第二話 ハイゴブリンの日常2
試験的に三人称で書きました。
目くるめくゴブリンワールドにようこそ
未到達地域にはいくつもの遺跡が存在する。その中の最深部、薄暗い石作りの通路を魔物の集団が闊歩していた。
遺跡には魔物がつき物だ。しかし、魔物達はここの住人ではない。遺跡側にしたら外来種、外敵であった。
そんな魔物達の前に壁が一部崩れてくる。いや、正確には壁が意識を持つように動き出した。
「飽きもしないで、本当に芸が無い」
魔物達の前に現れたのは、遺跡の番兵であるストーンゴーレムだ。硬い岩盤から手間をかけて作られた体は、並みの攻撃を受け付けない。そして同時にその硬さは武器にもなる。
攻撃目標に設定されたのは耳に幾つものピアスを付け、長い髪の緑色をした女性だ。ゴーレムとの距離が近かったからか、最大の脅威とみなされたかは分からない。
ただ、妖艶で近付く者を破滅させる。そんな雰囲気を持っているのは間違いなかった。
重歩兵ですら一撃で粉砕する拳が振り下ろされるが、彼女は笑いながら足を真横に半歩移動しただけでその拳をかわす。
そうして彼女は鉄製のロッドに魔力を込め、ストーンゴーレムの腕に叩き付けた。魔力で強化されたロッドは、堅牢であるはずのストーンの装甲を軽く破壊し、腕を潰す。
「アラ、案外硬いじゃないのォ」
彼女は整った顔を歪め笑い続ける。
ストーンゴーレムは何が起きたかは理解できていない。けれど、侵入者の迎撃を止めることはなかった。
自身の片腕を失ったゴーレムは残った腕を横に振り、彼女を排除しようとする。ゴーレムと彼女のロッドが交差し、残る腕が切断された。
「後は任せたわ」
彼女は、後方にいたハイゴブリン、ホブゴブリンに命じる。ゴブリン達は鬨の声を上げるとストーンゴーレムを破壊し始める。両手を喪失したストーンゴーレムは、蟻に捕まった芋虫の様に、のた打ち回るが、直ぐに核を破壊された。
壁からは新たなストーンゴーレムが続けて三体出て来ていた。
「足をネらえ」
「一人ではかかるな常に集団で包囲して削れ!!」
障害を乗り越え、遺跡の最深部まで来たことがあり、ハイゴブリンとホブゴブリンは巧みに連携してストーンゴーレムを追い込む。足を削り、腕を削り、確実にストーンゴーレムを無力化していった。
一方、彼女は無骨なストーンゴーレム達の脇をすり抜け先に進む、そこには二体のストーンゴーレムが待ち構えていた。一体はモーニングスターとグレートアックス、もう一体はクレイモアを手に握り締めている。体も先ほどのゴーレムと違い流線型で洗練されていた。
先手を打ったのは二刀流のストーンゴーレムだ。アックスを構えながら左のモーニングスターを振る。スパイクが付いた鉄球が不規則にそれも彼女を包囲するように左から迫る。
今の速度では確実に当たり、そして当たればミンチは免れない。だがそうはならなかった。
「風よ敵を置去りにしろ」
魔法の力を得て、一気に加速する。モーニングスターを置去りにした彼女は、滑るように移動し、魔力を込めたロッドでストーンゴーレムの左手首を吹き飛ばした。
手首ごとモーニングスターは空を舞う。ストーンゴーレムは残ったアックスを振るが、懐に潜り込んだ彼女は既にそこにはいない。
「炎弾よ敵を焼き尽くせ」
至近距離から放たれた炎弾はゴーレムの頭部を焼き、義眼を焼き尽くす。
「――――!?」
視力を失ったのか、ストーンゴーレムは無茶苦茶にアックスを振り回す。もう片方のストーンゴーレムがクレイモアを振るが、上半身を逸らして避ける彼女を捕らえることが出来ない。
ストーンゴーレム同士で意思疎通をしているのか、無茶苦茶に振っていても仲間のストーンゴーレムに当たることはない。しかし、視力を失ったゴーレムでは彼女を捕らえることも効率的な連携も出来ない。
アックスのゴーレムの攻撃を学んだのか、クレイモアのストーンゴーレムは巧みにクレイモアを操り、ロッドを弾く。ストーンゴーレムは突きから素早くクレイモアを引き戻すと、横に一閃した。
そのクレイモアの斬撃を避ける為に彼女は大きく後に跳躍し、片手を地面につける。その隙を見逃さなかったストーンゴーレムが、追撃を掛けようと突進した時、それは起きた。
「大地よ、敵を飲み込め」
敷石を支えていた砂が柔らかくなり、ゴーレムの自重によって敷石が陥没したのだ。ゴリッ、という音を立て石と石の塊が激しくぶつかる。足がはまったゴーレムは倒れ込んでしまい慌てて起き上がろうとしたが、既に手遅れであった。
「ふふ、せっかちなんだからァ」
ストーンゴーレムは慌てて手で防ごうとするが間に合わない。
爬虫類のような目を細め、彼女は魔力で刃を形成するとロッドをストーンゴーレムの頭部に突き刺した。ストーンゴーレムは震えると、そのまま崩れていき、ただの石へと戻った。
続いて、闇雲に暴れていたストーンゴーレムに回り込み、後から突き崩した。回路を破壊されたストーンゴーレムは目から光を失い倒れた。
「オサ無事で?」
「ええ、なんともないわ。被害は」
「一匹が手を折られ、一匹は全身打撲です」
彼女は、仲間の被害に不愉快そうに顔を歪める。
「後で拠点の治療魔術士に治して貰いなさい。本当は私が使えればいいんだけど、流石に神様もそこまで万能にはしてくれないんだもの」
彼女の言葉にオスのハイゴブリンは困ったような顔をする。
「もう馬鹿ね。アナタに魔法の才能なんて最初から期待してないわ。その恵まれた筋力で、前線を支えなさい。負傷者には護衛を二人つけて進むわよ。ここで死ぬのは許さない。まだまだ働いてもらわないとねェ」
彼女の言葉を聞いたハイゴブリンやホブゴブリン達は嫌そうな顔を一瞬するがすぐ元に戻した。そう彼女に教育されたからだ。それに強いものに従うのは自然の摂理だ。
彼女がいなければ、この数ヶ月で何ゴブものゴブリンが死んでいたのか分からない。そして今でも狩られる側にいたはずだ。それが今では、この周囲ではゴブリンこそが生態系の頂点に君臨しており、群れの大半はホブゴブリンかハイゴブリンに進化した。
これほど素晴らしいゴブリンなどゴブリン史が有ったとしたら永遠と語り継がれるだろう。
襲い掛かるゴーレムをハイゴブリン達がアックス、ウォーハンマーで叩き潰し、ホブゴブリンが投槍や投石で援護する。ゴブリンメイジがゴーレムにファイアーボールを撃ち放つ。どのゴブリンも単独では動かず、組織化された動きで相手を破壊していく。
(愚直な程に訓練を守ってる。ヤレば出来るじゃない)
「援護シロ。俺が抑エル」
「三方向かラ同時だ」
大盾を持ったホブゴブリンがガーゴイルの鉤爪をものともせず大盾で押しつぶし、大盾でガーゴイルを押さえつける。鉤爪が大盾の表面を削るが、効果はそれだけだ。
それと同時に二匹のホブゴブリンが左右から挟撃すると、ガーゴイルの腕をウォーハンマーやメイスで砕いた。そのまま大盾のゴブリンが押し倒すと、ガーゴイルの頭を大盾で殴る。二度、三度と訪れる打撃にガーゴイルの頭部は耐え切ることは出来ず、破壊されてしまった。
C・Dランクの冒険者でも油断できないはずのゴーレムやガーゴイルがゴブリンによって破壊されていくのだ。冒険者のジョークとしても笑えない内容だ。魔草か幸福のキノコでおかしくなっていると言われてもおかしくは無い。
彼女は、日々成長していく手下達に確かな満足感を感じていた。最初は手下に脱落者や死亡者が出ていたが、訓練を続けていくうちに脱落者はいなくなった。訓練は疲れるし、痛い。だが、どのゴブリンも強くなっているのが自覚出来たからだ。
さらに続けていくと死亡者もいなくなった。自信に実力が追いついたからだ。森の縄張り争いでも他のゴブリンとの抗争にも負け無しだ。群れはどんどん強くなる。
これでニンゲンと戦争をしたら、群れを率いて戦場を駆け巡ったら、そんな甘美な欲望が彼女を襲う。
軽く想像しただけなのに全身が軽く震えた。同時にオサとしてのそれは許されないことだと分かっている。だから――
「んんッ、あ、もう……ダメと分かってるからこそ、燃えるんじゃなイ……」
彼女の葛藤は、戦闘と共に続く。
「やっぱり、最低限の自衛用のトラップしか作動していない。ニンゲンにだけ反応するように作られているからかしら」
もしニンゲンの冒険者がこの遺跡に入ったら即死級のトラップとゴーレムが襲い続けていただろう。逆にただの魔物であれば複雑な通路やゴーレムに拒まれここまでは来れない。彼らが高いカリスマ性と知性を持つ指導者、そして徹底的に組織化された魔物だからここまで来れたのだ。
宝物庫であろう部屋の物全てをゴブリン達が回収する中、彼女は部屋の片隅に進む。彼女が数分そこを調べ、壁に仕込まれたスイッチを起動させると、壁が動く。
そこには大きい通路、隠し通路があった。驚いたゴブリン達が後に続き、その道を進むと、奥に一つの大きい扉がある。扉には交差した剣の紋章が刻まれていた。
「アンタ達は外で待ってなさい」
「しかシ、オサ。一人でハ危険です」
「そうでス。ここまでキタラ全員で」
彼女が振り返り、ゴブリン達を見る。その顔は今までの彼女の顔で最も恐ろしく、楽しそうな表情をしていた。
「アンタ達じゃ足手纏いよ。ここで無駄死にするべきじゃないわァ。それに……私の楽しみの邪魔をするな」
狂った笑み、その一言でゴブリン達は後ずさりする。彼女が大部屋に入り、直ぐに咆哮が聞こえた。
「グギャアアアアアアアアア!!!!」
「アハハハ、ハハハハ」
心を絶望に墜し、体を震えさせる死の咆哮。そんな怪物の咆哮に、もう一匹の怪物は狂ったように笑い続ける。そして続く轟音、地響き、迷宮全体が揺れているようだった。天井からは埃が落ち、地面は爆ぜるように揺れ続ける。一体どのぐらいの時間が経っただろうか、不意に聞こえた咆哮と絶叫そして続く静寂。
「……いくぞ」
周りのゴブリンが頷き、覚悟を決めたハイゴブリンが扉に手をかけようとした。その時、内側から扉が開いた。一斉に武器を構えるゴブリンの前に現れたのは彼らのオサであるハイゴブリンだ。
彼女は服が破れ、ロッドも三分の一ほど千切れ、ゆがんでいる。そして全身には彼女と何かの返り血が付いていた。緑色のはずの髪も真っ赤に染まっている。
「ハァ、ふぅ、ッ……帰るわよ」
その一言で怪物にゴブリン達のオサが勝ったことが分かった。ゴブリンは勝ち鬨を上げオサを囲む。
そうしてゴブリン達は莫大な戦利品と経験を得て、遺跡の外に出た。遺跡を去る彼らのオサ、彼女の手にはロッドだけではなく、あの大部屋で手に入れた古い遺産が握られていた。
やはり三人称の方が書きやすいですね
今まで一人称の練習もかねて書いているので、多少は一人称にも慣れましたが、やはり難しい。
普段の一人称と比べてどうだったか、感想が欲しいです。