第四十二話 勇者の末裔 オルド・バルクス
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「攻勢を中止しろ。敵の逆襲だ!!」
「敵が重装騎兵の残党、100騎余りを投入致しました」
「満身創痍の重装騎兵だ。足が止まれば、孤立した格好の獲物だぞ」
予備部隊を根こそぎ投入した事が裏目となり、マウリッツは動揺を隠せずにいた。
倍近い兵力差に加え、ターニスと重装騎兵の主力を葬ったアルカストラネを持ってすれば、前線をこじ開けられる筈だった。今や敵と思しき黒い火柱と人馬が奏でる殺戮音が本営に迫りつつある。
マウリッツの下に新たな伝令が駆け寄ってくる。悪い知らせは散々に聞いた。多少の事では驚きもしないと考えていたマウリッツだったが、伝令の報告に言葉を失う。
「アルカストラネが、アルカニアの勇者の末裔が、寝返りました!!」
マウリッツはぐるぐると思考を巡らせる。あの邪悪な玩具はアルカストラネを迷宮から出土した呪具で操っているものだ。素体となった死体の意思など関係ない。
「……アルカストラネから呪具が壊れ、制御からは外れたのか」
鈍器、刃物、魔法あらゆる物が行き交う戦場だ。呪具が破壊される事もあり得るだろう。だが、伝令の返答はマウリッツの望むものでは無かった。
「い、いえ、黄泉帰りです。オルド・バルクスが蘇りました」
本営の中は静まり返った。過去何度かある黄泉からの帰還、神話の類と馬鹿にされることもあるが、ここ数百年だけでも数度目撃・記録されている。
マウリッツは軍学校での教官の言葉を思い出す。師団や旅団クラスの戦略を覆す個人はあり得ないとされるが、大隊・中隊クラスの戦術を覆す化け物はいる。それに該当する一人が勇者の末裔であり、異界を乗り超えた個体。
「……直ちに平原入り口まで後退する」
マウリッツの下した判断は早かった。マウリッツを補佐する部下達も同様であった。問題があるとすれば狂気に捕らわれたオルド・バルクスとターニス重装騎兵が速すぎた。
馬上から繰り出した槍が折れれば、サーベルを引き抜き、サーベルが斬れなくなれば兜を投げ付け、友軍の進路を開けるべく止まる事を知らない。
腕を失い、足を落とされ、眼を潰されようが、関係無かった。マウリッツには遠方から内臓を引きずり迫る重装騎兵が目に入る。
蘇り、神話の類の一端に当てられ、文字通り命を燃やし尽くした彼らは、手勢を全て擦り減らせながらも狂気の猛火をマウリッツの居る本営に届かせた。
「た、退避しろ。大規模魔法が――!!」
半身を焦がした兵が敬語をかなぐり捨てて、届けた言葉。その直後に本営に七つの火柱が立ち上がると、周囲をどす黒い炎となって囲い炎上を始めた。
「あ、ああ゛ぁあぎゃあああ」
火に包まれた兵士が地面をのたうち回るが、地面も延焼しており、なんら意味を成さない。
ただでさえ狭い旧道に加え、突入防止で密集していた歩兵達は満遍なく、公平に火が降りかかる。
酸素を吸おうともがき苦しむ兵は、黒炎を吸い込み気管支と肺を焼かれ、絶叫も上げられずに焼け落ちて行く。
消火に取り掛からなければいけない兵士達も、後退りするばかりでただ炎を見詰める。投擲者、黒い猛炎、士官・下士官の死傷、そこに加え、旅団長の本営が炎上しているのだ。
指揮系統の完全崩壊、皮肉にも中隊長以上で残っていたのは、僅かに残る前線で指揮を執る者だけだった。
「旅団長!! 旅団長を探せぇええ゛」
生き残った兵士は本営があった場所を探すが、燃え後に残ったのは、炭化した遺体だけだった。
「くそ、焼け焦げた遺体しかない」
兵士達はオーブンで焼かれたかのような死臭に、鼻を押さえる。そんな中で一人の兵士が奇妙なものを見つけた。
地中に半ば潜り込んだそれは黒い塊だ。兵士が近寄り目を凝らす。無数の触腕や触手の塊であることを確信した兵士は、悲鳴を上げて後ずさりした。
「な、なんだよ。これ」
兵士の言葉に反応を見せ、触手が蠢くと一斉に収縮していく。まるで巻き取られていく糸のようだ。
中心から現れたのは、リグネッサだった。唯一の燃え残りであるリグネッサに意を決して兵士は声をかける。
「他の者はどうした……?」
わざとらしく首を傾け周囲を確認したリグネッサは、楽し気に言った。
「本営付きの小隊もー、参謀たちもー、みんな焼死か窒息死したんじゃないかなぁ」
「貴様、ふざけるなッ!!」
へらへらとした笑みを貼り付けたリグネッサの物言いに兵士は激怒した。
詰め寄ろうとした兵士だったが、足元に残っていた触手から腕が伸びると、地を掴み這い出した。
武器に手を掛けた兵士であったが、その人影が旅団の統率者であるマウリッツ旅団長である事に気付いた。
「マウリッツ旅団長、ご無事でしたか!!」
粘液と煤で汚れていたが、マウリッツは土を吐き出し立ち上がる。本営に居た者達と比べれば、無傷に近い。
「流石、ローマルクの旅団長だよねぇ。あなたが生き残るとは思わなかったよー。土属性魔法と水属性魔法で体を保護しながら僕に抱き着いてくるんだもん。びっくりしちゃったよぉ」
恍惚に身を揺らすリグネッサの言葉をマウリッツは遮る。
「黙れ、人外」
「そんなこと言っちゃうのー? 間違ってもないけどさー」
マウリッツはバルガン方面の国境線で生き抜いた叩き上げの将官の一人だ。僅かな判断の過ちと運の無さで、戦友が死傷していく中で、生き抜いた古強者の一人であり、旅団長になった今もその勘と判断は鈍っていない。
土壁と水だけでは致命傷を躱せないと判断したマウリッツは、直属の部下を飲み込む形で触手を展開するリグネッサを見逃さなかった。
数百年生きながらえる化け物だ。自己の防衛の手段は豊富だと判断したのだ。そうしてリグネッサの異常性をマウリッツは改めて認識した。
鎧に付着した土埃や顔にへばり付く煤を拭う事もなく、マウリッツは矢継ぎ早に指示を飛ばす。
そんな中で場の空気が変貌するのをマウリッツは感じ取った。
「オルド・バルクスッ」
視線の先には、数騎の重装騎兵、その中にソレは居た。死虫に操られ、人としての理性を失っていた瞳には、知性を感じさせる。
問題はその知性には狂気が入り混じり、憎悪の感情を隠そうともしない。
更に、士官と下士官を手当たり次第に、狙撃した投擲者までもがその後に続いている。アルカストラネと総攻撃を跳ね除けた恐るべき投擲者。
更にこじ開けられた突破口からは歩兵が殴り込み、傷口を広げている。マウリッツが考え得る中で、最悪な状況であった。
「お仲間が二人相手なんて聞いてないよぉ」
そんな中で言葉こそは拒絶したリグネッサの声色は嬉々に満ちていた。
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疲弊し痩せ細る精神を、搾りかすと化した道徳と良心を僅かな偽善で希釈させながら、酒と兵隊煙草で誤魔化す日々。
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