第三話 奪われた自由
主人公が初めて異界でスキルを使います。無意識ですが
【複数の発動条件を満たしたためオートスキル【異界の治癒力】発動します】
俺が気を失った原因が痛みであるなら、気が付いた要因もまた痛みだった。鈍痛に目を覚ました俺は先ほどのあいつらに替わって、何人もの男達に囲まれていた。
(気を失っていたのか……一体、何時間、いや何分気を失っていた)
太陽が先ほどとあまり位置が変わっていないことから、そう長い時間気絶した訳ではなかった。
囲んでいる男たちの顔を見上げるとリンチ目的ではないことが分かる。囲んでいる者の中で一番身なりが良い男は、悪意に満ちた気持ちの悪い笑みを浮かべていた。周りの武具を付けた男たちは、興味なさげだ。
ふと、視線を移すと巨熊の亡骸がある場所に、大人数の農民のような人が集まっているのに気づいた。どうやら倒した巨熊を複数の台車で運ぶ気らしい。
その中の何人かは、哀れむような目でこちらを見ている。リンチされた事に対する同情心かと思ったが、どうやら様子が違う。そんな農民達に囲まれているあいつらがいた。
彼女らは俺に向けていた敵意も暴力も嘘のような微笑みを浮かべている。
(あいつら、人を平然どころか嬉々として殴打したくせに!!)
激しい嫌悪感と憤怒の感情が流れるが、ここであいつらに怒鳴り込んでも返り討ちに遭うだけだ。敵意がない状態でリンチされたのだ。今度は何をされるか分からない。
無力感に苛まれながら彼女達を眺めていると、それを中断させるように柔らかい何かが飛んできた。
顔にかかった柔らかい感触から、それは服だと分かった。服を投げたであろう男Aは、言葉が通じないからか顎をしゃくってなにやら指示を出している。
(なんだ、服を着ろってことなのか)
俺は手に取ったぼろぼろの服を着るために立ち上がると、服に袖を通し始める。サイズは僅かに大きい程度で問題はないのだが、正直、人生で着た服の中で通気性、着心地、見た目などを総合的に判断しても一番最悪の服だった。
(まぁ、真っ裸よりは遥かにマシか)
どうせなら靴も欲しいと思ったが、この傲慢な笑みを浮かべる男の顔をみると、故意に用意しなかったに違いない。それでも最低な品質の服だとは言え、衣服を貸してくれるのは、非常にありがたかった。
(けど、あの女達の仕打ちを考えたらこいつらが善意で服をくれたとは思えない。何か裏があるだろう)
様々な事を思案しながら服を着替え終わって気づいた。あの女達が意外そうな顔でこちらを見ているのだ。きっと俺が疲労で立てないと思ったのだろう。尤も、俺自身も立てたのが不思議だったが。
(自分達がリンチしておいてその顔はなんだよ……)
一方、服を着たのが満足なのか身なりの良い男は満足そうである。何やら指示をだすと身なりの良い男は、取り巻きを従えどこかに行ってしまった。
残されたのは、俺を囲む二人の男達だ。男Bは当たり前のように俺の腕を掴むように持つと、腰の袋から驚くべき物を持ち出した。
がちゃがちゃと取り出された無骨な鉄の塊は、どこをどうみても手枷だ。人の自由を著しく下げる道具であり、その見た目から過去何度も人々の自由を奪ってきたのが想像できる。
歴史ものの映画やドラマで見かけたことのある時代遅れの骨董品だが、問題はそこではない。何故それが俺の手に掛けられようとしているのか、理解出来なかった。
いや、正確には理解したくなかった。いくら骨董品とは言え、その拘束力は強力で、生身の普通の人間が付けたらまず外すことは出来ない。そしてその拘束力が向けられるのは間違いなく――
(罪人か……奴隷だ)
(こいつら俺を罪人か奴隷にするつもりなのか!? そんなバカな、中央アフリカやソマリアじゃない、ここは法治国家の日本だぞ。いくら人里離れた田舎と言えど、憲法や人権を無視したそんなことが許されるはずがないだろう!!)
抵抗しようとしたのが分かったのか、後ろに回りこんだ男Aが俺の肩をがっしりと掴む。殴られたいのか、無駄なことは止めておけ、と行動が物語っていた。
(この男達、人を拘束するのに明らかに慣れ過ぎだろ。過去何度もこんなことしてるのか)
「俺は何もしていない、信じてくれ」
一縷の望みを賭けて声をかけると、男は驚いたような顔をする。
(もしかして言葉が通じたのか!?)
「俺の言葉が分かるんですか」
続けざまに声をかけるが今度は反応がなかった。どうやら急に喋ったのが驚いただけらしい。
呆気なく俺の淡い期待は裏切られてしまった。
一体どうすればいいんだ。逃げなければ手枷をはめられ、抵抗したらリンチされ手枷をはめられる。裸足の俺がこの包囲から逃亡できる確率も絶望的に無いだろう。
聞いたことの無い言語、凶暴な肉食獣、時代錯誤の装備の数々――それに巨熊を襲った火球はなんだったんだ。
(あんな剣や火だけしか使わない連中が火炎放射器を使うか、そもそも火炎放射器はあんな円球のような軌道で発射できるのか……ここは一体なんなんだ)
俺は一つの可能性を考え付いた。
(ここって、本当に日本なのか)
もしここが日本で無いなら、火球は別としても聞いたことの無い言語、凶暴な肉食獣、時代錯誤の装備の数々は説明が出来る。
こうなった理由はどうであれ、そうだとしたら少なくともここではどうすることもできない。結局のところ俺は愕然としたまま手枷をはめられるしか道はなかった。
そうこうしてるうちに男Bは、俺の右手、左手に手枷をはめる。
かちゃりという音がして俺の行動の自由は大幅に奪われてしまった。手首には鉄のひんやりとした冷たい感触がする。夏場では涼しいという感触があるのだろうが、今は冷や汗が止まらないのでこれはたまらない。
(予想以上に気持ち悪い)
手枷と手首には僅かな隙間があるので、手首が極端に圧迫されているという訳ではないのだろうが、言い知れぬ圧迫感が俺を襲い、吐き気すら催している。理性では大丈夫と分かっていても本能が手枷を全力で拒絶していた。
「××○▲×○」
「○○×▲」
どうやら俺を囲んでいる男Aと男Bは用意が出来たようで、言葉を交わすと俺のことを一瞥する。
「○○×」
男Aは手枷に付いた鎖を引っ張り歩き始める。恐らく付いて来い、ということだろう。仕方なく男Aと男Bの歩幅に合わせて歩き始めた。
俺は歩きながら後ろをちらりと振り返る。そこにはもう俺には関心はない、とばかりに俺をリンチしたあいつらが農民らしき人たちとまだ会話していた。憎悪の視線を一瞬送り、俺は再び前を向いて歩き出す。
男達は、足場の悪い道を進んでいく。時折遅いといった意味だろうか、俺に付けられた手枷に伸びる鎖を軽く引っ張ってくる。
草木を踏みつけ、軽い傾斜が付いたところを歩き続けると、辺り一面が開けた場所に着いた。
そこには大きな道がある。大きいと言っても、今まで道とも呼べない通り道に比べてである。それこそ辛うじて日本の一般道程度の広さしかない。
それに道はコンクリートで舗装されておらず、踏み固められただけである。
(酷い道だな。それにしても一体、俺はどこまで連れて行かれるんだ。もう歩き始めてずいぶん経つぞ)
延々と続きそうな道に、俺は静かにため息を吐いた。