第三話 血の群生
森の中で、再びアイツと出会います
俺とアーシェは、東部に存在する混交林に来ていた。城塞都市の冒険者ギルドでゴブリン討伐のクエストを受けたからだ。
この混交林はアルカニア王国東部に広がる未到達地域に繋がっているため、魔物や盗賊の襲撃が頻発する。なのでこの方面の討伐クエストが多い。それと同時に幸福のキノコや各種薬草も豊富に取れる為、採取系クエストも多いらしい。
今回のクエストのターゲットは、肩慣らしとあって15匹のゴブリン討伐である。報酬は20Sで、最近活発的になったゴブリンのことを考えると、直ぐに狩ることは出来るだろう、とギルドの受付が言っていた。
討伐と同時に薬草も集めておいたほうがクエストの効率が良く、アーシェも駆け出しの頃、ゴブリンを討伐する傍ら、薬草やキノコを採取していたそうだ。
そう言う訳で、キノコや薬草を採取しながら森の中を進んでいると、奴らはいた。獲物を探すように、八匹のゴブリンが棍棒や石を片手に歩いている。雑談をしながら歩く中高生のグループに似てなくもない。
「アタシが左五匹をやるから、後は任せた」
「分かった。ナイフを投げるからそれと同時に仕掛けよう」
アーシェが左の5匹、俺は右の三匹を相手取ることになった。こちらに気付いていないゴブリン目掛け、茂みからスローイングナイフを投げつける。スローイングナイフが当たったゴブリンは崩れ落ちる。ゴブリンが崩れ落ちる前には、俺たちはゴブリンに突撃していた。
「ゴブ、ゴグゥウ!!」
完全に油断していたゴブリンは、回避行動もむなしく、俺の片手剣がゴブリンの腹部に入る。捻るように抜くと次のゴブリンに目をやる。
こちらのゴブリンは対応出来た様で、俺に棍棒を振り回してくる。フェイントも何もかけないで、俺の間合いに踏み込んで来る。
「……」
剣を突き刺すように振りぬき、呆気なくゴブリンの首を半分切断する。俺の担当が終わった。ゴブリンの攻撃を回避する必要すらなかったのだ。アーシェの方を見るがそちらも片付いているようだ。
「ジロウ無事ー?」
「ああ、なんともない。返り血は浴びたけど」
倒れたゴブリンに突き刺さったスローイングナイフを引き抜いて回収する。
鎧と剣についた血をゴブリンが身に着けていた布で落としていると、アーシェの大剣が目に入る。アーシェの大剣は血でべっとり濡れていた。
アーシェにやられたゴブリンは、大剣によって切られるというよりは、千切らている。一匹に至っては顔が潰されなくなっていた。はっきり言ってかなりグロいが、ある程度グロ耐性がついた今の俺は大丈夫だった。
(これもスキルによるものか)
ついこの間までは、片手剣だけだと手負いのゴブリンに辛うじて勝てるだけの俺だったが、成長したようだ。
これも生きるためだ、とゴブリンの首を切って討伐の証にする。
血が吹き出て剥ぎ取り用のナイフが汚れていくが気にしない。血を拭き、ゴブリンの頭を回収すると、碌な装備を持っていなかったので、ゴブリンの死体はそのままにして放置する。そして直ぐにその場を離れた。血の匂いで他の獣がやってくるとやっかいだからだ。
その後、一時間で4匹の群れと三匹の群れを狩り、討伐クエスト自体は終了した。採取クエストの対象である薬草やキノコ類ならまだ持てるので、アーシェの鼻を頼りにキノコや薬草を回収していった。訓練場での講習やアーシェに事前に薬草やキノコの種類を教わっていたので問題なく集めていく。
そんな時、アーシェが立ち止まり何かを嗅いでいる。
獲物を探す狼みたいだ、と思っていたらアーシェが振り向いた。
考えていることがばれたかと思い焦るが、どうやらそうではないらしい。
「お、当たりだぞ、ジロウ」
そう指差す方を見て見ると、大量の薬草が生えていた。綺麗な真っ赤な花を咲かせている。
「これって、第二種の薬草だよな。薬草の群生てヤツか」
薬草や回復薬には第一種から第四種までの種類がある。数字が一に近いほど効き目が強く、調合方法が難しい。薬草やその他のモノで精製され、体力と魔力を回復させるポーションは準一級である。これらのポーションは高く、1Gから3Gもする。
その材料の一つである薬草は、非常に需要が高い。討伐クエストのゴブリン、採取クエストの薬草と言われるほどだ。
「多いな。50株はありそうだな」
確か赤い薬草10株前後でEランククエスト1つを達成できたはずだ。つまり、5つ分のEランククエストが達成出来る。それが辺り一面に天然の薬草畑として広がっているのだ。”美味しすぎる”獲物である。
俺は早速採取しようとするが、アーシェが動かない。
「赤い花、何が死んだ、しかもこの量、一つ、二つじゃない」
「アーシェ?」
俺は立ち止まり、アーシェの方を見る。
アーシェは血相を変えて叫ぶ。
「ジロウ戻って、何かいる!! 赤色は血の薬草、流血の赤だ!!!!」
背筋に寒気が走り、全身がこの場を拒絶する。《生存本能》が全力で叫んでいる。バックステップなんてカッコイイものではない。必死の形相で後に飛び転がる。
瞬間、土が爆ぜる。前にも見た光景、俺が望まなく初めて降りた土地、暴虐の女達、そして忌まわしい巨熊。
「グガァァアアアアア」
(知っているぞ、お前の名前を)
「角熊!!」
角熊は強靭な体と硬い骨や皮膚を持っている。通常、Dランクの上位だが、個体によっては危険度がオーガにも達する駆け出し殺しの魔物だ。
忌まわしい名前を俺は咆哮する。今はあの時の焦りもない。震えもない。恐れもない。《生存本能》が全力で目の前の敵を駆逐しろと叫ぶ。
俺は追撃をかけて来る熊に向けて、腰のスローイングナイフを全力で投げた。ホーングリズリーは気にもしない様子で突っ込んでくる。
(油断したな馬鹿熊が、昔の俺じゃないんだよ)
スローイングナイフは奇襲や不意打ちにしか使えない武器だ。しかし、他の武器がそうであるように、投擲魔法の加護を得たスローイングナイフは、弾丸にも榴弾にも化す、必殺の一撃だ。
俺の全魔力の半分を込めたナイフはホーングリズリーの肩に当たると、抵抗なく肉を切り裂いた。魔力によって体現された刃が熊の肩を半分切断したのだ。
「ガ、グア、ガァアアア」
巨体を転がし、ホーングリズリーが呻いている。
「援護!!!!」
アーシェは短く、的確に俺に伝えると、ホーングリズリーに切りかかる。
ホーングリズリーの腕とアーシェの大剣が交差する。ホーングリズリーの腕に血が滲むがそれだけだ。あのアーシェの大剣でも断ち切れていない。
鉄と肉との殴り合いが始まっている。獣人であるアーシェの腕力を持ってしても、ホーングリズリーに片手で押されている。
(あと半分、また同じ方法でいくか、いや、ヤツも今度は警戒しているだろう)
避けれられたら次の手はない。魔法なしでは、俺とアーシェ二人がかりでも勝てるかわからない。逃走も前回のホーングリズリーの速度から考えて無理だ。
「大振りなら切れるか」
血は滲むが、やはり切れていない。厚い脂肪と硬い皮膚が邪魔しているのだ。
「多分ね」
アーシェには余裕がもうない。
「五秒後にヤツにスローイングナイフを投げる。爆発する方だ」
「分かった」
意図を察したアーシェは返事をする。
俺は秒数を数えていく。ゼロになったところでナイフを投げた。ホーングリズリーはさっきの攻撃で学んだらしく、スローイングナイフを避けた。
避けられたスローイングナイフは、地面に突き刺る。そして魔力が弾けた。
急な足元からの衝撃に熊は横向きに倒れ込んだ。事前に知っていたアーシェは、衝撃を耐え、モーションに入っている。
ホーングリズリーは、すぐさま立ち上がるが、このような戦いでは致命的で挽回は不可能だった。渾身の力を込められた刃はすくい上げるように振られる。
両目を潰すように入った大剣は、半ば顔に入り込み、砕けた破片が神経を切り裂き、脳に突き刺さる。そうしてホーングリズリーは、生物としての活動を停止させられた。
断末魔もない静かな最後だ。ついこの間まで、ホーングリズリーに狩られる存在だった俺が狩る側に回ったのだ。
「危なかった――」
アーシェは大剣を地面に刺し、体重をかける。
「アーシェありがとう、助かったよ」
アーシェは手をひらひらして答える。
「しかし、タイミングがあまりにも……こいつ待ち伏せしてたのか」
襲うタイミングがあまりにも的確だったことから、俺はそう感じた。
「うん、間違いないだろうね。このホーングリズリーは、アタシ達みたいな赤い薬草の群生目当ての冒険者を襲っていたんだ」
「これだけ生えているってことは、今までに何人も……」
この量から想像しても何人もの冒険者が餌食となったのだろう。こんな量があれば喜びのあまり警戒が薄れてしまう。その隙をホーングリズリーに襲われたら……
(俺も声をかけられなかったら死んでいたな)
アーシェは苦虫を噛んだような顔をしている。
「赤い薬草とホーングリズリーの剥ぎ取りが終わったら、少し周囲を探そうか、ギルドカードや遺品が落ちてるかもしれないしさ」
森には静けさが戻っていた。赤い花の薬草は、風で揺れている。その様子は、新しい大量の血が得られたことに喜んでいるように見えた。
女騎士団だと思ったか!!
残念、再登場はクマさんでした。