第四話 Eランク自動昇級
赤い薬草を全て刈った後、俺たちは周辺を注意深く探った。すると数十メートル離れた場所にボロボロの衣服が散乱していた。レザーアーマーなどの防具も引き裂かれて落ちている。
恐らく、あの場で殺した冒険者をここに運んで食べたのだ。骨も落ちているが肉が綺麗になくなっていたので、吐き気は起きない。
「日が暮れると危ない。手早く探して早く帰ろうか」
俺とアーシェは二手に別れて身元に繋がりそうなものを捜索する。草むらの片隅や地面の上にギルドカードや書類が無造作に落ちていた。ホーングリズリーにとっては必要のないものだからだろう。
ギルドカードはどれも血で汚れているが、どれも欠けてはいない。俺とアーシェ合わせて6人分の身元が分かるものが見つかった。
成果は大量だが、素直にはとても喜べなかった。自分と同じ冒険者が志し半ばで死んだと思うと遣る瀬無い。俺だけでもアーシェだけでも角熊に殺されていた。もし、アーシェに声をかけられていなかったら、と考えると俺の頭は間違いなく無くなっていた。
この世界では弱いものは生きることすら許されない。いや、そもそも俺の世界も昔はそうだったのだ。
一揆、嘆願、戦争など何人もの同胞が倒れ、先祖が血の涙を流して命を、人権を獲得し、今の世界があるのだ。俺の体にもその血が流れている。
何が平穏な世界から来ました、だ。平和ボケしてたのは俺だったのだ。先祖に出来て俺に出来ないはずはないだろう。そんなに日本男児は柔ではない。ならば生き残ってやるこの世界から
それに偶発的にしても、何者かによる意図的なものだとしても、俺は元の世界に戻ることはない出来ないだろう。世界は冷酷で気まぐれなのだから
流石にギルドの中にゴブリンやホーングリズリーの頭を持ち込むのは汚れたりするので、マナー違反だ。そういう訳で裏手にある空き地に持っていく。
討伐の証であるゴブリンの頭を渡し、形式的にではあるが、クエストを受けてからクエストの素材管理者のおじさんに次々赤い薬草とその他の採取物を渡す。
「なんですかこの量は!? 赤い薬草がこんなに」
素材管理者であるおじさんは、かなり驚いていた。一度にこんな量の赤い薬草が持ち込まれるのは稀らしい。
「あとこれもお願い」
そう言って出したものは、ホーングリズリーの頭だ。
「ホーングリズリーまで……アーシェ殿とジロウ殿はDランクFランクの冒険者でしたね。過去に傭兵団や軍人の経験が?」
「アタシはないよ」
ついこの間まで新入社員だったしがないサラリーマンだったのだ。そんな職歴あるはずもない。
「俺もそういう経験はない」
素材管理人でいぶかしるような目でこちらを見る。
「あとホーングリズリーの近くにこんなものが」
ギルドカードや書類を素材管理人に渡す。
「確かこの持ち主は、一ヶ月前に東部の採取クエストに向った者です。こちらは討伐クエストを受注したパーティリーダ……」
どうやら素材管理人はこの冒険者達を知っているらしい。
「知り合い?」
アーシェはそう尋ねる。
「いや、過去何度かクエスト関係で顔と名前は知っていました」
「あとでギルドの情報係を寄越しますので、詳しい話をそちらに、ホーングリズリーの討伐クエストは出ていませんでしたが、こちらでホーングリズリーのクエスト受注を調整しますのでご心配なく」
もっとガチガチのお役所仕事かと思ったが、意外にも融通が利くらしい。
「分かりました」
素材管理人が情報係を呼びに行き、ギルド内にある個室に案内された。リュブリスギルド支部は規模が大きいので、支部がある建物もかなり広い。緊急時の傭兵を集めるのにも使われるため、城塞都市から補助金が出たらしい。
情報係に森の中にあったことを詳しく話していく。情報係が言うには、そういう獲物を使った待ち伏せは非常に知性が高く、強力な個体が行う。このホーングリズリーも放置しておけば、さらに惨事になっていたらしい。
ギルドカードと書類を回収したということで、報奨金を貰い5つ分のクエスト達成になった。ギルドカードは特殊な材料と方法で作るため、死んだ冒険者のギルドカードを再利用するらしいのだ。
報告が終わり、ギルドのエントランスに戻ってきた。
「んじゃ、受付に行こうか、クエスト達成は身分確認出来ないと終了しないから」
そういう訳なので受付に向かい手続きをする。
受付に見慣れた女性がいる。訓練場にいた受付嬢だった。今日は長い茶色の髪をポニーテールにしていた。
「あれ、訓練場の受付してたんじゃ」
「忙しい時だけ訓練場の手伝いをしているんです」
どうやら訓練場とギルドは親密な関係らしい。あの教官たちは引退した元冒険者らしいので、再就職先になっているのかもしれない。
「これお願い。ジロウもギルドカード出しといて」
アーシェはクエストの書類とギルドカードを受付嬢に提出する。俺もチェーンで首にかけていたギルドカードを取り出す。鉄の胸当てや服が邪魔して多少手こずったが、取り出し、受付嬢に出した。
「今日のクエスト達成は、Dランク上位の角熊、Dランク下位のゴブリン討伐、Eランクの赤い薬草が5つ、Eランクのギルドカード回収クエストが5つ……一日でこの数は凄い。ええっと、合計160Sの報酬です」
カウンターに乗せられた報酬を自分の財布に仕舞う。
報酬は山分けということなので、俺の取り分は80Sだ。一日の宿屋の料金などを考えると、かなりの額かもしれない。
「多少時間がかかるので、腰をかけてお待ちください」
受付嬢がギルドカードを変な箱に読み込ませている。クエストを達成するとああやってギルドカードを更新するらしい。そうして冒険者ギルド本部とやりとりするらしいのだ。かなりハイテクである。
ちなみにこの技術は完全にブラックボックス化されており、この装置を分解しようとすると、全てが発火して機密を守るそうだ。この装置を盗もうとするのは、冒険者ギルドに宣戦布告するのと同義で、過去に盗んだ者は拷問の末に処刑されたらしい。
十分ほどして、俺とアーシェが呼ばれた。
受付嬢は苦笑している。何があったと言うんだ。
「まず、一つお知らせが、ジロウ様は、Eランク昇進です。おめでとうございます」
「えっ」
「あはは、そりゃ、あれだけやればランク上がるよ。おめでとうジロウ」
言っている意味が分からない。
「何それ、もうランク上がったの」
「ギルドは実力主義だからね。実績があればどんどん上がるよ」
「Eランクは戦える冒険者なら直ぐになりますので、傭兵や軍人上がりならこのようなことも珍しくないです」
「とは言っても純粋な新人がなるのは珍しいんだ。ジロウは自慢してもいいくらい」
カウンターにおいてあるギルドカードを拾うと、書いてある情報が確かに変わっていた。Fランクと書いてあった箇所がEランクに変わっているのだ。
「うん、ありがとう。しかし、Eランクか、もっと時間がかかるかと思ったが……」
「今日は派手に飲もう。そうだ、あの店がいいんじゃない?」
その言葉に俺はビクッとする。あの店とは過去に不幸が重なり、アーシェに襲われた店だ。料理も酒も美味しいが、若干気が進まない。
「ああ、そうだな」
「それじゃ、取り敢えず宿に荷物置こうか」
そう言うとアーシェは店の入口に歩き出す。ちらりと後を振り向くと受付嬢が軽く会釈していた。昔の癖で俺も会釈してしまう。習慣とは抜けないものだ。
Eランクになってからもすることは変わらない。むしろ初日が異常だったようで、ひたすらゴブリンを狩り続け、合間に薬草を採取する仕事が待っている。
訓練場には、もう一週間は行っていない。型は覚えたのだから、あとは実戦で鍛えるらしい。獣人のアーシェは前衛型の獣人で疲れ知らずだし、俺はスキル異界の治癒力のおかげでゾンビのように復活する。レベルは順調に上がっていた。
あれから10日、今日は西部の草原に来ている。今回の討伐目標は銀色狼、草原に生息する狼系の魔物である。三、四匹でグループが形成されており、その連携はDランクの魔物では並ぶものは存在しないと言われている。鼻が良いので待ち伏せするにも一苦労、不利と感じたら逃走をする厄介な相手だ。
住む環境によっては茶色狼、灰色狼などの亜種も存在する。このシルバーウルフが最近、家畜の味を覚えたらしく、城塞都市から十数キロ離れた場所にある農村の家畜を襲っているのだ。それに困った農民が依頼したという訳だ。
「なあ、アーシェ、一つ良い方法を考えたんだけど、かなりえげつないんだ、どうする」
シルバーウルフをどうおびき寄せるか考えていた俺は一つの案が浮かんだ。
「ジロウがえげつないって言うんだから、相当だね。取り敢えず話して見てよ」
そうアーシェが言うので考えた作戦を話してみる。
「……やっぱり、ジロウてえげつない」
アーシェはジト目で俺を見てそう言った。
「案が無いから、それに賛同するアタシも残念だけどね」
俺は今回の為に用意した両端が鉄球の鎖鉄球を持ち、草原に寝そべっていた。目標は30メートル先、これ以上近づけば相手に気付かれる。
俺は鎖鉄球を投擲する。放たれた鉄球は回転しながら獲物の足に当たった。
「ブモォォオオオオオ」
猛牛は三本の足を粉砕され、のた打ち回る。四肢を粉砕された仲間の敵討ちか、それに気付いた二頭のワイルドブルは一斉にこちらに向けて突撃を始めた。
スローイングナイフを取り出し、一本ずつ確実に投げる。顔面に刀身全てが刺さり、二匹とも地面に崩れ落ちた。残ったのは叫び転がる一頭のみだ。
「仕上げといこうか」
今の俺はどんな顔をしているだろうか、泣きそうな顔、引きつった顔、それとも――
草原にぽつぽつと立つ木、その中で一本の大木の傍に、ワイルドブルはいた。
四本の足は折れ、周囲には他のワイルドブルが血溜りに倒れている。周囲にはひきずられたせいか血の道しるべが出来ていた。
そんな中にシルバーウルフの群れは来た。ワイルドブルの叫び声と血の匂いに誘われたのだろう。全部で7匹、あたりに漂う血の匂いにシルバーウルフは、喉を鳴らし、興奮している。シルバーウルフの興味は生きているワイルドブルに向いているようだ。
犬歯をむき出しにしてシルバーウルフは唸る。そうして一斉にワイルドブルに飛び掛った。そこに俺は全力で槍を投げた。俺の元いた世界では、実戦用ではないとしても100メートル前後槍を投げる人間が存在する。俺は魔力で威力を減退させることなくそれを実現した。全魔力の七割を込めた魔力の榴弾という特典をつけて。
遮蔽物の無い草原ではまず外れることはない。そうして爆心地の中心であるワイルドブルに群がっていたシルバーウルフは吹き飛ぶ。致命傷ではないが大小の怪我を負っている。2~3匹は足が折れているだろう。それに人生初めての爆発にショックで動けないようだ。
勿論、そんな隙をアーシェが見逃すはずも無い。木の上から飛び降りたアーシェは無事なシルバーウルフを狩っていく。三匹が叩き斬られるまで、それは続いた。無事に戦闘が可能なシルバーウルフは一匹だけだ。合理的に怪我で動けなくなった三匹を置き去りに、シルバーウルフは直線状に全力で逃走する。
そこまでは完璧だった。ただ、ジグザグに逃げなかったのと、逃げた方向が悪い。待ち構えていた俺にスローイングナイフを喰らったからだ。俺は、スローイングナイフで虫の息になったシルバーウルフに止めを刺す。
「無事か」
「なんともないよ」
アーシェも残りのシルバーウルフを仕留めたようで、元気そうに大剣を振り回している。相変わらずの怪力だ。
剥ぎ取りようのナイフを取り出し、首を切断。毛皮を剥いでいく。俺も冒険者らしくなったものだ。最初は剥ぎ取りのたびに吐いていたのに。
ステータスを開くと俺のレベルは10に上がっていた。俺は不意打ちばかりしてたからか、奇襲のスキルが付いていた。アーシェに聞いたところによると、なかなか優秀なスキルらしい。
【名前】シンドウ・ジロウ
【種族】異界の人間
【レベル】10
【職業】冒険者
【スキル】異界の投擲術、異界の治癒力、初級片手剣A、初級火属性魔法A-、初級水属性魔法B、 奇襲、共通言語、生存本能
【加護】なし
【属性】なし
(シルバーウルフの剥ぎ取りが終わったら、村から人を呼んでワイルドブルを運ぼう)
ワイルドブルは焼いて食べると美味しいらしい。三頭もいるのだ、どうせ食べきることは出来ないし、農民に調理して貰ってみんなで食べるのもいいだろう。