第六話 森の襲撃者
俺は東部の森に一人でゴブリン討伐に来ていた。アーシェも俺とは別行動で、C・Dランクだけで募集されたクエストに出かけている。討伐対象はオークリーダー率いるオークの群れの討伐らしい。
そういう訳で、俺は一人だ。単独で討伐に出るのは、これが初めてではない。けれど、俺は緊張をしている。これから投擲魔法無しでゴブリンの群れを襲うからだ。
俺は投擲魔法を使わない戦闘方法を確立するつもりだ。何も戦闘を舐めている訳ではない。俺は気付いてしまったのだ。異界の投擲術の威力は、込める魔力量に比例して強くなる。
つまり、運用方法や工夫こそ出来るが、異界の投擲術を使ったところでスキルのそれ以上の成長が望めない。それならば極力使わない方が他のスキルの成長にも繋がる。手札は多い方がいいのだから
(全部で六匹、棍棒四、槍と錆びたショート・ソードが一匹ずつか、まだゴブリンはこっちに気付いていない。セオリー通りファイアーボールで攻めよう)
俺のファイアーボールはゴブリンにかなりのダメージは与えられるが、下級なので致命傷になりにくい。詠唱がウォーターボールに比べ、長いという弱点もあり、接近戦になった時に向くものではない。
逆にウォーターボールは詠唱が短いが、遥かに威力が足りない。この微妙な二つを考慮し、現時点では、ファイアーボールは遠・中距離からの強襲、奇襲に使い、ウォーターボールは接近戦で意表を突くのに使うことにした。
二つとも微妙な魔法だが、メリットもある。投擲魔法に比べて遥かに魔力の使用量が少なく、継戦能力に優れているのだ。乱射したとしても魔力切れの心配がいらない。
俺は呪文を唱え始める。投擲魔法より射程が短いので、かなり敵に気を使う。
(訓練通りにすれば問題はない)
「炎弾よ敵を焼き尽くせ」
小さく唱えたそれは、背後からゴブリンに襲い掛かった。狙うは、間合いが厄介な槍を持ったゴブリンだ。
回避行動を取らなかった槍ゴブリンにファイアーボールがぶつかり、手や顔面が焦げ、戦闘力を大幅に削る。脅威は半減しただろう。
俺は詠唱を続けながらゴブリンに斬りかかる。一番近かったゴブリンを下段の構えから喉笛を切り裂く。身長の低いゴブリンには丁度良い高さだ。
俺は直ぐ真横にいたゴブリンの腹部に片手剣の刃を深く突き刺す。次のゴブリンに斬りかかろうとするが、別のゴブリンはショートソードを振り、妨害してきた。バックステップで距離を取る。
棍棒を持つ無事なゴブリンがそこに加わり、突っ込んできた。
「水弾よ敵を薙ぎ払え」
詠唱が完了していた俺は、ショートソードを持ったゴブリンに放つ。ウォーターボールを直撃したゴブリンは弾き飛んだ。その隙に他の二匹を斬り捨てる。一匹は棍棒でガードしようとしたが、棍棒ごと切り捨てた。
倒れたゴブリンが起き上がり、ショートソードの刃先を俺に向け迫る。ゴブリンで、しかも意図が見えた攻撃など怖くない。突きを軽く弾き、肩から腰にかけて切りつけ、ゴブリンを絶命させた。最後にファイアーボールのダメージでふらつくゴブリンを叩き斬り、戦闘が終結した。
(想定通りの結果になったが、これがシルバーウルフだとまた勝手が違うか)
ゴブリンの討伐数にはまだ足りない。次のゴブリンは魔法重視で戦ってみよう。
その後、三グループのゴブリンを狩った俺はある程度の魔法の使い方を学んだ。
戦闘が上手くいき、気が抜けていたのかもしれない。背後から迫るモノに気が付かなかった。
「あッ、グゥ」
左肩に激痛が生じる。鋭く質量のある物が肩を傷つけたのだ。前向きの運動エネルギーが残っていたのか、肩を滑るように乗り越え、俺の目の前に現れる。ショートスピアだ。
(クソ、こんなところで盗賊か)
そう俺は思ったが、違った。
「グギ、グアアア!!!!」
オークだ。それも三匹、一匹は鎧まで付けてやがる。それもほとんど距離は空いていない。
(全員が剣、接近戦になったら負ける)
一先ず、俺は駆け出し逃げ出した。オークは逃げる俺を追いかけてくる。
(やはり、付いて来るか)
(どうする、このまま走れば、出血の所為で追いつかれるぞ。覚悟を決めるか)
俺はクイックターンすると、残存する魔力の七割を込め、スローイングナイフを投げる。胸にスローイングナイフが刺さったオークは爆ぜ、肋骨から顎にかけて失い、死んだ。近距離で投げたため、俺にも衝撃が来るが、真横にいたオークほどではない。ふら付くオークの首に片手剣を叩きつける。
首が太いためか、半分も刃が進まないが致命傷になっただろう。
しかし、”致命傷”でしかなかった。血が吹き出る中、燃えるようなオーラを纏い、オークはリミッターが外れたように暴れだした。
(なんだ、これは、まさかスキル!?)
危険を感じ距離を取るが手遅れだ。オークの命全てを込めた斬撃が繰り出された。片手剣で逸らせるが流しきれない。嫌な音が辺りに響かせ、片手剣は真っ二つに折れた。刃はそのまま振られ、腕甲で辛うじて受け止める。
「このッ」
腕甲では受け止められなかった衝撃が俺の腕に伝わる。折れた片手剣で斬ろうとしたが、その必要はなかった。一撃を繰り出したオークはそのまま死んだからだ。
あと一匹は重い鎧の所為で足が遅い。まだ距離があった。俺はスローイングナイフを投げる。
出血と怪我で手元が狂い、僅かにナイフは外れた。威力があっても当たらなければ意味がない。
「グガ、グガガガガ」
もう一本ぐらいならナイフは投げられるが、刺さったとしても、鎧と分厚い脂肪を纏うあのオークに致命傷になるか疑問だ。かと言って折れた片手剣ではいくらなんでも不利だ。
(出来ることをやるしかないだろう)
迷ってる場合ではない。俺は魔法の詠唱を始める。オークは俺が動けないと思ったのかさらに加速した。間合いが詰っていく。あと七秒……二秒、一秒。
「炎弾よ敵を焼き尽くせ」
俺の詠唱の方が早かった。ファイアーボールがオークに襲い掛かる。
内心俺は舌打ちをする。直撃を嫌ったオークが片手を犠牲にしたのだ。オークの片手は使えなくなったが攻撃は止まない。
オークの猛攻を折れた片手剣で防ぎながら後退していく。オークも怪我で興奮しているのか、攻撃が狂気じみている。
防御は出来るが折れた片手剣では、間合いが足りない。
あともう少し、俺はわざと隙を作る。オークは作られた隙かどうか知ってか知らずか、攻撃しようとしてくる。対して俺はそれを防御しない。
「水弾よ敵を薙ぎ払え」
血まみれの左手を突き出し、ウォーターボールを放った。ウォーターボールはオークの顔面に当たり、オークは仰け反り倒れた。俺は素早く飛びかかると、そのままオークに馬乗りになる、オークは腕力で払いのけようとしていた。
(悪いが、お前と力勝負する気はない)
折れた片手剣をオークに叩き刺す。
「グキャ、グギャアアアア!!!!」
不揃いな刃がとてつもない苦痛を与えているようだ。足や手をばたつかせ俺から逃れようとする。
もちろんそんなことは俺自身も《生存本能》も許さない。ただひたすら折れた片手剣を叩きつける。何回オークに片手剣を叩きつけただろう。オークの四肢はピクリとも動かなくなった。
深いため息を吐き、横に倒れる。限界が近くなったからか異界の治癒力が発動すると、出血が止まり、体力が回復する。
代わりに訪れたのは空腹を通り過ぎた飢餓感。ちらりと視線に映るはオークの死体、にく、ニク、肉……ああ、クソッ、流石に人型の魔物は食べたくはない。
(このスキルは便利なんだか、不便なんだか)
飢餓感を必死で抑え、背嚢をひっくり返す。その中に有った口に出来る物を手当たり次第に口に放り込む。あとは初級水属性魔法Bを使い大量の水を飲み、辛うじて落ち着いた。
「はぁ、帰るか」
緊急事態なのでオークの死体はもうどうでもいい。ゴブリンの首だけ持って足早に森を去ろう。途中、何と遭遇してもとにかく逃げる。片手剣が折れ、装備もボロボロなのだから
帰り道にオークに会わないことを願って、俺は血の匂いが充満する場所から逃げるように駆け出した。
剣が折れてしまいました。
珍しく昼に投稿