第十話 迷宮入り
ついにダンジョンに突入
東部の森で数匹のジャイアントスパイダーを討伐した俺は、ギルドに討伐の素材であるジャイアントスパイダーの牙を提出した。
ジャイアントスパイダーはDランクの中位の魔物であり、網を張って待伏せをする造網性の蜘蛛ではなく徘徊性の蜘蛛だ。170センチくらいの大きさで、その敏捷性からゴブリンや人間をよく襲い、冒険者やゴブリンから恐れられている。
《奇襲》が成功しづらい相手でかなり手こずってしまった。
城塞都市に戻ってきたが、すっかり日が落ちてしまったので、新たにクエストをするのは気が乗らない。俺はもう貸し宿に戻ることにした。
貸し宿に戻り、さっそく食事を取ろうと宿屋が兼営する飯屋に入ると、テーブルに座った食事中のアーシェがいた。傍らには愛用のツーハンドソードが壁に掛けてある。
「アーシェ戻ってきてたのか」
俺の声に気付いたアーシェはこちらに振り向いた。
「おお、ジロウ久しぶり、馬車で帰ってきたから昼にはこっちにいたよ」
「そうか、クエストに出てたから気付かなかった。で、どうだったオークリーダー退治は」
「いや、それがね。めちゃくちゃ大変だったんだよ」
アーシェが大変だと言うのだから、かなりのものだろう。
俺はアーシェの正面に座ると、注文を取りに来た店員に注文をする。ここの料理は覚えているので、メニューなど必要ない。それにちんたらメニューなど見ていたら周りから奇妙なモノを見るような目で見られる。
「死者こそでなかったけど、討伐に出た半数が戦闘不能になって、パーティが崩壊しそうになったんだ。偶然4人も回復魔法持ちがいたから良かったけど、あれがいなかったら総崩れになって何人死人が出てたか、ジロウも連れて行けばまだ楽だったのに」
「崩壊? オークリーダーと周辺の群れの討伐だったよな。簡単な相手ではないが、人数を揃えて行ったのに何があったんだ」
オークリーダーはCランク中位の魔物だが、30人以上の冒険者、それもC・Dランクだけで構成された大規模パーティだったはずだ。それがどうしてそうなったのか
「オークの数が異常だった。襲ってきたオークだけで優に60匹は超えてたし、オークリーダーが何匹もーーある程度情報が違うことはあるけど、ここまで酷いのは初めて」
先日ゴブリン討伐中に襲ってきたのもオークだ。あれが60匹も襲ってくることを考えると寒気がする。
「なんでそんなにオークがいたんだ?」
「さあ、アタシには分かんない。でも他の地域から集まってきたんじゃないか、て他の冒険者が言ってたけど、集まってくる理由が分からないし」
「オークが集まる理由ねぇ」
オークが群れる理由……、繁殖、いや何かと戦う為か、討伐に来る冒険者達とか、でも冒険者が事前に来ることを把握するほど高度な情報網をオークリーダが持ってるとは思えないし
そんな時、アーシェが思い出したように声を上げた。
「あ、でも一ついいことあったんだ。オーク討伐でランクが上がって、Cランクになったんだよ」
首から下げたギルドカードを胸から引き出したアーシェは、大型犬が獲った獲物を見せびらかすように出す。完全に「見て見てー」だ。
確かにランク表記がDランクからCランクへと変わっている。
「遂にCランクになったのか、凄いな」
俺は棒読みでそう言うと、ギルドカードを胸から引っ張り出す。もちろんランク表記がアーシェに見えるようにだ。
「……なーんだ、ジロウもランク上がってたのか、つまんない」
アーシェは不貞腐れたようにエールを飲み出す。
「ひひ、あ、そうだ。武器が折れたから、ダマスカス鋼製のバスタードソードを注文したんだ」
「お、Dランク下位の冒険者の癖に」
「アーシェもDランクの時に持っていたじゃないか、そう言えば、アーシェのツーハンドソードていくらしたんだ」
アーシェは唸った後にポツリと言った。
「んー180G」
「高いな」
「あははは、特注だったからね。これでもオマケして貰ったんだよ」
上昇志向のある冒険者というのは、いくらでも金のかかるモノだ。冒険者の稼ぎのほとんどは装備品に消えていく。
「でも、ジロウがDランクになったってことは、もうダンジョンに挑戦するんだよね?」
「ああ、アーシェが帰って来たら迷宮に挑もうと思ってた。注文したバスタードソードはまだ完成していないが、低階層なら大丈夫だろう」
想定外の魔物が出てきたら、全力で逃げればいいのだ。それにオーガに襲われた冒険者は変わったことをしていたから、ダンジョンに襲われた、という話もある。変なことをしなければ大丈夫だろう。
「それじゃ、早速明日はダンジョンに挑もう」
緊急時のポーションを一、二本や携帯食料を大目に持っていった方がいいだろう。
リュブリス城塞都市から数キロ歩くと、山脈の麓に城壁で囲まれた街が見えてきた。その姿はリュブリス城塞都市に酷似しており、リュブリス城塞都市の極小版を見ているようだ。尤も、こちらは斜面を利用して作られているので、山城の色が強い。リュブリス城塞都市が出来てからダンジョンの入口が発見されたことから、リュブリスの城壁を手がけた設計士がこちらも設計したのかもしれない。
こちらの街も入口に詰め所があり、守備兵が街に入る手続きをしている。簡易的な受付を済ませ、俺は街に入る。
街の中は、軍人、冒険者、傭兵――などなど戦闘や荒事を生業としている人間ばかりだ。商売人を除いた一般市民は一体何人いるのだろうか、という光景である。ショートスピア、ロングボウ、シャムシール武器の展示会を見ているようだ。
「凄いなこれは」
リュブリスの名を世に知らしめた要因は二つあり、交通の要所を塞ぐ形で作られた城塞都市とその他防御施設で構成されるリュブリス線、そして西部の山脈の麓に存在するリュブリスの迷宮だ。周辺からダンジョン目当てで大勢の人が集まっているのだろう。
「そうだね、アタシが初めて来た時も、びっくりして入口で足を止めちゃったよ。お、良い大剣」
そう言うアーシェの視線の先には、アーシェのツーハンドソードよりも太身な大剣を持った獣人だ。耳はアーシェのようなオオカミ耳ではなく丸い。恐らくクマ耳だろう。
「熊の獣人か」
2メートル近い丸坊主の男がクマ耳なのは酷い光景。何かの罰ゲームのようだ。
「しかし、他の街よりエルフや獣人が多いな」
多いと言っても割合的に城塞都市より多いぐらいだが、身体的に人間よりも優れるから冒険者や軍人に亜人が多く集まるのかもしれない。
「リュブリスにはレベルやスキルを上げるのに多くの冒険者が集まるからね。エルフや獣人も多いよ。ダンジョンを取り合って戦争をする国もあるぐらいだし」
「この様子を見たら頷けるものがあるな」
事前に訓練場で聞いた話では、迷宮が出来た経緯も歴史も解明されておらず、ダンジョン内に一定数沸いてくる魔物や装備がどこから来るのか一切謎に包まれている。倒した魔物は地面に飲まれ、生き物以外の一定時間放置された物は何もかも迷宮に飲まれてしまう。このように謎が多いダンジョンは超古代の遺物、邪神の胃袋、神々の遊び場などとも呼ばれているらしい。遊び場とは、なんとも皮肉めいた言い方である。
街の奥に行けば行くほど、人が多くなっていく。そしてひと際大きい建物がある。大きな図書館くらいはあるだろうか。
「入場料2Sになります」
カウンターにいる係員に2Sの入場料を払う、どうやら建物内に入れば何度でもダンジョンに挑めるらしい。中には診療所や鍛冶屋、道具屋、宿屋など、なんでもある。
ダンジョンに挑む冒険者用なのだろう。料金を見ると外に比べて高い。普通の自販機なら水は100円なのに、山にある自販機で買ったら200円のような感じだ。付加価値というものだ。商魂恐るべし
注意書きの看板があったので、見て見る。
どうやら纏めて見ると。地下にある迷宮の上に建物を建てたらしく、厳重な扉と何人もの専属の守備隊が並ぶその先にダンジョンの入口があるそうだ。入口と言ってもリュブリスの地下にダンジョンがある訳ではないらしい。この世か、別の世界かは分からないが、違う空間に転移する。
1つの階には前の階に戻る移動用魔法陣がある部屋、次の階に進む移動用の魔法陣の部屋があるそうで、1階の次は10階で、その後は10階ごとにリュブリスに戻る転移用魔法陣がある。ペース配分を間違えた冒険者は、死ぬそうだ。
通常はリュブリス行きの転移魔法陣がある前後の階でレベルやスキル上げをするらしい。ちなみにどうやって判定しているか分からないが、大人数でパーティを組んでいると次の魔法陣に進めず、怒涛のように魔物が押し寄せて来る魔物流が起きる。
前の階に戻ることは出来るので、そうなったら前の階に逃げるしかないそうだ。その魔物の波が収まるまで前の階のパーティは次の階に転送できないので、ルール違反らしい。一応、転移用の部屋は魔物は入れないので、別名休憩室という。
制限人数は構成メンバーで5人~7人に変わるが、最高5人までにパーティを収めるルール。救援は自由だが、自己責任で何が起きてもギルドや運営は関わらないそうだ。
「アーシェ、ダンジョンて案外、適当だな」
「詳しいことが何も分からないんだから仕方ないんじゃない。調べようがないし」
(理論で何も分からないから経験則でダンジョンを利用しているのか、なんとも恐ろしい話だな)
説明書きを読んだ俺たちは階段を下りて地下へと向かう。途中、ダンジョンから帰ってきたのか、血まみれの冒険者のパーティがいた。ひと際大きい扉を潜ると、15平方メートルほどの部屋の中心に魔法陣が書いてある。ここが入口らしい。
「どうするんだ」
「円の中心に入って“転送”て言えばダンジョンに飛べるよ」
俺たちは魔法陣の上に乗り転送と唱えた。魔法陣が輝きだすと、光が俺達を包む。
(この感覚どこかで――まさか、この世界に飛ばされた感覚に似ている!?)
そんなことを俺が考えてるとも知らず、アーシェは楽しみが我慢できないように笑っている。そうして、この世の果てか、異空間に俺たちは転送された。