第八話 Dランク昇級試験
「オラ、振りが甘いぞ。片手剣とは勝手が違うんだしっかりやれ」
訓練場に来た俺は、久しぶりにエルフレック・カパーソンとの訓練をしていた。今日は片手剣ではなく、バスタードソードに慣れるために短めの両手剣を使っている。
「片手剣はそれなりだが、両手剣となるとまだまだだな」
「んじゃ、慣れるまで何時間でも付き合ってもらいますよ」
「ほう、言うようになったじゃねぇか」
戦いながらも冗談が言えるほどには、成長したのだろう。実戦というのは一番の訓練かもしれない。
「ほら、行くぞ」
中段から突き出される連続攻撃に俺は防戦一方だ。
エルフレックの突きを弾くが、横にずれたエルフレックはそのまま、すれ違い様に両手剣を振ってきた。
両手剣でそれをしっかりガードする。片手剣とは比べようにならない安定性で受け止められた。
そのまま反転したエルフレックは逆袈裟斬りを繰り出す。俺は二度、三度とバックステップをするが、勢いそのままにエルフレックは踏み込んで来る。
だが、それは予想済みだ。俺はそれに合わせて突きを出す。
(決まった)
そう思ったが、エルフレックが体を捻り、避ける。突きから体勢を戻していない俺は、そのまま切られてしまった。木剣だから切れないが結構痛い。
「あれを避けるか」
「実戦から離れてしばらくだが、俺は訓練場でひたすら剣を教えているんだ。対人戦は得意に決まっているだろう」
エルフレックは得意げに言っている。
「よし、構え直せ、やるぞ」
スキルなしでこの体力はどうなってるんだ。俺がエルフレックに斬りかかり、訓練は再開された。
片手剣のお陰で剣技に心得が出来たのか、両手剣のスキルは見る見る伸びていった。昨日、一昨日でスキルは、初級両手剣Bを習得に成功している。
試しにクエストを受けたが、なかなか扱いやすい。両手剣の威力があれば、ゴブリンは真っ二つにすることが可能だったし、前回苦戦したオークの首も楽に落とせるだろう。必要な時は片手で扱えるので、投擲魔法や魔法の邪魔にもならない。
狩り取ったゴブリンの首を持ち帰り、ギルドカードを更新する。
「あ、おめでとうございます。今回のクエスト達成でDランク昇級試験を受けることが出来ますよ」
受付嬢が笑顔で伝えてくれている。
「Eランクのように自動昇級しないのか」
「はい、Dランクでは、自動昇級はありません。Eランクを超えますと、討伐クエストや護衛クエストが多くなり、単独での戦闘能力が求められますので、死亡率の低下や冒険者の質低下を防ぐためにも、戦闘能力の確認試験を行うのです。Cランクは再び自動昇級しますが、Bランクからはまた昇級試験があります」
「そうか、しかしこれに合格したらDランクか」
Dランクと言えば、Dランク上位と下位という差はあるが、アーシェと同じランクである。
これで気兼ね無く同じクエストを受けることができるのだ。それにCランクのオークにもリベンジが出来る。
「それで試験内容というのは」
試験と言うのだから其れ相応に難しいのだろう。大蜘蛛やホブゴブリンの群れを討伐するかもしれない。もしかしたらオークの群れかーー
「一日以内に単独でゴブリン10匹の討伐です」
「はっ? ゴブリン10匹?? 何かの冗談か」
ゴブリンなんてFランクから狩っている獲物だ。ホブゴブリンなら手強いのでまだ分かるがーー
ああ、冗談か、受付嬢も意外にお茶目だ。そう思い笑っていたが、受付嬢は笑っていない。寧ろ、呆れ顔でこちらを見ているではないか
「あなたが異常なんですよ……。 つい最近までFランクだった素人の冒険者が当たり前にゴブリンを狩ってきたり、それどころか共同とは言え、シルバーウルフやホーングリズリーまで倒して、この前なんか本部の人間に書類間違っていないか確認されたんですよ!!」
何かよく分からないが、受付嬢が怒っているようだ。俺だって楽している訳ではない。毎日限界まで戦って、どこぞの超絶ブラック企業の戦士並みにクエストと訓練をこなしているんだ。
「いや、俺だって必死にクエストしてるんだから、楽してる訳じゃ」
「それがおかしいんです。獣人の血が濃いアーシェさんなら分かりますが、人間のジロウさんがアーシェさん以上のクエスト率で動けるんですか!! 普通なら二、三日で過労で倒れますよ」
いや、実際何度も倒れているんだが、その度にスキルのおかげで立ち上がっているだけだ。そう言えば、素の身体もかなりタフになった気がする。比べる対象がアーシェしかいないのでよく分からないが
(まあ、食費も馬鹿にならないんだけどな)
「はぁ……それじゃ今からDランク昇級試験を受けようかな」
受付嬢は絶句してしまった。
「今からって――もう昼になるんですよ!? 普通は朝一番に受けて万全の体制で望むモノです」
「でもゴブリン10匹だろ、数時間あれば十分だ。夜までには戻れるよ」
諦めた様子で、受付嬢は引き出しから記入用紙と説明書きを出すと、カウンターに置いた。
「試験官を呼ぶので、試験の説明を読んで、記入してお待ちください」
受付嬢はギルドハウスの奥に行ってしまった。説明書きを読むと、ほとんど通常のクエストと変わらない。変わると言えば試験官が後ろから同行するということぐらいか
用紙に記入が終わり数分後、ギルドハウスの奥から試験官と受付嬢がやってきた。試験を公平にするために、試験官とは極力会話してはならず、名前も明かさないそうだ。
「では、今からDランク昇格試験を始めます。試験合格条件は、単独でゴブリン10匹を討伐し、明日の昼までにギルドに討伐したゴブリンの首を提出することです。最後に何か質問はありますか」
「いや、特にない」
試験官の前で最終確認が終え、俺はゴブリンが生息する東の森に向かった。
俺は森の中を素早く、立てる音は最小限に移動していた。かれこれ30分は駆け足で移動している。道という道はないが、この程度は問題はない。今までこのぐらいの道ならアーシェとほとんど駆け足で移動していたのだからーー
仮にバテたとしてもスキルで即座に回復するので問題はない。尤も、疲労や怪我の度合いにもよるが、スキルが発動したら必ず食事をしなければならないのが弱点だ。
俺が目指しているのは、早朝にゴブリンを狩った場所。他の魔物がいるかもしれないが、寄ってみて損はないだろう。
目の前には、早朝斬り倒した首無しゴブリン達の死体が転がっていた。早朝と違うのは、死体の位置が違うことと、放置していたはずのゴブリンの装備品が消えている事だ。
棍棒やホーンラビット製の武器が消えていた。あんな武器を回収するのはそれこそコボルトやゴブリンに限られている。辺りを注意深く捜索すると、幾つかの足跡が見つかった。この足跡はゴブリンのものに間違いない。
「足跡から言って四匹くらいか」
アーシェや他の獣人なら通常の人間よりもはるかに嗅覚が優れているので、人間の冒険者では嗅ぎ取り辛い匂いまで嗅ぎ分け、追跡してしまうのだ。
俺はそのような芸当は出来ないが、どういった場所にゴブリンがいるかは学んでいる。足跡を辿って、途中何度も見失いかけたが、四十分程でお目当てのゴブリンを見つけることが出来た。全部で6匹、単独のゴブリンのグループとしては多い方だろう。
目標まで20メートルほど、まだ近づけそうだが、万全を期す方がいいだろう。
試験なのでファイアーボールやウォーターボールは使わない。最初から《異界の投擲術》を使い全力で目標を攻撃する。《奇襲》のスキルを重ねがけした俺は、試験の為に持ち込んだ投槍を投擲した。
投擲された槍は一直線に軌跡を描き、ゴブリンのグループに飛び込む。
一匹にも刺さることはなかったが、込められた魔法が炸裂した。全匹が殺傷範囲に収まっていたゴブリン達は、酷いものだと四肢がもげ、身体がバラバラになり、運が良く軽く済んだゴブリンでも全身打撲と脳震盪が起きていた。
20メートル離れた俺や試験官にも衝撃を感じることが出来る。流石に魔力の消費が激しく、しばらくは同規模の攻撃は不可能だ。
この攻撃方法は、素材を痛めつけてしまうし、魔力の消費も激しい。何より近距離で使うと自身にもダメージが及ぶので、ほとんどこのような攻撃はしないが、今回だけは特別だ。
二匹は即死、一匹が瀕死だが残りはまだ動けそうだ。見た目は派手だが、使用した魔力に効果は見合ってない。
(確実に仕留めるには、魔力で貫通性を高めたスローイングナイフの方が魔力も少なくて済むか)
20メートルの距離を駆け抜けた俺はバスタードソードをゴブリンに叩き込んで行く。抵抗らしい抵抗もなく、戦闘は終了した。
ゴブリンの首を剥ぎ取り、次のゴブリン達を探す。試験官にペースを合わせるか聞いたら、気にするな、と言われたので遠慮なく駆け足で探し回る。荒い息をしながらもついて来たので、流石は試験官だ。
一時間ほど探し回ると、五匹のゴブリンのグループを発見することが出来た。無難にスローイングナイフでゴブリンの数を減らして行く。残り二匹になったところでファイアーボールを撃ち、突撃する。二匹ともファイアーボールには直撃こそしなかったが、パニックになったようである。
バスタードソードを両手で持ち、背骨を除いてゴブリンを横に切断することに成功した。 仲間を失った最後のゴブリンは逃走するつもりだが、如何せん判断が遅すぎる。
背中を向けて逃げるゴブリンに向け、横に一斬りする。ゴブリンの首が空中に舞った。剥ぎ取る手間が省けたので助かる。
ゴブリンの首を集めて、これで11匹分の討伐の証になった。物陰から見ていた試験官に手を振ると、ぎこちない笑顔で返してくれた。
まだ日は暮れそうにない。試験官さんも疲れているし、帰りは早歩きぐらいでいいだろう。
ノーマルゴブリン相手なら無双できます。
……あまり自慢になりませんね