第五話 突く、斬る、叩く、引っ掛ける
俺目掛けて上段から迫るロングソードの刃を両手に持ち替えたバスタードソードで叩く。恐らく上段はフェイントだ。俺が弾くかガードの動作に入った瞬間に手首を返し、途中で胴か足に軌道を変えるつもりだったのだろう。
「ッ……!!」
続けざまに小さくバスタードソードを振ると、相手は後にステップし、回避と体勢を整えようとする。だが、その動きは致命的に遅い。
相手が後に飛ぶのと俺が前向きに駆けるのでは断然俺の方が速いのだから、ましてや山を駆けずり回る脚力を舐めてもらっては困る。
追撃する俺に着地した相手は、急に前に踏み込み突きを繰り出す。だがその突きも折込積みだ。そして読める突きほど怖くないものはない。
バスタードソードの腹で左上に突きを逸らし、そのままの勢いで手首に叩きつける。剣圧に耐え切れなかった相手はロングソードを落とした。
そして俺はそのままバスタードソードを水平に振り、首元で止めた。
「……俺の負けだ」
訓練場の教官は両手を上げて降参した。
アーシェと別れた後に王都の訓練場に来ているのだが、王都では人気の教官は事前に予約しなければ訓練できないらしく、俺の相手をしているのは新人の教官だ。数回打ち合っているが全て俺の勝ちで決着が付いている。
「君は本当にDランクの冒険者なのか? それだけの剣技でDランクは異常だ。悪いが、もう終わりにしよう。俺じゃ相手にならないし、仕事としてGを貰う訳にもいかない」
相手の若い教官は、うな垂れながら言う。しかしそれでは俺が困る。トーナメントの時期だからか中堅の教官すら出払っており、残っている中で彼が一番なのだが――
結局、お金を払うことなく、訓練が終了してしまった。
「参ったな」
訓練場のエントランスで椅子に座り、これからのことを考えるが良い案が浮かばない。訓練場は自分の実力にあった教官は出払っている。かと言って王都周辺には冒険者が入ることが出来る迷宮もなければ、魔物の討伐も治安の良さからほとんどない。
(警護や地方向けの馬車護衛だけは多いが、どちらも条件から言って無理だろう)
そう考えると未到達地域からの魔物、リュブリスダンジョン、経験豊かな実力者が揃うリュブリスは危険も大きいが、冒険者が効率良く経験を積むには最適な場所だったわけだ。
(今からリュブリスに帰っても往復12日から14日はかかるよな。それにオークションもある。はっきり言って時間の無駄だ。どうする)
「はぁ、考える時間が勿体無いか、よし、地下の魔法演習場でぶっ放すか!!」
受付で料金を払い、使用許可のカードを貰う。訓練場の地上では剣や槍などの近接武器の訓練がメインで、地下は中遠距離、弓や魔法などの訓練に使われていた。特に魔法演習場は魔法耐性の強い石壁や金属が使われているので、上級クラスの放出系魔法ならびくともしないらしい。
尤も、高価な金属が使われるのにはもう一つ理由があり、魔力に接する機会が多い金属は、良質な武器の材料になりやすい。なので、場所を格安で提供し、上質な素材も作って貰おう、という冒険者ギルドの魂胆なのだ。流石商人汚い。
王都だけあって魔法使いも多く、的に向って魔法を放っている。覚えやすいファイアーボール系は勿論、アイスランスやファイアーランス、中にはゴーレムを作って動く的にしている組までいた。
俺は的当て用に引かれた線まで向かい、詠唱を開始する。魔法のスキルはランクが上がれば上がるほど威力が上がり、詠唱短縮が出来る。先日のスライム大虐殺で、俺の火属性魔法は中級火属性魔法Aまで上がっていた。それに加えてあの魔法石がある。
俺の格好で魔法を使うのが珍しいのか、数人がこちらを見ている。
「炎弾よ敵を焼き尽くせ」
圧縮された魔力がファイアーボールに変換され、俺の手から放たれる。特大サイズの最高出力だ。
ファイアーボールは轟音を立てながら的を飲み込むと、土で作られたはずの的を燃え上がらせる。
「おぉ」
「あの威力、上級か」
本当は魔法石で底上げしているのだが、わざわざ言う必要もないだろう。
(周りに火が燃え移ったな……)
火事になることはないが、火は消しておいた方がいいだろう。俺は再び詠唱を始める。
「水弾よ敵を薙ぎ払え」
俺の手から放たれたウォーターボールは延焼地点に当たると、水蒸気を発生させながら火を消していく。
(魔法石もそうだが、ファイアーボールばかり使っているから、ウォーターボールと比べてどうしても差が出るな……)
魔物相手だと、どうしても火力を優先するので、ウォーターボールの使用率は低い。魔法は実戦でなければスキルが上達し辛いのだ。
けれど、水属性は実戦以外では最も望ましい属性魔法だ。
水属性のいるパーティは、飲み水の確保や洗浄水にも困らず、長期間の待ち伏せが可能だ。長期間の狩りや戦闘を行う場合、回復魔法と水属性魔法を使うマジックユーザーがいることが必須とも言われている。
(投擲魔法は……止めておくか)
投げて拾う手間と費用を考えると、スローイングナイフを投げる気にはならない。
再びファイアーボールの詠唱を始めようとしたとき、後に気配を感じた。振り返ると二人の男が立っている。
「よお、アンタ、さっき上で教官と戦ってたよな」
話しかけてきた男は体つきが華奢で、服はだらしなく、それでいて着こなしている。そう、現代風に言えばちゃらい感じの男が話しかけてきた。この世界では男はあまり付けないピアスまで付けている。完全にチャラ男だ。
「ああ、そうだが」
「さっき新米の教官困らしてただろ」
「好きで困らしてた訳じゃない。訓練をしようと思ったら――」
「弱すぎて相手にならなかった、だよな」
(露骨に言う奴だな……)
こういう奴は面倒な奴が多いのでスルーした方が良さそうだ。
「ああ、悪い。喧嘩を売りに来た訳じゃないんだ。ただ、暇そうだからさ、俺達と戦わないかなーて」
喧嘩はしないのに、戦いはしたいって……つまり喧嘩売りに来たんじゃない。
俺の残念な人を見る目つきに気付いたのか、大柄の男が喋りだした。
「すまない。連れは頭が弱いんだ。悪気がある訳ではないから許してやってくれ」
「なんだとギルゼン!!」
線の細い若者が自分より頭一つ大きい相手に絡む様は、コントを見ているようでなんとも笑えてくる。
「俺はギルゼン、こいつはミケーレだ。君の名前は」
丁寧に来られたら名前ぐらいは言わなくてはいけないだろう。
「……ジロウだ」
「もし暇なら俺達と手合わせ願いたい。見させてもらったがジロウは剣技と魔法を使いこなす魔法剣士に見えた。それにその技量だ。トーナメントに出るのでは?」
「ああ、魔法剣士だ。トーナメントにも出るが」
「俺達もトーナメントに出る。騎士団や冒険者は魔法を使う者が多い。そこでトーナメントが始まるまでジロウにはその相手をして貰いたい。勿論Gは払わせてもらう。前回のトーナメントにも俺とミケーレは参加している。だから多少は助言が出来ると思うが」
正直、こんな美味しい話があると逆に怪しい。それとも剣と魔法を両立させるマジックユーザーはそんなに少ないのだろうか
「後悔はさせないぜ、これでも俺達はヴァンガードの構成員でBランクの冒険者だ」
ヴァンガードと言えば、大国の小競り合いや内戦などが起きるときに必ず顔を出すといわれる対人戦に特化した傭兵クランだ。この手のクランには珍しく、黒い噂が少ないので、雇い主からも扱いやすく好まれている。
「先に一戦してから決めてもいいか」
「ああ、俺は構わない。言葉で語るよりも戦いで語った方が冒険者同士早いだろう」
対峙しているのはハルバートを構えるギルゼンだ。大柄の身体もあって普段戦う相手よりも遥かに間合いが遠い。訓練場で貸し出されている刃を殺したハルバードとは言え、その威圧感に凄まじい。
(Bランクてのは、嘘ではないな)
俺も借りたバスタードソードを構え対峙する。
「それじゃ開始」
ミケーレが片手を下げ、試合が始まった。
開始の合図と共にギルゼンは踏み込んできた。ハルバードの刃が迫るがやはり間合いが遠い。数度繰り返される突きを剣で逸らすが、一撃一撃が早い。
(通常の槍に比べかなり重いはずだが、この突きの鋭さ。本物だ)
こちらが間合いを詰めようとすれば槍で牽制され、近付くことが出来ない。それでも数度続く突きで目がなれた俺は踏み込むことに成功するが、あっさり後退され再び間合いを保たれる。
(深い!?)
数度目の突きが深めに入った時ハルバードの柄が回り、鉤爪の部分がバスタードソードに絡みつくと、そのままバスタードソードを俺の手から引き込もうとする。
(させるか)
バスタードソードに力を込め、手前に引こうとするハルバードの矛先を強引に右になぎ払う。そのまま懐に潜り込み、ギルゼンの顔目掛け突きを繰り出す。
ギルゼンはサイドステップして避ける。そのまま追撃を掛けようとしたが、飛びながらハルバートを短く持ち直し、斧の部分を叩きつけられた。辛うじてガードするが、そのまま体勢を崩してしまう。
(この衝撃、スキルで強化された一撃か!? 避けきれない)
体勢が崩れたまま連続の突きを繰り出され、一撃を貰ってしまった。痛さよりも先に驚きが襲ってくる。
「ハルバードは初めて見たが、凄いな。ここまで変幻自在とは」
「ハルバード一つで斬る、突く、引っ掛ける、叩くと言った動作が出来る優れた武器だ。騎士団や傭兵団も見た目と機能を重視してハルバードを使う者は多いぞ」
「それでどうするんだ」
試合が終わったミケーレも近付いてきた。
トーナメントでハルバードを相手にしていたなら、今回のようにその独特な攻撃と間合いに後手に回っていたのはまず間違いは無い。トーナメント前にギルゼンと戦えて本当に良かった。
「訓練の件、受けるよ。寧ろこっちからお願いしたいくらいだ」
「よし、それじゃこれからよろしくな。じゃ、早速俺とも試合やろうぜ。剣技だけと魔法有りどっちもやりたいからさ。それともちょっと休憩してからにするか?」
ミケーレは二刀流なのか、借りてきた二本の剣をブンブンと振り回している。
「いや“俺の休憩”は必要ないよ」
ミケーレとギルゼンは俺の言葉に首を捻っていたが、二人がその意味に気付くのは、もう少し後のことだろう。
イギリス海軍の戦艦ヴァンガードいいですよね。
イギリス海軍の戦艦の歴代で最も総合能力が優れていて使いやすそうです。
旧式の砲でいささか火力不足ですが、個人的には余っている砲塔を流用して、早く安く作っているのが好きですね