているからそこだけ気をつけろ」
確かに、冒険者の格好の方が品物がいかにも迷宮から出土したように見えるだろう。
「確か、出品者専用のスペースで競売を見れるんだよな」
「ああ、オークションに参加したければ出来るぞ。ただ高額な物しか競売に出ないからまず競り落とせないな」
「とりあえず飯にしようよ、マスター同じの頂戴、ハンクもジロウと同じでいいよね?」
「おう」
アーシェが席に座り、注文を聞きに来た亭主に料理を告げる。
「飯を食い終わったら風呂に入って、オークションハウスに行くとしよう」
「やっと受付が終わったか」
「全く、ジロウは色々物を持ちすぎ。剣は分かるけど、投げナイフ何本持って来てるんだよ」
そう、受付で予想外に時間を使ってしまったのだ。しかも、ハンクやアーシェは女性の守衛なのに、俺だけ筋肉ムキムキのマッチョマンの守衛達がよってたかって俺の体を念入りに何度も調べるのだ。こんなことなら装備を置いてくれば良かった。鳥肌が尋常ではない。
「……八本くらい」
どうもナイフを複数持ち歩かないと落ち着かないというか、なんというか。受付に預けるからということで持ってきてしまったのだ。
「そういうこと言ってるんじゃないんだけどな、で、席ってどの辺なんだ?」
そういうとアーシェは耳を動かしキョロキョロしている。
周りは女連れの貴族やら金持ちやらでごった返していた。例外は競売の運営側と同業者の冒険者ぐらいだ。
この実際に競売を行う会場は、中央の品物を見せるステージを中心に段々と扇形に広がっている。大きさはかなりのもので、数百人以上は入れるだろう。オペラ会場に似てなくも無い。
「出品者は左の前列だ。自分の出品物が出たら立つ事になってるからな」
ハンクの言った通りに人ごみの中を進んでいくと、肩身が狭そうに冒険者や商人の一段が固まっていた。どうやら彼らも競売の出品者のようだ。
指定された席に座り、大人しくしていると競売が始まった。
「紳士淑女の皆様、お忙しい中、オークションハウスにようこそいらっしゃいました。四年に一度の王都アインツバルド武術祭前ということもあり、本日は良品ばかりであります。どうぞ楽しい競売の時間をお過ごし下さい。それでは競売開始します」
「本日最初の競売品はこちら、冒険者のバルズ様が持ち込んだ、今は欠番の十刀匠の第六位が打った剣です」
冒険者が立つと会場から生暖かい拍手が送られる。その後、競売の品が運び込まれて来た。
台車に乗せられ持ってこられたのは長さ120センチ程の剣だ。装飾が無駄に凝っており、儀式用の色が強い。
「ミスリルとアダマンタイトなどの合金で作られたこの剣の切れ味は凄まじく、騎士団がオーガ討伐の際に一撃でオーガの首を落とした名刀でございます、競売価格は500Gから開始。それでは競売を始めます」
「550G」
「750Gだ」
「ふん、1050G出すぞ」
「なら私は――」
でっぷりと肥えた商人や女を何人も連れた貴族などが声を上げ競い合い、次々と競売の値段が上がっていく。その顔は体形に関係せず皆凛々しい。
「うわー、凄いね。ここ」
「そうだな。最初からこれか」
直ぐに並みの冒険者が10年、20年かけて得られる金額になってしまった。
「このオークションは欲しい品物を手に入れる以外にもう一つ意味があるんだよ。それはな自分の経済力を他のものに示すことだ、そうやって金持ち同士の交友を広げていく」
確かにハンクの言うとおり、連絡網や移動が限られるこの世界では、名を広めるには絶好の機会なのだろう。
「いやー、競り負けてしまいました」
「全くですな!」
言葉の割りに、悔しそうどころか楽しそうなのが微妙に腹が立つ。
そうこう競売が進んでいき、俺達が出品した品物の番になった。
「次の品は、冒険者ジロウ様とアーシェ様が持ち込んだ品です」
これまでの冒険者と同じく起立すると、会場からはやる気の無い拍手と嘗め回すような視線が送られてくる。
「なんとこれから三品はジロウ様とアーシェ様の持込みです」
「三品はリュブリスの迷宮から出土した物で、ジロウ様達は強力なイレギュラーモンスターを倒し、これらの品物を手に入れました。一つ目は百年前に龍の巣から現れ、ローマルク帝国に討伐された火龍の鱗。二つめはロストマジックで作られた通信用の魔道具の核。そして三つ目はなんと古代アルカニア王国時代に作られた高純度のミスリル食器でございます」
「「「おぉ!!」」」
「目の肥えた皆様に詳しい説明は不要でしょう。では“競売”をお楽しみ下さい」
返事は競り落とそうとする客の怒号によって返された。