第一話 第四級流体生物
俺達がリュブリス城塞都市を出て三日、魔物や盗賊の襲撃もなく荷馬車は王都に向け順調に進んでいた。
王都に向う道は大小何本かルートがある。俺達が通っている道は、大規模な馬車隊や軍の行進には向かないが、馬車数両や少数の人間が通るには最も適したルートだ。
「ジロウ、アーシェ、もうすぐルーべに着くぞ」
ハンクの声に荷馬車の屋根に乗っていたアーシェが縁からだらりと体半分垂らしハンクを覗く。
「ルーべって、ビールとか小麦とか作ってるんだっけ?」
「おう、そうだ。ルーべはリュブリスや王都の中間に位置していて、食料供給地域にもなっているぞ。街で一日休憩してから王都に向うのがいいだろう」
「よっしゃー」
垂れていたアーシェが屋根の上に戻ってきた。
ルーべに着いたら、軍事用語で言う糧秣の補給をすることになっていた。馬というのは当然生き物であり、かなりの水や食料を必要としている。
この辺りは河川からの分流があり、山からの湧き水などで草木が多いので、糧秣は少なく済むが、王都までの糧秣を携帯するのは非常に重荷になるのだ。
「ルーべはリュブリス城塞都市や王都に住む人馬の胃袋を支える街の一つでな、商人が多い。俺が18、19歳の頃は良く通ったもんだ。リュブリスが近いから治安もいいしな」
「へぇ、そういえばハンクって何歳なんだ」
「あー、俺か今年で30だな」
あの顔にしては若い。てっきり40歳近くだと思っていたが、まさかまだ20代とは――
「ふふ、ハンクってふけ顔」
周りを見渡していたアーシェは馬鹿にしたように微笑んでいる。
「うるせぇな、商売してるとふけ顔の方が舐められなくていいんだよ。そういうアーシェは何歳だ」
「アタシーー? えーっと18歳だよ」
「アーシェまだ18だったのか」
衝撃の事実を聞いてしまった。てっきり同年代かと思っていたが、まだ十代だったなんて――この世界の人は日常に危険が溢れているからか、どうも子供でも大人びている。
(体は大きいが、確かに顔はどこか幼いかもしれないな……)
「ジロウも同い年くらいじゃないのか、あ、19歳とか?」
「俺は23歳だ」
「ジロウ、思ったより歳取ってんだな」
「十代はアタシだけかー」
日本人は歳を低く見られるというのは本当なのかもしれない。
「ん、ルーべの入口が見えたぞ、お前らそろそろ屋根から下りる準備しておけ」
屋根からはルーべの一部が見えた。リュブリス周辺では強固な塀や防御施設が組まれていたが、ルーべは軽い柵程度のものしかない。
街の入口には2人の兵士しかいないのもその為だろう。それは納得出来たが、一つ不自然な物が見えた。
(治安が良いというのは本当か、なんだあれは松明?)
「なぁ、昼間から松明をしているのはなんでだ。この街の風習なのか」
「いや、そんなもんはないぞ、何か妙だな」
その言葉を聴いた俺達は警戒から戦闘態勢に入る。
数分して街の入口に着くと、兵士が近寄ってきた。
「おーい、松明なんて掲げてどうした」
「ああ、商人か、今この街に来てもすっからかんだぞ」
おどけた様子で兵士は苦笑している。
「二日前からスライムが大量発生して守備隊は勿論、冒険者も動員されてるよ。あいつら作物を食い荒らすからな。収穫前だからやばいんだ」
「お前らも荷物に付かれないように気をつけろよ、俺も火属性魔法が使えれば追い払えるんだが」
スライムと言えば、半ゲル状で魔力溜りなどから大量発生する魔物だ。微小な魔法石を核としており、それを破壊するか焼き尽くすなどの魔法でしか効果的な攻撃がない。
希少で高位のスライムとなれば魔法を使用し、Aランクに達する個体までいるという。
「威力は弱いが、確かジロウ火属性の魔法使えるよな」
ハンクが見たのは二ヶ月前のマッチ程度の火なので、自衛用にと考えているのだろう。
「あれから訓練して中級A-程度の威力は出るぞ」
「んな!? お前二ヶ月でそんなに上がったのか」
「そっちの冒険者は火属性の魔法が使えるのか、火属性のマジックユーザは今ギルドにいけば高額で雇ってくれるぞ」
「今は護衛のクエストがあるからな……」
馬車から目を離して積荷をやられたらたまったものではない。なので俺の一存では返事は出来ない。
「馬に餌や水をやるんだろう。街の中なら襲われる心配もないし、話だけでも聞きに行ってくれ。兄の畑が収穫前で危ないんだ、頼む」
俺は困った様子でハンクを見る。
「話しぐらいならいいだろう。それにジロウがいない間、ギルドが荷物の安全を保障してくれるなら構わないぞ」
一応、雇い主の許可が下りた。
「分かった。ギルドに話を聞きに行ってみる」
「すまないな」
兵士に手続きをして貰い、街に入った。
商人向けの宿を一日取り、荷馬車を馬車置き場に置いておく。
「じゃ、ちょっとギルドに話を聞いてくる」
宿から歩き、街の中央にあるギルドハウスを訪ねる。リュブリスや他の街の支部では常に何人もの冒険者がいるのが普通だったが、ルーべ支部では受付など最低限の人員しかいない。殆どの冒険者がスライム退治に動員されているのだろう。
受付にいた男の職員に話しかける。
「スライムの件で話しを聞きに来たんだが」
「討伐に参加するんですか? 良い所に来てくれました。人手が足りなくて困ってたんです。松明や火属性の魔法石はありますか、無ければ松明はこちらで提供しますが」
焦っているのか、早口で職員に捲くし立てられる。
「いや、火属性の魔法石は持っているし、中級A-の火属性魔法が使えるから大丈夫だ」
それを聞いた職員は表情を変え、食いついてきた。
「中級火属性魔法ですか!! それは助かります。マジックユーザーの報酬は2Gですが大丈夫でしょうか?」
「報酬はいいんだが、実は馬車の護衛クエストの途中で……そちらの警備をしなくてはならないんだ」
俺が言おうとしたことを理解した職員は案を述べる。
「分かりました。ギルドで手の空いてる者が責任を持って見張ります」
「無理を言ってすまない」
俺が謝ろうとすると、慌てて職員に止められた。
「いえ、無理を言ったのはこちらの方ですから、雇い主には職員から話しを通しておきます。申し訳ないですが早速スライム討伐に……」
相当切羽詰っているらしい。職員が今から小麦畑に戻る農夫に事情を話し、農夫の馬を二人乗りして足早に現場に向う。馬には重いだろうが我慢してもらうしかない。
街からしばらく走ったところに小麦畑が広がっていた。風に揺れて映画のワンシーンに出てきそうな風景だが、今はゆっくり観賞している暇は無い。農夫の必死の顔を見たら尚更だ。馬を走らせるにつれて怒号が聞こえてくる。
「もう直ぐ、もう直ぐだ」
小麦畑を抜けた先にスライムはいた。見えるだけで何十人もの人間が松明を片手にスライムを焼いている。魔法を使っている者は1人しかいない。恐らく他の魔法使いやマジックユーザは魔力が切れたのだろう。
「やばい、誰か来てくれ!! 抜かれちまう」
「火が足りない。もっと木を集めろ」
「クソ、こっちにくるなぁ!!」
農夫がスライムに松明を押し付け、焼いているがスライムの数が多すぎる。
「俺の畑があそこにあるんだ。頼んだぞ兄ちゃん!!」
馬から飛び降りた俺は詠唱をしながらスライムに駆け寄る。
「炎弾よ敵を焼き尽くせ」
俺から放たれた炎弾は数匹のスライムを巻き込み、燃え上がる。
「ぴぎーー、ギギーー!?」
どろどろの見た目に反して可愛い鳴き声で溶けていく。ジューという液体が急激に気化する音を立て、後に残ったのは小さな魔法石だ。
「おい、マジックユーザーが来てくれたぞ」
「上級クラスか、助かった!?」
俺の魔法に気付いた農夫や冒険者が騒ぎ出した。詠唱をしながらハンドシグナルで返事を返す。
(辺り一面スライムだらけだ。狙いは穀物だろう)
「炎弾よ敵を焼き尽くせ」
スキルやレベルが上がり、魔法石のお陰で詠唱が短く済み、直ぐにファイアーボールが撃てる。
放たれた炎弾はスライムの群れに襲い掛かった。一度のファイアーボールで二、三匹のスライムが火に飲まれる。
「「「ぴぎーー!!」」」
俺の殲滅速度を見た冒険者が周りの男達に指示を出し始めた。
「ここは彼に任せて、他の場所の手伝いにいくぞ、ついて来い」
「後は頼んだ!!」
8人ほどの男達が他の場所の応援に行くようだ。まだ7人ほど残っているし、スライムを押し返し始めたので大丈夫だろう。
腕を振り返事をし、魔法をスライムに撃っていく。消費の激しい投擲魔法と違いファイアーボールは燃費が良い、乱射しても問題ない。
数時間かけてスライムを辺りから駆逐することが出来た。数えていないが数十発の魔法は撃っただろう。スライムとは戦ったことがなかったし、良い魔法の練習になった。
「こんなもんか」
草木の一部が燃えているが冒険者や街の守備隊がいるので火事にはならないだろう。作業が終わり見回りをしていると、数人の冒険者や農夫が集まってきた。
「剣士の格好をしているのにあんな威力の魔法を使えるのには驚いたよ」
「助かったぞ兄ちゃん、もう少しで収穫前の畑に被害が出るところだった。こんなにスライムが出ることなんて一度もなかったのに」
「見ない顔だな。外から来た冒険者だろう。手伝って貰ってすまなかったな」
「いや、こっちも報酬を貰っているから気にしないでくれ。必要な分働いただけだ。それに上手いパンやビールが飲めなくなるのは嫌だからな」
「はは、そうか、この村の料理は食材が新鮮だし、うまいぞ!!」
その後、夕暮れまで周囲を捜索し、20匹ほどのスライムを焼却した。時折、触手を伸ばしたり、体当たりしようとしてくるスライムもいたが、下位のスライムは鈍足なので攻撃が当たることはなかった。
スライムの発生が落ち着いたこともあり、他の冒険者達と俺は街に戻る。
ギルドハウスに行くと今朝はいなかった初老の男がいた。どうやらルーベ支部のギルドマスターらしく、職員よりも上質な服を着ている。
「君が噂のマジックユーザーか、若いのに上級属性魔法を使うのだろう。君がいなかったら畑に被害が出ていたよ。すまないな」
魔法石のおかげで上級クラスと勘違いされているようだ。
「いえ、報酬分働いただけですから」
「その若さでたいしたものだ。また何かあったら頼むよ」
そう言って手渡された報酬は約束よりも50Sも多い2・5Gだ。
「護衛クエスト中だったのに迷惑をかけてしまった。それにあんなに活躍してくれたからね。それはおまけだ。迷惑をかけた分雇い主や仲間と酒でも飲んでくれ」
「助かります」
硬貨を袋に入れ、ギルドハウスを後にする。農夫や冒険者に聞いたが、この街の名産には小麦の他にも豚やエールなどがある。今日はハンクとアーシェに苦しくなるまで食事を奢るとしよう。
「一仕事の後に、塩の効いたソーセージでエールを飲むってのもいいもんだなぁ」
忙しかったのもありますが、細かいストーリーや設定を考えてたら更新遅れました。