第四話 記憶と決意
「説明は以上です。では、これから6日間、競売品の展示を公開、そして7日目にオークションに出品となります。入場の際にはこのカードを提出してください」
「わかりました。ではよろしくお願いします」
王都で最大の高額商品の競売品を扱うオークションハウスに訪れた俺達は、競売の接客係に出品の手順と案内をされていた。
ハンクに手渡されたのは金の細工が施された名刺サイズほどのカードだ。ギルドカードに酷似していることから、同様の物なのだろう。
「鑑定士からの鑑定結果を聞きましたが、どれも素晴らしい一品ばかりですね」
初持込み、それもC・Dランクの冒険者ということで胡散臭く見られていた。
それが品物を見せた瞬間に受付の顔が変わり、オークションハウスお抱えの上級鑑定士と専門の接客係がやってきて、今は個室でお茶や菓子が出てもてなされている。
「火龍の鱗と魔道具は人気商品ですから、適正価格ですぐ落札されます。問題は、ミスリルの食器の方で、実用性と希少性もさることながら、歴史的価値が非常に高い為、収集家の方々の激しい落札競争でいくらになるか見当も付きません。これほど貴重な品と言うと、やはり迷宮からの出土品ですか?」
ミスリルの食器と言えば、寿命が伸びるという話もあり、貴族や王族がこぞって食事に使うものだ。その他にも腕輪や指輪などにも使われている。尤も効果のほどは怪しいものだが――
「ええ、そうです。二人がリュブリスの迷宮から持ち帰った物です。アーシェとジロウはランクはまだC・Dランクの冒険者ですが、二人ともかなりやり手の冒険者ですよ。何せ、イレギュラーモンスターを倒したそうですから」
「イレギュラーモンスターをですか それは凄い。そうなると三週間後のトーナメントにも参加を?」
「そう言えば、聞いていなかったな」
接客係とハンクは話しを中断してこっちを見る。
「いやぁ、まだ登録もしてないから、出ようとは思うけど登録料を考えるとね。騎士団や上位冒険者と戦えるのは嬉しいんだけど、ジロウはどうするんだ」
「一応出て見ようと思ってる。四年に一度だし、話の種にもなるだろうから」
そうして接客係と十分ほど雑談をしたあと、俺達はオークションハウスを後にした。勿論お茶とお菓子は全部食べた後だが
「競売の展示に間に合ったから一安心だ。今日が最後の締め切りだったから危なかったぜ。時期もいいし楽しみだな」
「時期って言うとお祭りだよな。落札人が多くなるからか?」
今月は、王都で四年に一回の祭りが開催され、観光客や地方の貴族が押し寄せてくるので、競売が盛り上がるのかもしれない。
「それもあるんだが、普段のオークションだと審査や手続きがもっと面倒なんだよ。だが、王都で武道大会があると客も増えれば持ち込み品も増える。だから条件が緩和されオークションに持込み易いんだ」
そんな理由があったとは、そこまで考えていなかった。世の中上手く回っているものだ。
「で、トーナメントはいつ登録する。締め切り今週までだよ」
「トーナメントはどこで登録するものなんだ」
「色々あるけど、私達は冒険者ギルドかな。昨日ギルドカードの変更手続きしたでしょ。あそこでだね」
普通の冒険者は活動拠点から一番近いギルドハウスに活動登録をする。そうしなければルーべのような緊急性の高い仕事以外はクエストを貰えず、正規の仕事が出来ないのだ。それに冒険者ギルドの支援もないので、真っ当な冒険者なら活動登録をしない利点は何もない。
(活動登録は残るらしいから、冒険者の監視や追跡の際にも使うのだろうな)
「登録料が2Gもするから中堅以下の冒険者や下級の兵士は出ないだろうね。騎士団は面子もあるから本選シードに選ばれた精鋭しか出さないだろうし」
そりゃ、大衆の面前、それも予選で負けてしまったら騎士団の権威に関わるだろう。
「そうなのか、本選って何人出れるんだ」
「んー毎年違うんだけど、最低200人かなぁ、予選は1000人ぐらい集まるだろうね。そこから大体100人が本選に混じって戦う、てな感じ。予選は何グループに分かれるから結構運頼みなんだよね」
本選に出れる確率は10人に1人の割合か
「人口に比べて1000人て多いんだか少ないんだか」
「一般市民はまず出ないだろうし、妥当だろうな。騎士団や守備隊は王都の治安維持や警邏しているからな。そいつらまで試合に出てたら規模が一気に膨らんでいただろう。試合見たさに毎回警備の押し付け合いが始まるらしいぜ。チケット早めに取っておかないと完売しちまうな」
「へぇ、ハンク出ないんだ」
アーシェがニヤニヤと尻尾を振りハンクを見る。
「アーシェ……何が言いたい、俺が出たって金の無駄だぞ」
「いや、案外見た目だけなら相手が棄権するかもしれないぞ」
「ジロウ!!」
ワイワイ騒いでいると、周りの人が道の端に避け始めた。
「おーい、白銀騎士団が通るから道を空けた方がいいぞ。」
親切な市民が声をかけて来てくれた。どうやら前から騎士団の乗った馬車が何台か来るようだ。
「白銀騎士団かぁ、綺麗だよなぁ。今回のトーナメントの本命の一つだろ。楽しみだな」
「はぁーシルヴィア様カッコイイ!! 憧れるわ」
「白銀騎士団のシルヴィア様も応援したいけど、七色のユルゲン様派なの私は!!」
同性からも大人気のようで女の子が両手を合わせてキャーキャー言っている。アイドルの追っかけみたいだ。失神しなければいいが
「おい、来たぞ!!」
男の声でいっそう声が大きくなる。
現れたのは三台の馬車、白銀の甲冑に剣に絡みつくバラの紋章、そしてどの騎士も女性で共通して美しい。そしてこの白銀の甲冑には見覚えがあった。見覚えどころか忘れるはずがない。
(この甲冑……まさか!?)
異世界に初めて見た地、森の中で一歩的に嬲られた屈辱的な記憶、忌まわしい記憶が蘇る。
そうしてあいつは現れた。以前と変わらず、短い赤髪、ボーイッシュな顔つき、大柄で鍛え上げられた身体だ。そうして詰まらなそうに前を見ている。一瞬こちらを向いたが、その瞳には俺は映っていない。ただの風景に過ぎないのだ。その他大勢のただの人。
握られた拳が鳴り、歯が軋む。あいつらの所為で奴隷になったし、何度も死に掛けた。誠心誠意謝るなら、それでも許しただろう。
ついでとは言え、ホーングリズリーから助けられ、結果的には今の仲間や冒険者をすることが出来たのだから、けれどこの状況はどうだ。
(そりゃ、そうだよな。白銀の騎士団ともあろうお方が、自分がリンチした相手の顔なんて覚えてないよな……だがな、やられた方は決して忘れてないぞ)
人々が羨望の眼差しを向ける中、馬車が通り過ぎるまで憎悪の籠った目線を送り続けた。
馬車が通り過ぎると止まっていた人たちが一斉に動き出した。その流れ同様に俺達も動き出す。
「真ん中の馬車に乗っていたあの赤髪の女性、シルヴィアて言うのか」
「そうだよ。白銀騎士団の中でも指折りの実力者で、接近戦だけなら白銀騎士団でも五指に入るらしいね。本選に行けば戦えるかもしれないけどな」
「それは本当だな」
「う、うん。どうしたのジロウ怖い顔して」
俺が急に不機嫌だからか、耳を伏せて慌てている。
「そうか、気のせいだって、それよりトーナメント参加申請しに行こうぜ。四年に一回なんだからこれを逃したら洒落にならないだろ」
急に話題を変えた所為か、ハンクとアーシェは怪訝そうな顔をしたが流してくれた。
「そうだね、それじゃ行こうか」
「俺も本選のチケット買わないとな。そうそう、トーナメントは誰が勝つか賭博が出来るぜ」
「へぇ、賭博か、掛け金が集中する選手も出てくるんだろう」
「ああ、騎士団や二つ名持ちの冒険者がそうだな。だがな前評判を崩す奴もいるから難しいな。一発狙いすぎても駄目だし、有名どころにいってもほとんど金にならないってこともある」
ふと、思ったが、ハンクは何時までここにいるんだろう。
「ハンクって何時まで王都にいるんだ?」
「王都での祭りが終わるまでだな。試合も見たいし、財布が緩いこの時期なら祭りを利用してぼろ儲け出来るからな。オークションの日と試合が始まったら無理だが、この前荷物を運んだ店にも追加の仕事を貰っているぞ」
何時の間にそんな契約をしていたとは、商人恐るべし。
「流石は商人手早いな」
「それでだが、アーシェとジロウはその護衛してくれるか、王都周辺で治安は良いから楽な仕事だぞ」
「アタシはやるよ、大剣買ってからどうも金欠気味だし、登録料も稼がないと」
「俺は予選までに剣技を鍛えようと思うから遠慮しておくよ」
あれから三ヶ月経ち、俺は強くなったが、このままの実力ではシルヴィアどころか予選でも勝つのは難しいだろう。まだ俺はDランクの冒険者だ。それにあの森で見たシルヴィア達とホーングリズリーとの戦闘、強くなった今だからこそ分かる。
あいつらの強さは尋常ではない。剣一振りにしても参考になる。神に愛された才能と努力が生んだ物だろう。
「また訓練するんだ。もしかしてジロウ……痛いこと好きなの?」
アーシェが真顔で聞いてきて、俺は噴出してしまった。ハンクは横で肩を揺らしている。
「ふはははッ、そうかジロウはドMか!!」
「誰がドMだ!!」
まったくこいつらは……
「悪い、悪い。それじゃ、今日から俺とアーシェは仕事があるから一旦、お別れだな。宿は一ヶ月契約にしてあるから好きに使ってていいぞ」
「ああ、悪いな」
冒険者ギルドでトーナメントに参加するための記入用紙に署名をし、ギルドカードを提出して手続きは完了した。
注意欄の内容は、「怪我しても自己責任なんだからね、死んでも知らないよ!! でも死んでなきゃ王宮治療魔術団が責任を持って治してあげるんだからね!!」そんな内容だ。
トーナメントまで予定の分かれた俺達はその場で別れた。俺はそのままギルドハウスの裏手にある冒険者向けの訓練場で剣技を鍛える。久しく訓練場に行っていないので楽しみだ。