第九話 飛んで火に入る蜜蜂
夜にギルドハウスに着いた俺は、ギルドの素材管理人にゴブリンの首を提出し、試験クエストを達成した。受付でギルドカードの更新を行い公式にDランクに昇格する。
Eランクに昇格した時に比べ、受付嬢は露骨に喜んでくれない。「普段からゴブリンを狩って来ている冒険者が何を言っているんですか」と営業スマイルで言われた。
(もう少し喜んでくれてもいいじゃないか)
ギルドカードを見ると、ランク表記がEランクからDランクへと変わっている。晴れて一人前の冒険者になったのだ。
同時にこれで迷宮に挑むランク目標を達する。一応、Eランク上位からダンジョンに入ることは出来るが、俺の我がままでDランクになるまで待って貰っていた。
理由は至って簡単だ。少しでも死亡率を下げたいからである。アーシェはダンジョン経験があるそうなので心配ないが、経験不足のまま俺はダンジョンに挑みたくなかったからだ。
基本的に階層ごとに出現するモンスターは決まっているが、時々どういう訳か例外が起こるらしい。低階層にBランクのオーガが出現し、安心しきっていた20人近くの養殖冒険者が逃走も出来ずに皆殺しにされたこともあるそうだ。
アーシェによると養殖というのは、クエストをしないでダンジョンをメインにしている冒険者に対する総称らしい。特徴としては、低ランク高レベルで魔物に対する集団戦に優れるが、判断力や対人戦の能力が低い。俺もEランクのままダンジョンに挑んだら養殖になりそうなので、オーガのような強力な魔物が出ても逃走できるよう止めたのだ。
ひんやりとした夜風を受けながら、俺は飲食店が集まる一角を歩く、昇級祝いとして今日はエールではなくぶどう酒でも飲もう。
ぶどう酒と言えば偏見として上品な人が飲むイメージがあるが、この世界ではそれは当てはまらない。
何せ、冒険者や軍人が酔っ払いながらワインを一気飲みし、肉を頬張っているのだ。尤も敷居が低いので助かるが。
想像しただけでお腹が空いて来た。この世界に来てから基本的に自炊はしていない。外で食べた方が安く済むし、調理道具がかさばるからだ。唯一背嚢に入っているのは、小型の鍋ぐらいなものだ。
(今日はどこの店に入ろうか)
店を物色していて、ふと気付いた。最近、誰かと食事したかと、そもそも一緒に食事出来る、したことがある人物って……
(アーシェ、アルフレート、ハンク、アンギルさん……冒険者関係の人しかいない。そもそも四人とも街にいないだろうし、俺ボッチなんじゃ)
人間気付かなくていいことに気付くものだ。お祝い気分に水をかけられ一転、空しくなって来た。
「おい、やめろよ――」
「ちょっとぐらい良いじゃないか」
周りを見渡すと、仲の良さそうな冒険者のグループがじゃれ合っている。
「はぁ、今日は浴びるほど飲むか」
良さそうな店を見つけた俺は静かに店に入った。
Dランクとしての初クエストは、集団での蜂蜜採取クエストとなった。蜂蜜狩りと言えば間抜けな響きだが、巨大蜜蜂の巣を襲う、と言えば印象はガラリと変わるだろう。一つの巣にはジャイアント・ビーが数百から千匹はいるのだから。
尤も、所詮は大きい蜂、しかも小型の蜂に比べ動きが緩慢なので、一匹、一匹は対したことはない。ジャイアント・ビーの恐ろしいのは集団になった時だ。実際、運が悪く命を落とす冒険者も過去にいたらしいので気を付けなければならない。
ジャイアント・ビーの巣に近い開けた場所に十四人の冒険者が集まっている。今回のクエストの役割分担と準備をする為だ。
「クエストリーダーになったルガリオスだ。初参加の者も多いようだな。早速だが説明を開始する。まず、十人が巣の入口近くに薪や発火物を投げ込み、残りのマジックユーザーが巣の周りに火属性魔法を撃ち込む。樹洞内のジャイアント・ビーを蒸し焼きにした後に、斧で木を開いて中の蜜を集める。というシンプルなモノだ」
「蜂蜜採取は初動でどれだけジャイアント・ビーを封じ込め、無力化するかが重要だ。各員、与えられた役割を確実にこなしてくれ」
クエスト受注時にギルド職員に聞いたが、ルガリオスは何度もこの手のクエストをしてきたらしい。
「今から名前を呼んで、詳しく役割を説明するぞ」
ルガリオスの説明によると、俺の役割は、巣に当てないように気をつけてひたすらファイアーボールを撃つ事らしい。薪を投げ込み終わった冒険者がマジックユーザーの護衛を務めるそうなので、襲ってくるジャイアント・ビーは気にしなくていいそうだ。
巣に近づくにつれて、上空を飛ぶジャイアント・ビーが増えてきた。一定の範囲内に近づくと一斉に襲い掛かってくるそうなので、範囲外ギリギリまで近づき、あとは全力で駆け込まなければならない。
数人はルガリオスに渡された対ジャイアント・ビーの武器を持っている。武器といっても鉄製のテニスラケットのようなものだ。あの形状が飛んでいるジャイアント・ビーを叩き落としやすいらしい。見た目に反して、あの鉄製ラケットは人間を殴ってもかなり痛いだろう。
大量の薪や油を背負った冒険者達がルガリオスの合図を待っている。
「いくぞ、ついて来い」
掛け声と同時に冒険者達は駆け出した。十数人が駆け出しているので、枝が折れる音や草が擦れる音で森はあっと言う間に喧騒に包まれている。
前方に大樹が見えてくる。あの大樹の中に大きな樹洞があり、そこにジャイアント・ビーが営巣しているのだ。既に樹洞の入口からは異変を察知したジャイアント・ビーが何匹か出てきている。
「オラァ!!」
前衛の冒険者達は、背負っていた薪や油を投げつけた。襲撃に気付いたジャイアント・ビーは巣穴から這い出てくる。
「「「炎弾よ敵を焼き尽くせ」」」
「炎よ、我が壁となれ」
俺を含めたマジックユーザーが一斉に火属性魔法を放つ。中には防御に特化したファイアーウォールを使うマジックユーザーまでいる。
ジャイアント・ビーの蜂蜜は栄養価の高い甘味料として利用される他にも、特定のポーションを精製する原料にも使われるので、ランクの割りに報酬がかなり良いのだ。食用ではない蜜蝋自体も蝋燭の主原料や石鹸、クリームなどにも使われ需要が高い。
そう言う訳で、高収入のこのクエストに応募してきたマジックユーザーの割合が高くなったようだ。
巣穴から出る前に薪や油に着火してしまいジャイアント・ビーは、飛ぶことも出来ずに地面をのた打ち回っている。巣穴から脱出した怒り狂ったジャイアント・ビーは俺たちに襲い掛かろうとするが、冒険者の剣に斬られ、鉄製のテニスラケットモドキで叩き落とされていく。
「いってぇ!!」
ジャイアント・ビー数匹に襲われ、肩を刺された冒険者が痛みで叫び声を上げている。どうやら蜜蜂の癖に針の構造はスズメバチに似ているらしく、何度でも刺せるようだ。
「クソッ、このブンブンとんでんじゃねぇぞ」
ジャイアント・ビーに刺された冒険者は、相当痛かったらしく剣を振り回している。他にも数人がタイミング悪く刺されたようだ。
そんな彼らを横目に俺はファイアーボールを打ち続ける。こんな大人数で魔法を撃つことなんて初めてなので、軽く興奮している。巣穴の入り口に死んだジャイアント・ビーが詰ったようで、新たに巣穴から出てくるジャイアント・ビーは皆無だ。巣にこそ火は付いていないが巣の周辺は火炎地獄であり、巣の中のジャイアント・ビーに無事なものはいないだろう。
周辺を飛ぶジャイアント・ビーもほぼ全て死んでいる。
「よし、もう、魔法はいいぞ。周辺に燃え移らないように火を消そう」
冒険者達は土を掛けたり、踏んで火を消すが効率が悪い。どうやら水属性の魔法を使うマジックユーザは俺しかいないようだ。
「ルガリオス、俺はウォーターボールを使えるが、使った方がいいか」
消火していたルガリオスに声を掛ける。
「水属性の魔法も使えたのか、助かるな。ええっと名前はジロウだったか。見かけによらず魔法使いなのか」
俺は剣やスローイングナイフを付けているので、一見すると魔法を使うようには見えないのだろう。それに遠距離から敵を削るが、戦闘スタイルは剣が中心だ。なので後方で支援専門に行う純粋な魔法使いではないだろう。
「いや、剣が主軸だ」
火が燃え移ると大変なので早速詠唱を始める。
「ほう、珍しい魔法剣士か、またクエストがあったらよろしく頼むよ」
そう言うとルガリオスは、消火活動に戻った。何度も俺はウォーターボールを撃ち込み。10分ほどで火は鎮火した。
斧で木を開いていくと中から蒸されたジャイアント・ビーがゴロゴロ出てくる。死体を森の隅に捨て、蜂蜜や蜜蝋をビンや鉄製の容器に収めていく。容器は直ぐに蜂蜜や蜜蝋でいっぱいになった。
「舐めて見ろよ。美味いぜ」
手に付着した蜂蜜を舐めた冒険者はにやけている。
俺も真似して、自分の指についた蜂蜜を舐めてみた。舌に豊潤な甘味が広がり、心なしか魔力や体力が回復した気がする。これが高値で取引されるのも頷ける美味さだ。
帰り際、参加者全員に小ビンに入った蜂蜜が配られた。大物だったので、現物支給をしてくれるそうだ。アーシェが帰ってきたら、食べさせてやろう。
【名前】シンドウ・ジロウ
【種族】異界の人間
【レベル】13
【職業】魔法剣士
【スキル】異界の投擲術、異界の治癒力、中級片手剣D、初級両手剣B、中級火属性魔法D-、初級水属性魔法A-、 奇襲、共通言語、生存本能
【加護】なし
【属性】なし
ステータスを開くと、火属性魔法が中級火属性魔法D-になっていた。訓練場で開催される魔法座学は教材も参加料も高いが、新しい火属性魔法習得のためにまた参加してみてもいいかもしれない。
そろそろダンジョンに挑もうかと
投稿してから誤字脱字を探すので、少し時間が経つと直っているかもです。