第七話 セルガリー工房
良い武器は高いです
リュブリス城塞都市にある宿に俺は戻っていた。この城塞都市に来て初めて泊まった宿ではなく、月単位で部屋を借りることができる宿である。日で借りるより安く済むので、長期滞在する冒険者に人気だそうだ。
血で汚れた服を脱ぎ、お湯で濡らしたタオルで装備品に付いた血を落としていく。借りてきたタライのお湯にタオルを付け濯ぐ。外は夕暮れを過ぎ、もう夜だ。
「しかし、派手にやられたな……」
大量の返り血を浴びて鎧や服を汚した事は何度かあったが、自分の血でこんなに服を汚すのは初めての事だ。城塞都市に入市する時には、俺が大怪我をしていると思い、警備中の兵士が慌てていた。
飢餓感は、道中に売っていた軽食で完全に収まったので解決した。問題は壊れた装備品だ。服は破けているし、片手剣は完全に折れた。それに腕甲もガードした時に拉げてしまっている。
「服は、修繕するとしても、片手剣と腕甲は買ったほうが早いか」
道具屋や飯屋などは知っているが、武器や防具を扱う店は、中古品を扱うあの店しか知らない。実戦で剣が折れるという悪夢を体験した俺は、中古品の武器はなるべく使いたくなかった。
(そう言えば、アーシェが大剣をセルガリーという鍛冶職人に作って貰ったと言っていたな。)
確か、アーシェが持っているダマスカス鋼製のツーハンドソードは、長さ170、幅は20センチだったはずだ。アーシェの腕力も加わり、ダマスカス鋼製のツーハンドソードは当たり所によって、一撃でオークや大蜘蛛を葬れる威力を持っている。腕力だけで言えば、アーシェはCランク以上なので、実に羨ましい。
俺はステータスを開く。
【名前】シンドウ・ジロウ
【種族】異界の人間
【レベル】10
【職業】冒険者
【スキル】異界の投擲術、異界の治癒力、中級片手剣D、初級火属性魔法A、初級水属性魔法B、 奇襲、共通言語、生存本能
【加護】なし
【属性】なし
先日、遂に片手剣のスキルが一人前と呼ばれる中級になっていた。それなりの剣を持っていても、扱えるようにはなっているだろう。アーシェのようにダマスカス鋼製の武器を持ってもいいかもしれない。アダマンタイト製やミスリル製の武器は安くても500Gから1000Gもする。俺の貯金を全て使っても買うことはできないし、俺の実力から言ってもまだまだ遥か遠くの武器だろう。
「うし、武器と防具を注文出来る店に行こう」
セルガリー工房の場所は知らないが、それなりに良い店らしいので、ギルドか訓練場の人に聞けば、誰か知っているだろう。今日はもう夜だし、なんだか精神的に疲れた。明日早起きして、ギルドと訓練場を回って見よう。
「そういえば、リュブリスに来てから1ヶ月は経っているのに、都市を詳しく見たことがなかったな」
ここに来てからは、訓練場かクエストに出かけているので、宿屋が経営する飯屋と隣接する道具屋くらいにしか、まともに行っていない。
(明日は武具の注文を終えたら、都市の散策してみようか)
服を着替え、防具も拭き終わり、一息ついた俺は、急にお腹が空いて来た。これは異界の治癒力の所為だろう。今日は、飯を食べてさっさと寝るとするか
簡単な装備を身に付け、俺は1階に降りて行く。おそらく今日は玉ねぎと鶏肉ベースのスープにパンだろう。あとは、すっかり慣れたこの世界のエールを飲んで、傷を慰めるとする。もう肩の傷はとっくに治ってはいるが
ギルドにいた顔なじみの受付嬢に聞くところによると、城塞都市で一番ではないが、セルガリー工房製の武器は、信頼性が高く、中堅以上の冒険者が好んで使うそうだ。場所は南部地区にあり、リュブリス冒険者ギルド支部から、徒歩30分程度らしい。馬を使わず、獣人のアーシェと毎日、山道や草原を踏破してきた俺にとっては、何の問題も無い。
「おかしいな、やはりこの辺のはずなんだが――、てここか」
そこには、周囲の建物と同じく、赤茶の瓦に壁は白色の建物があった。周りの建物よりも大きく二階建てだが、その程度の差で、非常に場所が分かりにくい。セルガリー工房という無骨な看板がなければ殆どの人が存在を認識できないだろう。
木製のドアを開け、店内に入る。カランカランと言う音が店内に響く。店内には客は誰もいないので酷くそれが大きく感じられた。
壁に武器が掛けてある。値札が付いていることから、展示兼販売用なのだろうか。そして、カウンターには壮年の男性が座っていた。割と小柄だが、冒険者に劣らないほど、体はがっちりしており、おそらく彼がセルガリーだろう。
俺の入店に気付いたセルガリーは声を掛けてくる。
「おう、いらっしゃい、初めて見る顔だな」
「ああ、最近リュブリスに来たんだ。知り合いがここで剣を作ったというから、俺も作って欲しくて、実は、今まで使っていた片手剣が折れたから、新しい剣を注文したいんだ」
そう言って俺は、折れた片手剣をカウンターに乗せる。
「……これは、随分と使い込んでいるな。強引に叩かれたような跡があるが、どうしたんだ」
折れた片手剣を抜いてまじまじと観察するセルガリーは、俺に質問してきた。
「数匹のオークと戦闘していたんだが、その中の一匹にスキル持ちがいて、そいつに叩き割られた。単独の狩りで片手剣が折られて、死ぬかと思ったよ」
「単独でオークか」
セルガリーは一瞬何かを考えるが、話を続ける。
「どんな剣にしたいんだ」
「スローイングナイフや魔法を使うので、片手剣か必要な時だけ片手で扱える剣が欲しい。材質はダマスカス製で長さは110から140センチくらいだ」
「ほう、魔法が使えるのか、前金が60G。120Gはかかるが本当に大丈夫か」
120Gか、平均と言われるDランクが月に稼ぐのが5Gなので、まともにクエストをすると、ダマスカス鋼製の武器を買うだけで二年も掛かる凄まじい大金で、一般家庭なら10年過ごせる金額だ。俺にとっても大きい買い物だが、良い武器が欲しいのだから仕方ない。所持金はアーシェとのクエストで稼いだGと武器用で下ろしたGで70Gしかないが、後からギルドでGを下ろせば十分足りるはずだ。
「手持ちは70Gしかないが、ギルドから下ろせば払える。前金は今払えるからこれでいいか」
俺は財布から金貨六十枚を取り出し、セルガリーに渡す。
「よし、分かった。ちょっと待ってろ。何本か剣を持って来てやる」
セルガリーはカウンターから離れると、店の奥に引っ込んだ。店の奥からがちゃがちゃと金属音が聞こえる。
「おーい、手伝ってくれ。110から140センチのロングソードとバスタードソードを持ってきてくれ、材質はなんでもいい」
「わかりましたー!!」
どうやら弟子が違う作業をしていたのだろう。弟子は作業を止めて剣を探すのを手伝うようだ。
数分後、八本の剣が俺の眼前に並べられている。どれも装飾は質素だが、機能美とでも言うべき美しさがある。
俺は、一本ずつ軽く振りを確かめていくと気に入ったものがあった。グリップが片手剣にくらべ長く、両手で握ることも片手で振ることも出来る。長さは130センチ程度か
「これ、いいな」
「ほう、バスタードソードか、長さは130センチだがいいのか」
「ああ、問題ない」
両手で振るときは両手剣のスキルが必要かもしれないが、この両手でも片手でも振れる剣に俺は魅力を感じていた。
「んじゃ、手の寸法を測るぞ。グリップは完成してからまた微調整する」
セルガリーはそういうと、俺の手のひらの大きさや腕の長さを測りだした。そしてその数値をメモしている。
「よし、これでいいな」
「あと腕甲も欲しいんだが、この店には売っていないか」
「ああ、うちは武器だけだ。まあ、知り合いの職人が防具を扱っている。寸法はあるからそいつに聞いて見てもいいが」
碌な防具屋を知っている訳ではないので、ここは素直に頼んでおこう。
「お願いします」
「分かった。10日後には剣が出来るからまた来い。それまでこの剣でも使って慣らしておけ」
そう言って渡されたのは、八本の中で一番使いやすかった鋼鉄製のバスタードソードだ。俺はお礼を言って、店を後にする。防具屋を探す手間を省けたので良かった。ある程度都市を散策したら、久々に訓練場に行くのも良いかもしれない。ダマスカス鋼製のバスタードソードが出来たときにある程度は両手で使えるように