第十二話 イレギュラー
食事と長い休憩を済ませた俺たちは、11階からダンジョン潜りを再開した。
「またゴブリンウォーリアか」
10階まではノーマルゴブリンが混ざっていることが多かったが、今度は三匹ともゴブリンウォーリアで構成されている。10階の大部屋にいた奴に比べてかなり軽装なのでやり易いが
ここまで来るのに何度も手合わせした相手であり、フェイントを入れ混ぜて剣を振れば、魔法を使う必要は皆無だ。
手早くゴブリンウォーリアを仕留め、俺たちは進んでいく。50分ほどで下の階層にたどり着いた。
どうやら階層が下になるほど、人数や装備が増えていくらしい。13階からは10階の大部屋にいたゴブリンウォーリアのような装備になった。鎧や盾を持っている分、一匹にかかる時間が多くなる。
剣を弾き、体勢を崩したゴブリンウォーリアを突き殺す。
「めんどくさいな」
「そう?」
アーシェはガードをするゴブリンなど関係ない様子でゴブリンを始末していく。あの程度の防御などあってもなくても関係ないようだ。
俺も魔法を使えば楽なのだろうが、ぎりぎりまでは使わないつもりだ。出し惜しみして怪我したら元も子もないが――
14階ではゴブリン二匹とワイルドドッグ二匹の組み合わせで現れた。大型犬ほどの大きさのワイルドドッグはウルフ系よりは劣るが、その俊敏性はやっかいだ。
「グルルルゥゥゥ」
ゴブリンに先駆け、二匹のワイルドドックが走ってくる。どうやら俺を狙っているようだ。
「ガァアア」
「ええい、この駄犬どもが」
どこぞの悪役になった気分で、飛び掛ってきたワイルドドッグの射線からサイドステップでかわすと、カウンター気味に切断する。
「ギャッ――」
上顎と下顎で分かれたワイルドドッグは壁にぶつかり、ジュクジュクと消えていった。
僅かに遅れ、もう一匹も飛び込んで来るが、こちらは剣を叩きつけ地面に落とし、逃げないように頭を踏みつける。続けて剣を刺そうとしたが、どうやら踏みつけが止めになったようで、こちらも溶けて行った。
(どうせ消えるなら綺麗に消えてくれ!! どこのホラーゲームだよ)
ワイルドドックに続き迫ってきたゴブリン二匹をアーシェがあっさり仕留め、戦闘が終結する。
「ねぇ、ジロウ、駄犬てなに?」
アーシェが笑顔で尋ねてくる。表情は笑っているのに、目が笑っていない。
(……忘れてた。アーシェもオオカミとは言え、犬系の獣人だったんだ)
「き、聞き間違いじゃないのか――ほら、新手が来たぞ」
「ふーん」
ゴブリン達もたまには良いタイミングで来てくれるものだ。
「水弾よ敵を薙ぎ払え」
ウォーターボールで水を精製し、俺とアーシェの水筒の中を一杯にする。俺たちは15階の入口で休憩し、水分補給を済ませようとしていた。
水を持ち込まない分だけ、軽くて済むので便利なものだ。ついでにウォーターボールを口に発射し、喉を潤しておく。
(戦う水筒、水運車ならぬ水運者てか、ひひ)
「あの、ちょっといいですか」
頭の中でくだらないことを考えていると声をかけられた。
15階で休憩していた男女5人パーティの内の1人だ。
「なんだ?」
「実は水が切れてしまって、失礼なお願いなのですが、代金は払うので水を精製して貰えないでしょうか」
どうやら、俺が水属性の魔法が使えるのを見ていたらしい。五人パーティはボロボロではないが、ここまで来るのにあまり余裕はなさそうに見える。恐らく、水もギリギリしか持ってこなかったのだろう。
(五人が飲む分の水の精製ならほとんど魔力は使わない。戦闘には支障はないか)
一応、アーシェの方を確認する。手をひらひらしている。あれは「ジロウの好きにしなーー」だろう。
「ああ、いいよ。どこに出せばいい。水筒か、それとも口の中にか?」
そう言うと女の子の冒険者はクスリと笑う。
きっと、男より女が行けば水を出してもらえる確率が増えると踏んだのだろう。全く、的中である。
(まあ、ゴリマッチョな人でも出しただろうが、気分的には女の子の方がいいよな)
水筒が並べられたのでそこに水を入れていく。なんだか妙な気分だ。
15階は今まで見てきたゴブリンはいなくなり、代わりに違う魔物がこの階では現れた。
「くそ、厄介だな」
「上や横から回りこんでくるから注意して、ジャイアントスパイダーは音を立てないから」
ジャイアントスパイダーは天井、壁に張り付きながらこちらに向ってくる。正面からの強さはゴブリンウォーリアと変わらない。だが、ジャイアントスパイダーは正面からだけでなく、天井や壁を使って移動してくる。天井までは6メートル、普通に武器を振るっては届かないので、受身にならざる得ない。
上から降ってきたジャイアントスパイダーをバスタードソードでなぎ払う。避け切れなかった体液が俺の体に掛かる。鼻腔を刺激する嫌な匂いだ。
(一瞬で気化するので、汚れないのが救いか)
「飛び道具じゃないとキツいな」
森の中では魔物が頭上から降ってくることはあったが、洞窟内の戦闘だとここまで厄介だとは
「グッゥ」
無音のせいでジャイアントスパイダーの接近を許してしまい一撃を貰った。
(魔法を使うか、いや、まだ15階だぞ。それにアーシェと死角を埋めながらなら)
アーシェと死角を埋めるように動き出してから、ジャイアントスパイダーを早期発見することが出来た。今まではゴブリン相手だったので、特に協力して戦っていなかったのだが、ジャイアントスパイダーは協力して死角を埋めないと、俺にはキツイ相手だ。
「アーシェは良くジャイアントスパイダーを感知できるな」
「スキルがあるからね。それに前にも戦ったことがあるし、あと二階で出てくる魔物が代わってジャイアントスパイダーじゃなくなるから、それまでの我慢」
ファイアーボールを何度か使ってしまったが、連携することで効率良く進むことが出来た。とは言え、二階で二時間以上は経っている。
「なんだこいつら!?」
18階で待っていたのは、人型で歩く植物だ。175センチほどの身長で、体格もほぼ人間と変わらない大きさだ。
「デビルプラントかぁ、アタシこいつら苦手。弱いのに生命力だけやたらあるから、完全に倒すには叩き潰さないといけないし、ただ、こいつらの体液って燃えやすいんだよね」
「へぇ」
アーシェと俺はニヤリと笑い顔を見合うと、アーシェがデビルプラントに突っ込んでいく。
デビルプラントは人間の手のような触手を振り回すが、アーシェによって触手ごと叩き切られる。だがまだまだ元気なようで、触手を振るおうとしている。
アーシェは剣の腹でデビルプラントを吹き飛ばし、もう一匹のデビルプラントにぶつける。詠唱を済ませていた俺は呪文を唱える。
「炎弾よ敵を焼き尽くせ」
ファイアーボールが当たったデビルプラントは勢いよく燃え上がり、もう一匹まで巻き添えで炎に包まれている。
長い触手を振り回し、暴れるがすぐ大人しくなる。そうしていつもの様に溶けていった。
「訓練場じゃ、こんな魔物がいるなんて教わらなかったな」
「もう外じゃ絶滅した種族らしいから、今はこのダンジョンにしか出ないらしいよ。旧ヘッジホルグ共和国の天才魔導師が作った魔物とも言われていたけど、魔導師が死んでから絶滅したから本当だったのかもね」
「魔物を作る? 人工の生物兵器、合成獣のキマイラみたいなものか」
「一から魔物を作るから、ちょっと違うらしい」
どうやらアンドロイドやサイボーグのような関係らしい。尤も今重要なのはコイツが燃えやすいということだ。
「アタシが前衛で集めるから、さっきみたいにお願い」
「ああ」
なるべくデビルプラントを一箇所に集めてからファイアーボールを使ったが、出力を抑えたとは言え、20階に到達するまでに18発も使ってしまった。
一時間ほど20階の入口で休憩し、魔力を八割方回復させる。残りの二割まで回復させるとなると、時間がかかるので、出発することにした。扉を開けてからしばらく歩き続けると、そいつらは現れた。
「またお前らか」
20階で俺の目の前に現れたのは、角を持ち、ゴブリンよりも大きい体を持つ二匹のホブ・ゴブリンだ。ソフトレザーアーマーを身に付け、手には片手剣と手楯を持ってる。
「ゴブ……」
二匹のホブゴブリンは突っ込んでくる。前戦ったときは《異界の投擲術》を使った不意打ちだったので、実力が不明だっだが、動きが速い。
剣の間合いが広いので、こちらの攻撃の方がレンジが広い。短く踏み込み、斜め上部の角度から剣を振る。ホブゴブリンはその一撃を剣と楯で弾き、突きを入れようとしてくる。
突きを繰り出すホブゴブリンの剣を捌き、ホブゴブリンの腕を大きく傷つける。剣が使えなくなったホブゴブリンは楯で殴りかかってくるが、俺はその前にバスタードソードを叩き込んだ。
肩から鳩尾にかけて縦に切られたホブゴブリンは血反吐を吐きながら溶けていく。アーシェの方はガードなど関係なくホブゴブリンを仕留めたようだ。
「怪我は?」
「ああ、大丈夫。先に行こう」
この世界に来てから幾度と無く助けられた《異界の投擲術》と《異界の治癒力》は未だ使用していない。この二ヶ月、俺は狂ったような訓練とクエストの日々で得た物でここまで来た。確かに魔法石や魔道具も狙っているが、俺にとって、これはダンジョンへの挑戦ではない。この二ヶ月してきたことへの、俺自身への挑戦なのだ。
(人生とはこんなに濃いモノだったとはな)
新手のホブゴブリンが見える。もう少しで20階にある転送部屋にたどり着く。もう一息だ。
剣の紋章の扉を開けて、中に入ると、広い空間に4匹のホブゴブリンが佇んでいた。全ゴブリンが漆黒の鎧を身に付け、お面を付けている。
4匹のお面は異様だった。大きさこそは同じだが、表情が一つ一つ違う。喜び・怒り・哀しみ・楽しさを体現した精巧なお面であり、恐らく、喜・怒・哀・楽を意味しているのだろう。問題は何故、このゴブリン達がそんなお面を付けているか、だ。
(ッ!? アレ……ホブゴブリンだよ、な)
相手はホブゴブリンで体格も何もかも劣るはずなのに、今まで対峙してきたどの魔物よりも重圧を感じる。前に殺されかけたあのホーングリズリーよりもだ。口から軽く息が漏れる。
「なぁ、アーシェ、ここの大部屋の主はオーク三匹じゃないのか。あいつら……なんだ」
うすうす気付きながらも、そうアーシェに問いてしまう。アーシェは軽く笑っていた。
「ジロウ……当たり、いや、外れだよ。ダンジョンでは時々、例外が起きる。アイツラはその類」
「イレギュラーモンスター……」
四匹は腰の獲物をゆっくりと抜刀した。ユラリ動くホブゴブリンには一切の無駄がない、
「死にたくないよね、全力で行くよジロウ」
体を襲う興奮と重圧の中、人とゴブリンとの死闘が始まろうとしていた。