第十四話 死闘の残影
「これで一先ず大丈夫か、俺がアイテムと宝箱を回収してくる」
「頼んだー」
応急処置が済んで余裕が出たのか、アーシェは手をひらひらさせている。
俺は、アーシェの分の携帯食料を頬張りながらドロップアイテムの回収に向う。こんな状況で食事をしているなんて事情を知らない者から見たらとんだ奇人、変人だ。
「さっきまで殺し合いしてたんだよな……」
俺はスキルで動くまでに回復したが、アーシェはゴブリンとの戦闘で怪我を負っていた。尤も、重傷でも命に係わるものでもないので一安心だが
本人には気まずくて聞けないが《獣化》は獣人でも一握りしか持っていないスキルで、一時的に毛が生え、牙や爪が伸びて、力が強化される。そんな強力なスキルだが、自分で発動や制御するのが非常に困難でアーシェのように暴走する。過去にはパーティを皆殺しさせた例もあったらしい。
「なんだこれは、ナイフ、短刀?」
シャムシールのゴブリンが朽ち果てた跡には、刀身は30センチ程度なのに柄が無駄に長い短刀が落ちていた。なんとも中途半端なシロモノだ。
(あのホブゴブリンを倒して手に入れたにしては割に合わないだろ)
短刀を道具袋に放り込む。
フランベルジュのゴブリンを最後見た場所にも行くが、爆発でバラバラになっていたので、どこに本体が飛んだのか不明だ。周辺を何度か見渡し、やっと見つけることが出来た。そこには真っ赤な魔法石が落ちていた。昔懐かしい大きめのビー玉ぐらいの魔法石は、暗闇の中でも輝きを放っている。
「おお、なんか高そうだな」
道具袋から布を取り出しそれに包んで腰の小物入れに押し込む。
「変な短刀と真っ赤な魔法石が落ちてた。アーシェ、戦ってたのはどのへんだ」
「その辺」
アーシェが指差す場所を探すとCDほどの平たい魔法石と大きな鱗が落ちていた。
「アーシェ、これなんだ?」
「魔道具の部品と……龍の鱗!?」
落ちていた物をアーシェに見せると驚倒しそうになっている。
訓練場の座学で教わったが、龍と言えば幼龍や下位の龍でも討伐ランクがAであり、最強に分類されている生物だ。
種類にもよるが、その鱗の硬さはダイアモンドに達し、耐火性もあらゆる素材の中でもトップクラスだったはずだ。
「龍の鱗はミスリルやアダマンタイトと並ぶ素材で、鱗一つでも数百Gはするよ」
「これが数百G……」
手に持っていた鱗を叩くとカンカンと金属を叩くような音がし、手が痛い。この軽さでこの強度だ。高くて当然かもしれない。
続いて部屋中央にあった宝箱を開けると食器セットが入っていた。
「さっきから当たり外れが大き過ぎるだろ」
食器は銀や鉄でもない不思議な光沢だ。これってーー
「アーシェ、これミスリル製の食器じゃないか」
「そんな馬鹿な」
アーシェが信じられないと絶句する。
「あのホブゴブリンの強さも異常だったのに、ドロップアイテムまで異常かよ」
「そうだね……」
「立てるか」
そう言ってアーシェに手を伸ばす。
「大丈夫」
アーシェは俺の腕を掴む。 俺はそのままアーシェに肩を貸す。が、大剣の重さもあり女の子の重さじゃない。
(重い……)
男の威信をかけてアーシェを運んでいく。大部屋を出て転送室に入り、半日ぶりに迷宮の外に転送された。
転送された俺はリュブリスに着いた。迷宮では流血事が日常茶飯事なのか、血まみれの俺やアーシェを見ても驚いてはいない。
守備隊に手を貸してもらい、迷宮の上にある医務室にアーシェを運ぶ。
医務室には迷宮ということで回復魔法を扱う治療士が常時数人滞在しており、治療魔術士は詠唱を始め、俺とアーシェ二人同時に治療を開始する。
「光よ彼の者を救え」
ホブゴブリンに斬られた傷口が暖かくなっていき、傷が塞がっていく。10分ほどで傷は完治した。
「もう大丈夫ですよ。出血の割に傷が浅かったので――それにしても何と戦ったんですか、何年も迷宮で治療魔術士をしていますが、二十階で魔物によってこんな綺麗な太刀筋が出来ることは見たことないです」
治療魔術士は訝しげに聞いてくる。
「迷宮の医務室には負傷者を治す他にも、迷宮内の怪我の原因を聞く義務があります。迷宮内で何が起きましたか?」
どうやら俺たちが他の冒険者に襲われた、もしくは他の冒険者を襲ったと疑われているようだ。恐らく、傷に反して出血が多いので、他の冒険者の返り血だと思われたのかもしれない。
「迷宮の二十階でイレギュラーモンスターに襲われました。ホブゴブリンでしたが、シャムシールやフランベルジュを使い一流の剣士のような動きだったので、二人とも死にかけました」
「イレギュラーモンスターですか」
治療魔術士は紙にメモを取り始めた。
「こう見えても俺は、魔法を何種か使うマジックユーザーですから、仲間も見る通り獣人なので、そこらのCランク冒険者より強いですよ。それに傷と出血の仕方から返り血じゃないのは分かりますよね?」
「ごめんなさい。不快にさせるつもりじゃなかったんです。ただ、最近三十階から五十階の広範囲で同業者殺しをしている冒険者がいるらしく、かなりの被害が出ていて」
俺が怒っていると思った治療魔術士は謝罪してきた。
「そういう理由があるなら……。すみません、怪我を治してもらったのに、そろそろ行きます。治療ありがとう」
俺が笑顔で返したので、治療魔術士もほっとしたようだ。
「そうですか、気をつけてくださいね」
治療を終えたアーシェを迎えに行き、リュブリスの宿屋に戻ることにした。
「ジロウ、疑われてたでしょ」
帰り道、さっきまで怪我で歩けなかったアーシェがニヤニヤしている。
「ああ、傷が浅いのに出血が多いからな、もう疑いは晴れたけど」
「ジロウは意外にえげつないからなぁ、だから疑われたんだろうね」
「お前なぁ……」
そのとき、道具袋の中で物がズレ、迷宮内のドロップアイテムを思い出す。
「そうだ。ミスリルや龍の鱗はどうする」
「売るにも高額だから、その辺じゃ難しいよね。売値しらないから買い叩かれそうだし、そうだ、ハンクに交渉任せてみる?」
「いいんじゃないのか、ハンクなら信用が出来る。明日にでも商業ギルドを訪ねてみようか」
ハンクとは久しく会っていない。久しぶりに酒を飲み交わすのもいいだろう。
「あ、でも魔法石はジロウが使えば、上質な炎の魔法石だから相当火力が上がると思うよ」
魔力を貯めたり、増幅させる魔法石はマジックユーザーに取って喉から手が出るほど欲しい物だ。買えば高価だし、そもそも市場に出回らない。
「いいのか?」
「うん、あ、短刀も素材剥ぎ取り用に使ったら、最近剥ぎ取り用のナイフ壊れてるでしょ」
「ああ、悪いな」
「いいよ、その代わり今日の晩御飯は高い店で奢ってね」
(服を着替え終わったら高級料理屋に行くか)
翌日、商業ギルドを尋ねると、守秘義務があるのでハンクの場所は教えられない、と言われてしまった。
もしかしたら新しい馬車でどこかに商売に出かけているかもしれないので、しばらくは帰ってこないかもしれない。伝言は受けてくれるらしいので、アーシェと俺が相談があるので連絡が欲しい、と伝えてもらうことにする。
これで冒険者ギルドに伝言が入るだろう。携帯電話があった時に比べたら人と待ち合わせするのも一苦労だ。
ギルドの貸金庫に壊れやすい魔道具の部品とミスリルの食器を預けて、迷宮に戻る。万が一盗まれても弁償されるし、ギルドの威信と信頼をかけて犯人を追い詰めるので、安心なはずだ。龍の鱗はそのまま持っていても重さは気にならないし、現状持っている装備で最高の防御力を持っているので大丈夫だろう。
そういう訳で、俺たちは21階から迷宮潜りを開始した。
「ホブゴブリン……」
俺の目の前にはロングソードを持ち、完全武装した三匹のホブゴブリン。思い出されるは昨日戦ったホブゴブリン。しかし、目の前のホブゴブリンからは何の脅威も感じられない。
俺は飛び込んできたホブゴブリンの一撃を軽く避け、素早く叩き斬ると次のホブゴブリンに目標を変える。ホブゴブリンが横に振った剣を斜めに逸らし、そのまま手を返して首を切断する。残りの一匹はアーシェが仕留めた。
俺とアーシェは何事もなかったように歩き続けた。100匹ほどのホブゴブリンを狩り、俺とアーシェは25階までにたどり着く。
25階から現れたのは、180センチ近い二匹のオークだ。ロングソードを持ち、荒い鼻息で迫ってくる。
「グギ、ギャァ」
オークはCランクに位置する魔物で、急所はゴブリンより高い位置にあり、力も強い。だが、今の俺にとってはどうしても迫力に欠ける相手だ。
オークは力いっぱい剣を振るがそれだけだ。剣速もそれなりだが、高度のフェイントも読み合いもなくただ剣を振るだけの魔物。初撃を剣で弾いた俺はそのままオークに踏み込み首を刎ねる。それだけで戦闘が終結した。アーシェも難なくオークを叩ききった。
(剣の軌道を変えようとしたが、力技になってたな。あのホブゴブリンのように細い剣で重量のある剣を逸らすにはまだまだか)
今でもあの戦闘の全てを覚えている。振るう全ての剣が逸らされ、届かなかったあの剣技。俺は一種の憧れすら抱いていた。
「昨日のアレに比べたら可愛いねぇ」
「そうだな」
27階からは武装したオーク、オークウォーリアが出てきた。スキルもあるのか二度、三度打ち合いようやく倒せた。
(今日はまだ魔法を使ってなかったな。魔法石を利用してみるか)
アーシェに次オークが出たら魔法を使うことを伝える。
「ジロウ、足音が聞こえる。オークウォーリアが三匹来るよ」
丁度良いところに三匹のオークウォーリアがやってきた。事前に詠唱が完了していた俺はファイアーボールを放った。
「炎弾よ敵を焼き尽くせ」
「グ、ピギャアア」
ファイアーボールはオークウォーリアを飲み込み、瞬く間に焼き豚へと変えた。
残る二匹はアーシェが鎧ごと切り捨てた。
「うわー、凄い威力だね」
今までの五割り増しの威力に俺やアーシェは驚きを隠せなかった。
そうして時々魔法石の性能を確かめるようにファイアーボールを使い、階を降りていく。多少の疲労はあったが、まだ余裕はある。途中、何組かのパーティと遭遇したが、軽い挨拶をして通り過ぎる。ほとんどは5人パーティで、1組だけ3人パーティがいたぐらいだ。どうやら二人組みの俺たちは少数派らしい。
各転送室で休憩し、30階の大部屋へとたどり着いた。20階ではこの扉を開けてあいつらと出会った。アーシェの表情も心なしか硬い。詠唱を済ませ勢い良く、扉を開けた。
そこにいたのはオークウォーリア三匹、オークアーチャー二匹だ。危険度の高いアーチャーに魔法を放つ。
「炎弾よ敵を焼き尽くせ」
炎に身を焼かれたオークアーチャーは転がりまわる。炎で弓弦が切れてブチィという音がかすかに聞こえた。続いてスローイングナイフをもう一匹のオークアーチャーに投げつける。
高威力の榴弾タイプで投げるとスローイングナイフが一発で駄目になるので、費用対効果を考え、貫通弾タイプのスローイングナイフだ。
ナイフはオークアーチャーに突き刺さり、オークが悲鳴を上げる。分厚い脂肪もありナイフだけでは仕留め切れない。だが、弓矢を射ることはできないだろう。
数本のナイフを投げつけ、オークウォーリアにも傷を負わす。俺は抜刀して斬りかかるがその前にアーシェが大剣で叩き、斬り、潰してオークウォーリアを殲滅してしまった。
唯一残ったオークアーチャーが短刀を抜いて切りかかってくるが、腹を横一門に切り裂き、オークアーチャーは動かなくなった。
「んー終わった」
「だな、前回のこともあったから気合を入れすぎたか」
硬貨を回収して宝箱を調べるが、銀貨が二十枚ほど入っているだけだった。
俺は朝から晩まで、時には一人で何かを求めるようにリュブリスの迷宮に11日間潜り続けた。限界まで戦った後はスキルが発動し、直ぐに戦い始める。お陰で食費が凄まじいことになった。完全に赤字だ。
【名前】シンドウ・ジロウ
【種族】異界の人間
【レベル】24
【職業】魔法剣士
【スキル】異界の投擲術、異界の治癒力、中級片手剣A-、中級両手剣B、中級火属性魔法B、中級水属性魔法C、 奇襲、共通言語、生存本能
【加護】なし
【属性】火、水
レベルは24まで上がりスキルも確実に成長していた。
アーシェと俺が50階まで到達した時、冒険者ギルドを通してハンクから連絡があった。リュブリスに帰ってきたので、酒を飲みながら話がしたいそうだ。宿泊先を聞いたので、ダンジョンから出た俺たちは、ハンクの宿へ向うことになった。